ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第七話

 昨日村に宿泊した宮藤達は、朝早くディジョンに向けて出発していた。

 

「朝ごはん、おいしかったね」

 

 宮藤は後方に見える村に視線を向けながら、服部に話しかける。

 

「はい」

 

 だが、服部の返事は固い。

 

「無線機直った?」

 

「いいえ」

 

「今夜にはヘルウェティアだね。そしたら静夏ちゃんは帰っちゃうの?」

 

「……それが私の任務ですから」

 

「……そっか。なんだか淋しいな」

 

「…………」

 

 服部は何も言うことが出来ない。この一週間、彼女は宮藤芳佳という人間を受け入れることが出来ず、苦い思いしか残らなかった。

 

(もし私が宮藤少尉だったら、この村に向かおうとしただろうか? いや、私ならしない)

 

 だが、彼女はこの村に来て、多くの人の命を救った。天城の時もそう。命令に従って兵士の命を見捨てようとした服部。それに対して宮藤は命令を無視して火災現場に飛び込み、結果的に兵士の命を救った。

 

(軍規は……絶対のはず)

 

 服部は、次第にその言葉に疑問を感じ始めていた。

 

 そのとき――

 

 大地を揺るがす地響きが、鳴り響いた。

 

「! 止めて!」

 

 宮藤の声に、服部はブレーキを踏み込み、彼女と共に後方に目をやる。

 

 村から少し離れた畑の一角。土煙が舞い、その中から黒い細長い塔が突き出ていた。

 

「あれは……」

 

「ネウロイ!」

 

 塔の周囲から無数の小型ネウロイが飛び出してきている。服部は慌てて周辺基地に連絡を入れるべく、無線機に手を伸ばした。

 

「――駄目です、無線が通じません! 宮藤少尉、大至急近くのバストーニュ基地に避難しましょう!」

 

 服部は教科書通りの提案をするが、宮藤は却下する。

 

「だめ! 村のみんなを避難させないと! 私が避難誘導するから、その間静夏ちゃんは時間を稼いで!」

 

「わ、私がですか!? でも……」

 

「急いで!」

 

「……了解しました!」

 

 現在一番偉いのは宮藤である。服部は上官の命令に従い、村へと進路を変えた。

 

 

 

 

 

 小型ネウロイのビームが降り注ぎ、村人が逃げまどう中、服部は村の広場にジープを止める。宮藤は止まるや否や、怪我人が大勢いる公会堂に向けて走り出した。

 

 服部はジープ後方のトレーラーにかかっていたシートを取る。トレーラーのストライカー用の懸架装置には服部の紫電改が搭載されており、彼女は装着すると魔方陣を浮かび上がらせ、空へと舞い上がった。

 

(……大丈夫。落ち着けば勝てる相手)

 

 服部にとって、これが初めての戦闘。扶桑にはめったにネウロイが出現せず、例え出てきたとしても、一介の訓練生である彼女が相手するわけない。服部は震える手を握りしめると、射撃の手順を口に出しながら始めた。

 

「初弾装填……確認。セーフティ解除」

 

 13mm機関銃を射撃可能状態にして、静かに構える。

 

「脇を締めて、骨格で銃を構える」

 

 目の前に一機の小型ネウロイ。服部はゆっくりと近づいていく。

 

「距離を詰めて……照準器からはみ出るくらいに」

 

 距離はおよそ100m。ネウロイはまだ気付いていない。

 

「引き金に人差し指第一関節付近をかけて、一気に真っ直ぐ後方に………………いま!」

 

 呼吸と合わせ、引き金を引いた服部。訓練の時と同じ反動を感じた。

 

 ネウロイは気付くことなく、服部の放った12.7mm弾を浴びて四散する。

 

「やった! 訓練通り!」

 

 服部の初撃墜。服部は気を引き締めると、次の標的に狙いを定めるべく旋回した。

 

 

 

 

 

 戦闘開始から5分――

 

 服部はその間に、小型ネウロイを三機撃墜した。

 

 眼下では、宮藤と村長が負傷者を抱えて防空壕へと向かっている。そんな二人に攻撃しようとするネウロイを見つけた服部は追い縋り、これを撃破した。

 

「なんだ、ネウロイなんて……」

 

 大したことない―― そう言おうとした時だった。

 

「!」

 

 突然目の前に現れたネウロイ。それは先ほど戦っていたやつよりも大きく、中型に分類されるネウロイである。

 

「大きい! でも!」

 

 服部はすぐに銃を構える。だが、ネウロイは突如変形すると、急加速して服部の頭上に回り込んだ。

 

「速い!」

 

彼女は知らなかったが、このネウロイはあのハイデマリー少佐やバルクホルン大尉、ハルトマン中尉ですらてこずらせた相手。簡単に撃墜できる相手ではない。

 

 ネウロイはビームを放つ。服部は体を捻り、何とか躱したが、ビームはそのまま村の一角に命中した。

 

 とてつもない爆発音と共に巻き上がる土煙。それが晴れると、そこには巨大なクレーターが形成されており、不幸にも服部はそれを見てしまった。

 

「ッ……!」

 

