白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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37:74層*シンジツの言葉③

 

 

 

 基督教徒(クリスチャン)ではない。ただそれは聖書の悪魔のようだと思った。

 

《ザ・グリーム・アイズ》

 

 その名の通り青白く光る瞳に吸い込まれそうで暫く目を逸らすことはできなかった。

 

 

 

 

 部屋までの道のりは予想通り敵とのエンカウントはなかった。恐らくキリトとアスナと思われる人物が引き連れてきたモンスターたちはあの場で倒したし、先行する12人もいる。足止めを食った様子もなかったので彼らもボス部屋までは何事もなかっただろう。

「本当にあのまま突入する気なのかな。」

 攻略組ならそんな馬鹿な真似は決してしない。LAボーナスに血眼になる《聖竜連合》とて最優先はHPの確保、生存である。しっかりとした偵察をし、会議を経て攻略組全体で挑む。

「…それほど必死ってことさ。巨大な組織になればなるほどその運営は難しい。手っ取り早く戦果を上げて求心力を得たいと言うことだろう。」

 ただそれで死んでしまっては何の意味もないけどね、と続けディアベルも表情をひきしめた。

 引き連れてきた敵の量からして先程の安全エリアからボス部屋まではそう遠くないことが予想された。ぼちぼちかなとあたりをつけたところで、大広間に出る。

 開け放たれた扉。それには巨大なレリーフ。

「ここか。」

 扉の奥は暗く、中の様子はよく分からない。ただ扉が開かれていると言うことは本当に突入したと言うことだ。

「もう結晶で脱出したとか…。」

 それはセツナの希望だった。辛うじてダンジョンを突破できるだけのメンバーにボスを攻略できるはずはない。そこに待つのは死の一文字だ。

 しかし、突撃! と言う声と共にスキルモーション青く光ってみえた。

「ディアベル!!」

 チッと舌打ちしたい気持ちを抑え、部屋の中を覗き込んだ。瘴気が濃く、靄がかかって見える。床には魔方陣のようなものが描かれ、その部屋の特殊性を表している。そして、そこにそびえるのは深い青の巨体。頭には2本の角。それは鬼のような直線にものではなく、湾曲した獣の角。人型のモンスターではあるが特徴を満たすのは2本の腕と2本の足のみ。逆三角形の筋肉隆々の体の上には山羊の頭部。大刀を握るその指は5本に満たない。青く光る瞳が時折赤に色を変えるのが何より不気味。二人があの勢いで逃げ出したのも分かる。気圧される。そして部屋の雰囲気も相俟って不気味。そこにあるのは恐怖。ただ逃げ出すわけにはいかない。中にいる12人のプレイヤーが脱出するまでは。

 ノーブル・ローラスの中央を掴むように握り、部屋の中へと駆け込んだ。少しの間覗き込んでいたせいか、段々暗い場所だが視力が利くようになってくる。人数を数えると12人。《軍》の面々は命を保っていた。しかし半数以上が及び腰だ。これでは…

 

ガキィンッ

 

 ボスから降り下ろされた両手剣を弾き返すと派手なエフェクト音が鳴り響いた。一気に全員の視線が注がれる。

 

「なにやってるの!! 早く脱出しなさいよ!」

 

 どうみても戦いを継続できるような状態ではなかった。HPもイエローに突入しているのではないだろうか。怒鳴り付けるように言うとコーバッツから怒声が轟いた。

 

「これは私の隊である!! 貴様に指図される謂れはない!!」

 

 あまりの大きな声にビリビリと空間が震える。さながらボスの雄叫びのようだ。その中、転移結晶を片手に(かぶり)を振る者も見当たる。それが示すのは…

 

「結晶無効化空間?」

 

 迷宮をに潜っているとたまにそういうこともある。《月夜の黒猫団》を守ったとき、そのトラップエリアも結晶無効化空間だった。しかしボス戦ではそんなこと初めてである。

 全く…中々に不運なおまけに世話を焼かしてくれる。コーバッツに従うのは諦め半分と言ったところか。どうせ逃げられないのでとあれば、隊の意思になってしまえば楽だ。

 だけど、そんなことは赦せない。誰も、誰であっても死なせない。無下に自分の命を捨てて欲しくない。

 セツナは右手に握っていた武器をクイックチェンジのModで持ち変えた。そして大きく息を吸い込み、より大きな声を出す。

 

「ここからは私が引き受ける! 全員退却しなさい!」

 

 左手で扉の方向を示し、右手にスキルを待つのは当然に濃紺の柄。

 

「ディアベル! 皆を扉の方に!」

 

