ブラック・ブレット〜白の変革者〜   作:ヒトノミライ

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遅くなってすいませんでした。
いやぁ、今回は難産でしたよ(汗


Beast.7 月は哀しみを見つめる

スゥスゥと少女の寝息が、この静寂の暗闇に静かに響く。

俺は尻尾を腹に抱えるように置き、そこで少女が気持ちよさそうに寝ている。

時々寝返りを打ちずれた身体を尻尾と前脚で直してやる。

 

 

 

 

 

 

 

ーーあの時、色々聞きたい事はあった。

だが、まだ少女は病み上がりだ。

それを配慮して、まだ寝てろと無理矢理寝かせたのだ。やはり疲労が溜まっていたのか、暖かくなるように尻尾に寝かせるだけでなく、俺が腹で抱きかかえるようにすると、その目蓋はすぐに落ちた。

 

おそらく、気づかないウチに身体に疲労を溜めていたのだろう。

それに、不安だってあった筈だ。

この暗い森の中を一人で彷徨っていたんだ。アラガミと遭遇する緊張もそれを助長しているのだろう。

だから、今日はゆっくり寝かせてやることにして。体温を感じ取れるように尻尾で寝かせて。

 

 

最初この子に出会った時ーーいや、この子の存在を感じ取った時からずっと不安だったことがあった。

それはこの子がゴッドイーターかどうかということ。もし、ゴッドイーターならば俺は殺される可能性がある。俺は油断や慢心はしない。発見され有害だと判断されれば、人間はーーーゴッドイーターは俺を殺す為に死に物狂いで向かってくれだろう。

死を覚悟したものほど恐ろしいものはない。そこが人間の怖いところでもある。人はいつでも、不可能と言われたものを可能にしてきた。

あの世界で、神とまで恐れられたモノたちに立ち向かうために、神に対抗する為の神機や、神を喰らうもの(ゴッドイーター)たちを作り出した。

そう、人は自分たちの種の危機だとわかると神にすら抗うのだ。

俺だって無敵だという訳じゃない。

他のアラガミの例に漏れず、コアだってあるし、それを破壊されれば死ぬだけだ。

それを警戒しないなど、元人間の俺には出来なかった。

 

 

だから、姿を現した時は最大の警戒を維持していた。もしそうなら、いつでも殺せるように。

だが、彼女にはゴッドイーターには絶対あるべきものが存在しなかった。

正式名称「P53アームドインプラント」。通称腕輪と呼ばれるゴッドイーターには着用が義務付けられているモノ。

腕輪は一度装着すると肉体と結合し、生涯外すことは出来ない。

ゴッドイーターがアラガミ化を防ぐ為にも絶対に着けていなくてはならないモノだ。

それを彼女は着けていないのだ。

神機すら持っていない。

それを確認している時、彼女は倒れてしまったわけだが。

 

運ぶ際にも色々と確認したが、シオのように人型というわけでもなく、神機を隠し持っているわけでもなかった。

ただ、頭部に生えた動物のものだと思われる三角耳は疑問だったが。

 

そしてその後、彼女を連れて世界樹に入り、目が覚めるまで待っていたというわけだ。

彼女の衣服はお世辞にも綺麗とは言い難いものだった。身体中には無数の小さな傷があったし、泥や草などに塗れていた。

傷は治ったが身体の汚れまでは取れていない。

 

 

ーーこりゃ、彼女が起きたらまた川に行くしかないか。

 

 

再び寝返りを打ち、尻尾から転げ落ちそうになった彼女を優しく直してやる。

そして

月光が差し込む世界樹の穴を見て、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「………ぅん…」

 

再び彼女を寝せてから数時間が経った頃、彼女は目を覚ました。

もう辺りは暗さはなくなり、朝を迎えようとしていた。

 

