ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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アフリカ 外伝その一

1945年10月――

 

 扶桑なら既に秋に差し掛かる時期であるが、ここアフリカは相変わらずの灼熱の大地である。

 

 水平線に広がる砂漠、日中は太陽が照りつけ、気温が60度まで上がり、夜は一気に冷え込み、零度近くまで気温が下がる。

 

 そんな過酷な環境の中で、彼らは、彼女達は何年も戦い続けてきたのであった――

 

 

 

 

 

 アフリカの砂漠に砂塵が舞う。

 

「コラッ! 横見なくても仲間と息を合わせなさい!」

 

「はっはい~!」

 

 訓練をしているのはリベリオンアフリカ派遣軍第二軍団陸上戦闘中隊、通称“パットンガールズ”。そして、その指導をしているのはブリタニア陸軍第4戦車旅団C中隊隊長、セリシア・G・マイルズ少佐。彼女の叱咤は砂漠の風に負けじと、遠くまで聞こえていた。

 

「……張り切ってるなぁ、セリシアは」

 

 その訓練を遠くから見ていた扶桑皇国陸軍アフリカ派遣隊第十一陸戦中隊隊長、池田翔平大尉は、聞こえてくる叱咤に苦笑する。それを聞いていた副長の岡部が答える。

 

「仕方ありませんよ。なにせ二年ぶりの反攻作戦なのですから」

 

「確かに。あれ以降アフリカではずっと防戦一方だったもんな」

 

 二年前―― 1943年に欧州とアジアを結ぶ重要な航路、スエズ運河の奪回を目論んだ「スフィンクス」作戦が発動されたが、偵察不足と予想外のネウロイの数によって作戦は頓挫、いたずらに損害を出し、作戦は失敗に終わった。その後も戦力を補充し、何としてもスエズ奪還を目論んだ人類連合軍アフリカ部隊だったが、1944年の欧州奪還、翌年のネウロイのヴェネツィア侵攻で欧州戦線において戦力が必要になり、防戦としては比較的戦力に余裕があったアフリカ戦線からモンドゴメリー将軍を筆頭とする優秀な部隊が引き抜かれた。そのため、アフリカ戦線は防戦に回らざる得なかったのである。

 

 しかし、事態が変わったのは一か月前。カールスラント西部でネウロイの大規模攻勢が発生、人類連合軍欧州部隊はライン川を挟んでの戦闘を余儀なくされたのだ。

 

 それとほぼ同じ頃、アフリカ戦線ではネウロイの攻勢がパタリとやんだ。当初司令部は大規模な攻勢の予兆ではないかと危機感を持ったものの、威力偵察を含めた大規模な偵察の結果、ネウロイの大部分が欧州戦線に移動していることが判明。現在スエズ、カイロを守るネウロイの総数は観測史上最低まで落ち込んでいることがわかった。

 

 この情報から、人類連合軍アフリカ司令部はアフリカ戦線の全戦力を持ってスエズを奪還する“ファラオ作戦”を発令したのだった。

 

「……いよいよ始まるんですね」

 

「ああ、ついにだ」

 

 二年前は作戦失敗に終わり、多くの将兵を失った。あの時の悔しさ、無念さを彼らは忘れてはいない。それを晴らす時がついに来たのだと改めて心に言い聞かせた。

 

「んっ?」

 

 ふと、池田は聞きなれた音に気付き、振り返る。水平線の向こう側から一台の車が走ってくるのが見えた。

 

「あれは……キューベルワーゲンですね」

 

「ということはロンメル閣下だな」

 

 カールスラント軍で使われるキューベルワーゲンが池田達扶桑陸戦隊の近くまで来て止まり、一人の壮年男性が降りてくる。

 

 彼はカールスラントアフリカ軍団総司令、エルヴィン・ロンメル中将。“砂漠の狐”と呼ばれる砂漠戦のスペシャリストであり、人類連合軍アフリカ部隊司令官の一人である。

 

