彼のイメージを崩されたくない方は回れ右
β版*
はっきり言ってなんの不自由もしたことはない。
それなりの家に生まれ、中学からずっとエスカレーター式の学校に通い、出来ないことは少なく、それなりの容姿に生まれた。
だから、ちょっとした興味だった。
それがあんな事件に発展し、自分の人生を左右することになるとは全くもって思わなかった。
白銀の証 番外編
ー
「ソードアート・オンライン?」
昼休み、友人の開いた
「
それは新型ゲーム機で発売される新作タイトルのベータテスターの募集だった。確か俺の記憶によるとあのゲーム機は…
「仮想世界に入り込むやつだろ? なんか大したソフト出てないって言うから俺まだ買ってないよ。」
「ちっちっ! よく見てみろよ。当選者にはナーブギア無償提供だってよ。ってかお前別にそんなに金には困ってないだろ。」
人差し指をたて、お決まりのポーズで横に振った友人は怨めしそうに俺を見た。
「バイト代ならカツカツだよ。」
言わんとしているのは俺の家が金持ちだって言うことだろう。ただしこいつの家だって大差ないはずだし、大学生になってまでお小遣いって言うのも違う。抱えている問題は同じはずだ。
「あー手っ取り早く金が欲しい…。」
そしてそう言って友人は机に突っ伏した。
「ソードアート・オンライン…ね。」
出席は
幸い、エスカレーター式で中学から上がってきた俺は、友人も沢山いれば諸先輩方から快適なスクールライフの送り方についても聞いてきている。それから持って生まれた頭だって悪くはない。学校は適当にやり過ごし、適度にバイトし、友人たちとどうしようもない日々を過ごす毎日だった。
バカやってそれなりには楽しい日々だが、刺激はなく退屈でもあった。
食堂にいれば誰かしらに会い、適当な話をする。
「あー弘貴! たまにはサークルにも顔だしてよ!」
オールラウンドサークルで適当に飲み明かし、女の子たちと遊ぶ。最近の若い人は飲み会が好きじゃないとかなんとか言われてるけど二極化してるだけだ。俺の周りは皆酒が好きだ。お酒はハタチになってからなんて誰が決めた。選挙権より酒を飲ませろ、とコールをかけ浴びるように飲む。
そんなどうしようもない毎日。詰まらなくはないが劇的に楽しいわけでもない。なんとなくの毎日。それでいいと思っていた傍らでやっぱり刺激を探していたのだろう。誘われるがままに、そのテスターとやらに応募した。
数週間後、どこまでも恵まれている俺は友人には悪いが一人で当選した。そりゃぁ全国に何万人のゲーマーがいるか知らないが、俺みたいな興味本位の人間を含めれば何人が応募したか知れない。その中から当選者はたったの1,000人なのだから、それが多いのか少ないのかは分からないが、誰でも当選するようなもんじゃない。
新型ゲーム機を労せずして手に入れた俺はまたしても友人に怨めしそうに見詰められた。…男に見詰められたってなんにも嬉しくない。
「弘貴ってホントもってる人間だよな。顔もいい、頭もいい、運動神経もいい、性格もいい…で、運までいいなんてお前のダメなとこは足りないものがないところだな。」
「…褒め言葉として受け取っておく。」
そんな風に羨ましがられても、手に入れた時点で俺の興味の半分ぐらいは削がれてしまっていた。
「なぁなぁ、ちょっとやらしてくれよ!」
「あー…なんか誓約書みたいなのがあってさ、他のやつにやらせるなみたいな文言が入ってたんだよ。よく分かんないけどフルダイブの関係じゃないか?」
友人はブー垂れていたがそれは嘘ではなかった。ベータテストの当選と共に色んなものが手元には届いた。その中には膨大な書類と共に誓約書。誓約書の提出をもってナーブキアとソフトが届くと言う仕組みだった。
