ブラック・ブレット〜白の変革者〜   作:ヒトノミライ

11 / 13
遅くなって大変申し訳ないです……。
言い訳としては、親知らずの所為なのです。
親知らずは本当に大変でした。


Beast.10 旅立ち

カツンカツンと松崎の持つ撞木杖が地を叩く音が響き渡り、反響を繰り返す。前を歩く松崎は時々こちらを振り返り、朱子に言葉をかけて歩調を合わせてくれている。

 

「……寒いと思っていたけど、あんまり寒くないんですね」

 

「発電所から出る排水は大抵熱水だからね。冬なら外より暮らしやすいんだよ」

 

時折吹く風に、松崎の白髪が静かに揺れる。

前を歩く朱子はマンホールチルドレンなのだろう。朱莉もその存在は知ってはいたが、実際に入るのは初めてだ。

 

「朱莉ちゃんはここに来たのは初めてだよね」

 

「はい。ずっと外で暮らしていました」

 

朱莉の住んでいた外周区にもそういった子供たちはいた。だが、全員というわけではない。下水道に一地区全員が入り切るわけないのだから。

だから、まだ感情の制御が出来なく眼が赤くなってしまっている子供たちを下水道に住まわせていた。

朱莉は感情の制御はできていたので外で暮らしていたのだ。そうやって感情の制御ができた子供から下水道から出て行き、新しくきた制御のできていない子供たちを下水道に住まわせるのが朱莉たちの区の常識だった。

前を歩く朱子を見てみると、眼が常に赤く光っている。あの子もまだ制御が出来ていないのでここで暮らしているのだろう。

 

「……さぁ、着いたよ」

 

しばらく歩いていると、松崎が一つのドアの前に立った。

そのドアを開けて中に入ると開けた空間が広がっていた。談笑する子供たちなどがいることから、ここが彼女たちの溜まり場なのだろう。朱子がその輪の中に入っていくのが見える。

朱莉が物珍しいそうにキョロキョロと見ていると松崎は奥から折りたたみの椅子を出してくれていた。

 

「朱莉ちゃんはここを見るのが初めてかい?」

 

「はい……。他の子が下水道で他の子たちの面倒をみていたので」

 

松崎は少しの間、この空間を照らしているランタンの灯を見ていた。

 

「……改めて言うけど、本当に無事で良かったよ」

 

「……はい」

 

ランタンから目を離した松崎は朱莉を見た。そして、中指で眼鏡のツルをくいっと持ち上げる。

 

「それで、今まで何があったんだい?」

 

「それはーーー、」

 

その問いに、朱莉は連れされてからのことを話した。車で拉致され、訳も分からないうちに未踏査領域へと連れて行かれたこと。そして、大切な人に助けてもらったこと。

ルナのことはあまり詳しくは説明しなかったが。

 

その話を瞳を閉じ、辛そうに聞いていた。

朱莉が話が終わると、松崎はゆっくりと目を開けた。

 

「………辛かったんだね。なにもできなかった私をどうか恨んでくれ…」

 

「い、いえっ。松崎はなにも悪くないですよ」

 

深く頭を下げる松崎を慌てて止める。しかし、顔を上げた松崎の表情は優れない。

 

「本当に大丈夫ですよ。それに、そのおかげで大切な人に出会いましたから」

 

幸せそうに呟く朱莉に、松崎は不安そうに見つめる。

 

「………朱莉ちゃんはイニシエーターになったのかい?」

 

「えっと、違いますけど……。どうしてそう思ったですか?」

 

それを聞いた松崎は安堵の息を漏らした。目頭を揉むと、ゆっくりとこちらを見た。

 

「いえ、あの状態から戻ってこれたということは、民警に助けてもらったのかと思ったのでね」

 

いや安心したよ、と呟く松崎に朱莉は少し驚いた表情を浮かべる。

 

「よくある話さ。民警には荒くれ者が多いから、無理矢理子供たちをイニシエーターにさせる。そんな子供たちの末路は酷いものさ」

 

