ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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外伝
外伝その一


1938年、扶桑皇国――

 

 一台の車が止まった。

 

「ここが……“彼”のいる所か……」

 

 車から降りてきたのは、扶桑皇国陸軍、石原莞爾少将。彼は目の前の建物を仰ぎ見ている。

 

「……本当によろしいのでしょうか? “彼”はまだ少年です。それなのに……」

 

 従兵が不安そうに彼を見つめる。

 

「わかっている。……だが、それでもやらなけらばならん。……扶桑の、ひいては国民のために」

 

 石原はそう答えると、目の前の建物に入っていった。

 

 

 

 

 

「困ります! いきなり面会させろと言われても……!」

 

 石原が廊下を歩いている後ろで、医師が縋りつくように彼を止めようとしている。

 

 とある陸軍病院――

 

 ここは戦傷ではなく、主に精神に異常をきたした人が収容されるところである。実際にこうして歩いていると、そこらかしこから奇声が聞こえてくる。――そのほとんどが、この前終結した扶桑海事変に従軍した者だ。

 

「“彼”がここにいることが分かっている。――なに、少しの間だけだ」

 

「その少しでも危険です!」

 

 医師は石原の前に回り込む。

 

「いいですか! 今の“彼”は非常に情緒不安定で、我々にすら危害を加えることもあるんです! そんな“彼”と会わせるわけにはいきません!」

 

「閣下、ここです」

 

 従者は病室の前についている名札を見て、“彼”がここにいることを確認する。

 

「どけ」

 

「ちょっ……!」

 

 石原は医師を押しのけ、病室のドアを開けた。

 

「…………?」

 

 清潔感漂う病室。しかし、そこには人の姿が無い。

 

「……まさか」

 

 めくれ上がった布団。窓が開き、冬の冷たい風に揺られるカーテン。ここから連想されることはひとつ――

 

「だっ……、脱走だー!」

 

 医師は事態に気付き、慌てて走り去っていく。恐らく彼の通報によって、付近の陸軍一個師団が動くだろう。逃げた“彼”はそれほど危険な存在なのだ。

 

「急ぐぞ、他の奴らよりも先に“彼”を確保する」

 

「はっ!」

 

 石原は踵を返して車に戻っていった。

 

 

 

 

 

 夜――

 

 繁華街に一人の少年が歩いている。

 

 軍用のコートを纏い、うつむいてよく見えないが、右頬に傷をもつ。そんな彼は非常に目立っているはずなのだが、誰一人彼の存在に気付いていない。

 

 ふと、彼の前に、ほろ酔い加減の兵士が数人、近づいてきた。

 

 彼らは扶桑海事変帰りなのか、自身の体験談を大声で喋っている。

 

 彼らは少年の存在に気付かず、そのままぶつかった。

 

「――おい」

 

 そのまま通り過ぎようとした少年に、兵士の一人が声を掛ける。

 

「ぶつかっておいて、一言の謝罪もないのかよ」

 

 酒が入って気が大きくなっていた兵士は、少年に掴み掛った。

 

「……離せ」

 

「あっ!?」

 

 うつむき、相手の顔を見ようとしない少年。兵士は彼がふざけていると勘違いし、殴りかかろうとした。だが――

 

「――離せ」

 

「えっ……?」

 

 突然少年の頭から羽が生える。

 

「まさか……ウィッチ………!」

 

 驚愕し、酔いが醒めた兵士だったが、もう遅かった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 少年が見下ろす先には、彼によってボコボコにされて転がっている兵士達の姿がある。

 

 周囲からはざわめきが聞こえてくるが、少年の耳には入ってこない。

 

 (…………?)

 

 ふと、一人の兵士の胸ポケットから顔を出しているものに目が行く。少年が取り出すと、それは煙草の箱だった。

 

「…………」

 

 彼はその中から一本取り出し、口に加えると、父の形見であるオイルライターで火をつけた。

 

「……! ゴホッ、ゴホッ!」

 

 肺に紫煙が入り込み、むせかえる。煙によってひどく胸が痛い。

 

「……フッ」

 

 だが、少年はむしろその痛みが心地よいと言わんばかりに煙草を吸い続ける。

 

 少年はそのまま歩き出した。何処の当てもなく。

 

「…………」

 

 彼の名前は上坂啓一郎。扶桑皇国陸軍のウィッチにして扶桑海事変を戦った男。

 

彼の眼には、生気が無かった。

 

 

 

 

 

「閣下、ここです」

 

 とある村の家に、石原の乗った車が止まった。

 

「ほぉ……、なかなか大きな家じゃないか」

 

 石原が眺める先には、漆喰の壁に囲まれた、そこそこ大きい家がある。

 

「ええ、“彼”の先祖は織田家の忍びだったようで、織田幕府成立後、当時の征夷大将軍織田信長によってこの地を承ったそうです」

 

「なるほどな」

 

 石原は従兵の言葉にうなずくと、車を降りた。

 

「ここからは儂一人で行く。ここで待っておれ」

 

「はっ、お気を付けて」

 

 石原は従兵に見送られ、家の中に入った。

 

 

 

 

 

 ――なぜ俺は生き残った?

 

 上坂は部屋の隅で、膝を抱えている。部屋には上坂が飲んだ酒瓶が何本も転がっていた。

 

 ――なぜ俺は死ねなかった?

