二週間後――
「――だいぶお医者さんが板についてきたね。芳佳ちゃん」
ベルリンの郊外に状態によかった建物を利用して造られた病院の廊下で、リーネは隣を歩く宮藤に告げる。
「えへへ。実は先生からも、ヘルウェティアの医学校でも十分通用するってお墨付きをもらったんだ」
「良かったね。芳佳ちゃん」
「うん!」
――あの後。
ベルリンの人型ネウロイが撃破された瞬間、周りにいたネウロイ全てが同時に消滅。ベルリンは解放され、ネウロイの完全駆逐が確認された。それはすなわち大戦の終結――七年にも及ぶ壮絶な戦いに幕が下りたのだった。
当然欧州の大半はネウロイに占領されていたため、天文学的な復興費用や避難民の帰還事業などやらなければならないことは多いが、それでもネウロイが駆逐されたという事実は多くの人類に希望を与えた。
宮藤はベルリン奪還作戦の際に負傷した兵士達を収容した病院に臨時で配置され、持ち前の治癒魔法を駆使して多くの命を救った。リーネもまたやれることは少ないものの、病院の手伝いを行い、現在は二人ともこの病院で寝起きしている。
やがて二人は、とある病室の前で立ち止まる。
扉には名刺が張られており、名前欄にはブリタニア語で“上坂啓一郎”と書かれている。
――上坂啓一郎。
ベルリン奪還作戦で人型ネウロイと一対一の戦いを繰り広げ、これを撃破した英雄は、発見当初全身血だらけで発見され、一時は生命の危機に瀕していたが、医師達の懸命な蘇生と宮藤の膨大な治癒魔法で一命を取り留め、僅か三日後には目を覚ますまでに回復した。
その後、毎日のように来る見舞客に無茶するなと殴られ、罵倒されながらも順調に回復し、現在では松葉杖をつきながらの歩行訓練を行っている。ちなみに主治医(というより面倒を見る係)は宮藤であり、今日も毎日行われる診察に来たのだった。
「上坂さん、入りますよ……」
宮藤は一言告げ、ドアを開ける。そこそこ広い部屋の窓側に、白い清潔なシーツのベッド。それだけ。
「…………」
部屋には誰もいない。
「芳佳ちゃん……これ」
リーネは机の上にあった一枚の紙を差し出す。
“宮藤へ ちょっと出かけてくる。今日中には帰ります”
紙には達筆な文字でそう書かれている。
宮藤は体を震わせ、怒りの声を上げた。
「上坂さ―――ん!」
「どうかしたのか? 啓一郎」
「いや、ちょっと悪寒が……」
オストマルク、アルトラント郊外――
アルトラントを一望できる丘の頂に、上坂とバルクホルンはいた。
朝、病院を抜け出し、最寄りの基地からバルクホルンに抱えられてここに来た理由――それはここが上坂にとって大戦の始まりの地だったからである。
左手と右足がギプスで固定されている上坂は座り込み、ポケットから取り出した葉巻を吹かしている。何年も前に作られたそれは湿気ており、時折見せる表情からまずいらしいが、それでも最後まできっちり吸うらしい。
「おいしくないんだったら、吸わなければいいのに」
「これは勝利の煙草だからな。まずくても格別なんだよ」
(……啓一郎には、紙巻のほうが似合うんだがな)
隣に座るバルクホルンはふと思う。あの戦いの後、上坂がどこか子供っぽくなったと。以前は抑制された対応の中に、何処か狂気を孕んでいる感じがした。しかし今は戦争が終わったためか、時折鼻歌を歌い、表情も穏やかになっている。まるで何か憑き物が落ちたかのように――だが、今の彼こそが本当の姿なのだろうとバルクホルンは思っていた。
「……それに、この煙は線香のかわりなんだ」
においがきついけどな。と苦笑し、振り返る上坂。バルクホルンもつられて後ろを向くと、そこには石でできた十字架が多数並んでいる。それは大戦初期、アルトラント防衛線で命を落とした兵士たちの墓。
上坂は先ほどまでとある二つの墓の前で膝をつき、戦争が終わったとこを告げると静かに嗚咽を漏らしていた。バルクホルンは何があったのか、誰の墓なのかは知らなかったが、彼の隣で手を合わせ、静かに手を合わせていた。事実、今の彼の眼は少し赤い。
「ありがとうな、トゥルーデ。おかげであいつらに早く戦勝報告が出来た」
「それならよかった。なにせ営倉覚悟で連れ出したんだからな」
本来なら上坂はまだ安静にしていなければいけないのだが、それを承知で真摯に頼み込む彼に対し、バルクホルンは無断でストライカーを使用してここまで連れてきたのだ。――あの軍規にうるさいバルクホルンが、である。いくら“上がり”を迎えたとはいえ、どのような心境の変化があったのだろうか。
