白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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54:75層*戦いの先に

 プレイヤーたち全員が駆け込んだ所で部屋の扉はズゥゥンと轟音を立てて閉じられた。内部は円形のドームのようになっており、複数の骨組みが剥き出しになっている。34人が陣形を組み、周囲に気を巡らせるもボスの姿は見えない。靄のようなものと共に不穏な空気が流れるだけだ。

 盾持ちのディアベルや元々壁戦士(タンク)のエギルは、前衛。盾持ちでないクラインやアスナは後衛に位置している。そしてキリトもセツナも防御手段を持たないため後衛だ。

 しっかりと皆が臨戦態勢に入ったところでアスナが何かに気が付いたようで叫んだ。

 

「上よ!!」

 

 その言葉に全員が視線を上げる。すると、骨組みに絡みつくように張り付いている巨大な影があった。無数の足、長い尾。アルゴに聞いた通りのムカデのような姿に頭部は骸、そして蠍のような尾。二組ある目が赤黒く光り、肋骨の辺りでは青い炎が燃え盛っている。

 

ーー何、アレ

 

 アルゴに特徴を聞いていても、この二年間異形のものを見続けてきたとしても、その姿は異様に映った。セツナはぐっとグランドリームの柄を握り直す。

 HPバーは5本。…名前も聞いていた通りに、

「《骸骨の刈り手(The Skull reaper)》…。」

 その場に縫い付けられたかのように動けないでいると、ソレは勢いよく動き出した。カサカサと言う音を連想させる足の動き、しかしぬるぬるとソレは壁を這い、猛スピードで降下してくる。

 怖いもの見たさの感覚か、目を離せない。

 

「セツナ!!」

 

「走れ!!」

 

 それはセツナだけではなく複数のプレイヤーがその場に立ち尽くしていた。キリトの名を呼ぶ声と、ディアベルの指示に意識を取り戻す。足に力を集中し、一気に飛び退くのと鎌が振り下ろされたのはどちらが早かったか。空に身を躍らせたセツナの横では、逃げ遅れ吹き飛ばされた者が赤いダメージエフェクトも一瞬に、青いポリゴンへと、形を変えていた。

 

ーー一撃!?

 

 参加しているのは何れも腕に覚えのある者。ノーガードとは言え、HPは高くかなりのステータスがあるはずだ。それなのに一瞬にして命を散らしていった。アスナが砕け行く彼らを受け止めようとするも、その腕の中には何も残らず、顔を歪めることになった。

 落下してきたやつは高速でぬるぬると動き回る。

「近寄ることさえ出来ねぇって言うのかよ…!」

 一撃で屠る威力の鎌に捕捉できない動き。エギルの言葉に心が折れそうになる。それでも、もう後には引けない。退路がないことは折り込み済み。それにここにいる精鋭で敵わなければどうして倒せると言うのだ。

 今度はしっかりとグランドリームを握り直すと、セツナは右手の鎌に向かってソードスキルを繰り出した。

 

「っっぁあ!」

 

 キィィィンッ

 

 2ヵ所で響いた金属音がこだまする。

「重ッ…!」

 セツナが右手の鎌を弾いている傍らで、ヒースクリフがその《神聖剣》をもって左手の鎌を受け止めていた。ヒースクリフがしっかりと、ソレを受け止めるのとは異なり、セツナは受け止めきれずに逆に弾き返された。

 

「ぅぐ…。」

 

 壁に打ち付けられ、HPは一気にイエローゾーンまで突入していく。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルとブーストアイテムの《戦乙女(ヴァルキリー)の加護》が無ければどうなっていたかなど想像もしたくない。あまりのダメージに一時行動不能(スタン)効果が付随する。

「セツナッ!」

 キリトに名を呼ばれ、意識を手放すことは免れる。

「重…すぎる…」

 どうにか起き上がり、思考を巡らさせると目の前に映るのはアスナとディアベルが二人がかりで鎌を受け止める姿だった。

「二人ならいけるよ!」

 即席コンビだとかなんだとか言いながらもなかなかのコンビネーションで次々と鎌をさばいていく。アスナの《リニアー》で勢いを弱め、ディアベルが盾と剣を交差して鎌を受け止める。

