ベルギガ、サントロン基地――
カールスラントから侵攻してくるネウロイを防ぐ最前線の基地に、半月ぶりの補給物資が届いていた。
「受領証にサインを」
補給将校は基地司令であるミーナに受領証を差し出すと、そのまま懐かしそうにあたりを見渡す。
「それにしても、ここに来るのも半月ぶりですね。確かここは欧州防衛の最前線のはずですが」
「ここ最近ネウロイの出現が確認されていなかったので。私達が暇なのはいいことだわ」
前回ネウロイが出現したのが一ヶ月前。当初は侵攻の前触れかと備えていた連合国軍だったが、結局ネウロイは現れず、基地の備蓄もせいぜいストライカーの整備くらいにしか使っていなかったのだ。そのため今回の補給物資はいつもより少なめである。
「他の戦線もそうみたいですし……ホントこれが続いてほしいですよ」
「そうね……あらっ?」
受領証に目を通していたミーナは、ふと最後の欄に目が行く。
「どうかされましたか?」
「ええと……これっていったい?」
ミーナの指した所には、ガランドから送られてきた荷物とだけ書かれている。それを見た補給将校は顔を顰めながら説明した。
「ああ、それですか。……ええと、確かその荷物は……あっ、これです」
「……これ?」
そこには“ナマモノ注意!”と書かれた(カールスラント語となぜか扶桑語)紙が何枚も貼られている木箱が鎮座している。
「ガランド閣下からサントロンに運ぶならこれも、と頼まれたのですが……いったい何が入っているのか我々は知らされていなく……」
補給将校が困った表情を浮かべていると――
「うわっ!?」
突然木箱が暴れ出し、補給将校は驚いた。
「なっ、なんだぁ!?」
「…………」
それとは対象にミーナはこころあたりがあるのか痛む頭を抑えてる。彼女は壁にかかっていたバールを持ってくると、そのまま木箱のふたを開けた。
「……何やっているんですか、将軍閣下……」
中身を確認して、盛大なため息をつくミーナ。
――中には縄で縛られ、猿轡をつけられた上坂が入っていた……
「御馳走様でした」
縄から解放された上坂は、バルクホルンが用意してくれた料理を綺麗に平らげていた。
「お~、綺麗に平らげたね。ケーイチロー」
「そりゃあ、昨日から何も食べてなかったからな」
まるで子猫に餌を与えたかのように指摘するエーリカに苦笑する上坂。そしてバルクホルンに視線を移し、小さく頭を下げた。
「ご馳走様でした。トゥルーデ」
「あ、ああ。……昨日の残り物だけどな」
久しぶりの再会なのだが、あまり感動を覚えないバルクホルン。……まあ縄で縛られているのを助けたのが、上坂との再会だった時点でしょうがないと思うが。
「いや、おいしかったよ。なかなか料理の腕を上げたな」
「そ、そうか? ……まあ何か作って欲しいものがあれば今度作ってみるが」
「作って欲しいものか……なら――」
しばらく考えた後、上坂は言う。
「――そうだな、今度味噌汁を作ってくれないか?」
「みっ、味噌汁っ!?」
「……どうかしたか?」
顔を赤らめ、驚き慌てふためくバルクホルンの様子に首をかしげる上坂。……彼は知らなかったが、「味噌汁を作って欲しい」という台詞にはもう一つ、“結婚してほしい”という意味がある。扶桑文化について勉強していたバルクホルンはその意味で捉えたのだが、あいにくそういったことに疎い上坂は、彼女が狼狽する理由が分からなかった。
「上坂少佐」
その時、ハイデマリーがやってきて上坂の名前を呼ぶ。
「ミーナ中佐がお呼びです。至急司令室に来るようにとのことです」
「ん、了解。――じゃあまた後でな」
上坂はそう言うと、格納庫を出て行った。
「…………」
「お~い、トゥルーデ~」
声を掛けても一向に反応しないバルクホルン。ハルトマンはヤレヤレとため息をつく。
「ハルトマン中尉」
「ん? なに?」
ハイデマリーは、突然エーリカに質問した。
「上坂少佐についてなのですが、彼にご兄弟はいらっしゃるのでしょうか?」
「兄弟?」
なぜいきなりそんなこと尋ねるのか不思議に思ったエーリカだったが、特に隠すようなことでもなかったので答える。
「えっと、確かケーイチローにはお姉さんが居たはずだよ。……もう死んじゃったんだけどね」
「死んだ……? それはいつですか?」
「たしか数年前だったかな……って、どうしてそんなことを?」
「い、いえ……なんでもありません」
慌ててごまかしたハイデマリーだったが、彼女の心には疑念がわいていた。
(……ということは全く関係ない別の人? でも、上坂少佐の波長と物凄く似ていたし……)
「……ですから、なぜ上坂少佐を箱詰めなんかにしたんですか!」
司令室で、ミーナは電話に向かって怒鳴っている。相手はいわずもがな、ロンドンにいるガランド中将である。
『いやなに、最近いろいろ忙しくてな。たまには童心に帰って悪戯をしてみたくなったのだよ。それに荷物便として送ったほうが輸送費も安く済むしな』
「いくらウィッチでも、荷物として送らないでください!」
全く反省していないガランドに怒ったミーナは、受話器を叩きつけた。