ともあれ、二人はしばらく復興に向けて動き出すアルトラントの町並みを眺めながら、
久しぶりのゆっくりとした時間を過ごす。
「――――お互い、よく生き残ったな」
どれくらいたったのか。上坂がポツリとつぶやく。
「――――そうだな。こうして五体満足で生きていることが不思議だ」
「不思議……か。確かに世の中には不思議なことがたくさんあるな」
「どういう意味だ?」
尋ねるバルクホルンに、上坂は話し始めた。
「実はあの時、人型ネウロイ――いや、姉さんに助けられたんだ」
バルクホルンは目を丸くする。
あの時――最終決戦の時のこと。相討ちになり、上坂とネウロイはお互いの刀で刺され、密着した状態だった。このままネウロイが消滅すると、上坂もそれに巻き込まれ、命は無かっただろう。しかし消滅寸前、ネウロイは上坂を突き飛ばしたのだ。
「あの時は意識が朦朧としてたから、本当かどうかはわからないけど、姉さんが言ったような気がするんだ。“あなたは生きて。啓一郎”って」
まあ幻聴だとおもうがな。と上坂は笑うが、バルクホルンはそうは思わない。
(確かに非現実的な話だが……でも、本当に言っていたのかもしれないな。お前の姉さんは)
彼女は消滅間際、最後の力を使って意識を取り戻し、最愛の弟に伝えたのではないだろうか? 死んだ自分の分まで幸せに生きてほしいと。
「実際に起きたことかもしれないぞ? 何せ坂本中佐曰く“ウィッチに不可能はない”のだからな。実際にお前も生き返ったじゃないか」
「あ~……まあそれは……確かにそうだけど……」
上坂はふと何かを思い出したのか、言葉を濁らせる。バルクホルンに視線を合わせようとせず、頬を染めている。
「どうかしたのか?」
「いや、あ~……うん」
上坂はしばらく視線を泳がしたり、何度も頬を掻いたり、顔を向けたと思ったらすぐに顔を背けたり……
やがて、意を決したのか、上坂は立ち上がり、頬を染めながらも真剣な表情でバルクホルンに向き直る。
「……約束、覚えているか?」
「約束?」
「作戦前、終わったら伝えたいことがあるって」
「あっ…………」
バルクホルンも思い出す。ベルリン奪還作戦前の偵察飛行中、上坂が戦争が終わったら伝えたいことがあるということを。あの後人型ネウロイの出現で上坂が戦死、その後も戦闘や上坂の復活など色々な出来事が立て続けに起こった為、忘れていたのだ。
「……その、言いたいことってなんだ?」
バルクホルンは少し俯き顔を赤らめながら、上坂を見据える。それは彼が立ち上がったこともあり、ちょうど上目使いで彼を見る状態となっていた。
「トゥルーデ……いや、ゲルトルート・バルクホルンさん」
上坂は動悸が速くなるのを感じる。彼の中に渦巻く不安――しかし、それを押し殺して話し始めた。
「……戦争が終わったが、いつまたネウロイが出現するかもわからない。そして俺は軍人として、ウィッチとして戦争が始まったら戦場に出る」
「…………」
「いつ、どこで死ぬのかわからない因果な職業だ。だけど――」
上坂は、想いを伝える。
「――俺は、お前と共に生きていきたい」
想いが、溢れ出す。
「俺の傍でずっと笑っててほしい! 共にこれからの人生を歩んでほしい!」
そして、これこそが全ての想いを乗せた言葉――
「俺は――――トゥルーデが好きだ!」
――二人の間に、風が静かに流れる。
聞こえるのは上坂の息遣いだけ。想いを乗せた言葉は、それほど重かったのだ。
やがて、バルクホルンはゆっくりと立ち上がる。
彼女が見せる真剣なまなざし。上坂は顔を赤らめ、松葉杖を持つ手が震えるが、しっかりと彼女の目を見つめる。
そして――――バルクホルンは上坂の胸に飛び込んだ。
「……トゥルーデ?」
「……私は、カールスラント軍人だぞ」
彼女の声は、震えている。
「…………知ってる」
「……私は、規律に厳しいぞ」
「……知ってる」
「……私は、堅物だぞ」
「知ってる」
「私は……」
「知ってる。今はカールスラント復興にしか興味がないんだろ?」
彼女の夢は、祖国の奪還と復興――何度も聞いてきた上坂は、よくわかって居る。
「何年でも待ってる。それが甲斐性ってものだろ」
「…………一年だ」
バルクホルンは顔を上げ、彼を見つめる。その瞳には涙が溜まっていた。
「一年待ってくれ! 私は一年で祖国復興の道しるべを作る! そしたら……」
上坂は、思いっきり彼女を抱きしめた。
