ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第九話

――かつて、魔女に愛の言葉をつぶやいた事がある。

 

――もちろん軍紀違反だ。しかし、俺に最前線で戦う魔女に、他に何が出来たろう。

 

――やはり俺は、“下衆野郎”に違いない。

 

 

 

 

 

「すごく大きい陸戦ユニットですね」

 

 ブリタニア陸軍第4戦車旅団C中隊隊長、セシリア・G・マイルズ少佐の部隊は小高い丘から遠くにあるカールスラントの基地を眺めている。

 

 彼女達の視線の先には、彼女達が履いているものよりも大きな陸戦ユニットがあった。

 

――いや、陸戦ユニットというほど生易しいものではない。

 

戦車のように重厚な足回り――

 

それを操るウィッチを守るために付けられた大きな後盾――

 

右側から突き出たカールスラント自慢の88mm砲――

 

「すばらしい、これぞ戦車だ!」

 

 リベリオン陸軍ジョージ・S・パットン中将にそう言わしめたそのユニットの名前はⅥ号陸戦ユニット「ティーガー」。カールスラントが総力を挙げて作り上げた、陸戦の切り札である。

 

 陸戦ユニットは、主に二つに分けられていて、一つは一般的に使われている軽陸戦ユニット。

 

軽陸戦ユニットの特徴は汎用性であるということ、要するにどのような場面でもコンスタントに運用することが出来、整備も楽なので各国の主力として使われている。

 

そしてもう一つが重陸戦ユニット。

 

高いシールド防御に高火力を備えたそれは、防御戦闘において真価を発揮する。しかし反面機動性が悪く、侵攻作戦には向いていないだけでなく整備性も劣悪で、大陸国家ならまだしも扶桑やブリタニアのような島国国家では研究レベルにとどまっている。

 

しかし凝り性のカールスラントは、最強の陸戦ユニットを作るという意気込みでこの開発をスタートさせ、その成果がようやくアフリカの地に降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

「こいつがリベリオンに一個大隊あればネウロイなどイチコロだな!」

 

 パットンはそう言いながら、ティーガーの足を叩く。火力主義の彼にとってみれば、この戦車はまさに彼の理想を具現化したものだろう。

 

「光栄ですわ、パットン閣下」

 

 その隣でこのティーガーの開発責任者が笑顔でそれに応える。

 

フレデリカ・ポルシェ技術少佐。まだ20歳前半ぐらいの彼女の顔には縦に大きな傷があるが、どこか愛嬌がある笑みを浮かべていた。

 

「……ところでポルシェ少佐、コイツの魔道エンジンが動く所を見たいのだが……」

 

「わかりました。……シャーロット、エンジン始動。……シャーロット!」

 

 フレデリカはティーガーに搭乗(・・)している少女に声を掛けるが、返事が無いので声を荒げ、彼女を見る。

 

 そこには汗だくになり、暑そうにしている少女の姿があった。

 

「……だるぃ」

 

「な……シャーロット! 貴女また……!」

 

 シャーロットの様子に声を荒げるフレデリカ。その時、シャーロットの頭上に日傘が差された。

 

 傘を差したのはカールスラント陸軍ミハイル・シュミット技術大尉。このティーガーの専属整備士で、長年戦ってきたからか年齢より老けて見える。

 

 彼は機転を利かせて、パットンに告げる。

 

「申し訳ありません閣下! 何分砂漠の熱対策の検討中で、魔道エンジンの調子中であります!」

 

 彼の人懐っこい笑顔のためか、シャーロットの体調の悪さを推測したのか、パットンは軽く肩をすくめる。

 

「……そうか、それは残念だ。……まあ仕方がない、今度は動いている所を見せてくれ、楽しみにしているぞ!」

 

 そう言うとパットンはジープに乗り込み、その場を後にした。

 

「……シュミット大尉! こっちへ来なさい!」

 

 フレデリカは引き攣った笑顔でパットンを見送ると、額に青筋を浮かべながらティーガーの上にいるミハイルに向き直る。

 

「……ヤレヤレ、女王様(・・・)がおかんむりだ」

 

 ミハイルはそうつぶやくと日傘をシャーロットに渡し、ティーガーから降りた。

 

 

 

 

 

「……どういうつもりなの、ミハイル。私達の状況をわかっているでしょう?」

 

フレデリカは全員に休憩するように言うと、ミハイルを連れて自分のテントに戻る。そのまま彼女は自分のベットに座り込み、そして彼を睨めつけた。

 

「状況は理解しています。しかしポルシェ技術少佐……」

 

フレデリカ(・・・・・)!」

 

 フレデリカは彼の話をさえぎる。ミハイルはため息をつくと、軍人口調から子供をあやすような口調に変えた。

 

