航空母艦赤城はジブラルタルで応急修理をした後も航行を続け、ようやくドーヴァー海峡へと差し掛かっていた。
「はっ、はっ、はっ……」
あの一件で宮藤との和解が出来ず、服部は宮藤が目を覚ます前に部屋を出て、飛行甲板上でランニングを行っている。そうすることでいろいろと忘れられるような気がしたからだ。
「あっ……」
艦尾から艦首に向かって走っていると、前方に陸地が見えてきた。
赤城の到着地、パ・ド・カレー。かつてダイナモ作戦が行われ、人々が欧州から最後に脱出した土地。そして1944年、第501統合戦闘航空団によって奪還した土地。今ではだいぶ復興が進んでおり、遠くからでも港に活気があふれていることが分かった。
「ようやく着いたね。カレーの港に」
ようやく起きてきた宮藤が艦橋から出て来て、服部に話しかける。しかし彼女は黙って目礼すると、再び走り出す。
あとに残された宮藤。その時遠くから聞こえてくるエンジン音に気付いた。
「あ、この音……」
その音は宮藤にとって聞きなれた音。ストライカーのエンジン音である。
「ウィッチ!?」
服部も立ち止まり、上空を見上げる。すると赤城上空を二つの影が通過し、白い航跡が直線に描かれた。
服部は聞き耳を立て、二つの影のエンジン音を推察する。
「マリーン61と……クワドラ12? ……もしかして!」
ブリタニアとガリア。二つの国で作られたエンジンを搭載しているストライカー、スピットファイアMk.22 、VG.39 Bisはまだ生産数が少なく、配備されているのはごく少数。そしてパ・ド・カレー付近でそれを使用しているウィッチと言えば……
「リーネちゃん! ペリーヌさん!」
「ええっ!? 今のが501の!?」
元・第501統合戦闘航空団員、リネット・ビショップ曹長とペリーヌ・クロステルマン中尉。二人の突然の登場に、服部は驚いた。
「芳佳ちゃ~ん!」
リーネが反転し、赤城に着艦するかのように飛んでくる。
「リーネちゃん!」
リーネは甲板上に立っていた宮藤に抱きつき、そのまま勢い余って甲板を転がった。
「待ちきれなくて飛んできちゃったよ~!」
「私も早く会いたかったよ!」
二人はそのまま、他の兵士達を気にすることなくじゃれあい始めた。
「こ、この人がリネット・ビショップ曹長……?」
その光景を目の当たりにし、服部は軽い眩暈を覚える。と、そこへ――
「相変わらずですわね。たった二カ月会っていないだけで」
後方から聞こえてきた声。服部が振り返るともう一人のウィッチが優雅に降りてくるところだった。
「お、お会いできて光栄です、ペリーヌ・クロステルマン中尉! 私は扶桑海軍兵学校一号生、服部静夏と申します!」
服部は直立不動の姿勢を取り、ペリーヌに正対する。その様子を見たペリーヌは一瞬で彼女が生真面目な性格ことを見抜き、同時に彼女では宮藤のお守りは荷が重かっただろうと推察した。
「聞いておりましたわ。疲れたでしょう? 宮藤さんと一緒だと」
「いえ、そんな……」
慌てて否定しようとした服部だったが、後ろでじゃれ合っている宮藤とリーネを横目で見て、諦めてため息をついた。
パ・ド・カレーに到着した宮藤は、この後陸路でヘルウェティアを目指すことになる。とはいえ今から出発しても到着は夜更けになってしまうため、その途中にあるペリーヌの家に泊まることになっていた。
家と言ってもペリーヌも実家は代々続く名家、クロステルマン家。ネウロイのガリア侵攻によって一部が崩壊しているものの、立派な
「むむむむむ……」
その屋敷の厨房で、服部は一人包丁片手に唸っていた。
(確かに味噌汁は定番の料理ですが……)
ペリーヌは用事があるからと言って夕食を宮藤達に頼み、服部はそのお手伝いをすることになった。そして献立は和食にするということで味噌汁を作ることになり、服部はそれを任されたのだ。
(味噌汁はいったいどうやって作ればいいのでしょうか……?)
しかし残念ながら、服部は今まで一度も料理をしたことが無い。よって作り方もまったくわからないのだ。
とはいえ、宮藤に聞くという選択肢は
(……ともかく! ここは味噌汁っぽい物を作ればいい!)
