ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

97 / 98
アフリカ 外伝その二

「暇だ」

 

 灼熱の太陽が照りつける野戦飛行場で、マルセイユは日陰でデッキチェアに寝そべっていた。

 

「ずっとネウロイ現れてないですからね」

 

 隣には同じくデッキチェアに寝そべる僚機、ライーサ・ペットゲン少尉の姿。二人は朝の定期哨戒任務を終えた後、昼食を食べる以外はずっとここにいる。

 

 ファラオ作戦延期が決定して早二週間。

 

 その間もネウロイが現れる気配はなく、ウィッチを含む将兵達はひたすら訓練と哨戒任務に就いていたが、敵が現れない毎日を送るうちに、士気は日に日に落ちて行った。

 

「こうしている間にも、欧州ではハルトマン達は戦っているんだろうな……」

 

 マルセイユはカールスラントのある方向を空を見て、ライバルのことを思う。

 

 欧州では毎日のように一進一退の攻防が続いており、新聞やラジオではライバル(と思っている)のハルトマンが所属する第501統合戦闘航空団のことも大きく取り上げられ、戦果を上げていると報道されていた。

 

「あちらは激戦区ですからね。ここアフリカの分の敵まで行っていますし」

 

「おかげでこっちは暇すぎる……」

 

 敵が現れない――

 

 本来ならうれしいことなのだが、別の戦線では激戦が続いているのに、自分達は何もできないという現実にマルセイユはうんざりしていた。

 

「マルセイユ、ちょっと来てくれない?」

 

 指揮所となっている天幕から加東が顔を出し、マルセイユを呼び出す。

 

「なんだ? ケイ」

 

「ちょっとカールスラントに送る書類を手伝ってほしいんだけど」

 

「やだ、メンドクサイ」

 

「あなたさっき暇だって言ってたでしょ。少しくらい手伝いなさいよ」

 

「私は今寝転がるのに忙しいのだよ。隊長殿」

 

「この……」

 

 思わず殴りかかろうかと思う加東だが、流石にそれをするわけにもいかず、握り拳を震わせ、何とか自制した。

 

「ケイさん」

 

 その時、加東の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。彼女が声のした方を向くと、扶桑陸軍の正装を着た小柄な少女が駆け寄って来ていた。

 

「どうしたの? 真美」

 

 稲垣真美軍曹は加東の前で止まり、息を整えると敬礼しながら伝言を伝える。

 

「はい、司令部からすぐにトブルクに来てほしいとの連絡を受けました」

 

「私に?」

 

「なんでも、これからのことについて会議があるそうです」

 

 加東は上坂が居なくなった後、扶桑軍アフリカ派遣隊隊長としての任を継いでいるため、連合国軍司令部会議に出席する立場にある。恐らく今後のアフリカ戦線の動きについて話し合うのだろう。

 

「了解。……でも、ファラオ作戦が延期になった今、話すことなんて何もないと思うんだけど」

 

 トブルクに向かう準備に取り掛かる加東だったが、今更何について話すのか見当もつかなかった。

 

 

 

 

 

「……なに……これ……?」

 

 加東は目の前に広がる光景に唖然としていた。

 

「いやぁ、儂も驚いたよ。こんな光景は儂らがここに来たとき以来だ」

 

 隣に立つリベリオン陸軍第二軍団長、ジョージ・S・パットン少将は見慣れているからか、葉巻を咥えながらのんびりと眺めている。

 

 目の前に広がるのは、さほど大きくないトブルクの港に停泊し、荷揚げを行っている多くの輸送船。沖合にも入港を待つ輸送船が多数停泊していた。

 

「えっ……だって……補給はまだ先じゃ……?」

 

 普段は月に一度、ジブラルタルからオンボロ低速輸送船が1、2隻定期便として来るだけである。他にも加東が初めて来たときの様に船をチャーターすることもあるが、それにしたってこの数は異常である。恐らく50隻はいるだろう。

 

「そう言われても、書類上では確かにアフリカ戦線に送るように書き換えられていたからなぁ。まっ、儂らがもらっても構わないってことだ」

 

「いや、でも……」

 

 屈託のない笑みを浮かべるパットンになおも食い下がろうとする加東だったが、それは掛けられた声によって遮られた。

 

「おー圭子、ちゃんと来てくれたようだな」

 