彼女が目を覚ましたのを確認すると、俺は被せていた尻尾を退けた。

彼女は少し肌寒い空気に触れ、ぶるりと震えた。

まだ完全には目が覚めてはいないのか、その手は温かい俺の尻尾を探している。

もう一度被せても良かったが、俺も彼女に聞きたいことがある。

少し酷だとは思いながらそのまま放置した。

 

「………あ、おはよう……」

 

少し経つと彼女の脳は正常に動き出したようだった。

欠伸をしながら大きく身体を伸ばすと、俺の存在に気づいたようで朝の挨拶をしてきた。

一応、挨拶のつもりで小さく喉を鳴らした。

すると、彼女はこちらを見て微笑んだ。

 

「……やっぱり分かる。不思議だな。ガストレア(・・・・・)と言葉が通じるなんて」

 

 

 

ーーーちょっと待て。彼女は今、なんて言った?

 

 

 

今言った彼女の言動について問いただそうと口を開きかけた時、彼女のお腹が空腹を訴えた。

 

「………お腹空いた」

 

少しだけ、頬を染めながら恥ずかしそうに俺の方を見た。

 

(……はぁ、しょうがない)

 

この中に溜めておいた林檎もどきは昨日の最後だった。

仕方なしに、俺は思い腰をあげた。

 

「キュオ(ここから出るなよ)」

 

「…分かった」

 

彼女は不安そうに俺を見つめていた。だが、すぐに頷いた。

 

「キュゥ(すぐ戻る)」

 

「ほ、ほんと?」

 

「キュッ(本当だ)」

 

そう言うと、彼女は安心したように胸を撫で下ろした。

そして俺が出て行こうとした時、

 

「気をつけてね」

 

俺は振り返らずに、低く喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女に約束した通り、五分程して世界樹の元へと帰った。

林檎もどきの樹が何処に生えているかはこの一帯を見つけた時に把握しておいた。なので、素早くそこまで走って十数個を尻尾に包んで運んできた。

 

「ありがとう。美味しいよ」

 

そのうちの二つを彼女に渡すと、お礼を言ってにっこりと微笑んだ。

俺も一つを口に放り込み、シャリシャリと食べる。

少しの間無言の時間が続いた。

俺が四個目の林檎もどきを食べようと口を開けた時、彼女は食べる手を止めてこちらを見た。

 

「なんで、助けてくれたの?」

 

その言葉には、少し恐怖が混じっていた。多分俺がこの問いで気分を悪くなるのかと思っているのかもしれない。

別にそんなことくらいで不機嫌になったりしない。

 

「キュゥ(気まぐれだ)」

 

「………そう、なんだ。でも、どうして私を食べないの?」

 

オドオドしながら聞いてくる彼女を見ていると、まるで小動物みたいだと思った。

それにしても、俺が人を食べない理由か。彼女にとって、その疑問は絶対に知りたいんだろうな。

でも、俺は人なんか喰うつもりはサラサラない。それは俺が元人間であることと、

 

「キュキュ(人なんて美味くねぇだろ)」

 

「……へ?」

 

「キュウ(こっちのほうが十倍美味い)」

 

そう言って、一つ林檎もどきを口の中に放り込む。

喰ったことはないが、人なんかよりこの林檎もどきの方が断然美味いと思う。

その答えは意外だったようで、彼女は呆けた表情を浮かべた。

 

「キュッキュオ(別に人間なんて食べなくても生きていける)」

 

「………なら、なんで貴方たちは人を食べるの?」

 

その貴方たち、というのは誰を指しているのか。

それは俺たちーーアラガミの事を指しているのか。

それとも先ほど彼女が口にした、ガストレアというものを指しているのか。

 

「……キュキュウ(貴方たちっていうのは?)」

 

「……ガストレアに決まってるじゃない」

 

ガストレア。

彼女の言ってるそれは、アラガミの別称なのか。

それとも、アラガミとはまったく別のなにかなのか。

 

「キュオ(ガストレア、か)」

 

「そう、貴方たちガストレアはなんで人間を食べるの?」

 

