その人の名前ヨルコ。ロングのウェービーヘアにソバカスが印象的な女性。事件の第一発見者で悲鳴の主だった。
「怖い思いをしたばかりなのにごめんね。」
対外的な折衝はコミュ障、フリープレイヤーの私たちと違ってアスナは上手だ。ヨルコに優しく話しかける。大人しそうな外見に似合わず、事件状況の聴取をしようとした時すぐに進み出てくれた彼女。
「彼とは…知り合い?」
あくまでもソフトに尋ねるアスナにヨルコはゆっくり頷いた。
「彼、カインズって言うんですけど…昔、一緒のギルドにいたんです。今日はここにご飯を食べに来てたんですけど広場ではぐれて…そしたら…。」
そこまで言うと彼女は肩を震わせ怯えた表情を見せた。彼が吊るされていたあの光景を思い出したのだろう。
「誰か近くにいなかったか?」
キリトも出来るだけ優しく尋ねただろうに、アスナの鋭い眼光が飛んだ。しかしヨルコは怯えた態度とはまるで意思が切り離されているかのように口を開く。
「あの、後ろに人影があったような…気がします。」
申し訳なさそうに視線を左下に下げた彼女にアスナが いいのよ、と肩を支える。
「じゃぁ、その…言いにくいんだけど恨みをかうようなこととか。」
十中八九これは計画されたものだ。キリトのその質問の行方を見る。突発的なものにしては手が込みすぎているし不可解なところも多い。
しかしそれに対してはヨルコは横に首を振るだけだった。
絶対的に情報は足りない。でも怖い思いをしたばかりの彼女にそれ以上尋ねることは出来ずに、彼女を宿まで送り届けて今日は解散することにした。
手元に残ったのは黒い刃の槍。槍と言うには珍しく刀身が全体のほとんどを占めており、構造としてはまるでソードだ。しかし形状は間違いなくスピアでカテゴリーもスピア。そして刀身からは枝分かれした複数の刃先が出ていた。
「この槍の出所も調べたいとこだけど…鑑定スキル、誰も上げてないわよね。」
もしモンスタードロップ品でなくプレイヤーメイドならばそれは大きな手がかりになるだろう。私の質問にキリトもアスナも当然と回答が返ってくる。探偵の真似事をするには戦闘タイプの私たちにはスキルが足りない。私の脳裏に浮かぶは3人のプレイヤー。
サチは…こんな事件を聞いたら怖がってしまいそうだし、リズはこの時間帯は忙しい…。となると。
「俺の知り合いの雑貨屋にでも頼むか。」
とキリト。3人目の彼に私も自然と選択が移った。彼なら協力者として申し分ない。私も頷く。
「俺たち50層の雑貨屋に鑑定依頼しに行くけどお前はどうする?」
キリトが巨躯の男にメッセージを送る間にアスナの眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。
「私も行くわよ。それよりその"お前"って言うのやめてくれる?」
あ、なんかデジャヴ。
ピシャリと言われたものの何のことだかいまいち理解しきれてないキリトは
「じゃぁ…あなた?」
と答え、アスナの眉間にシワが刻まれる。
「副団長様?」
首をかしげクイズかのように続けるキリトだが。当然それも外れ。
「閃光様?」
そこまで来てアスナが大きく溜め息をつく。お心察します。
「…もう、普通にアスナで良いわよ。」
大体さっきからずっとそう呼んでたじゃない、と不平をこぼした。
アスナの非公式なファンクラブではどの呼称もよく使われ、アスナ様と言うのが一番メインではあるらしいが、そんなことを聞いたらファンクラブ本部まで殴り込みに行き解散させそうだ。ちなみにアルゴ情報なのでまず間違いない。
「ではアスナ様、50層に参りましょうか。」
あえてそう言うとアスナは私の手を取りギリギリと握った。
50層の町《アルゲード》は雑多な雰囲気でどこか東南アジアの某都市を想像させる。100万ドルの夜景があるあそこ。展望台などはないので夜景がどうなっているか確かめようがないが迷宮区の最上階辺りに穴を開けて窓を作ったらそれなりに良い観光地になりそうだ。
ロマンチックな想像はできても実際は大分ごちゃごちゃした街ではあるところが妙に気に入っていて、キリトとそろそろ定宿を移そうかと相談をしている。もちろんそれだけではなく、今から向かう店があるようにプレイヤーショップが充実しているのも一つの理由だ。
細い小道の角にあるその店の扉をキリトが開け、それにアスナが続く。入れ替わりに肩を落としたプレイヤーが出てきたが…彼の被害者だろうか。「客じゃないやつにいらっしゃいませは言わん!」と中から大きな地声が聞こえ、そして…
「おおおおおおい! キリト! お前がセツナ以外の女を連れてるなんて! しかも、あ…アスナじゃないか!」
と彼の興奮する声が響き渡ってきた。エギルに肩を組まれ押し潰されている光景が想像できる。アスナも頬をひきつらせ苦笑いを隠しきれていない。
「おーい! 私もいるよ!」
アスナの肩口から店内を覗き込むと想像通りの光景。キリトは店主エギルにヘッドロックまでかけられていた。
「お前!