 

 彼の視線の先には、仏壇がある。その中には彼の両親の写真、――そして、姉の写真があった。

 

「ふむ……これは酷い有様じゃな」

 

「…………」

 

 ふと顔を上げると、そこには忌わ嫌った参謀モールを吊り下げた男が。彼の肩には少将の階級がある。

 

「帰れ」

 

「まあ話だけでも……」

 

「帰れ!」

 

 少将の脇を苦無が掠める。苦無はそのまま壁に突き刺さった。

 

「……なかなかいい腕を持っている」

 

「……帰れと言っている」

 

 上坂は膝に顔を埋めた。一人でいたい。ほおっておいてくれと……。

 

ヤレヤレとため息をつきながら、少将は腰を下ろす。そして近くにあったコップに酒を注ぎながら、彼はつぶやいた。

 

「……あの作戦立案者、更迭されたよ」

 

「…………」

 

 (当たり前だ。あんな無様な作戦を考えておいて……)

 

「だが、このままでいいのか?」

 

 少将は酒を呷る。

 

「……どういうことだ?」

 

 上坂は少しだけ、顔を上げた。それを見て石原はにやりと笑う。

 

「……今の我が国の現状は、お世辞に言って良いとは言えない。今回の戦争で多くのベテランウィッチを失い、おまけに海軍との協調のなさも露見してしまった。――このままはたしてネウロイと戦えるのかどうか?」

 

「……本題は」

 

 ヤレヤレ、詰まらん奴じゃのう……とつぶやきながら、少将は言った。

 

「明石機関に来てほしい」

 

「…………」

 

 上坂もその組織位は知っている。扶桑皇国の諜報組織だ。だが――

 

「……なぜ、俺なんですか」

 

 上坂はよろめきながら立ち上がる。

 

「どうして……俺じゃなきゃいけないんだ!」

 

 上坂は脇に置いてあった刀を抜くと、少将に斬りかかった。

 

「どうしてだ! 答えろ!」

 

 彼のギリギリで止まる刃。しかし少将はたいして動じたという感じはない。

 

「なんで……俺なんだ!? 俺はただ……平穏に暮らしていたかった! 姉さんを守れれば良かった……! なのに……なぜ……なぜ俺じゃなきゃいけないんだ!?」

 

 彼には夢があった。姉さんがいた。しかし、戦争が全てを壊した。すべてを奪ったのだ。

 

 上坂は目に涙を浮かべながら叫ぶ。

 

「俺にはもう……何も守るものなんてない! 生きる希望もない! それなのに……それなのにお前はまだ俺を戦わせるのか!?」

 

「そうだ」

 

 ずっと黙っていた少将が、口を開く。

 

「国家とは政府ではない。……国土、国民、財産……それらすべてを含めた物を指す。儂らは、ウィッチ達が戦っている間にも、彼女達が全力で戦えるよう裏で戦っているんだ」

 

 少将はそう言うと顔を上げ、上坂を見つめる。

 

「……確かにお前の家族はもういないだろう。だがお前には、まだ仲間がいる。穴吹智子、加藤武子、加東圭子、黒江綾香……。陸軍だけじゃない。海軍にも多くの戦友が居る。違うか?」

 

「…………」

 

 上坂は何も答えない。だが、振りかぶっていた刀は、ゆっくりと降ろした。

 

「儂はお前の仲間を守るチャンスをやりたいと思っている。今回の馬鹿参謀どもからな……。どうだ、やってみないか?」

 

「……もしそれを受け入れたら、どうなるんです?」

 

「さあな。それを決めるのはお前自身だ。だが――」

 

 少将は立ち上がると、一枚の名刺を差し出した。

 

「“やらない後悔よりも、やった後悔の方がまし” ……決心がついたらここに来い。では、儂は失礼する」

 

 そう言うと、少将は踵を返し、部屋を出て行った。

 

 残された上坂。彼は手渡された名刺を見る。

 

「扶桑皇国明石機関……石原莞爾少将……」

 

 今更ながらに、彼の名前を知った上坂だった。

 

 

 

 

 

 古くからある上坂の実家には、大きな蔵がある。

 

 その中に、鎌倉時代から伝わる古い刀が封印されていた。

 

 妖刀 黒耀――

 

 かつて怪異(のちのネウロイ)が扶桑を襲った際、当時のウィッチがこれを撃破、その破片から作ったとされる刀である。

 

 そんな曰くつきの刀だからなのか、触れた瞬間凄まじい嫌悪感に襲われ、誰一人触ろうとせず、ずっと蔵に眠っていた。

 

 上坂はそんな刀の前に立っている。彼の顔には先ほどのような悲壮感はなく、険しくも覚悟した表情があった。

 

 小さい頃、興味本心でこの刀に触り、凄まじい嫌悪感に襲われて大泣きした記憶もある。しかし――、今の上坂には、それが必要だった。

 

「――ッ!」

 

 触れた途端に来る、凄まじい嫌悪感。だが――

 

「――フッ」

 

 今の上坂にとって、それはとても心地よい物だった。

 

 しばらく持っていると、その嫌悪感も次第に薄まっていく。恐らく刀になじんできたのだろう。やがて長年愛用していたかのように手になじんだ。

 

「やらない後悔より……やる後悔の方がまし……か……」

 

 上坂は、小さくつぶやく。その顔には今まで見せたことのない、獲物を狙う猛禽類のような笑みが浮かんでいた――。

 

 


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