ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第九話

『宮……藤……!』

 

「えっ……」

 

 雑音の中から聞こえてきた声。それは服部のよく知る人物の声だった。

 

「この声は……」

 

 “彼女”は扶桑にいるはずじゃ……と思ったが、昨日宮藤が特殊な作戦に参加していると言っていたことを思い出す。それよりも――

 

「届いた……」

 

『宮藤!』

 

『宮藤さん! 応答して』

 

 今度ははっきりと聞こえてくる。“彼女”の他にも、次々と声が聞こえてくる。

 

『返事しろ! 宮藤!』

 

『大丈夫か~、宮藤~!』

 

『しっかりしろ! 宮藤!』

 

『大丈夫ですの、宮藤さん!?』

 

『芳佳ちゃん、返事して!』

 

 知らない声と混じって、ペリーヌやリーネの声も聞こえてくる。

 

『待ってて、芳佳!』

 

『宮藤、すぐに行くからな!』

 

『宮藤~、どこだあ~!』

 

『芳佳ちゃん、待ってて!』

 

「宮藤少尉……聞こえますか? 助けが来ました……」

 

 誰もが宮藤の名前を呼んでいる。服部の目から、自然に涙が零れ落ちていた。

 

 だが、服部が危機的状況にあることには変わりない。魚雷型ネウロイは軸先を彼女に向けて取り囲んでいる。ようやく気づいた服部だったが、避ける時間は残されていなかった。

 

ネウロイはビームの発射体制に入る。

 

「もう……駄目だ……」

 

 服部が絶望の表情を見せた時――

 

 眼下で青白き光が輝いた。

 

 

 

 

 

 服部が無数の魚雷型ネウロイに囲まれている頃、地面に横たわる宮藤の耳にも、501の仲間の声が届いていた。服部が飛び立つ直前、宮藤の耳に、予備の無線機をつけて置いたのだ。

 

「聞こえる……みんなの声が……」

 

 意識が朦朧としているにもかかわらず、不思議と仲間の声が心に響く。

 

「……私……行かなきゃ……」

 

 かつて、仲間と共に空を飛んでいた時の記憶が甦ってくる。共に笑い、時には泣き、色々なことがあったものの、楽しかったあの頃。空を飛んでいたときの記憶。

 

 腹部の鈍い痛みを堪え、宮藤は立ち上がる。

 

「あそこに……みんなの所に……行かなきゃ!」

 

 瞬間――宮藤を中心に、青白い光が瞬き、空気が変わった。

 

 光は急速に拡大し、巨大な半球を描く。光に巻き込まれた魚雷型ネウロイは、その光に力が宿っているのか、次々と消滅していった。

 

「こっ、この光は!?」

 

 上空の服部はこの現象に、ただただ驚いている。

 

「あれは魔方陣の光!?」

 

 戦場に急行しているミーナ達も、その光を視認する。

 

「魔法力……再発現だと!?」

 

「芳佳ちゃん!」

 

「馬鹿な! ありえない!」

 

「あり得るかもよ~、宮藤なら」

 

 皆が驚愕する中、一人ハルトマンは、にやりと笑っていた。

 

 

 

 

 

「わ、私……魔法力が戻ってる……」

 

 青白く輝く魔方陣の中心に立つ宮藤は、戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 頭には豆柴の耳、お尻には尻尾。そしてなにより体の中から湧き上がってくる魔法力。ヴェネツィア奪還作戦で魔法力を失ったはずの彼女は、再びネウロイと戦う力を得たのだ。

 

 宮藤が戸惑っているなか、しかし、母艦型ネウロイは再び宮藤に破壊された魚雷型ネウロイを吐き出していく。その数は先ほどよりも多い。

 

「そんな……やっつけたはずじゃ……」

 

『宮藤少尉!』

 

 服部からの無線で慌てて上を見上げる。そこには宮藤を囲み、今まさにビームを放とうとする魚雷型ネウロイ群れがいた。

 

 だが、次の瞬間。何処からともなく号砲が響き渡り、ネウロイは駆逐された。

 