確か…ソフトを他人に貸与しないこと、ナーブギアを他の人に被らせないこと、ゲーム内で起きたことについては秘匿すること…そんなことが書いてあったように思う。
「お前って案外真面目だよな。」
「…それも褒め言葉として受け取っておくよ。」
ただ余計な波風立てたくないだけだ。フルダイブって言うのがどんな風に体に影響を及ぼすかも分かっていなかったし、1,000人のデータを監視するなんて訳ないだろう。違反行為をして咎められるのがめんどうだっただけだ。
そんな風に羨ましがられてはプレイせずに感想を言わないわけにもいかない。若干お蔵入りされる可能性すらあったナーブギアを段ボールから取り出す。
「確か…1時からだったか。」
クローズド・ベータテストの期間は2ヶ月。中途半端な時期に始めたら周りとのレベルのギャップに嫌になりかねないので、初日にさっさとログインしてしまうことにした。
「面白いかもしれないしな…。」
面白ければそれはそれで儲けもの。いまいちならしまってしまえばいい。特にノルマは存在しないはずだ。
ナーブギアを被ると初期設定が結構面倒でキャリブレーションとかって自分の体のスキャニングから始まった。フルダイブなのだから当然なのかもしれない。確かに自分の体を動かすなら機械にもそのサイズを知らせておかなければならない。貸与しないことって言うのはそう言うことなのかもしれない。
しっかり時間をかけて初期設定をしているとテストのスタート時間は既に過ぎていた。慌てて説明書に書いてあった通りの言葉を口にする。
「リンク・スタート!」
そのキーワードをきっかけに体は亜空間に放り出されたかのような感覚を覚えた。某テーマパークのライド型アトラクションで空間をワープするのに似ている。そんな中、目の前にはまたもや初期設定の嵐だ。
welcome to sword-art on-line βtest
目の前には文字が躍り、選択肢が重ねられていく。
ーあなたの名前を教えて下さい
ー性別を選択してください
たっぷり30分は時間を使い、設定を進めていくとゲームを始める前に疲れてしまった。それでも途中で止めることにならなかったのは止め方が分からなかったからだ。普通のゲームと違って電源を切れば…なんてものは自分で現実の体を動かすことが出来ないため不可能だった。
そうして苦労して作り上げた"俺"はソードアート・オンラインの世界に降り立つことになった。
目の前に広がった世界に、悔しいけれど感動した。
いつか訪れたヨーロッパの様な石畳の街並みがひろがり、そこは本当に存在するかのような完成度。まるで実写映画でも見ているような気分だった。しかし手を握ることも出来れば、風の音すら感じる。五感全てがきちんと機能している感覚。
「これが…フルダイブ…。」
ため息すら出るその世界に一瞬で心を奪われた。誘ってくれた友人にキスの嵐でも送りたいようなそんな気分だった。
しかしそれもつかの間。一歩踏み出した時に事件は起こる。
折角出会った世界。見て回らない手はない。いつも通りに右足を前に出すと…転んだ。
「!?」
しかし、思ったような衝撃は来ず、誰かに受け止められたことを悟る。
「…大丈夫?」
涼やかでありながら少し甘さも感じるそんな声に、見上げるとそこにはいよいよゲームの世界に入り込んだんだと実感させるような顔があった。
「…ありがとう。」
起き上がらせてもらい、お礼を言うとその子は振り返ることもなく颯爽と去っていってしまった。白い、さほど長くない髪をなびかせ、一歩踏み出したら転んだ俺とは違い確かな足取りで広場を抜けていく。
「あれ、セツナじゃないか?」
「絶対そうだろ。」
後には男たちの噂話を残して。
「あの…。」
なんであの人たちは彼女のことを知っているのだろう。このゲームは始まったばかりなのに。覚束ない足をなんとか動かし男たちの元に向かう。