そう言って、奥の方で談笑をしている子供たちを悲しげに見つめる。

子供たちはキャイキャイと楽しそうにしている。それを見ると、松崎は優しげに微笑み朱莉を見た。

 

「ーーーそれで、朱莉ちゃんの大切な人は今は居ないのかな? お礼を言いたかったんだが」

 

「そ、それは……」

 

朱莉は言いよどんでしまった。話すべきなのか、それとも黙っているべきなのか。

ルナにそのことについてはなにも言われてない。つまり、朱莉の判断に任せる、ということだろう。

 

それを見ていた松崎は、小さく微笑みいいですよ、と朱莉に言った。

 

「…その様子を見ると、なにか事情があるようだね。無理になんて聞かないよ」

 

呆けたままの朱莉に向かって、松崎はにっこりと笑った。

 

「でも、一つだけ聞かせておくれ。その人は、悪い人じゃない。そう言い切れるかい?」

 

「はい。絶対に悪い人なんかじゃないです」

 

ルナのことを悪い人、と言われて少し食い気味に答えてしまい、少し気恥ずかしくなり、俯いてしまった朱莉を松崎は、はははっと笑った。

 

「朱莉ちゃんがそこまで言うならそうなんだろうね。君は人を見る目があると思っているからね」

 

そう言い、松崎はイスから立ち上がり朱莉の頭を優しく撫でた。

そして、奥の棚の上から黄色いバックパックを取り出してきた。

 

「これを持って行きなさい。少しだが、お金も入っているし、衣類や生活必需品もあらかた入っている」

 

「え、えっ?」

 

いきなり手渡されたバックパックに目を丸くして、状況が理解できていない朱莉に松崎は、撞木杖の頭をギュッと両の手で握る。

 

「ーー君は、旅立つのだろう?」

 

ドキンッと心臓が鼓動を打った。顔に出ていたのか、松崎は優しげな笑みを浮かべた。

 

「今日、帰ってきた君の顔を見て、そう確信したよ。いや、君は帰ってきたのではなく、別れをしに来た」

 

違うかい? と問いかけてくる松崎に朱莉は驚いた表示のままコクコクと頷いた。

 

「この短い間で、君になにがあったかは私には分からない。だが、それが君にとって人生の転機と言えるほどのことだということは、君を見ていてわかったよ。ここにいた時の君とは、まるで違っていたからね」

 

松崎は朱莉から視線を外し、子供たちを見た。

 

「君は、今のあの子たちには無い、大切なモノを見つけたんだろうね。だって、今の君はーー」

 

そこで松崎は話すのをやめ、朱莉の肩に手をやった。

 

「これから君には様々な苦難が待ち受けているでしょう。泣きたいことや、憎しみがつのることもあるかもしれません。それでも、君は出ていきますか?」

 

肩に手をやったまま、しゃがんで目線を合わせてきた松崎の瞳は真剣だった。

朱莉は顔を引き締め、神妙に頷く。

 

「ーーそれでも、私は行きます」

 

暫く、松崎は朱莉を見つめていると、不意ににっこりと微笑んだ。

 

「ならば、行きなさい。それが貴女の後悔のない選択ならば、私はそれを見送ります」

 

「ーーはいっ!」

 

朱莉はイスから立ち上がり、ぺこりと松崎にお辞儀をした。

そして、バックパックを背中に背負い、外に向けて歩き出した。

 

だが、ふと不安を朱莉は感じてしまい、歩みを止めてしまった。

すると後ろから、朱莉ちゃんと松崎の呼ぶ声がした。振り向くと、松崎はいつもと変わらぬ優しげな笑みを浮かべて言った。

 

「寂しくなったり、不安になったらいつでも相談しに来てください。私はいつでも、貴女を待っていますから。だからーーー」

 

ーー安心して、お行きなさい。

 

それを聞き、朱莉は目の端に涙を浮かべて、はい! と答えた。

 

 

 

ーー走り出した彼女に、もう不安や迷いはなかった。

 

 

 

 




今回は少し短め。
次回はついにーー。

ーー追記ーー6/3
現在遅れながらも執筆中です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。