 光る右手に祈り、地面を蹴り飛ばす。出来るだけ時間を稼ぎ、出来るだけヘイトを煽り、全ての興味を自分に注がせる。まだボスのHPは一本目の十分の一程度も減っていない。足のすくんで動けないメンバーもいる。逃すにはどれだけ時間がかかるか。さすがに全て削り切るのはしんどい。

 それでも。

 

「はぁあああああ!!!」

 

 このスキルはこう言う緊急事態のためにこそある。難関を切り抜ける切り札。ヒースクリフのユニークスキルが攻防一体なら、自分のスキルは誰より早く敵を殲滅するためにある。攻撃は最大の防御とはよくいったものだ。セツナはボスのHPを削りきることだけに集中しようとした。

 ボスのソードスキルを一枚目の刃でパリィ。手を返し、二枚目の刃でHPを削る。一度集中が途切れれば終わり。

 後ろではディアベルが彼らを逃していることを信じる。

 

「何をしとるか! 退却など我らには許されぬ。突撃だ!」

 

 しかしそれは耳を疑う言葉にすぐに乱された。どれだけの統率がそこにはあるのか。12人はその言葉に陣形を組み直し、いっきにソードスキルを発動しようとした。

 

「ちょっと…」

 

 嘘でしょ、と言う言葉は音にならず自身を衝撃が襲った。

 

バシッ

 

「…っぅ…」

 

「セツナ!!!」

 

 ディアベルの叫び声が響くのが聞こえるぐらいには正気を保っている。頭がぐわんぐわんと揺れ、古い漫画なら星が漂っているところだ。HPバーを確認すると黄色に突入したものが戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによって緑を回復したところだった。

 よそ見をした隙に左手に弾き飛ばされた。それだけでこの攻撃力…正直ゾッとする威力だ。

 

 12人はどうなっただろうか。

 ボスの武装は大刀のみ…しかし瘴気が表していたように当然に特殊攻撃持ちだろう。目にしたのはそれに向けてブレスを吐き出す様だった。

 大きく開いた口からは鋭く尖った歯が並ぶ。噛み砕かれればイチコロ。そこから吐き出されたのは濃霧のような赤紫色の塊。

 

「うわぁぁぁぁ」

 

 男たちの悲鳴がこだまする。

 一時行動停止(ス タ ン)…いや、麻痺だろうか。

 ダメだ。これでは自力で脱出など出来やしない。やはり倒すしかないか。初見のこの攻撃力のボスを、後ろを気にしながら。

 しかし、やるしかない。8割ほど回復したHP。セツナは再びボスの背中に切りかかった。

 

 疾く

 

 こちらが削り取られる前に削り取れ。

 

 赤いエフェクトにポリゴンの欠片。武器を回転させ連続で攻撃を叩き込む。頬にかする攻撃も、脇腹に受ける攻撃も物ともせずに。ひたすらに攻撃を続ける。

 下の刃で剣を弾きあげ、腹にソードスキルを叩き込む。オールで水面を漕ぐように敵の表面を二枚の刃が進む。まず一本、HPバーを減らし終えると、ボスにも一時硬直が起こった。

 

「今よ、この部屋から出て!」

 

 何度目かの呼び掛けに、男たちも退路を見る。足の立たないものはディアベルの手を借り。それでも、後ろが見えない男もいた。

 

「我が軍に、退却の文字はない!!」

 

 一人、スキルモーションを発動させ文字通り突撃していくコーバッツ。正直頑なさも態度の大きさも頭に来る。

 

「ダメ…」

 

 ブレスを喰らって回復していないはず。他にも攻撃を受けていた…残りのHPはどうなっているか。

 それでも死んでしまったらしょうがない。

 

「ダメぇーーー!!!」

 

 敏捷性スキルを最大に男の前に出るが、ボスの動きは止められない。いつもならここで剣を弾きあげるところなのに…どうしてスキルが発動しないんだろう。

 その正体は、再び吐き出された赤紫色のブレスにあった。コーバッツもろともセツナは壁に弾き飛ばされた。

 

「うぅ…。」

 

 飛び出した瞬間、巨大な口から出ていた煙のようなもの。切り払うことはできずもろに被ってしまった。そしてそれはHPを削るだけでなく状態異常を引き起こした。HPバーが点滅し、端に現れたマークは麻痺(パラライズ)…。

 攻撃力も高く状態異常を仕掛けてくるこの敵にどうやって…。

 

「あり…えない…。」

 

 隣ではかばいに入ったはずの男が呻き声をあげ、欠片となって消えた。

 朦朧とする視界の先ではディアベルがその大刀を受け止めている。盾持ちの彼ならうまくブレスを防ぐこともできるだろう。ただ、残り11人の軍のメンバーたちはコーバッツを失ったことで完全に放心していた。自力で動ける者はいなさそうだ。自分と残りの軍のメンバーに気をとられながらディアベルもどこまで持ちこたえられるか。結晶無効化空間ではこの麻痺も直ぐには回復しない。ただ早く回復すること、それまで彼が持ちこたえてくれることを祈るしかない自分を歯痒く思った。