「よし、鎌は任せた! サイドから攻撃するぞ!」

 キリトの声にプレイヤーたちは攻撃に走り出す。ボス戦はHPを削り取らなければ終わらない。防御を任せるのにヒースクリフもディアベルもアスナも信用に足る人物だ。

 HPがイエローから回復し一時行動不能(スタン)が解けたことを確認するとセツナも地を蹴り飛ばす。鎌に気を取られ過ぎていたが元々防御は得意ではない。人に任せて攻撃に専念できるのならば、分かりやすいことこの上ない。

 そもそも《天秤刀》は防御に向かないスキルだ。攻防一体の《神聖剣》や武器防御スキルの1.5のボーナス補正が付く《二刀流》とは違う。防御のことを勘案するのであれば、槍を使った方が良いぐらいに。まずは《天秤刀》基本スキルの《プレニティード》で刃を青く光らせた。2連撃の両刃を上下から斬りつけるスキルだ。

(かった)っ!!」

 サイドからクリーンヒットさせた筈なのにHPバーはピクリともしない。こんな調子で5本も削りきれるのだろうか。

 それでも、やるしかない。

 サイドからの敵の攻撃手段を警戒しつつ、徐々にソードスキルのレベルを上げていく。4連撃、十字を切るように旋回させる《クルサファイ》に続き、8連撃の《スウィング・ゲーブル》。ぬるぬると猛スピードで動き回り、両手の鎌と尾から次々に攻撃は繰り出される。捕まったら一巻の終わりだ。

 幸い、サイドからの攻撃は大したことなく、ヤツの行動スピードについていけるかが肝だった。それならばセツナの得意分野だ。

 何人かのプレイヤーが消え行くのに意識を奪われないように心を非情に保つ。倒せなければその者達への手向けすら出来ない。共通の想いからか段々と足並みが揃い、自然にスイッチをし攻撃の手が止むことはない。防御に徹し続けてくれている3人の力も大きい。それに報いるべくひたすらに攻撃を続けた。

 

 残り1本…。そこまで削ったところでボスのモーションは変化した。今まで這いずり回っていたのとは変わり、上半身を起こし、肋の辺りの骨だか足だかが噛み付こうとする。もう横からの攻撃は出来ない。後ろからは尾が、前からは当然に鎌が迫ってくる。一旦、全員が距離を取らざるを得なくなった。

 それでも、ここまで来て諦めるわけにはいかない。起こされた背丈の高さに圧倒されながらも皆の気持ちは途切れることはない。

 

 あと一息

 

 堅い殻を叩き続けてあとようやく残り20%までこぎ着けた。そう、あとたったの20%…

 

「キリト! 援護して!」

 

 先陣をきるのは自分の仕事だ。セツナが走り出すとキリトもその後を追った。いつ付いたか分からない二つ名。揶揄や嫉妬もあるかもしれない。ただ羨望、憧れ、期待も混じっているはずだ。"神"の字を貰ったからには後者の働きを。攻略組として、フロントランナーとして応えなければならない。立ち向かうきっかけを、楔を打ち込むのは自分だ!

 セツナは大きく跳ね上がり、そのままボスに向かって飛び込んだ。身を翻し頭上まで飛び上がり、まずは掬うように額に一撃。刃を返し突き刺すように一撃。下降する重力を旋回の力に変えて一撃。肋に捕まらぬよう、跳ね上がるべく蹴りを一撃。傍らではキリトがボスの攻撃スキルをキャンセルしていく。ただ防御を任せていたわけではなく、パターンを読み取っていたようだ。要領さえ得ればキリトにとって弾くのは難しくないだろう。

 パターンが変わっても尚、与えられ続けるダメージに次第に落ち着き皆が攻撃に加わっていく。

 

ーあと少し

 

 その思いから個々のソードスキルが光り続ける。

 

「はぁぁぁぁあ!!!」

 

 薙ぎ払うような一撃目からセツナも《天秤刀》の最上位スキルのモーションを起こした。《シャドウサーキュラー》。それがプロペラなら高く飛び上がれそうな速度で18連撃全てを叩き込むと、ヤツのHPは赤く染まり、その場に崩れ落ちた。