「たっ、拓也!?」

 

 そこには笹本の姿が。彼はにこやかな笑みを浮かべていた。

 

「もしかしてこれ、あなたが……?」

 

「そうだよ。大西洋を航行中だった輸送船団の一つを拝借した」

 

「拝借って、まさか横領……!?」

 

「いやいや、流石にそれは無い」

 

 きっぱりと否定する笹本。というか輸送船団丸々一つの横領は無理だろう。

 

「じゃあどうしてよ? 補給は欧州戦線で一杯一杯じゃ……」

 

「いや、俺も最初はそう思っていたんだけどね」

 

 むくれる加東に、笹本は説明を始める。

 

「実を言うと現在欧州に物資を送っているのはリベリオンとノイエ・カールスラントの二ヶ国が中心で、我が国扶桑の工場はあまり武器弾薬を生産してないんだ」

 

「それは仕方ないでしょ? 扶桑は欧州から遠いんだから」

 

「そう、扶桑は欧州から遠く、船だと最低一ヶ月はかかる。そこで俺は飛行機に目を付けたんだ」

 

「飛行機? 確かにそれなら一週間程度で済むけど、一機あたりの輸送量は船とは比べ物にならないほど少ないし、そもそも数もそう多くないんじゃ……」

 

「ああ、それくらいは知ってるし、そのほとんどが欧州戦線に物資を届けるためにフル稼働していることも知っていた。輸送機はね(・・・・・)

 

 「え……」

 

 笹本の意味ありげな台詞に、加東は困惑する。

 

「物資を輸送するには輸送機しかない……だけど、輸送機よりも搭載量が多く、遠くまで飛べて、なおかつスケジュールに余裕がある機種があったんだ――そう、爆撃機がね」

 

「――――!」

 

 爆撃機――基本的に大型で、大量の爆弾を搭載し、長距離を飛行して敵陣に高空から爆弾の雨を降らせることを専門とする飛行機のことである。有名なのはリベリオンのB-17やB-29、最新鋭のB-36 、ブリタニアのランカスター、カールスラントのギガント、扶桑の連山、富嶽など。これらの機体は5t以上の爆弾を搭載し、少なくとも5000km飛行することが可能なのだ。

 

 しかし、第二次ネウロイ大戦では敵陣深く進攻して爆弾を投下するのは非常に危険なため、本来の用途として使われることは無かった。そもそも各国とも爆撃機の生産数はそう多くなく、そのほとんどが訓練に、ごく少数が連絡機や哨戒機として使われているにすぎない。そのため大型機にもかかわらず、スケジュールには非常に余裕があったのだ。

 

「爆撃機なら扶桑―ハワイ―リベリオンと経由すれば一週間で欧州に着けるし、搭載量だって輸送機に比べたら多い。特にリべリオンは爆撃機を百機単位で保有しているから、大規模な空輸作戦が可能だったんだ」

 

「でも、なら何でこっちに爆撃機隊が来てないのよ?」

 

「そりゃあ決まってんだろ。アフリカの飛行場では大量の爆撃機を受け入れられないからな。おおかた爆撃機隊を欧州に送り、その代わりに大西洋上を航行していた輸送船団を貰って来た……ってとこだろ」

 

 パットンの言う通り、トブルクにある飛行場では百機単位の爆撃機を受け入れることはできない。そのため笹本は爆撃機隊を欧州方面へと送り、代わりに輸送船団を引っ張ってきたのだ。

 

「ええ。そっちの方が物資の空中投下が出来ますから、欧州では大助かりですよ」

 

「でも、それだと戦力は? 物資があっても兵士が居なければ戦えないわよ」

 

「それも問題ない。こちらで受け入れられる爆撃機には全て兵士を乗せてきたし、航空戦力もロマーニャから504を引っ張ってきた」

 

「お久しぶりです。加東少佐」

 

「醇子!?」

 

 そのとき、ロマーニャにいるはずの第504統合戦闘航空団副隊長、竹井醇子大尉がやってきた。

 

「大丈夫なの!? ロマーニャは欧州戦線管轄だし、そんなところから戦力引き抜いて……」

 

「大丈夫ですよ。欧州って言っても、ロマーニャはアルプス山脈で隔てられていますから」

 

