ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十三話

 カールスラント、ポツダム――

 

「よお、ロンメル」

 

 ベルリンから50kmほどしか離れていないこの町には、連合国陸軍大部隊が集結している。

 

「なんだパットン。そろそろ作戦開始時刻だぞ」

 

 多くの兵士が作戦準備を進める中、アフリカ戦線から転戦してきたカールスラント陸軍、エルヴィン・ロンメル中将は突然の来客にも驚かず、準備の進行状況を視察していた。

 

「心配すんな。俺の部隊はお前の護衛だからな。ここに居ても指揮は取れる」

 

 そう言いながら、同じアフリカ戦線で肩を並べて戦ったリベリオン陸軍、ジョージ・パットンは咥えていた葉巻を取り、紫煙を吐いた。

 

「それにしても、よくこいつが残っていたな」

 

 二人が見上げる先には巨大な大砲が鎮座している。それは複線の鉄道の上に置かれた大型の台車4両に乗る、砲身長28.9m、重量約400t、口径80cm、カールスラントが開発した世界最大にして最強の砲、80cm列車砲だった。

 

「いや、“グスタフ”も“ドーラ”もカールスラント撤退戦の時に放棄された。これは残骸から甦った“名無しの3両目”だ」

 

 元々カールスラント陸軍はこの列車砲を3両製造し、迫りくるネウロイに対し圧倒的な破壊力で粉砕するつもりだった。しかし列車砲自体使い勝手の悪い兵器であり、戦況にはほとんど貢献しないままカールスラントは陥落。その際1両目の“グスタフ”、2両目の“ドーラ”は放棄された。

 

 本来ならその時点で3両目は製造中止となるはずだったのだが、先に遷都していたノイエ・カールスラントには既に予備の砲身があったこと、ガリア奪還の後、列車砲基部が修復可能な状態で発見されたことを受け、カールスラント陸軍は悪天候でも航空機以上の打撃力を持つ列車砲の製造を進めたのだった。

 

「しかしまあこんなデカブツが本当に役に立つのか? 装填に30分以上かかるだろ」

 

「確かに。だがこれなら遠くからベルリン上空にある母艦型(マザーネウロイ)を直接叩ける。発射システムを運用しているのはウィッチだしな」

 

 本来列車砲に限らず大口径砲は対地攻撃を目的とし、精密射撃を必要とする対空戦闘はまず行わない。しかし今回の作戦では空間索敵や弾道安定などの固有魔法を持ったウィッチをかき集め、一発でネウロイの巣を破壊することにしたのだ。

 

「……まあ確かに列車砲の射程ならここからちょいと進んだところから攻撃できるし、航空ウィッチも巣に近づかないから被害は抑えられるが……」

 

「パットンの言いたいことはわかる。もし作戦が失敗した場合取り返しがつかなくなると言うのだろう?」

 

 ロンメルは、パットンの気持ちを理解したうえで話す。

 

「だが元々戦争というものは博打だ。どれだけ兵力が多くても、どれだけ優秀な兵器を扱おうとも、負ける時は負ける。逆もまたしかり。我々にもしという言葉は無い」

 

「……そうだな」

 

 パットンはずれた鉄帽を被り直す。

 

「俺達は全力で戦うだけだ。――明日のためにな」

 

「ああ」

 

 ずっと肩を並べて戦ってきた二人の指揮官。お互い国籍は違うが、この作戦を成功させようという思いは一緒だった。

 

 

 

 

 

「――作戦が始まったわ」

 

 AM10時――

 

 ポツダム上空を飛行する501部隊は眼下の陸軍部隊が動き始めたことを確認した。

 

 中心には巨大な80cm列車砲が鎮座し、その周囲をカールスラントのティーガーやパンター、リベリオンのM26、扶桑の五式中戦車などが固めている。その中には陸戦ウィッチや装甲車、歩兵の姿もあった。

 

「凄い大部隊だな。こんなのリベリオンでもめったに見れないぞ」

 

 圧倒的な工業力で兵器を大量生産するリベリオン出身のシャーリーでも、この光景には驚きを隠せない。そんな彼女にペリーヌが付け加える。

 

「部隊はここだけではありませんわ。他にも囮としてシュヴェート、フランクフルト、コトブスからも同規模の部隊が進攻しているはずですもの」

 