 

「全員、突撃ぃぃ!!!!」

 

 ヒースクリフの言葉に、今まで防御に徹していた二人も、皆が攻撃初動に移行した。

 

「うぉぉぉぉ!」

「ぃやぁぁあ!」

 

 様々な咆哮が響く。

 セツナも技後硬直が解けるのを待ち、最後の攻撃に加わる。

 

「これでっ!」

 

 青く光る刃は、光の欠片の海に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 広い空間に全員が崩れ落ちる。ただ一人を除いて。

 どれぐらい戦っていたのか。HP総量が多く堅く攻撃力も高い。さすがはクォーターポイントと言うべきか、思い返してもゾッとするような敵だった。

 

「何人やられた。」

 

 なんとなく口に出来なかったその言葉をクラインがかすれた声で空間に響かせた。無言でキリトはレイド情報を開き、一人息を飲んだ。

 

「っつ…。」

 

 少ないわけがない。初めに逃げ遅れた二人、意識しないようにしていたが消え行く影をいくつも見送った。

 

「14人だ…。」

 

 えも言えぬ様な空気が漂う。

 

「マジかよ…」

 

 いつも体をフルに使っているような響く声を出すエギルの声にも、今回ばかりは力がなかった。

 セツナは体育座りをしたまま地面を見つめた。

 あと25層。クォーターが過ぎたとは言え、厳しい戦いは続いていくだろう。今回の攻略メンバーは残り18人。こんなペースであれば100層まで辿り着くことが出来るのは何人いるのか。

 かなりのハイレベルを誇る自分でさえキツい戦いだった。自分より強いとすれば、隣にいるキリトと、ヒースクリフぐらいだ。

 ふと視線をその男に移すと、みんなヘタリ込んでいる中、彼だけはすっと背筋を伸ばし立ち姿を保っていた。そして、うっすらと見えるHPバーは緑のままだ。

 

 ヒースクリフにイエローなし

 

 こんな時ですらその神話は崩れることはなかった。同じように防御を担っていたアスナやディアベルはレッド域に近いイエローにも関わらず。なんだか別次元のプレイヤーのように感じる。そう、あの時も…デュエルの時も、速さには絶対の自信があったのにそれを上回る速さで彼は攻撃を避けて見せた。

 

ーまさか

 

 視線を横にずらすとキリトと目があった。自分の表情は見えないが、きっと同じような表情(かお)をしているんだろう。キリトはやや強張った、何かに気付いてしまったが認めたくないようなそんな表情をしていた。そして、ゆっくりと耳打ちするように口を開いた。

「なぁ、セツナなら…人のやってるRPGを横で見てるか?」

 その言葉にキリトが自分と同じことを考えていることをセツナは確信する。

 答えはノーだ。人のスーパープレイを見て興奮することもあるが、RPGとなると話は違う。自分の思うようにキャラクターを育て、思うように攻略していく。それが醍醐味のはずだ。

 セツナが首を横に振ると、キリトはヒースクリフに射すような視線を注いだ。そして背からエリュシデータだけを抜き取ると、小さく呟いた。

 

「ごめん…。」

 

 その意味を考える間もなく、キリトは隣から飛び出した。あまりの速度にセツナの髪が揺れる。行き先は当然あの男の方だ。自分もグランドリームに手をかけ、視線を向けた。

 

パァンッ

 

 紫色の光が弾ける。キリトの剣は狙ったヒースクリフに届くことなく、障壁に遮られた。それは、地下で何度も見た障壁と全く同じものだった。ユイが自分達を守ってくれた時、彼女が発したものと同じ。

 

「《破壊不能物体(イモータルオブジェクト)》…やはり…。」

 

 疲労にふらつく体を立ち上がらせ、武器を構える。

 

「「茅場晶彦…!」」

 

 キリトとセツナの重なった声にヒースクリフはゆっくりと口許だけの笑みを浮かべた。

 

 

 




スカルリーパー戦。
天秤刀ソードスキルのオンパレードです…今更感ありますが。
三連休中に完結させたい…嘘です無理です。
さて、最終決戦に続きますがどちらが戦うんでしょうか。

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