ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第八話

「…………」

 

 宮藤は塔型のネウロイを避けるよう、気絶した服部を近くの木陰に運ぶ。本当なら防空壕に連れて行きたかったが、それだとネウロイの近くを通らなければならなかったので無理だった。

 

 服部を木陰に寝かせると、彼女は改めてネウロイに視線を移す。

 

「! 防空壕に向かっている!」

 

 進撃をつづけるネウロイの先には、崖をくり抜いて作られた防空壕がある。宮藤はそれを止めようと周りを見渡し、エンジンがかかったままのジープを見つけた。

 

(あいつを村から引き離さないと!)

 

 彼女は先ほど服部が落した機関銃を拾い上げようとする。しかし、魔法力を失い、普通の少女となった宮藤にとって、それは非常に重いものだった。

 

「んっ……!」

 

 それでも何とか担ぎ上げ、ジープの助手席に乗せると、運転席に座る。

 

(ロマーニャの時に乗った車と同じだ)

 

 扶桑では一度も運転したことがない宮藤だったが、ロマーニャでは何度か買い出しに行くため、シャーリーに教えてもらい、車を運転したことがある。改めて運転方法を思い出しながら、宮藤はアクセルを踏み込んだ。

 

 ジープはまだ舗装されていない砂利道を、塔型ネウロイの進路上に回り込むように疾走する。

 

「ここなら……!」

 

 宮藤はジープを止め、フロントガラスの枠に銃身を掛け、全身で機関銃を支える。照準器の先には塔型ネウロイ。強烈な反動を予感しながら、静かに引き金を引いた。

 

「こっちだ!」

 

 やはりと言うべきか、強烈な反動を彼女に与え、放たれる12.7mm機銃弾。魔法力をかけていないため豆鉄砲にしかならないが、それでもネウロイの装甲を薄く削る。その攻撃を不快と感じたのか、ネウロイは停止した。

 

「気付いた!」

 

 宮藤はすぐさま機関銃を助手席によけると、急いでアクセルを踏み、ハンドルを切る。既にネウロイはビームを放つ態勢に入っている。ジープが急発進した直後、先ほどまでいた所にビームが着弾し、土煙をあげた。

 

(このままついて来て! お願い!)

 

 宮藤は村から出て、昨日来た道を戻るように進む。ネウロイはその後を追いかけ、時折ジープに攻撃を仕掛けるが、彼女はハンドル操作でこれを躱す。

 

「っが……!」

 

 しかし、後部に連結していたトレーラーに命中し、爆発。その余波を受けたジープは跳ね上がる。何とかうまく着地したものの、宮藤はハンドルに強く顔を打ち付けた。

 

「くっ……!」

 

 宮藤はバックミラーでネウロイがついて来ているかを確認すると、鼻血を手で拭く。相変わらずネウロイは真っ直ぐジープを追いかけていた。

 

 やがて、畑道を抜けると、前方にモーゼル川の支流にかかる橋が見えてくる。宮藤はアクセルをふかして一気に抜けると、ビームが橋に命中し、石で造られた頑丈な橋を木端微塵に破壊した。

 

 ネウロイは川の手前まで来ると一旦停止する。ネウロイは元々水を嫌う習性があるので、恐らくこのネウロイも水に触れたくないようだ。

 

 暫くすると、ネウロイは追いかけるのを諦めたかのように、地中に潜っていった。

 

「…………?」

 

 しばらく走っていた宮藤だったが、攻撃が来ないことを不思議に感じ、ジープを止めて後ろを見る。彼女の視線の先には、川の手前でネウロイの通った後が消えている光景があった。

 

「……いなくなった?」

 

 どうやら地中に潜って、別の場所に行ったようである。

 

「はぁ……良かった……」

 

 宮藤は疲労と安堵が綯い交ぜになったような表情を浮かべた。

 

だが――

 

 突然あたりの木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び立つ。同時に彼女の後方から地響きが聞こえてきた。

 

「まさか……」

 

 宮藤は恐る恐る振り返る。

 

 そこには、今まさに地面からせり上がってくる塔型ネウロイの姿があった。

 

「あ……ああ……」

 

 先端のパネルが回転し、内部のコアを露出させてビームの発射体制に入るネウロイ。宮藤は恐怖からか、身じろぎ一つできない。

 

(怖い……怖い。……けど!)

 

 それでも彼女は覚悟を決め、ジープを急発進させる。

 

 最高速のまま、行く先にはネウロイ。

 

 ネウロイがビームを放つと同時に、宮藤は機関銃を抱えて飛び降りる。それとほぼ同時にビームがジープの後方に着弾し、僅か1t程度しかない車体は簡単に飛び上がった。

 

 そのままジープはネウロイに激突。爆発を起こし、小さくない損傷を与える。宮藤はその好機を逃さず、機関銃を無理やり抱えて起き上がると、引き金を引く。

 

 12.7mm弾が放たれ、銃身が暴れると同時に、着弾地点がどんどん上部へと上がっていく。そしてコアに命中すると、あっという間に崩壊し始めた。

 

(やった……!)