 作戦に参加する部隊はポツダムからだけではない。

 

 オラーシャから、ロマーニャから、七年間も戦線を支えた歴戦の兵士達が最後の戦いを挑まんとベルリンに向かっている。有史以来最大規模の動員数を誇る乾坤一擲の大作戦なのだ。

 

「こんな光景もう見ることはできないよ。ねっ、トゥルーデ」

 

「……そうだな」

 

 ハルトマンはバルクホルンを元気づけようと声を掛けるが、彼女の反応は薄かった。

 

(……啓一郎)

 

 彼女の視線には、ベルリンまで伸びる線路が写っていた。

 

 

 

 

 

「全機、攻撃開始!」

 

 フランクフルト方面隊――

 

 主に東部戦線で戦っていた部隊が主力となっているこの部隊は、空を埋め尽くすようなネウロイと遭遇していた。その数約400――それも中型以上の大きさ。大地にはその何倍もの四足歩行型陸戦ネウロイの姿があった。

 

 その陸戦ネウロイに向かって急降下していく部隊――カールスラント空軍が誇る急降下爆撃機隊である。

 

 その先陣を切るのは隊長のハンナ・U・ルーデル大佐。彼女は既に上がりを迎え、満足にシールドを張れないが、当たり前のように出撃している。周りの部下達も「ルーデル隊長だから」と誰も止めない。

 

 そんな彼女達が抱えているのは37mm機関砲。元々は部隊名の通り500kg爆弾を抱えて出撃していたのだが、大戦初期のスオムス、スラッセン奪還作戦の際考案された大口径機関砲による地上掃射が多大な戦果を上げ、以来カールスラントのJu87急降下爆撃脚を使用する部隊のほとんどで37mm機関砲を使用するようになった。

 

 ルーデルは急降下で地上すれすれに降りる。既に味方戦車、陸戦ウィッチ隊との激しい戦闘が行われており、爆炎やビームが飛び交っている。彼女はその中を潜り抜け一機の陸戦ネウロイに狙いを定めた。

 

「――ひとつ」

 

 引き金を静かに引き絞ると同時に放たれた37mm徹甲焼夷弾は陸戦ネウロイの上部装甲を貫き、内部にあったコアに命中した。

 

 ルーデルは四散し、舞い上がる白い破片の中を突っ切る。部下達も攻撃を終え、一旦上昇するが、そんな彼女達に向けて高空から中型ネウロイがビームを放つ。しかしそれは間に割って入ってきたウィッチによって遮られた。

 

「大丈夫です! 爆撃機隊は地上攻撃に専念してください!」

 

「頼んだ。ポクルイーシキン大尉」

 

 彼女達を守ったのは第502統合戦闘航空団戦闘隊長を務める、オラーシャ陸軍アレクサンドラ・I・ポクルイーシキン大尉。フランクフルト方面隊の制空隊の主力は第502統合戦闘航空団となっており、今もこうしている間、他の隊員達がネウロイを撃滅している。

 

「おらおらっ! さっさと落ちやがれ!」

 

「やれやれ、流石に敵も多いね」

 

 彼女達を中心とした制空隊は、ネウロイとの激戦を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

「テエッ!」

 

 コトブス方面隊――

 

 ロマーニャ、アフリカ戦線の部隊を主力としたこちらでもネウロイとの戦闘が始まっていた。

 

 アフリカ戦線でスエズ奪還に多大な貢献をした扶桑皇国陸軍第十一陸戦中隊隊長、池田翔平少佐は不敵な笑みを浮かべながら引き金を引き、襲い掛かってきた陸戦ネウロイを倒した。

 

「一両撃破! 流石カールスラント製だな、副長!」

 

「ええ! 一式とは大違いです!」

 

 副長もネウロイを撃破しながら叫ぶ。

 

 彼らの足には、アフリカ戦線で使用していた一式陸戦脚ではなく、新品のパンターG型陸戦脚が装着されている。元々彼らはアフリカ戦線から欧州にやってきたとき、本国から最新鋭陸戦脚「五式陸戦脚」が支給された。しかしこのストライカー、確かに性能は他の欧米戦車なみの性能を持つが、あくまで“平均”である。戦車、陸戦脚先進国カールスラントに比べれば格段に劣ってしまう。

