ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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アフリカ 外伝その三

「全軍、進撃を開始せよ!」

 

 ロンメルの命令により、砂漠の大地に砂煙が舞い始める。

 

 カールスラント陸軍最新鋭のパンターG型やティーガーⅡ、Ⅳ号戦車H型。リベリオン陸軍の顔ともいえるM4シャーマンシリーズ。モントゴメリーが居なくなった現在少数となったものの、いまだ戦力の一角を担うブリタニア陸軍のマチルダ、クロムウェル、シャーマンファイアフライ。その他にも装甲車や各種トラック、各国の陸戦歩兵達。

 

 上空を見上げればアフリカ戦線に配備されている各国の航空機に加え、第504統合戦闘航空団を主力とした航空へ兵隊の姿が。しかし、その中に“アフリカの星”マルセイユの姿が無い。それどころか彼女の僚機であるライーサや加東の姿すらなかった。

 

 それもそのはず、この大部隊は囮なのだ。

 

(恐らくネウロイはこちらを主力と判断して攻撃してくるだろう。……確かに、こっちの方が戦力として充実している。だが、我々は主役ではない)

 

 ロンメルはこの場にいない人たちに、思いを馳せる。彼らは、彼女達はこうしている間にも自らに課せられた任務を遂行中なのだろう。

 

「閣下! 前方にネウロイ多数接近中とのことです!」

 

 その時、脇にいた通信兵が声を上げる。ロンメルは首から下げていた双眼鏡で地平線の彼方を見ると、大規模な土煙がこちらに向かって来ているのが見えた。

 

「……なかなか反応が速いな、ネウロイは」

 

「ええ。……ですが、その方が好都合です」

 

 隣に立つ幕僚が、微笑んだ。

 

「よろしい。全軍に告ぐ! 人類の興廃はこの一戦にある! 各員総力を持って己の任務を遂行せよ!」

 

 会戦場所は、大釜盆地。“スフィンクス”では人類が追い詰められた場所だったが、今回は違う。

 

「さあネウロイ。――盆地の恐ろしさ、思い知らされてやる」

 

 帽子を被り直したロンメルの顔には、不敵な笑みがあった。

 

 

 

 

 

 世界最大の河川、ナイル川。アフリカ大陸中央から地中海に流れる大河は、古代エジプト王朝を支えた水源である。

 

 その川に一艘の木製の船が川の流れに沿って進んでいた。

 

「狭い……」

 

「あんまり動くなよ。ネウロイに見つかるだろ」

 

「まだつかないんですか?」

 

「腹減った……」

 

「あっ、すまん。屁こいた」

 

「くせっ!」

 

 その中――船は布で覆われており、中が見えない――に、カイロ奪還作戦の主力が乗っていた。パットン中将指揮下の加東、マルセイユ、ライーサの航空部隊、池田率いる第十一陸戦中隊の面々である。

 

 彼らはナイル川上流から川の流れに沿ってカイロまで行き、奇襲攻撃を仕掛ける部隊なのだ。

 

「それにしても、本当に敵に見つからないのか? “アフリカの星”である私がこんな小舟に乗って死ぬなんて嫌だぞ」

 

 マルセイユは不機嫌そうな表情を浮かべながら、加東に尋ねる。

 

「心配ないわ。以前マルタ島救援作戦の時、木製の船はネウロイが反応しないことが証明されたから」

 

 ネウロイは金属を吸収し、成長、増殖すると言われている。そのため彼らは主に鋼材を多用する戦艦や戦車、鉄筋コンクリートを使用したビルなどを優先して狙う傾向にある。そのためか一切金属を使用しない船舶に対して攻撃することは殆どなかった。

 

「それならいいんだが、こうも締め切っていると……なんか臭い」

 

 今回は念には念を入れて、船全体に布をかぶせ、外から中が見えない様に工夫していた。しかしそれはすなわち締め切っているということ。先ほど屁をした陸戦隊の少年は、仲間から叩かれている。

 

「我慢よ。そろそろつくみたいだし」

 

 布の隙間から外を窺うと、川岸に町並みが見えてきた。川の流れから計算するに、そろそろカイロの近くまで来ているはずである。

 

「よ~し。 お前ら、お遊びはここまでだ。準備を開始しろ」

 

「了解」

 

 パットンの命令で、全員が準備に掛かる。航空隊は発進準備を、陸戦はすぐに飛び出せる準備を。

 

