ベルギガ、アルデンヌの森。
その上空をバルクホルンとハルトマンが通過する。
やがて暗い森が切れ、平野を抜けると、防衛ラインとなっているライン川が見えてきた。
「高度を下げ、南下する。一応ネウロイの勢力圏外だが、気を引き締めていけ」
「りょうか~い」
バルクホルンに続き、ハルトマンも高度を下げ、南下を開始した。
「……カールスラントの方はグチャグチャだね」
対岸――いわゆるカールスラント側の川岸にはちらほらと町の廃墟が見えてくる。かつてはそこそこ大きい町だったのだが、ネウロイによって無残にも破壊されていた。
「川をはさんだだけで、近づけないなんて」
「……私達の祖国なのにな」
故郷を追われて早5年。多くの犠牲を払いながらも、あと少しというところまで来た。川の対岸側――そこが彼女達の帰る場所なのだ。
「もうすぐだ……もうすぐ、絶対に故郷を取り戻す!」
「うん、そだね……」
二人は決意を新たにしながらも速度を落とし、ネウロイが潜んでいないかどうか注意深く観察していた。
「う~、お腹すいた~」
先ほどの決意はどこに行ったのやら、ハルトマンは不満そうな表情を浮かべている。
対岸を偵察しているうちに二人はどんどん南下し、船頭を惑わすという伝説のある大岩、ローレライ近辺まで来ていたのだ。
「ねえトゥルーデ~、もう帰ろうよ~」
「……そうだな、そろそろ戻るか」
バルクホルンは呆れながらも同意する。これ以上の飛行はいざ戦闘が起きた場合、基地に戻れなくなる可能性があるからだ。
「よーし! じゃあさっさと帰ろう!」
「まったく……お前は――」
相変わらずのハルトマンにバルクホルンが説教しようとした時だった。
「!?」
対岸の森の中。ハルトマンの視界に光るものが入る。
「トゥルーデ! あそこ!」
そこには一本の黒く細長い棒が立っている。先端部に六角柱の物体がついたそれは、まるで潜望鏡のように見える。
「ネウロイだ!」
「地中からだと!?」
初めて確認されたネウロイの行動に驚愕する二人を見つけたのか、それはあっさりと地中に潜っていく。それとほぼ同時に三機の中型ネウロイが金属片のようなものをばらまきながら地上へ飛び出してきた。
「報告に会った奴か! 行くぞハルトマン!」
「了解!」
二人はストライカーについていた増槽を切り離すと、ネウロイに急接近する。
バルクホルンは背負っていたパンツァーファウストを両手に構え、引き金を引く。本来は対地上ネウロイ用として開発された武器で命中精度は決して高くはないが、ノイマン効果により命中すれば高い威力を発揮する。
その弾頭は山なりの軌道を描き、ネウロイの一機に命中し、白い破片を散らす。だが装甲が厚いのか、装甲に対して垂直に当たらなかったのか、大してダメージを与えていないようだ。
お返しとばかりにネウロイはビームを放つが、二人は八の字を描いてこれを回避、一気に距離を縮めた。
「まず一機!」
バルクホルンの撃った弾のほとんどがネウロイの胴体部に吸い込まれて装甲を剥がし、内部にあったコアを破壊する。続けて近くに居た一機に狙いを定めるが、ネウロイも黙ってない。
「なっ!」
「変形タイプ!?」
残りの二機は変形すると、それまでの軌道が嘘だったかのような圧倒的旋回能力を見せる。バルクホルンとハルトマンは背中合わせに応戦するが、ネウロイはいとも簡単にこれらを躱していく。
バルクホルンは一旦攻撃を止め、連射で赤熱化したMG42の銃身を交換することにする。MG42は毎分1200発という驚異的な連射力を持つが、その反面すぐに銃身が熱くなり、命中率が一気に落ちるからだ。
とはいえ、そこはかゆいところまで手が届くカールスラント製。本来なら数分かかる銃身交換だが、MG42なら僅か数秒で完了する。レバーを外し、赤くなった銃身を捨てて新しいのを入れる。ついでに弾帯も新たに装填しなおして終了。あっという間に戦線復帰した。
「お腹減った~」
「我慢しろ!」
戦闘中にもかかわらず、普段と変わらないハルトマンと共に、バルクホルンは急上昇してくる二機のネウロイからの攻撃を避けながら上昇する。
(今!)