 

 そのことを偶然知ったロンメルは、彼らのアフリカ戦線での活躍をカールスラント、扶桑両国に働きかけ、第十一陸戦中隊全員に最新鋭中戦車“パンター”G型の使用を認めさせたのだ。

 

「優秀な兵士には優秀な兵器を供給するべきだ」

 

 ロンメルはこう説得し、こうして扶桑陸軍最強(凶?)の陸戦部隊は“豹”の仇名をもつ陸戦脚を、ここ欧州の地でも使用しているのだった。

 

 彼らのすぐ近くにあった戦車が攻撃を受け、爆発する。

 

 周囲にはビームが着弾し、池田達は自分達に当たりそうな攻撃をシールドで防ぐ。

 

「しかし、さすがにネウロイの攻撃が激しいですよっ!」

 

「はっはっはっ! 確かにそうだなぁっ!」

 

 上空にはファラオ作戦で一緒に戦った第31統合戦闘飛行隊と第504統合戦闘航空団を中心とした航空ウィッチ達が激戦を繰り広げている。

 

「はっはっは! この戦場の主役は私だ!」

 

「各員、僚機との連携を崩さない様に!」

 

 陸で、空で、激戦が続いている。

 

「突撃ぃ!」

 

 池田達の中隊は突出し、陸戦ネウロイを刀で切り倒した。

 

 

 

 

 

 各戦線で戦闘が激化している頃――

 

「……静かだな」

 

 本命ともいえるポツダム方面隊は、他戦線とは反対にネウロイの攻撃を一切受けず、順調に進撃していた。

 

 進撃速度は約30km/h。80cm列車砲は最大75km/h出せるが、周囲を守る戦車は40km/h程度しか出ないため進撃速度が遅くなっている。それでも前方を警戒している部隊からネウロイ発見の方は確認できず、上空の航空ウィッチからもネウロイの存在が感知できないとの報告を受けた。

 

「罠……か……?」

 

『どうだろうな。ネウロイの考えることなんぞ俺達にはわからんよ』

 

 ロンメルのつぶやきが聞こえたのか、パットンは通信を返す。

 

 ――やがて、史上最大の列車砲は静かに停止した。

 

「砲撃ポイントに到着しました。これより精密照準に移ります」

 

「ああ。ゆっくり、慌てずにな」

 

 反撃どころかネウロイの姿すら確認できず、連合国軍は砲撃地点まで到達。80cm砲はその巨大な砲身をゆっくり持ち上げ始めた。

 

 周囲の陸軍部隊は奇襲攻撃を警戒して散開、列車砲を中心とした大きな輪陣形を取る。

 

「……こちらロンメル。上空から奴ら(ネウロイ)の姿は確認できるか?」

 

『こちらハイデマリー少佐。周囲に敵の姿はありません』

 

『こちらリトヴャク中尉。魔道針に反応有りません』

 

『……少なくとも、今すぐ攻撃を仕掛けてくるネウロイは確認できません』

 

「そうか……」

 

 ロンメルは上空で警戒しているウィッチに連絡を取ってみるが、彼女達からも敵の姿を確認することが出来ないとの報告を受ける。上空を守る第501統合戦闘航空団には主に対空監視を得意とする“魔道針”ウィッチが二名、探知範囲は魔道針より劣るが万物を感知する“空間把握”を持つウィッチが一名いる。そんな彼女達が敵の姿が無いと言うのだから周囲にはネウロイの姿はいない。

 

(どういうことだ? 我々がマザーネウロイを撃破してもいいとでも?)

 

 これまでの歴史から、ネウロイには主に小型、中型、大型、そして超大型、あるいは母艦型と呼ばれる種類に分けられ、母艦型が消滅すると周囲にいた他のネウロイも消滅することが確認されている。これは憶測にすぎないが、小型ネウロイは母艦型ネウロイの分身、またはコントロール下に置かれているためではないかと言われている。 わかりやすく言えばラジコンを無線操縦している時に送信機が壊れると動かなくなると思ってくれればいい。

 

 つまり人類側は母艦型を撃破すればネウロイを倒したことになるのだ。

 

 それなのにもかかわらず母艦型には一機も護衛がつかず、本体が丸裸のまま浮かんでいる。これではどんな人でもおかしいと思わずにはいられない。

 