「まったくもう……!」
「失礼します」
その時、部屋に上坂が入ってきた。
「……ご苦労様、上坂少佐。早速だけど報告をお願い」
痛む頭を押さえながらも、ミーナは促す。
「了解しました。まずここ一ヶ月のネウロイの動向についてですが……」
ご飯を食べて復活した上坂は、机の上に置いてある地図を指さしながら説明する。
「まずご存知かと思いますが、8月2日、ベルギガ上空にてハイデマリー少佐が新型ネウロイと遭遇。これを撃破したものの連合軍司令部はネウロイの反攻の予兆として警戒レベルを上げました。そして翌日3日、今度はヴェネツィア上空に同じ型と思われるネウロイが出現。なおこちらのネウロイは写真撮影に成功しております」
そう言うと上坂はポケットから一枚の写真を取り出す。そこにはハイデマリー少佐の報告と合致する中型ネウロイが写っていた。
「……なおこのネウロイはヴェネツィア防衛に当たっていたイェーガー大尉とルッキー二少尉によって撃破、幸い街に被害はありませんでした」
「そう」
「ただ……」
珍しく言葉を濁らせる上坂。
「ただ?」
「……ベルギガ上空のネウロイ、ヴェネツィアに現れたネウロイ、どちらも出現した箇所から周囲約300kmに巣が無く、また監視網にも引っかかっていないとの情報が入って来ています」
「……それだとおかしいわね」
ミーナは地図にそれはネウロイの巣がある場所を示す×印を三つ付け、それを中心にコンパスで円を描く。
「カールスラントで確認されている巣は全部で三つ。ベルリン、ニュルンベルク、プラハ。そしてネウロイの行動半径は大体350km。どの巣も今回出現した場所から離れすぎているわ。あなたはどう思う? 啓一郎」
「だが離れているといってもたった50kmだ。新型ネウロイの行動半径が広いと考えれば済むんじゃないか?」
ミーナの呼び方が変わった為、上坂も口調を変える。彼は彼女が
「確かにそう考えるのが一番現実的だけど……それだと監視網をどうやって突破したかという疑問の解答にはなってないわ」
確かに新型ネウロイの行動半径が広がったと考えれば色々辻褄が合うところが多いが、肝心の監視網をすり抜けた問題の解決にはなっていない。
「ということは新しい巣、もしくは今回のようなネウロイを搭載する母艦型がどこかに……?」
「調査する必要がありそうね」
ミーナは上坂の報告を受け、決断を下した。
「偵察~?」
ミーナが格納庫で地図を見せながら説明していたが、エーリカはいかにもだるそうな声を上げた。
それに続き、バルクホルンも顔を顰める。
「監視班のミスではないのか? 我々が偵察に行く必要があるとは思えん!」
人類はウィッチを主体として攻勢に転じ、ようやくライン川を挟んだところまで押し返すことに成功した。しかし、相変わらずウィッチの数が足りず、あらゆる戦線でウィッチに多大な負担をかけているのが現状である。ここサントロン基地もバルクホルン・ハルトマンという両エースが存在するものの、他にはミーナとナイトウィッチであるハイデマリーしかいないのだ。この状況でさらに偵察任務ともなると明らかにオーバーワークと言えよう。
「だいたい、近頃の監視班のネウロイ出現率の低さには呆れを通り越して怒りすら湧いてくるぞ!」
「といってもな」
声を荒げるバルクホルンを、上坂が宥める。
「今回の新型ネウロイには色々と不可解な点が多い。こちらから一方的に監視班のせいにするのは危険じゃないか?」
「だが……」
「あれ~?」
なおも食い下がろうとしたバルクホルン。その時、ぼんやりと地図を眺めていたエーリカがふと気付き、ある地点を指さした。
「ここって宮藤が留学で通る場所じゃん?」
「…………」
「…………」
バルクホルンとエーリカは、顔を見合わせた。
「エンジン始動! 回転数異常なし! シュタルター・アウフ、ディレクテイン・シュプリッザー、用意良し!」
数分後、格納庫内に轟音が響き渡る。
青白い光を発する魔方陣の中心にはストライカーを履き、重武装に身を固めたバルクホルンの姿があった。
「こっちも異常なし。いつでも行けるよ」
その隣には同じく出撃準備を整えたハルトマンの姿がある。……最もバルクホルンに比べれば魔方陣が小さいが。
「あの……、宮藤さんって、あの宮藤さんのことですか?」
その光景を苦笑しながら見ていたミーナに、ハイデマリーはそっと尋ねる。
「ええ、バルクホルン大尉の可愛い妹よ」
ミーナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「えっ、妹!」
「ミーナ、誤解を招くようなことは言うな! シュナウファー少佐も真に受けないでくれ!」
真面目に驚くハイデマリーに、慌てて抗議するバルクホルン。それを尻目にハルトマンは出撃した。
「先に行ってるよ~、お姉ちゃん!」
「ハルトマンまで! やめんか!」
バルクホルンは慌ててその後を追い、空へと飛び立っていく。
「やれやれ、相変わらずだな。あいつらは」
どこに行っても変わらない彼女達を、上坂は苦笑しながら見送った。