「砲撃!? どこから!?」

 

 

 

 

 

 その砲撃の主は宮藤からは見えなかったが、戦場に近づきつつあったミーナ達には確認できた。

 

 それはライン川に浮かぶ、黒鉄の城。

 

「あれは!?」

 

 501にはなじみ深い艦。全長263m、世界最大の46cm砲を9門搭載する世界最大の戦艦、扶桑皇国海軍の切り札である大和型戦艦一番艦「大和」だった。

 

「バトルシップ!?」

 

 リーネは目を見開き、珍しく驚愕の声を口にする。

 

「大和よ! ライン川を遡上しているわ!」

 

 ミーナですら、大和の登場に驚いている。無理もない。彼の艦もまた先のヴェネツィア奪還作戦で失われたと思われていたのだ。

 

 ハルトマンは大和の両舷に取り付けられている黒い物体に気付き、指摘する。

 

「見て! 浮き輪つけてる!」

 

「あれは大型艦用浮標……あんなもの取り付けてまで……」

 

 上坂はそれを見るなりげんなりする。元々大型艦用浮標は、大型艦である大和が深度の低い港に入るため、特別に開発されていた物であり、本来は静止した状態で使用し、移動はタグボートなどの小型船によって行うものである。それを使用しながら自力航行をするなど無茶を通り越して無謀の極みであった。

 

「扶桑の海軍は出鱈目だ!」

 

『はっはっはっはっは! 弟子の窮地だからな! 無理もするさ!』

 

 突如バルクホルンの叫びに答えるかのように、インカムに聞きなれた声が届く。

 

「この声は!」

 

 遠くから聞こえてくるエンジン音。彼女達の上空から一機の飛行機が舞い降りてくる。

 

「坂本少佐~!」

 

 扶桑皇国海軍の零式水上観測機のを操縦するのは、かつて501の副隊長を務めいていた坂本美緒少佐。彼女の登場でペリーヌは歓声を上げた。

 

「久しぶりだな。ミーナ」

 

「美緒、あれはいったい……」

 

「ああ、あれか。ああでもしないと川底につっかえてしまうからなぁ」

 

「いや、そう問題じゃないでしょ……」

 

 坂本の説明に、ハルトマンはツッコむ。

 

「お~い。私達もいるぞ~」

 

 零観に続いて、エイラとサーニャもやってきた。彼女達は北海上空を飛行中、修理が完了し、試験航海中だった戦艦大和と出くわし、そのまま坂本と合流していたのだ。

 

「久しぶりだな、エイラ、サーニャ。東部戦線はどうだった?」

 

「いやぁそれがさ……」

 

「うわ~、なんかいっぱい来てる~」

 

 再開するなり近況を話し始める上坂とエイラだったが、エーリカの指摘で無数の魚雷型ネウロイが接近していることに気付く。

 

 だが、それらは彼女達に近づく前に、どこからともなく飛んできた銃弾によって爆砕した。

 

「ひゃっほ~っ! とうちゃ~く!」

 

「到着~!」

 

 ヴェネツィアから飛んできたシャーリーとルッキー二が、白い破片の間を縫ってやってきた。彼女達も編隊に混じる。

 

「皆、そろったわね」

 

 ミーナは皆を見渡し、満足そうに頷く。一度は離れ離れになったものの、こうして数ヶ月ぶりに501のメンバーはここに集結したのだ。

 

 坂本は零観をミーナに近づけ、主翼下に取り付けられた白いポッドを見せながら告げる。

 

「ミーナ! 宮藤に土産を持ってきた! 露払いを頼む!」

 

「わかったわ! 総員! 戦闘隊形!」

 

 ミーナの命令で、旧501隊員とハイデマリーは、逆V字編隊からミーナを頂点としたV字編隊に移行する。

 

「目標、火線上の全てのネウロイ! 坂本少佐を援護します!」

 

「了解!」

 

 隊員達はネウロイに向かって突っ込んで行く。

 

「ま、まさか、あの人たちは……!」

 

