ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第四話

 オラーシャ帝国、ペテルスブルグ――

 

 スオムス湾の一番奥に存在し、ピョートル一世の時代には「西洋の窓」と称されていた大都市。その郊外に第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」の基地があった。

 

「なんだよ、二パの奴、親友が旅経つ日だってのに、見送りもなしか~?」

 

 格納庫から荷物を抱え、出てきたのは元501統合戦闘航空団隊員、エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉。隣には同じく荷物を抱えたサーニャ・V・リトヴァク中尉の姿もある。

 

「二パさんは任務中なんだから、そんなこと言っちゃ駄目よ」

 

「だってさ~」

 

 二人の話題に上がっている“二パ”とは、第502統合戦闘航空団所属、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長の愛称。エイラと二パは同じスオムス出身であり、サーニャもガリア解放後に知り合っている。

 

「一応、出発に間に合うよう任務時間を組んでいるのですが……」

 

 二人の前に現れたのは戦闘隊長のアレクサンドラ・I・ポルクイーシキン大尉。通称サーシャは少し寂しそうに二人を見つめている。二人がしばらく居てくれたおかげで隊全体のストライカーユニット損耗率がしばらく下がっていたのだ。感謝してもしきれないくらいの気持ちだろう。

 

「あ、サーシャ大尉……あの、お世話になりました」

 

 同じオラーシャ陸軍所属のサーニャは、ぺこりと頭を下げる。

 

「二人が居なくなると、この基地も寂しくなるでしょうね……」

 

 とサーシャは呟くが、良く考えてみるとそこまで寂しくはならない。――むしろ、もっと大変なことになるだろうと思い、小さくため息をつきながら空を見上げる。

 

 空はあいにくの曇り。時折空が鳴り、もしかしたら雷雨が来るかもしれない天気。そんな空に、サーシャは黒い粒がこちらに向かって来ていることに気付いた。

 

「あ、あれは……」

 

「お~い! お~い! ちょっと待ってくれ~!」

 

 両手を大きく振りながら飛んできたのは、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長。哨戒任務を終え、ようやく帰投してきた。

 

「良かった。“今日は”何事も無かったみたい」

 

 サーシャはほっと息をつく。しかしエイラはまだ安心していなかった。

 

「いや~、分かんないぞ~。もしかしたら……」

 

 と言った瞬間――

 

 突然空が光り、稲妻が奔る。雷は見事二パに当たり、一瞬後彼女のストライカーから黒煙が吐き出され、墜落していった。

 

 

 

 

 

「また壊しましたね? 二パさん」

 

 呆れた様子で立っているサーシャと正座している二パの間には、雷の直撃を受け、黒焦げになっているストライカーが転がっている。

 

「今月に入ってもう二回目ですよ? 上坂さんが残してくれた予備のストライカーだってあと数組しかないですし、これじゃあ予算がいくらあっても足りません」

 

「雷は私のせいじゃ……」

 

 弱々しく言い訳する二パだが、あまり説得力がない。

 

 

 

 

 

 ――第502統合戦闘航空団は東部戦線の中核をなす部隊だが、部隊のストライカーユニット損耗率は異様に高い。というのも、隊員の三人が物凄い勢いでストライカーを破壊しているからだ。

 

――「ユニット壊し」、カールスラント空軍、ヴァルトルート・クルピンスキー中尉。

 

――「デストロイヤー」、扶桑皇国海軍、菅野直枝少尉。

 

――そして「ついてない」こと、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長。

 

 この三人は多大な戦果を上げるものの、出撃するたびにストライカーを壊しているので、補給係からは白い目で見られていた。

 

……なお、以前上坂もこの部隊に所属していたことがあるが、その時上坂の出撃回数は数えるほどしかなく、もっぱら各国へのストライカー補給願いを書いていた。そのストレスの為か、何度も胃潰瘍を発症していたほどである(ジョーゼット・ルマール少尉の治癒魔法のおかげですぐに治ったが)。

 

 

 

 

 

 サーシャが二パにお小言を呟いていると、格納庫からストライカーユニットを履き、荷物を抱えたサーニャとエイラが出てきた。

 

 サーシャは慌てて二人に視線を移す。

 

「あっ、天候が悪くなっていますから、気を付けて!」

 

「はい、なるべく雲の上を通るようにします」

 

「んじゃな、二パ、またな!」

 

 二人はそのまま、空に舞い上がる。二パは立ち上がり、二人の後を追うように滑走路を走り始めた。

 

「エイラ~! サーニャ~! 気を付けろよ~! また遊びに来いよ~! 風邪ひくなよ~! 雷に気を付けろよ~!」

 

 二人に向けて大きく手を振る二パ。二人はそんな彼女に手を振り返しながら、高度を上げていった。

 

 

 

 

 

「……宮藤のやつ、無事かなあ?」

 

 分厚い雲の下、海面に近い所を、サーニャとエイラは飛行している。先ほどまで雲の上を飛んでいたのだが、寒くなったので高度を下げていた。

 

 あたりには靄が立ち込め、視界が悪い。二人は偶然見つけた渡り鳥の編隊と共に進んでいた。

 

「エイラがあんな占いを出すから」

 

「宮藤のこと占ってって言ったの、サーニャだろ~?」

 

 二人は現在ガリアに向かって飛行している。501が解散した後、サーニャの両親を探すために一旦オラーシャに向かった二人だが、ペテルスブルグで足止めをくらっていた時、ふとサーニャが宮藤のことを占って欲しいとエイラに頼んだのがきっかけだった。