「砲撃準備完了しました。いつでも撃てます」

 

「……よし。砲撃用意!」

 

 ロンメルの脳裏には疑念が残っていたが、だからといって攻撃をしないという選択肢はない。彼は命令を下した。

 

「撃てぇっ!」

 

 ――刹那、周囲の音が消えた。否、あまりにも大きな爆音が起きたため、耳が麻痺したのだ。

 

 80cm列車砲。恐らくこれからの歴史の中でも決して作られることは無いだろうと言われるほどの破壊力を持つ火薬式大砲である。そこから放たれたのは特殊徹甲魔法弾。砲弾重量約5tと魔法が組み合わされればどんなネウロイでも容易に撃破が可能である。

 

 だが大砲というものは精密射撃に向いているものではない。元々複数の方を並べ、面で制圧する役割を持っているのだ。そのためそれの発射を担当するのは退役間近、あるいは既に退役したものの魔法力が多少残っているウィッチ。各国から集められた “弾道安定”や“空間把握”など砲撃プロセスで必要な能力を持っている彼女達ならば初弾命中は可能である。

 

 そんな彼女達の想いが込められた80cm砲弾は初速820m/sで一旦成層圏まで昇り、その後重力に引かれて落下していく。その先にあるのはマザーネウロイ。砲弾は母艦型目掛けて加速していく。

 

――そして

 

「弾着……今っ!」

 

 着弾。砲弾は寸分の狂いもなく母艦型に命中した。

 

 魔法力で強化された徹甲弾は外皮をやすやすと貫き、内部にあったコアに命中、これを運動エネルギーのみで破壊した。

 

 眩しい閃光が起こり、兵士達の視界が奪われる。しばらくして視界が回復すると、ベルリン上空にあった禍々しき巣は無くなり、あたり一面には白い破片が舞っていた。

 

「撃破……したのか?」

 

「だよな……倒したんだよな?」

 

 兵士達は、しかし当惑している。ネウロイとの最後の決戦だと気を引き締めていたにもかかわらず、戦うべき敵が全く現れず、あっさりと母艦型まで倒してしまったのだ。これでは誰もがおかしいと思うはずである。

 

「通信、他戦線の状況は?」

 

 ロンメルは通信手に尋ねる。すべてを操る母艦型がいなくなれば、他戦線のネウロイも消えるはずなのだ。

 

 しかし――

 

「フランクフルト、コトブス両方面、戦闘激化! あと一時間程度しか持ちこたえられないそうです!」

 

「なんだと!?」

 

 他戦線ではいまだに戦闘が行われている―― それはつまり母艦型がまだ撃破できていないということ。しかし目の前の母艦型(らしきもの)は既に撃破され、再生するそぶりも見せていない。

 

『どういうことだ!? 奴が母艦じゃなかったっていうのかよ!』

 

 パットンは怒鳴り声を上げるが、ロンメルも驚いているのだ。理由などわかるはずもない。

 

「わからない。他に母艦型がいるのか……あるいは母艦型を倒しても全てのネウロイが倒れなくなったのか……」

 

 ロンメルが困惑していたその時だった。

 

『ベルリン方面よりネウロイ一機接近中。小型クラスです……えっ?』

 

 上空で警戒していたハイデマリーから、敵発見の報が入る。

 

「どうした?」

 

『いえ、この反応は……上坂少佐?』

 

「なに!?」

 

『いえ、上坂少佐によく似ていますが違います。……ただ、人とネウロイの反応が同位置で確認できます』

 

 サーニャからの訂正を受け、ロンメルは慌てて首からかけていた双眼鏡でベルリンの方角を見る。

 

 暫く周囲を見渡して――発見したネウロイを見た瞬間、ロンメルは驚愕した。

 

「なっ……!」

 

 彼の目に映っていたのは、明らかな人間。アフリカ戦線でよく見た扶桑陸軍の制服を纏い、ストライカーユニットを装着している。しかしそのストライカーは黒く、ネウロイ特有の赤い六角斑が所々に浮かんでいた。

 

「あれは……」

 

 この時、ロンメルは知らなかった。彼女こそが最後の敵であるということを。

 

 彼女の名は――上坂良子。扶桑海事変で戦死した、上坂の実の姉。

 


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