彼女の眼差しには強い意志を感じる。ジッとこちらを見つめる彼女に、俺は根負けしたように顔を逸らす。

 

「キュオ(その前に一つを聞きたい)」

 

「………なに」

 

「キュオォ(ガストレアって、なんだ?)」

 

「………はぁ?」

 

なに言ってんだこいつ。

そう彼女の表情は物語っていた。

そんなこと言われても知らないもんは知らないんだ。

 

「キュゥ(ガストレアってのはアラガミなのか?)」

 

「あらがみ? なにそれ。ガストレアはガストレアだよ。そうとしか呼ばれてないよ」

 

彼女の様子を見る限り嘘をついているようには見えない。

それが本当なら困った。アラガミを知らないなんて。

 

「キュオォ(俺はアラガミなんだが)」

 

「……どう見てもガストレアだよ」

 

「キュオ(まずガストレアってなんだ)」

 

「…人を食べる化け物だよ。眼が赤くて、大っきいの」

 

そう言われるとガストレアがアラガミの別称に思えるんだが。

アラガミは人も喰うし、眼が赤いのもいるし、そして大抵のものは大きい。

これだけみると、彼女が言った事と一致している。

 

「…それに、体液を送り込まれるとガストウィルスに感染する。そうやってガストレアは増えたって聞いた」

 

「キュオォ(感染? アラガミは感染なんかしないぞ)」

 

「……まずアラガミってなに? 私の言うガストレアとどう違うの?」

 

話を聞いた限り、俺はガストレアとアラガミは別物だと予想した。

アラガミはウィルスが元で生まれるものじゃなく細胞が集まって生まれる。だから、噛まれたからって感染なんかしない。まぁ、直接オラクル細胞を移植すれば別だが。

 

「キュキュ(アラガミはオラクル細胞の集合体だ)」

 

「おらくる細胞? ガストレアウィルスじゃないの?」

 

「キュキュゥ(あぁ、その細胞が集まってアラガミが生まれる)」

 

「…細胞ってなに?」

 

「…キュキュ(…全ての生物を構成してるものだ)」

 

「…私にもそのオラクル細胞があるの?」

 

「キュキュオォ(いや、細胞にも種類があってオラクル細胞はアラガミ以外持ってない)」

 

「他の細胞とは違うの? そのオラクル細胞は」

 

「キュキュ(普通の動植物……お前や他の動物、植物が持ってるのとは全てが異なる)」

 

最後の林檎もどきを口に放り込む。

彼女には少し難しいかもな。

ウンウンと必死に考えている彼女を見ると、苦笑が漏れる。

 

「……つまり、アラガミとガストレアは違うってこと?」

 

「キュキュ(結論だけ言うとな)」

 

もしかしたら、俺がこの前まで殺してきた奴らはアラガミじゃなく、ガストレアだったのかもしれない。

 

「…それに、貴方は眼が赤くないし」

 

「キュオォ(ガストレアってのは全部眼が赤いのか?)」

 

「そうだよ。ガストレアは絶対に眼が赤いの。……こんな風に」

 

そう言って彼女は瞳を閉じる。

そして再び開けた時、その瞳は赤く染まっていた。

 

「キュオォ(お前、ガストレアってやつなのか?)」

 

「…私たちは生まれた時から身体の中にガストレアウィルスがあるの。だから眼が赤くなる」

 

彼女は悲しそうにそう言うと、俺の身体をよじよじと登ってきた。

 

「…貴方はガストレアじゃないんだよね」

 

「キュゥ(あぁ、そうだ)」

 

俺の背に乗り、ギュッと抱きしめる彼女は寂しそうだった。

 

「…あったかい」

 

「………」

 

俺は黙ってそれを受け入れた。

彼女はなにも言わない。ただ、温もりを求めるようにキツく、キツくしがみつくだけ。

どちらも喋らない。ただゆっくりと時間が流れていく。

 