 

 エイラはポケットから一枚のタロットカードを取り出す。

 

「タワーか……、不吉だなあ」

 

 タワーの示すところは、正位置で崩壊、災害、悲劇。逆位置で突発的な事故を表す。

 

 エイラの占いは良く当たることで有名なである。不吉な予感を感じた二人は予定を変更し、こうしてガリアに向けて飛んでいたのだった。

 

「でも、ガリアにネウロイは居ないはずじゃ……」

 

 サーニャは不安そうに尋ねる。

 

「だよなぁ……」

 

 エイラも不安そうにカードをポケットにしまった、その時。

 

「うわっ!」

 

「な、なにっ!」

 

 突然渡り鳥たちが騒がしくなり、隊列を乱して急上昇した。

 

「な、なんだよ、いったい!」

 

「エイラ!」

 

 サーニャの声で、エイラは前方に視線を移す。

 

 靄でよく見えないが、何か黒い物体がこちらに向かって来ている。

 

「な、なんだあれ!?」

 

「まさか……ネウロイ!?」

 

 二人は身構えた。

 

 

 

 

 

 その頃――

 

 朝早くに出発した宮藤と服部は、とある街道沿いにジープを止め、休憩を取っていた。

 

 宮藤はリーネ手作りのサンドウィッチをほおばり、服部は地図で現在位置を確認している……ふりをしている。

 

「静夏ちゃん食べないの? おいしいよ?」

 

「いえ、結構です」

 

 宮藤は何とかして仲良くなりたいと思って声を掛けるが、服部はそれを拒否する。

 

 ――本当は服部も普通に話せるようになりたいと思っている。しかし赤城での一件から意固地になり、どうしても宮藤を認められないでいた。

 

「少尉は先に食べててください」

 

「そう……」

 

 服部にそう言われ、宮藤はうつむいた。

 

 と――

 

 街道脇の小道から車がやってきて、ジープの前で急停止した。

 

「軍人さん!」

 

 中から慌てた様子の男が駆け寄ってくる、

 

「無線機を貸してくれないか?」

 

「えっ?」

 

「どうかしたんですか?」

 

 通常軍用無線機はおいそれ貸せるようなものではない。だが男性はそれを承知で頼み込んだ。

 

「ウチの村で崖崩れが起きて、怪我人が多数出ているんだ! 助けを呼ぼうにも電話が繋がらなくて……頼む!」

 

「静夏ちゃん!」

 

「了解しました!」

 

 流石の服部も、非常事態に軍規を持ち出す気はない。彼女は急いで無線機に取り付き、近くの基地に連絡を取ろうとした。

 

「……あれっ?」

 

 しかし、スピーカーからは雑音しか流れてこない。出発前確認した時はちゃんと動いていたのだが、今はウンともスンとも動かなかった。

 

「……あの! 村まで案内してください! 私、簡単な治療なら出来ます!」

 

 いくら待っても無線が動かないのを見ていた宮藤は、男性に告げる。それを服部は咎めた。

 

「駄目です、少尉! 村があるのは国境側です!」

 

 出発前、ペリーヌからガリア国境付近はネウロイが出現することもあるので近づかない様にと忠告を受けていた服部は、慌てて制止しようとする。だが、宮藤の決意は揺るがなかった。

 

「行こう! 静夏ちゃん!」

 

「…………!」

 

 真っ直ぐ向けられた目。それを向けられた服部はしばらく悩むと、運転席に飛び移り、エンジンをかけた。

 

 村に向かうために――

 

 

 

 

 

 夕方、服部は一人公会堂前広場に停めてあったジープにいた。

 

 彼女はいまだ通信が出来ない無線機と格闘しながら、考え込んでいる。

 

(もし……私が少尉だったら、ヘルウェティアに行くことを優先していた。でも……もしそうしていたら……)

 

 村に到着した時、大勢の怪我人が公会堂に集められていて、その中には一刻を争う重傷患者もいた。幸い宮藤の治療で何とかなったものの、もし彼女が居なければ患者は助からなかっただろう。

 

(軍規は絶対のはず。ですが……私は何も出来なかった)

 

 命令を優先し、赤城でも今回の崖崩れでも誰一人助けられなかった服部と、命令を無視して動き、多くの命を救った宮藤。

 

 なぜ自分は誰も救えなかったのか? いくら考えてもその答えが出てこない。

 

(命令は……絶対なはず)

 

 もう一度服部は、心の中で呟いた。

 

「……ふう」

 

 公会堂から治療を終えた宮藤が出てきた。

 

「静夏ちゃん、基地との連絡取れた?」

 

「いえ、ノイズが酷くてどの基地とも連絡が取れません」

 

「無線、壊れちゃったのかな?」

 

「出発前確認した時は大丈夫だったのですが……」

 

 少なくとも出発前はちゃんと動いていたので、道を進んでいる途中で壊れてしまったのか。ともかくこれでは定時連絡を取ることが出来ない。

 

「今日はもう遅いから泊まっていってって言われたけど、どうする?」

 

「……わかりました。ですが私はもう少し無線の調子を見ています」

 

「え~、明日じゃだめなの?」

 

 宮藤の何気ない一言に、服部は意固地になる。

 

「報告は義務ですから! 少尉は先に行っててください!」

 

 服部は再び無線機と格闘し始めた。

 


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