 

 そんなセツナの横を掠める風。

 

 

「うぉおおおおお!!」

 

 

 白くなびくコート。

 その色こそ見知ったものとは違ったけれどそのたなびく様は懐かしく、目に涙が滲むのを感じた。

 

「セツナ!!」

 

 そして武将のような男たちが軍のメンバーを介抱する様子が見え、自分のそばには栗色の長い髪の少女がいた。

 

「アス…ナ…」

 

 麻痺の影響か口までうまく回らない。

「待ってて、直ぐ回復してあげるから。」

「結晶は…」

 緑色の結晶を取り出す彼女にそれだけ言うと、アスナはすぐにボトルに切り替えた。

「道理でこの有り様ね。」

 そして直ぐに全体を把握したようだった。

 視線の先には何筋もの光る剣閃。速くてその切っ先を追うのも精一杯。《閃光》の異名をとるアスナよりも下手すらば速いのではないかと思えるそれを生み出しているのは彼だった。

 

「キリト…。」

 

 初めてみるその剣技に一本減らすのがやっとだったボスのHPがみるみるうちに減っていく。二振りの対照的な光に目を奪われずにはいられなかった。

 それはセツナだけではなく、アスナも当然にディアベルも…そして《軍》のメンバーとそれを介抱していた《風林火山》も。その場にいた全ての人が動きを止めていた。

 

ズシュッ…ブシュッ…

 

 響くエフェクト音はどちらのダメージか。

 キリトの攻撃速度はまだ勢いを増した。

 

「スターバースト…ストリーム…」

 

 底地に響くような圧し殺した声でそれだけ呟くと、そこからの剣はもう追うことも出来なかった。

 時おりキリトの体からも赤いエフェクトが飛ぶのが見えた。もうそろそろ解毒の効果が出てもいい頃なのにその場に縫い止められたようで。ただ祈った。

 

「ふっ…くぉぉぉおおあ!!」

 

 キリトの叫び声と共に繰り出された最後の一撃はカウンターでボスの懐に入り込んだ。

 

 そして巨体は一瞬で一気にポリゴン片に姿を変える。congratulation!の白浮き文字と共にキリトの体は床へ沈んだ。

 

 

 そこで初めてセツナとアスナは我に還った。

 

「キリト!!!」

「キリトくん!!!」

 

 駆け寄るも彼のHPバーが見えないことがセツナには歯痒かった。消えないと言うことは当然残っている、と言うことだが。

「アスナ…キリトのHPは?」

「あと数ドット…ホントにバカなんだから。」

 分かってはいてもその言葉を聞いてセツナは胸を撫で下ろした。

「よかった…。」

 残りの面子もゾロゾロとキリトの周りに集まってくる。そんな中、ややあってキリトは目を開けた。

「キリト!!」

 良かったぁと隣で涙を流すアスナ。

「どれぐらい、意識失ってた?」

「ホンの数秒よ…。」

 しっかりした口調で話すキリトにアスナが涙ながらに答える。もう大丈夫かとセツナは立ち上がろうとした。

 

「セツナ!」

 

 しかしそれはキリトに引かれた手に阻まれる。不意の行動にそのままバランスを崩し、倒れ込んだ。

 

「良かった…。」

 

 そして抱き寄せられたことに、セツナの思考は停止した。にやにやとした笑みでクラインがちゃちゃをいれる。

「キリトのやつよぉ、セツナがブレス食らった瞬間にスキルいじり始めてよ、あれだもんな。」

「何よ…自分の方がボロボロじゃない…。」

 そんなことを言いたい訳じゃないのに出てくる言葉はいたって普段通りだった。

「怖かった…セツナがやられるかもしれないって思ったら、ここで使うしかないって…。」

 そう言ってキリトはより強くセツナを引き寄せた。それは鬼神のような強さを見せたあのスキルのことを言っているのだろう。

「それで自分が死んだらしょうがないわよ…。」

 本当に憎まれ口しか出ないこの口。そうじゃない。ちゃんと、助けてくれてありがとう、嬉しかった。キリトが無事で本当に良かった。心にある気持ちなんて微塵も伝えられない。

「セツナがいない世界に何の意味もない。そう思ったのはこれで2回目だ。」

 そう言って腕を緩めると、キリトは真っ直ぐにセツナの目を見た。

「キリ…ト…?」

 その差すような視線から目をそらせない。

 

 

「セツナが好きだ。」

 

 

 




公開告白!やってしまった…
戦闘書くのって本当に難しい…
74層はもうちょっとだけ続きます。
青い人と赤い人ごめんなさい。

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