「それにしてもよかったのですか? わざわざ閣下が来なくても……」

 

 ネウロイは人間にとって有害な瘴気をまき散らす。そのため支配地域ではウィッチ以外まともに活動することが出来ない。現にパットンは毒マスクを装着しているのだ。

 

「心配するな。将たる者常に前線に立たんと部下に申し訳が立たん。それに儂はハンニバルの生まれ変わりだぞ?」

 

「誰ですか? ハンニバルって」

 

「知らないのか? いいか、ハンニバルってのはなぁ……」

 

「はいはい。そろそろ作戦開始だから」

 

 ハンニバルを知らない池田に説明しようとしたパットンを止め、加東は作戦の最終確認に移る。

 

「それじゃあ私達航空隊は制空権の確保、その間に池田達陸戦隊は地上のマザーネウロイの撃破をする。簡単でしょ」

 

「ああ。要するに私は敵機を撃墜していればいいわけだな」

 

「そっ。池田達陸戦隊に目を向けさせない様に」

 

「心配するな。私は“アフリカの星”だぞ!」

 

「上坂さんには負け続けてますけどね」

 

「隊長、言わないであげましょう」

 

 池田の発言を、副長が咎める。幸い彼の指摘はマルセイユの耳に入らなかった。

 

「よし! 総員、突撃せよ!」

 

 パットンの号令一下、マルセイユ達は空へ、池田達は陸へと躍り出る。

 

 ネウロイに占領されて五年がたつカイロの街はあちこちが崩れ、中心部には巨大なピラミッド型のマザーネウロイが鎮座している。しかしその周りにいるネウロイの数は少数だった。

 

「突撃――――!」

 

 池田率いる士魂中隊はカールスラントから供給されたパンターG型陸戦脚の力強い走破性を借りて街中を疾走する。途中少数のネウロイがマザーネウロイに近づくのを阻止せんと攻撃を仕掛けてきたが、池田達はこれをあっさりと屠った。

 

 そして、あっという間にマザーネウロイまで近づく。その時マザーネウロイに入口があることに気付いた。

 

「おい! あれって入口だよな!」

 

「ええ、恐らく内部に入れるようになっているんでしょうね。罠の可能性もあるかも……」

 

 パットンの疑問に答える副長。

 

「そんなことはどうだっていい! 総員、あの中に突っ込むぞ!」

 

「了解!」

 

 確かにそれは罠かもしれない。しかし彼らはそれでも突き進む。

 

 彼らのモットーは見敵必殺。例えそれが罠でも、それを叩き潰して前に進む。じつにシンプルで、単純――だが、だからこそ彼らは心置きなく戦えるのだった。

 

 

 

 

 

「陸戦隊が中に入ったわ!」

 

 加東達航空隊は、眼下の陸戦隊がマザーネウロイ内に侵入するのを確認した。

 

「そうですか、これで空からの襲撃の危険性が無くなりましたね」

 

「まあ元々ネウロイ自体が少なかったけどな」

 

 空に躍り出た加東達を待っていたのは、10機にも満たない飛行型ネウロイ――それも飛行杯(フライングゴブレッド)という対地攻撃専門で空戦能力の低いネウロイだけだった。これらはマルセイユによってあっという間に撃破され、現在空を飛んでいるのは加東達だけである。

 

「まっ、あとは私達は待機しているだけだな」

 

「ええ、そうね……あら?」

 

 加東がマルセイユの意見に同意しようとした時、マザーネウロイの頂点が赤く輝きだした。

 

「総員、退避!」

 

 加東が叫ぶと同時に、ネウロイはまるで散弾の様に、あらゆる方向に向けてビームを放つ。幸い加東達はすぐに下降して建物に隠れたため、大事には至らなかったが、マザーネウロイによってあっという間に制空権を奪われてしまった。

 

「なるほど。道理で飛行型ネウロイが少ないと思った。何せマザーネウロイだけで制空権が取れるんだから、わざわざ配置しなくてもいいものね」

 

「それで、これからどうするんだ? ケイ」

 

「どうするもないわ。私達は池田達がマザーネウロイを破壊するまでここで待機」

 

「もし破壊できなかったら……」

 

 不安そうに尋ねるライーサに、加東はあっさりといった。

 

「問題ないわ。あいつらが壊せないものなんてないわよ」

 

 

 

 

 