「ん?」
声をかけると振り返るのは色彩々で、実にファンタジー世界の住人と言った人々だった。そう言えばあの子は髪の色と瞳の色こそ現実には無い色だったが、容姿そのものは至って普通のように感じられた。
「あの子は…?」
「あぁ! にーちゃん! ラッキーだったな。」
尋ねれば実に人の良さそうな、巨漢の男が応えてくれた。バンバンと豪快に人の背中を叩くが、痛くはないのはこのゲームの仕様なんだろう。現実なら咳き込むぐらい叩かれながら俺は疑問を重ねる。
「ラッキー…?」
「あぁ、知らないのか。彼女、MMOでは有名プレイヤーだよ。白髪に赤目のソロプレイヤー。」
「MMO?」
当たり前のように男は答えるが俺にとっては未知の世界だった。
「にーちゃん、MMORPGは初めてかい?」
「えぇ…まぁ。」
基本的にライトなゲーマーの俺は流行りのソフトをかじるぐらいだった。オンラインゲームに手を出すのは初めてのことで、MMORPGが何を示しているかも分からなかったからだ。
「MMORPGってのは大規模多人数同時参加型オンラインRPGのことでな…。」
「…要はネトゲってことでいいですか?」
「まぁそうだな。」
なんだか急に長ったらしく難しい言葉を使った男に礼もなくそんなことを言ってしまった。現実ではそんな波風をたてるような物言いは基本的にはしないが、これもゲームの世界に入っている効果なんだろうか。俺はマズかったかなと思いつつ男の様子を窺うが、男はさほど気にした様子もなかった。
「そのネトゲでの有名プレイヤーだな。」
そしてアッサリと言葉を続けた。
「…なんでそんなことわかるんですか?」
「セツナのアバターはいつもあれだからね。」
あれ、と言うのはあの髪と瞳の色を指すのだろうか。
「そんなこと、出来るんですか?」
「まぁ、顔や体の造りまで詳細に設定すんのはこのゲームぐらいだけど、髪と目の色ぐらいは大抵自由に決められるさ。」
ゲームのキャラクターは決められたものを使うものだと思っていた俺にはカルチャーショックだった。まぁ確かにこんな風に沢山のプレイヤーが一同に会するなら同じ顔、同じ色ばかりでは困ってしまうが。
ポカンとする俺に男は勝手に続ける。
「たまにセツナを騙る偽者もいるんだけどな、アレは本物だな。何人か兄ちゃんみたいにうまく歩けないやつを見たが、あんなに普通に歩いてるのはアレ以外見ていない。」
「はぁ…確かに非常にスムーズでしたね。」
どちらかと言えばうまく歩けなかったのは自分だけでは無いと言う安心感から彼女の向かった先を目で追ったのだが、男の目には違ったように映ったようだ。ニヤリと笑みを浮かべ馴れ馴れしく肩を組まれる。
「気を付けろよ。あの外見はあくまでアバターだからな。実際の容姿は分からないし、もしかしたら男かも知れないからな。」
「はぁ…。」
別にそんなつもりは微塵もなかった。ただ別世界の人間のように思えただけだった。しかしアレだけ喋り倒しておいて酷い言いようだ。
「ところで…俺らパーティ組もうと思ってるんだが、にーちゃんも一緒にどうだい? いくらMMOをやっていようがフルダイブはみんな初めてだ。」
「ーお願いします!」
そうして、自分の興味は直ぐに男たちとの会話に移り、その少女のことは直ぐに忘れてしまった。次に出会ったときにそれが強烈な光を放ち、思い起こされることになるとはその時は思っても見なかった。
終わる終わる詐欺ですか?いえ、番外編です。
適当な名前をつけてみましたがディアベルの本名は公開されてますか?
彼の学校は某神奈川県にある名門校を勝手にイメージしてます。別に在校生でも卒業生でもないですが。
ネトゲやらないのでディアベルの台詞は私の台詞みたいなもんですがあってますかね…
前編はちらセツナ。後編は黒い人も。