「私、さ」

 

不意に彼女が口を開いた。

その眼差しは穴から見える月を見ている。月光は俺たちを照らした。

 

「赤い眼をしてるし、狐の耳だって生えてるから、大人たちはみんな私を見ると痛いことばかりしてくるんだ」

 

「……キュゥゥ(……なんでそんなことしてくるだ?)」

 

「多分家族を、友達を、好きな人をガストレアに食べられちゃったから、そのウィルスを持ってる私を恨んでるんだよ」

 

「……キュキュ(お前はガストレアじゃないだろ)」

 

「……大人たちにはそう見えないんだって。ガストレアと同じ赤い目をした私たちを、殺したくて殺したくてしょうがないんだって。そう、言われたの」

 

俺は、この世界はゴッドイーターの世界ではないことを確信した。

ゴッドイーターの世界に彼女のような境遇の子たちは居なかった。それにゴッドイーターたちは恨まれてなんかいなかった。寧ろ、人類を救う救世主として見られていた。

 

 

生まれた時から持っていた、と彼女は言った。それは望んで手に入れたものではなく、偶然と呼ばれるものだ。

それは、しょうがないものの筈だ。彼女はなにも悪くない。

 

「皆に言われた。『お前らが殺したんだ!』『化け物が!』『お前らは人間じゃない!』『家族を返せよ!』。……私はなにもやってないのに、そんなことしてないのにっ」

 

 

彼女の声は震えていた。嗚咽が漏れて、俺の背に涙が零れる。

彼女は一層強く、俺の背にしがみついた。

 

「………もう、いやだよっ」

 

その手は痛いほど握りしめられていた。堪えきれない哀しみが、ボロボロと瞳からこぼれ落ちる。

 

「……キュゥゥ(俺はそんなことしない)」

 

俺は様々な感情に支配されていた。

怒り、哀しみ、憎悪、色々な感情が吹き荒れるなか、怒りと哀しみが強かった。

彼女は今までの間、ずっとそんな目にあってきたのだろう。それが哀しく、彼女をそんな目に合わせる大人たちーーーいや、この世界に俺は怒りを覚えていた。

 

彼女の他にも、同じ目に合っている子たちがたくさんいる筈だ。

何故、そんなことをするのか。少し考えればわかる筈なのに。

彼女たちはなにもしていない。

彼女たちは言うなれば被害者だ。

俺はそれが、元人間として悲しかった。

 

「……キュオォ(俺は何処にも行かない)」

 

彼女を背から前脚を使い優しく剥がし、その哀しみが少しでも晴れるように包み込むように抱く。

この温もりが、少しでも彼女を癒せるように。

 

「………ありが、とう」

 

彼女はそう言って、静かに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい経ったのか。

彼女は泣くのを止め、俺の首にしがみついた。

 

「………私は、琴音朱莉。貴方は?」

 

「………キュゥ(名前なんて、ない)」

 

一瞬、前世の名前を名乗ろうとしてやめた。俺は生まれ変わったのだ。その名前は相応しくない。

 

「………じゃあ、私が付けてあげる」

 

なににしようかなぁ、とウンウンと唸る彼女はふと穴から覗く月を見つめた。

 

「ーーールナ。貴方は、ルナ」

 

ゆっくりとこちらを向いた彼女はどう? と聞いてきた。

 

「キュォ(いい名前だ)」

 

彼女は嬉しそうに微笑み、俺の首を撫でた。

 

「ーーよろしくね、ルナ」

 

「ーーキュウ(あぁ、朱莉)」

 

 

 

 

 

穴から入り込む月の光が、彼女たちを優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 




主人公の名前はルナールに決まりました。
由来は、月の『ルナ』と『狐のルナール』です。

まぁ、基本的にルナとしか呼ばれないし書く事もないと思うので、すぐにルナールなんて名前は忘れちゃうと思いますけどね(^^;;
一応そう名付けました。

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