 途端に湧き上がる死の恐怖。それは僅かな時だったかもしれなかったが、戦場ではそれが致命的になる。

 

 服部に向かって伸びるビーム。服部はすぐにシールドを展開したが、相殺され、爆風が服部を襲う。彼女は体勢を立て直せずに、地面に叩きつけられた。

 

「静夏ちゃん!」

 

 近くで様子を見ていた宮藤が、服部に駆け寄る。その間、先ほど服部を攻撃したネウロイは、次の標的を探しに行くのか、機首を翻し、飛んで行った。

 

「静夏ちゃん! しっかり!」

 

 宮藤は服部の安否を確かめるべく、彼女に駆け寄る。見た限り外傷は無く、胸も規則正しく上下に動いている。命に別状はないようだ。

 

「しょ……しょうい……?」

 

 服部は薄く目を開け、弱々しく宮藤を見つめる。

 

「立てる? 急いで防空壕に――」

 

 宮藤がそう言った時だった。

 

 これまでとは比べ物にならないほど大きな地揺れ。宮藤が顔を上げると、ちょうどその先に、最初に見た塔型のネウロイが出現した。

 

「……ああ」

 

 巨大な影が、二人を包み込む。

 

 ネウロイの本格侵攻が、始まった――

 

 

 

 

 

 ライン川一帯で起きたネウロイの大規模侵攻。

 

 連合国軍は当然彼らの侵攻に備えていたが、想定以上の大規模攻撃を受け、各地で混乱している。

 

 セダンの第506統合戦闘航空団Aチーム、ディジョンのBチームは上空のネウロイを相手するので手一杯。ベルギガ東部、アンデルヌでは空と地中からの攻撃で虎の子の8.8cm対空砲陣地がほぼ壊滅。南部バストーニュではリベリオン、カールスラント主力戦車隊が攻撃を受けて撤退。それにより第101空挺師団が孤立し、絶望的な戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

「敵機、さらに増加しました」

 

 サントロン基地の司令室で、ハイデマリーは自身の魔道針でネウロイの動向を捉えていた。ミーナはその報告を受け、既にネウロイの出現を表す×があちこちに書かれている地図に書き加える。それを見ていたバルクホルンは眉をひそめた。

 

「まずいな……」

 

 ネウロイの出現地点は広範囲に及び、連合国軍の拠点となっている場所の多くが孤立している。ここサントロン基地も攻撃こそ受けていないが、ネウロイによって陸の孤島と化していた。

 

「このままだと、連合国軍主力が各個撃破されてしまうわ」

 

 流石のミーナも、焦りの色が浮かぶ。もう少しでカールスラント奪還作戦が行われようとしていた矢先の攻撃。下手すると欧州大陸が再びネウロイの支配下に陥ってしまう恐れがあるのだ。

 

「総司令部は何をやっているんだ!」

 

「状況が把握できないため、組織だった迎撃が行えない状況にあるようです」

 

 憤るバルクホルンに応えるハイデマリー。

 

「それって、さっきの金属片のせい?」

 

「ああ、恐らく奴らはチャフを使ったんだ」

 

 ハルトマンの疑問に、上坂が答えた。

 

「チャフ――正式には金属欺瞞紙と呼ばれるものなんだが、こいつを大量にばらまくことで電探の探査電波を乱反射させるんだ」

 

「つまり、それさえ取り除けば通信は回復するんだね?」

 

「いや、チャフは通信を妨害することはできない。恐らくネウロイ自身が妨害電波を出している可能性がある。チャフを取り除いても通信は回復しないだろう」

 

「そっか……」

 

 ハルトマンは、いざとなれば自分の固有魔法で吹き飛ばそうと考えていたのだが、そうすれば通信が回復しないばかりか、かえって妨害範囲が広がって、索敵に影響が出ていたいただろう。

 

「それに加えて地中侵攻。チャフと合わせて、ネウロイは新たな戦法を取ってきたわ。彼らも学習しているみたいね」

 

 ミーナはマルタ島奪還作戦の時を思い出す。あの時は潜水艦を使って海底から侵入して攻撃をした。ネウロイもそれと同じことを行ったのだと気付いたのだ。

 

「で、どうするんだ? ミーナ」

 

「……これだけの大規模攻撃。どこかに新しい巣か、そうでなくても大型の母艦クラスのネウロイがどこかにいるはずよ」

 

 上坂に促され、彼女はコンパスでネウロイの出現地点が全て入るように円を描く。

 

「今回のネウロイは全て同じ所から来ているはずだから……おそらくここ」

 

 ミーナの指さすところはカールスラント、モーゼル川一帯。先ほどバルクホルン達が遭遇した塔型のネウロイの進行方向である。

 

「私達はここ一帯あたりを捜索します。そしてネウロイ発見後……」

 

 その時、司令室の扉が勢いよく開いた。

 

「大変ですわ!」

 

 駆け込んできたのは、パ・ド・カレーにいたはずのペリーヌとリーネ。ミーナ達は彼女達の突然の登場に驚くが、彼女達からの報告でさらに驚愕した。

 

「芳佳ちゃんと……連絡が取れません!」

 

「なんですって!?」

 

 


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