「敬礼!」

 

「いや、構わないよ。池田大尉」

 

 ロンメルは池田達が直立し、敬礼しようとするのを止める。その時彼の表情が曇っていると池田は感じた。

 

「どうかされたんですか? 閣下」

 

「いや――」

 

 ロンメルは話しにくそうな顔をしたが、言葉を絞り出すように話はじめた。

 

 

 

 

 

「あり得ないわよ!」

 

 夜、マイルズは飲み押したビールジョッキを机に叩きつけた。

 

「わかってるよ、セリシア。俺だって同じさ」

 

「い~や! ショーヘーは全くわかってない! たった二年程度砂漠にいたくらいで……!」

 

「わかった、わかったから……」

 

 池田は酔っぱらって絡んでくるマイルズを宥めながら、周りに助けを求める。

 

「加東さん! 頼むからセリシアを止めるの手伝ってくれ!」

 

 

「やだ。めんどくさい」

 

 しかし第31統合戦闘飛行隊隊長、加東圭子大尉は非情だった。

 

「私だって酔っぱらいたい気分なの。そこで寝てるマルセイユの様に」

 

 加東は赤らめた顔を、机に突っ伏して寝ている少女に向ける。

 

 同じく第31統合戦闘飛行隊所属、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ大尉。別名“アフリカの星”と呼ばれる彼女は散々ビールを飲み、さっさと潰れている。

 

「そりゃあないっすよ。俺だってヤケ酒あおりたい気分なのに」

 

「代り“彼女”があなたの分まで飲んでるでしょ。 あなたの仕事は彼女の愚痴を聞くこと。わかった?」

 

「ひでえ上官だ……」

 

 頼みを断られた挙句に、マイルズとの関係に突っ込まれた池田は渋い顔をするしかなかった。

 

「なにやってるんだ~? この飲んだくれ共が~」

 

 その時、天幕から扶桑海軍の士官服を着た男性が顔を覗かせた。彼は中の惨状を見るなり苦笑する。

 

「あれ? いつ来たのよ、拓也」

 

 扶桑皇国海軍在ロマーニャ駐在武官、笹本拓也中佐。いつもはロマーニャ大使館に赴任している彼だが、足りない物資を持ってくるという名目でここアフリカに来ることが多い。今回もそうなのだろう。テントに入ってくるなり、加東が座っている机の対面に座った。

 

「今さっきさ。そろそろ反攻作戦が発動するって聞いたから、その前に激励にと思って」

 

「あ~……」

 

「いよいよだな。スエズ運河さえ奪還できれば、扶桑からの物資が今まで以上に欧州へと送られる。そうすれば欧州全土奪還だって夢じゃない」

 

「いえ、実はね……」

 

「なんだ?」

 

「……延期ですって。ファラオ作戦」

 

「…………えっ?」

 

 目が点になる笹本。

 

「いろいろ問題があるんだけど……一番の問題は戦力不足なんだって」

 

 いよいよ発令されると思っていたファラオ作戦。しかし残念ながらさまざまな問題が浮かび上がり、作戦の成功を疑問視する声が上がり始めたため、司令部は作戦の延期を決定したのだった。

 

 確かに、ネウロイは主力を欧州に送っているため防備が薄くなっている。だが人類側も決して余裕があるわけでなく、激戦が繰り広げられている欧州戦線に部隊や物資を優先的に送っているのが現状である。そんな時期に他の戦線で大規模な作戦を行うだけの戦力などあるわけがない。

 

「パットン将軍はずいぶんとゴネたらしいんだけど、ロンメル将軍や他の参謀達が反対して、当面は戦線の現状維持で精一杯という結論に落ち着いたそうよ。まったく……」

 

 「そりゃあまあ……しょうがないと言うしかないな」

 

 笹本は加東の酌を受けながら、ため息をつく。

 