ネウロイが二人の後ろに張り付いた瞬間、打ち合わせをしていないにもかかわらず、ぴったりと息を合わせたかのように左右に別れた。
上昇するのと降下するの、どちらが速いか言うまでもない。
あっという間に距離を取った二人は、上昇し続けているネウロイに銃撃を浴びせ、四散させた。
――これで、あと一機。
ネウロイはバルクホルンに狙いを定め、執拗に追いかける。彼女は強烈なGに耐えながらも、エースの意地を見せ、隙をついて後ろへ回り込む。
「そこだ!」
後方からのバルクホルンの攻撃と、下方からのハルトマンの攻撃。二つの火線に絡め取られた最後のネウロイは爆発し、白い破片をまき散らした。
「終わった~」
「まだ煙突の奴が残ってる!」
「それ、あっち」
お疲れモードのハルトマンに叱咤するバルクホルンだが、ハルトマンはライン川の向こう――人類の勢力圏側を指さした。
「なっ……!」
地上から塔のように生えるネウロイは、ライン川を超え、森林を切り裂いて移動している。
「言っておくけど、もう魔法力も弾もないよ。私達は戦闘不能」
「くっ!」
ハルトマンの言う通り、先ほどの中型ネウロイ三機との戦闘で魔法力、弾薬のほとんどを使い果たした。その中型はあの塔付近から出撃したのを考えると、あれはごく一部。恐らく地中には途轍もなく巨大な母艦型ネウロイが潜んでいるのだろう。それに今の状態で攻撃を仕掛けるのは――控えめに言って自殺行為である。
バルクホルンは支援を要請すべく、無線で基地に報告を入れる。が――
インカムから聞こえてくる雑音。故障しているのか、まったく応答はない。
「なぜ通じない!?」
「トゥルーデ!」
ハルトマンは空中に漂う何かに気付いた。
「なんだこれは……」
バルクホルンは、その一つを掴み、しげしげと観察する。それは薄い銀紙で出来た様な金属片だった。
「なにそれ?」
「わからん。だが恐らくこれのせいで無線が妨害されているのだろう……ともかく、急いで基地に戻るぞ!」
――そして。
「お腹すいた~ もうだめ~」
ハルトマンはバルクホルンに肩を借りながら訴える。彼女のストライカーのエンジンが音を立て始め、呪符のプロペラが消えかかっていた。典型的な魔法力切れの前兆である。
「頑張れ、ハルトマン」
本当だったら速く基地に戻りたいが、こんな状態の彼女を置いて行くわけにもいかず、二人は低空を低速で飛行していた。
「無理~ 死ぬ~」
「……まったく、仕方ない」
バルクホルンは残っていた少ない武器を捨て、ハルトマンを背負う。ポケットにチョコが入っていたのを思い出したので、ついでにそれを彼女に渡した。
「ほら、これでも食え」
「チョコだ!」
軍から支給された嗜好品。ハルトマンはそれを嬉々として受け取り、半分に割るとバルクホルンに差し出す。
「はい、トゥルーデの分」
「私はいい、一人で食べろ」
「いいの? やったぁ!」
と――
二人の後方で何かが光った。
高速で近づくネウロイ。数は二。母艦型が足止めに放ったものだろう。
「まだ残っていたか!」
武器は拳銃のみ。魔法力もあと僅か。だが、ここにはスーパーエースがいた。
「むぐっ」
ハルトマンはチョコを一つまみ口に放り込む。途端にそれまで虫の息だったエンジンがかかり、うなり声を上げて彼女を空へと押し上げた。
「ハルトマン!」
「大丈夫!」
ハルトマンは最小限の軌道でネウロイの攻撃を躱し、目の前に飛んできたビームはシールドで防ぐ。
ネウロイはその瞬間を待っていたと言わんばかりに、彼女に向かっていく。先ほどまで彼女が居た所をネウロイが通過すると、そこにハルトマンの姿はなかった。
「ハルトマン!」
バルクホルンは叫ぶが、すぐに見つける。彼女は風圧に耐えながら、一機のネウロイに張り付いていたのだ。
ハルトマンは左手を上げ、掌に小さな、だが強力な風の渦を纏わせる。そしてそのままネウロイに向けて平手打ちを叩きつけた。
「シュトルム!」
衝撃がネウロイを襲い、シュトルムを受けた所の装甲を破壊して内部に達する。そしてちょうどそこにあったコアに襲い掛かり、それを破壊した。
「あんな倒し方があるとは!」
ネウロイが四散するのを見たバルクホルンは、珍しくハルトマンに感心する。これなら武器なしでもネウロイを倒せる――と思った時、そのハルトマンが徐々に加速しながら落ちていくのを確認した。
「ハルトマン!」
最初は気絶しているのかと焦ったが、よく見ると健やかに寝息を立てていた。こんなときにもかかわらず眠りについたようだ。
「ハルトマン! まだ敵はいるぞ!」
残ったネウロイは、落下していくハルトマンを追い、狙いを定める。しかし、攻撃することはできなかった。
「――唸れ、雲耀」
小さな黒点がネウロイに体当たりしたかと思うと、ネウロイは体当たりを受けたと思われる部分からひしゃげ、あっさりと四散する。そして落ちていくハルトマンは突然やってきた人影によって受け止められた。
「……ん……あれ? なんでミーナが?」
ハルトマンを抱えているのは、基地から急行してきたミーナ。そして先ほどネウロイを撃墜した黒い点――上坂が近づいてくる。
「突然無線が通じなくなって心配したのよ」
「ライン川付近で大規模な電波障害が起きているみたいなんだが、何か知ってるか?」
「ああ、大変なことが起きた」
バルクホルンは緊迫した表情で報告した。
「ネウロイが……ライン川を突破した!」