今回は好き嫌いがありそうな話です。
俺は倒れた少女を、エデンの中心にある大樹に連れて行った。
この樹を見つけたのは、アラガミを駆除していた時だ。途轍もなく大きな樹で、寝床にピッタリだと思って死守した。
この樹から半径約百メートルくらいの果物の樹たちは無事だ。他は全て戦闘で木の残骸へと変わってしまったが。
殺生石が良かったな。あれが無ければ、こんなに果物の樹は確保出来なかった。
この大樹は本当に大きい。
直径は三十メートルくらいはある。
洒落た言い方をすると、エデンの園の中心にある世界樹。
だから、こいつの名前は“世界樹”にした。中心を俺が入れるくらいに削り取って、木の残骸から葉っぱなどをかき集めて布団代わりにしている。
ここに少女を寝かせ、と思ったが傷が少し多すぎる。擦り傷が無数にあるようだ。このまま寝かせれば傷にさわる。
どうしようか、と思っていたがすぐにピンときた。
(さっきの戦闘で吸収した、この有り余るほどの生命力を分け与えられないか?)
吸う事が出来れば、吐くことも出来る筈。
吸う時の感覚の正反対のことをすれば………。
(そして、対象をこの少女に………)
すると、俺の身体から淡い青い光が溢れた。それを少女に吐き出すようにして、少女に与える。
淡い光は少女を包むと、ゆっくりとその身体を癒していった。
(よし、成功だな)
それまで苦痛に歪んでいた少女の表情が、今では安からになっていた。
このまま葉の布団に寝かせようと思ったが、俺の尻尾を布団代わりにすることにした。
こっちの方が、葉っぱより寝心地がイイだろうと思ったからだ。
一本を布団代わりにして、もう一本を掛け布団のように少女の身体に被せる。
(俺も疲れたし、このまま寝るか……)
そして、俺はそのまま樹の中でとぐろを巻いて眠りについたのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ん………、ここは……」
琴音朱莉はゆっくりと目を覚ました。
まだ、身体に気だるい眠気が残っている。このふわふわした布団の魔力に勝てず、そのまま寝てしまいたい欲望が芽生えたが、それを無理矢理押し込み、意識を覚醒させる。
まだ、少し眠気が残る意識で辺りに目をやるが、暗くてぼんやりとしか見えない。
「えっ、布団……?」
自分は、動物の毛皮のような物が布団代わりに敷かれ、同じ毛皮と思われる物を被っていた。
「な、なんで……。ーーっ! き、傷が……!」
あの夜に負った筈の傷が無くなっていたことに気づいた。
ガストレアを避ける為に、荒れた道を通っていた時に負った傷が無くなっていたのだ。
あれだけの傷がすぐに治るのはおかしい。
「……? この毛皮、なんだか温かいような………」
じんわりと温かさが毛皮から伝わってきていた。
それにここは何処なのか、確認しようと毛皮をどかした。
そして、ここが密閉された空間だということに朱莉は気づいた。
目の前に穴が空いており、そこから月の光が差し込んでいた。
そして、気づいた。
「ヒィッ!」
喉から、思わず悲鳴が漏れてしまう。それから慌てて口を手で塞ぐ。
居たのだ。あの生物が。
自分が最後に見た、幻想。
背に満月の光を背負い、朱莉の目にまるで神の如く映った、あれが。
それが、すぐそばでとぐろを巻いて、寝息を立てているのだ。
蛇に睨まれたカエルのように、朱莉の身体は硬直した。
朱莉の悲鳴で目を覚ましてしまったのか、それがゆっくりと頭を起こした。
月の光がその生物を照らし、朱莉はやっとその正体に気づいた。
(狐の、ガストレア………)
自身のガストレアウィルスのモデルである狐だった。
その大きさは絵本で見たものとはまるで違っていたが、その姿形は多少違えど狐だった。
そして、その尻尾の上で自分は寝ていたのだと。