「フレデリカ……わかっているさ、カールスラントは金が無い。リベリオンのパットン親父をたらしこんで開発費を巻き上げて……」

 

 ミハイルの言う通り、国土を奪われたカールスラントは南リベリオン大陸に避難はしているが、いかせん予算不足に陥っており、このティーガー開発計画も大半はリベリオン合衆国からの資金援助でどうにかここまで漕ぎ着けた。

 

「……そこまではいい。だが……なぜあの子、シャーロットを? いくら魔女適性があるとはいえ、まだ14歳だ。試作陸戦ユニットのウィッチにするのは……」

 

「あら、私が地上打撃魔女として飛んだのは13歳よ? あなたと会ったのは17歳、今じゃ“アガリ”で“元魔女(エクスウィッチ)“ですけどね」

 

フレデリカはベッドに倒れ込む。その光景を見ながら、ミハイルは大きなため息をついた。それと同時に過去の記憶がよみがえる。

 

当時戦車乗りだったミハイルは、カールスラント陸軍自慢の機甲師団に所属していたがネウロイの攻勢にはほとんど無力で、全く歯が立たないでいた。

 

そんな彼をいつも救ってくれたのが、当時まだウィッチだったフレデリカだったのだ。

 

「あなたは私に叫んでくれた。“美しい”、“俺の魔女”と」

 

 フレデリカは少し頬を赤く染めながらミハイルを見る。しかしミハイルはよくわからないというような表情を見て、軽く舌打ちをした。

 

「……とにかく、シャーロットの才能は私以上なの! 何とかして使えるように(・・・・・・)しなさい。それがアンタの任務よ、ミハイル・シュミット大尉!」

 

 そう言うと、フレデリカはさっさとミハイルを追い出した。

 

「……ヤレヤレ、一人で履帯交換の方がよっぽど楽だな……」

 

 砂漠の炎天下の中、ミハイルは肩を落としながらとぼとぼと歩く。

 

「……しかし相変わらず大きなおっぱい」

 

 彼がつぶやいた言葉は、フレデリカの耳にも聞こえてくる。

 

「……馬鹿」

 

 一人ベットに横になってつぶやいた。

 

 

 

 

 

 夜――。

 

 シャーロットは目を覚ますと、自分に誰のか知らないコートがかかっていたことに気付いた。砂漠は日中はとんでもないほど暑くなるが、日が落ちると一気に冷え込み、半袖では過ごせなくなる。誰がかけたのかはわからなかったが、そのおかげであまり寒くは感じなかった。

 

 彼女はコートを脱ぎ、壁にかかっていた自分の上着を着てテントから出る。少し離れたところでミハイルが胡坐をかいて、地面に座っていた。

 

「こんばんはシャーロット。コーヒー飲むかい?」

 

 彼の目の前には小さなコンロがあり、湯気が立ち上っている。

 

 シャーロットは近づいて、ミハイルの前に座り込む。ミハイルがコーヒーを差し出すと、黙ってそれを受け取った。

 

「夜になると冷えるだろう? 砂漠はいつもこんなでね」

 

「……」

 

「俺のコートをかけといたけど寒く無かったかな?」

 

「……」

 

ミハイルが話しかけるが、シャーロットは黙ったまま熱いコーヒーを啜っていた。

 

(会話が続かない……)

 

 ミハイルが最早匙を投げようとした時。

 

「大尉…は……」

 

 シャーロットがぼそりとつぶやいた。

 

「何の為に…怖い思いをして戦うの?」

 

「えっ……」

 

 ミハイルの脳裏に、かつての記憶がよみがえる――。

 

「誰に聞いても答えてくれない……」

 

 彼女の眼は――。

 

「みんな笑うか、怒るばっかり……」

 

青い湖のように底が見えず――。

 

「…私は…只の…女の子なのに……」

 

 ミハイルの目には涙をこぼすシャーロットと、かつて怪我を負った時のフレデリカとの姿が重なった。

 

「何で…私が戦わなくちゃいけないの?」

 

 そうだ――。

 

「死ぬのは…怖いよぉ……」

 

 それは本来男の役目、軍人の役目――。

 

 ミハイルは自分の無力感に打ちのめされる。

 

 自らが地獄に行くのはいい。だが魔法力を持たない自分は戦うことが出来ない。自分にできることはユニットの整備をすることだけ。

 

 ミハイルはそっとシャーロットの頭をなでる。今の彼にはこのくらいのことしかできなかった。

 

「警報! ネウロイ!」

 

 突如警報が鳴り響く。

 

 ミハイルは慌てて小高い丘に駆け上がると、遠くの方で赤く光る、ネウロイの大群が近づいて来ていた。

 

「なんてこった……ここは味方戦線の中だぞ!」

 