 ガリアを解放し、ヴェネツィアを奪還してロマーニャを救った生ける伝説。第501統合戦闘航空団。機種も武装もバラバラなのにもかかわらず、一糸乱れぬ飛行を当たり前のように行う姿に、上空から見ている服部は感嘆する。

 

 ペリーヌとハルトマンが前に躍り出て、それぞれ固有魔法を発動させる。

 

「シュトルム!」

 

「トネール!」

 

 ハルトマンの風とペリーヌの雷が合わさり、超巨大な渦巻状の雷が吹き荒れ、進路上のネウロイが一掃される。

 

「おお! 合体技か! なら!」

 

 それを見ていたシャーリーは対抗心を燃やしたのか、ルッキーニと、次いでリーネを左脇、右脇それぞれに抱えた。

 

「いっけ―――!」

 

「え、えええええええ~っ!?」

 

「うおりゃあああああっ!」

 

 そのままネウロイ群に突撃を仕掛けるシャーリー達。ルッキーニはともかく、突然のことに焦るリーネだが、正確にネウロイを射抜いていた。

 

 その後をついていく零観。進路上には新たなネウロイが立ちふさがるが、サーニャとエイラがしっかりと両脇に控えていたため、特に抵抗もなく突き進む。

 

 その他のミーナ、ハイデマリー、上坂、バルクホルンは、周りに群がるネウロイを掃討し、零観の護衛に着くウィッチ達の負担を大幅に減らしていた。

 

「す、すごい」

 

 見事な連携を見せる歴戦のエース達の戦いに、服部は上空から目を丸くして見つめている。

 

 しかし、幾ら彼女達がネウロイを撃破しようと、母艦型ネウロイは絶え間なく魚雷型ネウロイを吐き出し続けている。

 

「ふっ、ずいぶんと溜めこんでいるな」

 

 バルクホルンは機関銃の弾倉を取り替えながら、不敵に笑う。

 

「まだまだ出てくるわね」

 

「いや、先ほどよりは勢いが衰えてきているみたいだ。そろそろ在庫切れだろう」

 

 眉をひそめるミーナに、上坂は言う。事実、先ほどよりも魚雷型ネウロイの数が少なくなってきている。掃討が完了するのもそう遅くは無いだろう。

 

「よし、あともう少し……!」

 

 宮藤の待つ丘まであと少しとなった時、零観の前に中型ネウロイが立ちふさがった。ハイデマリーやシャーリー達、バルクホルン達と互角に戦ったそのネウロイは、至近距離でビームを放つ。

 

「邪魔はさせませんわよ!」

 

 その攻撃を、ペリーヌが零観の前に出て、シールドで弾く。

 

「サーニャ!」

 

「うん!」

 

 サーニャは中型ネウロイに狙いを定め、複数のロケット弾を発射。さしものネウロイも複数のロケット弾を受けて無事でいられるはずがなく、コアを破壊されて白い破片と化した。

 

「宮藤っ!」

 

 白い破片が舞う中心を、坂本の乗る零観は突っ切る。彼女の視線の先には宮藤の姿。二人の視線はその時交差していた。

 

「坂本さん!」

 

「受け取れ!」

 

 坂本が投下レバーを引くと、主翼下に取り付けられていた白いポッドが投下される。ポッドはそのまま自由落下し、宮藤の十数m前の地面に突き刺さった。

 

 地面に突き刺さったポッドは、その衝撃からかつぼみが開花するように開く。宮藤はその中身を見て息を呑んだ。

 

「……震電!」

 

 独特な形状を持つ扶桑海軍のストライカーユニット。かつてヴェネツィアの空を飛んだ魔法の箒。

 

あの作戦で失われたと思っていた愛機が、こうして宮藤のもとに戻ってきたのだ。

 

 宮藤はゆっくりと震電に近づき、そっと手を添える。

 

 震電

 

 私、帰りたいの

 

 みんなのいる、あの場所に

 

 だからお願い

 

 ……もう一度

 

 ――飛ばせて

 




宮藤さん復活! そして次話、空へ……!

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