それはさらにギリギリと締め上げられることになったのだが。
「ゴメンね。お店。」
2階の居住スペースに上がり皆で腰を下ろす。明らかに営業妨害をしてしまったのでそこは一応謝罪をしておく。
「いや、なに他ならぬお前さんたちの頼みだしな。」
ディアベルとは違った意味で男前だ。包容力のある男とはこういう人のことを言うのかもしれない。肩を竦めるしぐさが外国映画のように決まっている。
「メールで言った通りなんだが、まずこの武器を鑑定して欲しい。」
キリトが机の上に物々しくゴトリと置く。
「珍しい武器だな…。」
そう言いながら鑑定スキルを実行するエギルに全員の視線が集まる。スキルウィンドウを操作する手元の動きすら気になる。
「………!!プレイヤーメイドだ。」
エギルの言葉に3人して身を乗り出し「本当か!?」と叫び声をあげる。
「作った人は、何て言うの?」
これで事件の関係者である確率が高い人間の名前がまず分かる。アスナが促すとエギルの声が静かに響く。
「グリムロック、と読むのかな。俺は聞いたことのない名前だ。」
周りに視線を移すとキリトもアスナも首を横に振り、誰も知らない名前だった。そう有名ではない鍛冶職人のようだ。折角の情報だが探すのはちょっと骨が折れそうだ。
「うーん…その人が生きていると良いんだけど…。あと問題は…。」
気になっていたのはダメージだ。あの時、winner表示は確認できなかった。デュエルでなければどのようにしてHPは0になったのか。圏内では通常HPの減少はない。
ステータスウィンドウを開き、入りっぱなしになっていた適当なドロップ品の武器を取り出す。
「セツナ?」
そして逆手で握りスキルモーションを起こし左腕に軽く当て付けた。
―パァァァン
「セツナ!!!」
3人の声が響き渡る中、衝撃で少し後ろに飛び、椅子から転げ落ちた。
「ったぁ…。」
受けたのはスキルエフェクトが見えない障壁に弾かれた反動と、尻餅をついた衝撃。当然のようにHPの減少は…ない。
「ばっ、バカなことしないでよ!! ホントあなたってメチャクチャなんだから!!」
アスナは助け起こしながらも涙目でそう言った。
「ごめんごめん。まずは復習と思って。」
「復習?」
不可解な表情を作る。
《圏内》ではHPは減らない。と言うのは通説でもどのような現象になるのかみることはそうない。今のように弾かれることから模擬戦等に利用されることもあるようだが、フリーな私たちにはあまり関係のないことだった。だから
「本命はこっち。」
テーブルの上に置かれた奇妙な槍を手に取る。見たところ素材からしてそう上位の武器ではないことは確かだ。同じく逆手で持ち、今度はスキルモーションは発動させずに、また吹っ飛ぶのはごめんなので、腕の速度のみで左手にぶつけようとした。
「だだだダメよ!!!」
悠々と眺めるキリトとエギルとは違いアスナの右手がパシッと音をたてて私の右腕を掴む。
「大丈夫よ。何もないことを確認するだけだから。」
「実際にそれで人が死んでるのよ!」
カタカタと震えるアスナの右手。それを優しくほどくとそのまま右腕をもう一度高く上げ
「いざとなったら《還魂の聖晶石》があるからだいじょう…ぶ!!」
左腕に突き付けた。
―パシッ
すると先程より随分と控えめなエフェクトでそれもやはり見えない障壁に阻まれる。
「…この武器に特殊能力があるわけではなさそうね。」
納得するようにそう言うと、皆が大きく息をつくのが聞こえた。
「キリトくんてばいつもこんなめちゃくちゃに付き合ってるの? 大変ね。」
「おかげさまで俺が無茶できない。」
「まぁまぁ、もう慣れたもんだろ。」
みんな好き勝手に言ってくれる…。大切なことを検証したのに納得がいかない。それに
「後は圏外での貫通ダメージが圏内でも続くかどうか…よね。今日はグリムロックが生きているかだけ確認してそれは明日検証しよう。」
どんな手口だったかを知るためには考えられることは確認しなきゃいけない。皆のため息がまた聞こえた。
《はじまりの町》の生命の碑では、グリムロックの名前に横線は引かれていなかった。つまりは生きている、と言うことだ。そしてカインズの名前も探したところそこには横線が引かれていた。
第1層の転移門広場で明日の約束をしてからアスナと別れ、48層の定宿に戻ろうとすると、7人か8人の集団に取り囲まれた。
「キリトさん、セツナさん」
私たちの名前を知っているということは攻略組か。人の根城まで知っているとは。
声の主をみとめると、案の定知った顔だった。
「こんばんわ、シュミットさん。」
キリトが不敵に返事をする。
ギルド《聖竜連合》の
「ちょっと聞きたいことがあってな。」
《圏内》とは言え複数人で取り囲んで、脅迫のようなものだ。キリトは飄々と誕生日と血液型じゃないよな? なんて答えているが、さすがに攻略組のこの人数、しかも
「カインズが殺されたって言うのは本当か?」
しかしそれは予想もしないことだった。彼とシュミットは知り合いだった、と言う新たな情報。それが何になるかは分からないが…。
「本当だ。」
「今回の《圏内》PKがデュエルじゃなかったというのは。」
「それも本当だ。」
キリトの答えに顔色を変えるシュミット。被害者と知り合いならもしかして、とアイテムストレージから黒い刀身の槍を取り出す。
「これが凶器。固有名は《ギルティソーン》、作成者は…グリムロック。」
彼の顔に槍を突きつけながらそう言うと、彼の表情が明らかに変わった。
それはこの槍の禍々しさからではないだろう。
「あなた、グリムロックを知っているの?」
「あんたには関係のないことだ!!!」
急に怒鳴り声を上げたシュミット。それは肯定と見なしていいものだろう。青ざめた顔色でこそこそと嗅ぎまわるな、と捨て台詞を残し部下を引き連れて早々に去っていった。
カインズとシュミット…そしてグリムロック。ヨルコさんは、何かを知っているのだろうか。
《圏内》PK…何かを見落としているように思えた。
シュミットとの遭遇時青いあの人を絡ませようと思ってたのですがうまくいきませんでした。
続きます。