 ここは最前線から離れた後方のはず。それなのにこれだけのネウロイが現れたと言うことは既に前線部隊が壊滅したのか。

 

「大尉…怖い……」

 

 シャーロットはミハイルに縋りつく。その目には怯えがあった。

 

「何しているの、ミハイル!」

 

 二人の後ろで声がする。後ろを振り返るとフレデリカが両手にMG34を持って立っていた。

 

「一般兵の撤退を指揮して! シャーロットはティーガーを退避! 急いで!」

 

「フ、フレデリカ! なんて恰好をしているんだ!」

 

 ミハイルはシャーロットをティーガーに登らせながら叫ぶ。

 

「お前はもう――ウィッチじゃないんだぞ!」

 

「――他に誰かいて?」

 

 フレデリカは悲しそうな笑みを浮かべる。その顔を見て、ミハイルは何も言えなくなってしまう。

 

 その時、彼女の後ろから地上型ネウロイが躍りかかる。フレデリカはMG34を乱射して、それを撃ち倒した。

 

「ここは私が守る! ミハイルは逃げて!」

 

 ネウロイがどんどん集まってくる中、フレデリカは両手のMG34でもって必死にせき止める。フレデリカは鬼気迫る表情をしながら、それでも戦い続けた。

 

「通さない……ここは一歩も通さないんだからぁ!」

 

ミハイルはティーガーによじ登ると、予備のディーゼルエンジンを起動させ、後進させる。

 

「瘴気が来る! お願い! ティーガーだけは持ち帰って!」

 

 フレデリカが作り上げた人類の希望、そして、愛するミハイルのために彼女は必死に戦う。

 

「な、なんで…あそこまでして……」

 

 シャーロットはわからなかった。なぜフレデリカが恐れず、あそこまで戦えるのかが。

 

「私と…全然違う……」

 

「――いいや……同じだ……!」

 

 ガチガチと震えるシャーロットを、ミハイルは抱きしめる。

 

「フレデリカも、かつては怖さに怯えていた女の子だった」

 

 シャーロットの震えが止まる。

 

「アイツが震えてい泣いていた時、俺は言わずにはいられなかった。全身全霊をかけた、ただ一言……俺の――“俺の魔女だ”……と」

 

 シャーロットはミハイルを見る。彼の眼には涙が浮かんでいた。

 

「あいつを…あそこまで戦わせているのは…俺だ……!」

 

 ミハイルは両手で顔を覆う。かつて言った言葉――その言葉がが彼女の重しになっている。彼はそう思い、後悔していた。

 

「俺は…あいつにただ生きてほしいのに……あいつは戦えぬ俺の代わりに…どこまでも戦ってくれているんだ!」

 

 遠くで戦っているフレデリカが、敵のビームを受けて吹き飛ばされる。シャーロットはその光景を見て、それでも口を噛みしめた。

 

「……大尉は何もわかっていない」

 

 周りの空気が変わる――いや、変わったのはティーガーなのか。

 

「大尉…あなたって人は…本当に…ひどい男」

 

 シャーロットに応えるかのように、今まで音さえあげなかったティーガーのマイバッハHL230P45水冷ストロークⅤ型12気筒魔道エンジンが、その猛獣の名の如く唸り声をあげ始める。

 

「でも……だからこそ――」

 

 700馬力のエンジンの振動が、ミハイルを揺らす。

 

「みんなで生き残らなきゃ――意味がないでしょう!?」

 

 シャーロットの叫びと共に、ティーガーは、まるで意志を持つかのごとく力強い咆哮をあげた。

 

「動いた……ティーガーの魔道エンジンが……!」

 

 今まで全く動かず、仕方なしに補助のディーゼルエンジンで自走させていた鉄屑が、戦闘兵器へと変貌する姿に茫然とするミハイル。

 

「大尉……フレデリカさん…助けたいですか?」

 

 シャーロットの問いに、彼は即答する。

 

「当たり前だ! 俺の魔女だぞ(・・・・・・)!」

 

「……本当、ひどい(ひと)

 

 シャーロットは涙を浮かべながらも、笑みを浮かべる。それはまるで一気に成長したかのごとく妖艶を漂わせていた。

 

「弾種、榴弾……装填!」

 

 彼女の操作で88mm砲に榴弾が込められる。そして全周波数で通信を入れた。

 

「発、緊急で付近の全部隊に告ぐ! 我レネウロイの攻撃を受けつつ有り! 状況“全打撃魔女への支援要請”! 我レ、カールスラント陸軍所属試作戦車、Ⅵ号戦車ティーガーシャーロット軍曹! この場にとどまりフレデリカ少佐の援護にまわる!」

 

 彼女に近づくネウロイに照準を合わせる。

 

「テェー!」

 

 ティーガーの88mm砲が咆哮する。

 

 ――反撃の時は、今だ。

 


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