 ロマーニャは地中海に位置する欧州列強の一つだが、激戦が続くガリア、カールスラント戦線とは違い、ほとんど戦闘らしい戦闘が起こっていない。なぜかと言うとロマーニャは半島国家であり、半島の付け根には世界的に有名なアルプス山脈が広がっているからだ。

 

 ネウロイは寒さに弱いと言われ、川、雪、山脈では活動が停滞することがわかっている。そのためネウロイはアルプス山脈を登ることが出来ず、攻勢地点を限定せざる得ないのだ。これならば少ない戦力でも対応できる。

 

「504は先のトラヤヌス作戦で戦闘不能になり、ようやく復活したのですが、ロマーニャ空軍の強化で遊兵状態になっていたんです」

 

 トラヤヌス作戦とその後のヴェネツィア攻防戦で壊滅したロマーニャ空軍だったが、イタロ・バルボ空軍大将による綱紀粛清で得た、裏金となりかけていた資金で新型ストライカーユニットの配備を進めた結果、強力な空軍を保有するまでに成長した。そのため多国籍軍である第504統合戦闘航空団という戦力が浮いていたのだ。

 

「それに「アフリカ」も多国籍軍なので、504との相性も良いはずです。指揮系統の一本化もそれほど問題にならないと思います」

 

「というわけだ。……どうですか? これで“ファラオ”作戦は発動できますか?」

 

 尋ねる笹本に、パットンは凄みのある笑みを見せる。

 

「当たり前だ! これだけの戦力だ! スエズどころかカールスラントまで攻め上げてやるぜ!」

 

「……どうして?」

 

 加東はポツリとつぶやく。

 

「どうして、ここまでして……下手したら逮捕されるかもしれないのに」

 

 笹本の実家は代々海軍軍人を輩出する由緒ある家系である。そのため笹本も例にもれず、順調にエリート街道を走っていた。

 

 しかし今回行ったことは、下手すると国際問題になりかねない事態であり、作戦が失敗すれば軍法会議だってあり得る。そんな危険を冒してまで肩入れしてくれる理由が分からなかったのだ。

 

「おいおい、見くびってもらっちゃ困るぞ。俺は自分の出世より人類の未来のほうが大事だぞ。この作戦が成功すれば大戦に終止符が打てるんだ。そのくらいのリスクを冒すくらいまったく問題ない」

 

「でも……」

 

「それに」

 

 笹本はここで目を泳がせる。頬が染まり、何処か落ち着かないといった様子。それに業を煮やした竹井が彼をつつき、笹本はようやく言葉を続けた。

 

「……それにほら、俺らは仲間だろ? 仲間の危機を助けるのは当然じゃないか。なっ」

 

「はぁ……」

 

 なぜか竹井がため息をつく。しかし加東はそれが聞こえてこなかった。

 

「……そっか、分かったわ! あんたがそれだけの危険を冒してくれたんだもの! この作戦絶対成功させて見せるわ! じゃあ私は会議があるから!」

 

 加東は満面の笑みを見せると、駆け足で去っていく。

 

 その後ろ姿を見送る笹本達。

 

「……中佐。なにやっているんですか」

 

「……だって」

 

 竹井は落ち込む笹本に呆れ果てる。

 

「せっかくの好機だったんですよ。自分の想いを伝えればよかったじゃないですか」

 

 竹井は知っている。上官である笹本は幼馴染である加東に好意を抱いていることを。それを知って以来、彼女はずっと応援しているのだ。

 

 しかし、どんなに狡猾な政治家相手でも動じず、にこやかに対峙する笹本は、加東を前にすると自身の想いを伝えることが出来ないのだ。――要するにヘタレである。

 

「なんだ笹本、お前ケイのことが好きなのか?」

 

 パットンは新しいおもちゃを見つけたかのような笑みを見せる。

 

「そうなんです。笹本中佐は小さい頃から加東少佐に好意を抱いていたそうです」

 

「おいおい、男ならドカンとぶつかって砕けろよ。なんなら儂が教えてやろうか?」

 

「大きなお世話です! ていうか砕ける前提で話さないでください!」

 

 ――人間、どんな時でも恋をする。そしてその恋が世界を救ったりすることもあると言うが……それははたして。

 

 ともあれ、こうして戦力、物資共にある程度充実したアフリカ司令部は、正式にスエズ奪還作戦“ファラオ”を発動する。

 

 その目標は――エジプト首都、カイロ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。