 

 だが、その代償も大きい。

 

 崩壊する直前、苦し紛れに放たれたビームが宮藤のすぐ脇を掠め、彼女を爆風が襲う。

 

(あっ……)

 

 宮藤は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる衝撃と共に、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

「……う」

 

 遠くから聞こえてくる爆発音。服部はその微かな音に気付き、弱々しく身体を起こした。

 

 遠くには黒煙と、ネウロイを倒した際に出てくる白い破片が舞っている。

 

「宮藤……少尉?」

 

 服部はふらつきながらも立ち上がると、先ほど墜落した時怪我した右腕を押さえながら、近くに転がっているストライカーに向かった。

 

 

 

 

 

「たしかこの辺が……」

 

 服部は先ほど黒煙が上がっていた地点上空で、宮藤の捜索を行っていた。

 

 眼下には草原が広がり、先ほど戦闘が行われていたとは思えないほど静かに草花が揺れている。

 

「少尉!」

 

 やがて、丘の中腹に横たわる宮藤の姿を見つけた服部は、近くに着陸し、駆け寄る。

 

「しっかりしてください、少尉……!」

 

 宮藤を抱え起こす服部。その時自らの手に付着した血を見て驚愕した。彼女は左腹部からおびただしい血を流し、白と青で構成されたセーラー服を赤く染めていたのだ。

 

「宮藤少尉!」

 

「静夏……ちゃん……?」

 

 服部の声が届いたのか、宮藤はゆっくりと薄目を開ける。その声は弱々しい。

 

「村は……ネウロイは……どうなったの……?」

 

「…………!」

 

 服部は、こんな状況に陥ってもなお、宮藤が他人を心配していることに心を打たれる。

 

「村は無事です! 宮藤少尉のおかげで……みんな助かりました!」

 

 服部の目から涙が零れ落ち、宮藤の服を濡らす。

 

「そう……よかった……」

 

 宮藤はかすかに微笑むと、再び目を閉じた。

 

「少尉……? 宮藤少尉!」

 

 服部は慌てて宮藤を揺り起こそうとする。

 

 その時――

 

「なっ、なにっ!?」

 

 突然大きな地鳴りが服部達を襲う。服部が周囲を見渡すと、少し離れた地点の土が盛り上がり始めていた。

 

「な……!」

 

 大地が裂け、地下から巨大な艦首が土を押しのけて現れる。その表面の色は黒――超巨大な潜水艦型ネウロイがついに姿を現したのだ。

 

「あ……ああ……」

 

 服部が目を見開き、愕然としている間、母艦型ネウロイは艦首にある魚雷発射管らしきところから次々と魚雷型の小型ネウロイを射出する。それらは母艦型ネウロイを中心に集まり、真っ黒い帯を空に描き出した。

 

 服部は震える手で、ネウロイの出現と救援要請を発するべく、通信を入れる。

 

「……こちら服部静夏。現在サン・ヴィット周辺、大型ネウロイの出現を確認。現在宮藤少尉が重傷。至急救助願います。こちら服部静夏――」

 

 だが、無線からは雑音しか流れてこない。方法はわからないが、ネウロイが通信を妨害しているのだと今更ながらに気付いた。

 

「くっ……」

 

 服部は唇を噛みしめ、もう一度横たわる宮藤を見つめると、立ち上がった。

 

「――待っていてください、宮藤少尉。必ず帰ってきます!」

 

 

 

 

 

 サントロン基地から出撃したミーナ達とペリーヌ、リーネは、宮藤達から連絡が途絶えた地点に間もなく到着しようとしていた。

 

「前方にモーゼル川を確認。ミーナ、このあたりだ」

 

「了解、間もなく母艦型ネウロイの出現予想地点付近よ。用心して」

 

 上坂に促され、ミーナは改めて周囲を見渡す。

 

 眼下には深い森が生い茂り、前方にはモーゼル川と山脈が見える。ミーナ達は逆V字編隊で飛行していた。

 

「すっごい通信ノイズだね」

 

 無線から聞こえてくる雑音に、顔を顰めるハルトマン。

 

「これも、敵が妨害しているせいですの?」

 

「ああ、恐らくこちらの通信網を破壊し、補給を絶たせるつもりなんだろう」

 

 ペリーヌの質問に答えたバルクホルン。

 

上坂は恐れていたことが起こってしまったといった様子で、つぶやく。

 

「彼らも理解したんだ。我々人類は、補給が無ければ戦えないということを」

 

「つまり、ネウロイは進化しているってことですよね?」

 

「ああ、ネウロイはどんどん進化して行っている。……恐ろしいくらいにな」

 

 リーネの不安そうな質問に、上坂はただ目を伏せることしかできなかった。

 

「そんなことを考えるのは後よ。……ハイデマリー少佐、どう?」

 

 ミーナはそんな隊員達を諌めると、この状況下においても索敵、通信が可能な魔道針が使えるハイデマリーに尋ねる。

 

「はい、なにも……いえ、待ってください」

 

 首を振ろうとした彼女だが、突然ハッと顔を上げる。

 

「かすかに聞こえてくる……これは声?」

 

「声だと?」

 

「内容は?」

 

「ノイズが多すぎて……そこまでは……」

 

 バルクホルンとミーナ。二人に詰め寄られるハイデマリーだが、すまなそうな顔で首を振り、改めて魔道針に意識を傾けた。

 

 

 

 

 

「出来るだけあれから離れて……強い電波を発信できればあるいは……」

 

 服部はネウロイの妨害を受けないよう、より高く、より遠くを目指している。

 

 彼女は近くにいる味方が聞いてくれるようにと祈りながら、通信機に訴えかける。母艦型ネウロイの周りを周っていた魚雷型ネウロイの一部が、服部に狙いを定めたのか、追撃し始め、彼女の周囲をビームが襲う。

 

「誰か! 応答してください!」

 

 しかし、無線から聞こえてくるのは雑音のみ。服部の必死の訴えに答える者はいない。

 

「お願い……答えて……!」

 

 雲海を抜け、高度は6000m。日差しに照らされている頬に、一筋の涙が流れた。

 

 周囲を魚雷型ネウロイに囲まれる。

 

 服部は、叫んだ。

 

「誰か、宮藤少尉を助けて!」

 




いよいよ劇場版もクライマックスを迎えます。

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