「そ~よ。だから今日はとことん付き合いなさい。飲んで、明日から頑張るから……とはいっても」

 

「とはいっても?」

 

「……やっぱり悔しいわよ。いよいよだって時に足止めくらって。これじゃあ欧州に派遣された武子たちを見送る時と同じじゃない」

 

「…………」

 

 大戦初期、扶桑軍が欧州に派遣される際、第一陣として送られることになった親友、加藤武子と穴吹智子、黒江綾子が事故で入院中だった加東の所へ見舞いに来た。その時彼女はもう19歳。入院中に20歳を迎えるのは確実で、そのまま退役することが決定していた。

 

「あの時私も欧州に行きたかった。……でも無理だった」

 

 加東はアルコールで赤くなった顔を笹本に向ける。

 

「ねえ拓也。……また時期を逃すのかな? 私」

 

「…………」

 

 潤んだ瞳で見つめてくる加東。

 

 笹本はそんな彼女にかけてあげる言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

「なんでしょうか?」

 

 帰り道、従兵の運転する車に揺られながら、笹本は従兵に尋ねる。

 

「さっきの話は聞いていただろう?」

 

「ええ、戦力の不足で作戦が延期になったことは」

 

 テントの傍で待機していた従兵にも、先ほどの話は聞こえていたようだ。

 

「……何とかならんか?」

 

「無理です。リベリオンでも無理なのに、我々だけで何とかするのは不可能です」

 

「だが、扶桑はまだ余裕がある」

 

 扶桑皇国は1937年から約一年間起こった扶桑海事変の後、ネウロイの攻撃には一切さらされず、リベリオンと同じく人類を支える一大拠点として機能している。海洋貿易国であるためもともと陸上戦力は少なく、少なくない戦力を東部戦線に派遣しているものの、まだ余裕はある。

 

 だが――

 

「……確かに、扶桑ならファラオ作戦を行うだけの戦力をそろえることは可能です。ですが――」

 

 残念ながら扶桑皇国は欧州から遠く離れている。そのおかげで戦火にさらされなかったともいえるが、戦力、物資を送るにはいささか遠すぎる。船では最低でも一ヶ月はかかるので、準備を含めれば二ヶ月はかかってしまうだろう。

 

 そもそもスエズ奪還は、扶桑からの戦力と物資を効率よく欧州に送るためなのだ。話の順序が逆になっている。

 

「わかっている。だがそれしか方法は無い」

 

 笹本も防備が薄い今がスエズ奪還の好機であることがわかっている。そしてそれがいつまでも続くわけではないということも。

 

「何か方法は無いのか? 戦力を一ヶ月程度で集める方法は……」

 

「兵士や武器弾薬類だけでなく、食料や日常品、その他もろもろ。輸送機なら船より速いですが、そんなに量を運べませんし、何より輸送機のほとんどが欧州へのピストン輸送に使われています」

 

 リべリオンのC-47、カールスラントのJu-52、扶桑の二式大艇など、各国の輸送機を合わせると30000機くらいにはなるが、そのほとんどが使われてしまっている。今から動いたとしても、手配できるのはせいぜい十数機が限度。それで輸送作戦を行ったとしても、供給できるのは雀の涙だろう。

 

「となるとやはり輸送船……それも大規模な船団が必要だな。……欧州に向かっている船団の一つくらいちょろまかせられたら……」

 

「それは犯罪です。それに兵士が居ません」

 

「だよな……」

 

 笹本は肘を掛け、窓の外に目を向ける。

 

 車は既にトブルクの町に入り、港にほど近い飛行場の近くに差し掛かっていた。

 

「……ん?」

 

 ふと、笹本は駐機場に並ぶ飛行機に目を止める。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「……見つけた」

 

「はっ?」

 

 呆ける従兵。しばらく飛行場に目を向けていた笹本は、振り返ると慌てたように告げた。

 

「大至急リベリオン……いや、各国大使館に連絡を!」


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