狐のガストレアは朱莉が目を覚ましているのを確認すると、尻尾を動かさないようにゆっくりと身体を起こし、此方にその鋭い爪が生えた前脚を伸ばした。
殺される! そう思って、目を涙を溜め、身を固くした。
だが、その爪は朱莉の身体を引き裂くことなく、優しくその尻尾の上に押し倒し、寝かせた。
「………えっ、なんで……」
理解出来なかった。
まるで、まだ寝てろと言うように優しく寝かせたのだ。
朱莉がまだ状況を把握していないうちに、狐のガストレアは傍に置いてあった赤い色のした果物を、爪を器用に使い、少女の頭の上に二個ほど置いた。
「た、食べろってこと………?」
零れてしまった言葉を聞いたのか、狐のガストレアは此方を向き、キュオと小さく鳴いた。
朱莉はそれが、そうだと言っているのが分かった。
その鳴き声を理解した、というわけでなく、本能的に分かったと言った方が正解に近い。
「あ、ありがとう」
まだ理解は出来てはいないが、ちゃんとお礼は言った。
狐のガストレアはまた小さく、キュオと鳴いた。
ーーー気にするな、と言っていた。
朱莉は、このガストレアの言っていることが分かったのだ。
朱莉の言ったことに反応し、返したというのことは此方の言葉を理解しているということだった。
それは、普通のガストレアではあり得ないと言われていたことだった。
だが、実際に目の前にいるガストレアは此方の言葉を理解しているし、自分自身も理解できる。
同じ狐という種族が原因なのかは定かではないが。
だから、聞いてみた。
「あなたが、助けてくれたの……?」
ずっと聞きたかった言葉だった。
そう言うと、狐のガストレアはまた小さく、キュオと鳴いた。
ーーそうだ、と言っていた。
「ありがとう。助けてくれて」
不思議と、ついさっきまであった恐怖を消え失せていた。
だから、自然にそう言えた。
狐のガストレアは驚いた様子だった。別にその表情はほとんど変化していないが、朱莉には分かったようだった。
キュオッと先ほどまでとは違い、強い鳴き声をあげた。
朱莉は、理解していた。
だから、こう答えた。
「ーーー分かるよ。あなたの言葉」
◆◆◆◆◆◆
俺は、助けた少女の悲鳴を聞いて目を覚ました。
その少女は身体を起こして此方を見て固まっていたが。
まぁ、普通アラガミが近くに居たら流石にビックリするか。
少女の身体をゆっくりと押し倒して、再び尻尾の上に寝かせる。
少女はまだ混乱しているようで目を白黒させていた。
傍に置いておいた林檎もどきを二つ取り、少女の頭の上に置いた。
後で食べろよ、という意味合いをもって置いた。
「た、食べろってこと………?」
少女が呆然と呟いた。
少し違うが、まぁいいかと思い、そうだという意味を込めてキュオと小さく鳴いた。
「あ、ありがとう」
再び横になろうとすると、少女の声が聞こえた。
律儀だな、と思った。
だが、嫌いじゃなかった。
俺は気にするな、という意味を込めてまた小さくキュオと鳴いた。
少女は目を丸くしていた。
何がそこまで彼女を驚かせているのか分からなかった。
おそらく、アラガミに助けてもらったということに驚いているんだろう。
「あなたが、助けてくれたの……?」
その問いに伝わらないだろうがそうだ、と小さく鳴いた。
すると彼女は少しだけ微笑み、
「ありがとう。助けてくれて」
そう言ったのだ。
俺は驚いた。
今の言葉はたまたまか? それとも理解してか?
それを確かめるために、俺はこう言ったのだ。
「キュオッ(分かるのかッ?)」
本来伝わる筈のないその問いに、
「ーーー分かるよ。あなたの言葉」
彼女はそう、答えたのだった。
ーーーこれが、俺と少女ーー琴音朱莉との出会いだった。
この展開、ちょっと嫌な人もいるかもしれませんね。