「それは俺から言わせてくれ。――――結婚しよう、トゥルーデ」
「…………うん」
彼女も彼を抱きしめる。
――やがて、抱きしめるのを止め、見つめ合う二人。
二人はゆっくりと近づき――そして重なった。
――町の鐘が、鳴り響く。その音に驚き、飛び立つ鳩の群れ。アルトラントの街に、さわやかな風が流れる。
七年にも及んだ上坂啓一郎の戦いは、ここに終結したのだった――――
どうも、軍曹です。
まず初めに“ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記”を最後まで読んでいただきありがとうございます。最初初めて自分のパソコンを買ったついでに、自分の考えた作品を残してみようと安直な考えで始まったこの作品を約一年(にじファンからの人は約二年)に渡り執筆してきましたが、正直ここまで多くに人に評価されるとは微塵も思っていませんでした。一時期やる気を失い、エタりかけたこともありましたが、皆さんのおかげで何とか終えることができました。この場を借りてお礼申し上げます。
――さて、恐らく知っている人も多いでしょうが、この作品には前作“ストライクウィッチーズ 影のエース戦記”というのが存在します。本来ならこの作品もハーメルンに投稿すべきなのでしょうが、この作品は何と言ったらいいのか……要するに、初めて書いた作品なので、作文の最低限のルールが守られていないんですよね(…の使い方や一段落目は一文字あけるとか)。なので正直投稿したくないというのが本音でして。なら改定すればいいだろうって声が聞こえてきますが、それだと続編が書けないので……。ちなみに前作“影のエース戦記”は“すぴばる小説部”のほうに掲載していますので、作文ルールなんて関係ないぜという方はそちらをどうぞ。色々な伏線が回収できると思います。
次に物語について。
今回最終話まで書き切ったのですが、正直に言うとやりたかったネタの半分以上出せませんでした。本当なら前作と今作の空間期の“東部戦線”や第二章、第三章の間の508ネタ、その他もろもろなど。作風や文章構成の稚拙さによってお蔵入りになった話が多いです。また最終決戦についてですが、これも当初から大幅に変わりました。最初は巨大で弾幕を張りまくるネウロイに対し、上坂が試作ジェットストライカーで突っ込むという話だったのですが、途中から人型ネウロイに変わり、上坂がネウロイに操られるとかいろいろ寄り道しながら、最終的に皆さんもご存じのような形となりました。また上坂が途中で負傷して精神的廃人に陥るから死亡に変わったり……上坂死亡エンドなんてのも一時期考えたり。そのため物語にちりばめられた伏線がすべて回収できていないかもしれません。そこは作者の力不足です。本当に申し訳ありません。
そう言えば妖刀“黒耀”について。
物語で時々出てきた妖刀“黒耀”。これの正体は皆さんお分かりかと思いますが、正直自分では空気なような気がしてなりません。最初はもう少しヤバイ刀にする予定だったのですが、文章の問題でこれを加えるとごちゃごちゃして読みにくかったのでご覧の通りとなりました。作者の力不足です。本当に申し訳ありません。(謝ってばかり……)
最後に、今作“ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記”はこれにて完結となります。しかし彼らのその後を書いた続編(世界観だけ?)か、ウィッチとストライカーユニットの設定だけを使った架空戦記を考案しております。……しかしながら、そろそろ就活など忙しい時期が近づいてきたため、これまでのような速度での更新はおろか、下手するとエタる可能性が大です( “にじファン”が閉鎖されていなければ、去年には終わっていたのに……)。
自分としてはエタる可能性のある作品を上げたくないなというのが本音です。やるからには最後までやり通さないと。なので次回作を投稿するかは未定ということで。
最後になりますがもう一度。今回“ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記”を最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。また次回投稿させていただく場合もよろしくお願いいたします。
2013年7月7日 作者 軍曹
P.S. 三日後以降に外伝をこちらに移動します。最新話ではないのでご注意ください。