 マザーネウロイ内部に侵入した池田達は、内部に設置された防衛型ネウロイを殲滅し、最後のコアの部屋までたどり着いていた。

 

「いや~それにしても、凄まじい弾幕ですね」

 

「あいつ再生できるのをいいことに、容赦なく攻撃咥えているぞ」

 

「畜生、俺もビーム撃ちてぇ」

 

 彼らはコアからは放たれる無差別なビームを防ぐため、全員が固まって物陰に隠れている。時折顔を覗かせ、攻撃を加えようとするが、ビームの嵐のなかではまともな照準が付けられない。

 

「はっはっは! 懐かしいな、この弾幕! 第一次大戦以来だぜ!」

 

「相変わらず元気ですね、閣下」

 

「というかもう少し頭を低くしてください。危ないですよ」

 

「心配するな! 儂はハンニバルの生まれ変わりだからな!」

 

「だから誰ですか? ハンニバルって」

 

「いいか! ハンニバルってのはな……」

 

「戦闘中です。その話は後にしましょう」

 

 相変わらずのパットンと池田にツッコむ副長。

 

 ともあれ、今は物陰に隠れて大丈夫ではあるが、時間が経てば障害物が破壊され、隠れる場所が無くなってしまう。そのため早めに決着をつけなければならないのだ。

 

「どうします? 隊長」

 

「そうだな……」

 

 池田は全員を見回しながら考える。彼らの目には悲壮感などない。彼らは元々戦力として数えられていなかったのだ。悲壮感などその時に味わっている。

 

「そう言えば、以前上坂さんが何か言っていたような……」

 

 ふと、彼は欧州で戦っているはずの上坂を思い出す。かつて第31統合戦闘飛行隊隊長だった彼は、今でも時々連絡を取り合ったりしている。この前も激戦の最中、電話を掛けて来てくれた。

 

「ああ、あの時ですか。確か501が超大型ネウロイを撃破したって話ですよね」

 

「それそれ、確かその方法って……」

 

 池田と副長は、顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

「総員、準備はいいか!」

 

「はいっ!」

 

 陸戦隊は先ほど考えた作戦を執行するための準備を進める。しかし隊員のほとんどが銃を持っていない。唯一部隊で一番射撃のうまい副長だけが銃を抱えていた。

 

「副長、全員の命、預けたぞ」

 

「任せてください」

 

 いつも冷静沈着な副長だが、内心緊張している。なにせ彼に全員の命がかかっているのだ。

 

 とはいえ、彼は躊躇しない。彼もまた士魂中隊の隊員なのだから。

 

「よし……今だ!」

 

 タイミングを見計らい、コアに対して縦一列に飛び出す陸戦隊。当然のごとくネウロイは彼らに向けてビームを放つ。

 

 だが、彼らはウィッチである。彼らは一斉にシールドを展開し、これを防ぐ。一人一人ではいとも簡単に抜けられる威力を持つビームだが、11人が重ね合わさったシールドは簡単に破られることは無い。

 

 そして、そこから生まれた余裕――コアに対し、照準をつけるには十分な時間。

 

 最後尾に位置した副長はありったけの魔法力を弾に込め、引き金を引いた――

 

 

 

 

 

「――――あっ」

 

 その時、加東達の見ている前でマザーネウロイは崩壊し始めた。白い破片が周囲に舞い、空を覆っていた曇天の暗い雲は薄らいでくる。

 

「やった……のか?」

 

「ちょっと出てみましょうか?」

 

 加東達は気を付けながら空に上がる。空に舞う白い破片は太陽の光を浴びて輝き、青い空と見事なコントラストを描いている。

 

「あっ、いました!」

 

 ライーサが眼下を指さす。そこは先ほどまでマザーネウロイが鎮座していた場所。その中心に池田達士魂中隊とパットンの姿があった。

 

「やった……私達はやったのか……?」

 

「ええ、スエズを奪還したんだわ。私達はついに」

 

 加東は腰にさげていたカメラを取り出す。撮影するのは呆けた表情のマルセイユと――眼下で歓喜の声を上げる池田達。

 

 ――この日、人類はエジプト首都、カイロの奪還に成功。これはすなわちスエズ運河奪還を意味するものだった。

 

 こうして扶桑との通商路の確保に成功した人類は反攻ののろしを上げ、各地で反攻に転じたのだった。

 

 

 

 

 

 なお、笹本の恋が成就したかどうかは神のみぞ知る――である。

 


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