ここはガリア。つまり今回食べる人達の中に本当の味噌汁を知る人は宮藤しかいない(実際はペリーヌもリーネも知っていたが)。ならばとりあえず味噌汁っぽい物を作ればよいと考えた服部は、早速行動を開始した。
まずは野菜を切り刻み始める。大きさ形はてんでバラバラだがそこは気にしない――気にしてはいけない。そして味噌……は無いので、味噌の原料と同じ豆類のあんこを鍋に投入。その甘みを抑えるために塩とマスタードをぶちまける。さらに味噌ということでエビとカニのみそを入れ、さらに高級食材ということも知らないで子牛の脳をすりつぶし、レバーと共に放り込んだ。
ここら辺ですでに上坂が(というより料理をする人達全員が)見れば卒倒するであろうが、服部の暴走は止まらない。
頭の片隅に転がっていた小さい頃の記憶から、味噌汁には煮干しを入れることを思い出す。とはいえ煮干しなど見つかるはずもなかったので、代わりにアンチョビの缶詰を投下。その後にんじん、ジャガイモ、たまねぎ、エシャロット、トウモロコシ、グリーンピース、セロリ、ズッキーニ、トマト、にんにく、ルバーブ、アーティチョーク、ブルーベリー、ローズマリー、ミント、シナモン、ブルーチーズ、海苔に肝油……最早味噌汁ではない何かが煮えたぎっていたが、服部は特に気にしない。
とその時、隣で別の料理をしていたリーネが鍋にワインを入れているのを目にし、自分もワインを入れるべく服部は厨房を抜け出した。
「あれっ? どうかしたんですか?」
ワインの貯蔵庫を探していると、近くの基地所属であり、時たま手伝いにやってきている自由ガリア空軍所属、アメリー・プランシャール軍曹が声を掛けてきた。
「どうもアメリーさん。早速なのですがワインはありますか?」
「ワインですか?」
「はい、ワインです」
首をひねるアメリーと、身を乗り出す服部。
「料理に絶対必要なのです!」
「絶対ですか……わかりました!」
アメリーは服部をワインセラーに案内した。それがどんな大変なことになるのかも知らずに……
夕食の時間――
食堂には宮藤達だけでなく、小さな子供達もテーブルを囲んでいる。子供達はネウロイとの戦いで両親を失い、行き場を無くしていたためペリーヌが引き取って一緒に暮らしていたのだ。
テーブルには和食を中心とした様々な料理が並んでいる。――もちろん服部の作った味噌汁も。
「では、いただきます」
「いただきます!」
いつもは食前の祈りをささげる所だが、今日は扶桑式の挨拶で食事を始める。挨拶を終えた子供達は、早速料理に手を伸ばし始めた。
「これ、おいし~!」
「うん、おいしい!」
食事が進んでいく中、特に好評だったのがリーネの作った肉じゃが。宮藤も一口食べるなり目を輝かせる。
「すごい! 本格的だね、この肉じゃが!」
「ありがとう。実は肉じゃがを作るときに赤ワインを入れてみたの。そうすることで味に深みが増すんだって以前上坂さんが言ってて」
「へぇ~! そうなんだ!」
宮藤は頷くと、今度自分が作るときも試してみようと思った。
「……いい匂いね、このミソスープ。服部さんが作ったの?」
ペリーヌは服部が作った味噌汁(らしきもの)が入った器を手に取る。501で上坂や宮藤の料理を食べているうちに、納豆や肝油は別として扶桑食を好きになっていたのだ。
「は、はい! お口に合えばいいのですが……」
「どれどれ……」
他の皆もペリーヌと一緒にそれを口に含む。途端に――
「……うぐっ!」
液体がのどを通った途端むせかえる。さらにそれが胃袋に入るや否や一気に腹が重くなるのをペリーヌは感じた。
「何これ、まっず~い!」
子供の一人が容赦なく言い捨てる。宮藤も目が点になり、リーネは非常に残念そうな表情を浮かべ、アメリーに至ってはもはや死にかかっている。
「こ、これは……変わった味……ですわね」
何とか言葉をひねり出したペリーヌだったが、全くのフォローになっていない。
「あああああっ! すみませんすみませんすみません……!」
パニックを起こした服部は、立ち上がってひたすら頭を下げていた……
夜、ペリーヌは(胃のムカつきで)目を覚ますと、寝室の窓が開き、ベランダに人影があることに気付く。
彼女は周りを見渡し、同じ部屋で寝ていた宮藤とリーネがいることを確認し、そっとベッドを抜け出してその陰に声を掛けた。
「夕食の反省でもしていますの?」
手すりに手をかけていた影が振り返る。その人物はペリーヌが予想していた通り、服部だった。
「中尉!? いえ! ……はい、申し訳ありませんでした」
服部は言い訳しかけたが、今更見繕う必要もないので素直に肯定する。
「確かに、私も昔、料理は料理人がするものだと思っていましたわ」
ペリーヌは服部の横に並び、星空を見上げる。
「……私は代々軍人の家系でして、それで私は――」
「料理なんてする時間がなかった?」
「はい」
服部の口からすらすらと言葉が出る。
「元々、ウィッチの家系ではなかったので、父や祖父の期待は大きく――」
「そんな環境で育ったのでは、宮藤さんのことが気に障るのは仕方ないですわね」
ペリーヌは服部の目を見据える。
「――! そんなことありません! 宮藤少尉は欧州を解放した偉大なウィッチです! 扶桑の誇りです!」
授業でもよく取り上げられるガリア、ロマーニャを救った第501統合戦闘航空団。
隊長にミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐、副隊長の坂本美緒少佐、カールスラント空軍ゲルトルート・バルクホルン大尉、エーリカ・ハルトマン中尉、自由ガリア空軍ペリーヌ・クロステルマン中尉、ブリタニア空軍リネット・ビショップ曹長、リベリオン陸軍シャーロット・E・イェーガー大尉、ロマーニャ空軍フランチェスカ・ルッキーニ少尉、オラーシャ陸軍アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉、スオムス空軍エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉、扶桑陸軍上坂啓一郎少佐、扶桑海軍宮藤芳佳少尉、計12名の精鋭部隊は非常に有名であり、特に宮藤はロマーニャで自らの魔法力と引き換えに、単身ネウロイを撃ち滅ぼした英雄である。
「でも、とてもそんな偉大な軍人には見えませんわよね?」
「…………」
これまでの行動を見る限り、反論が出来ない服部。ペリーヌは再び夜空を見上げ、ポツリとつぶやいた。
「“私は戦争が嫌い”」
「えっ……?」
「宮藤さんが501に来て最初に言った台詞ですわ。故郷を、家族をネウロイに踏みにじられた私達を前に……。そんな子が何しに来たのって、すごく腹が立ちましたわ」
501にはネウロイによって親しい人を失った、あるいは散り散りになってしまった者がいる。ミーナ、バルクホルン、上坂、サーニャ、そしてペリーヌ。そんな人達の前で、宮藤は堂々と言い放ったのだ。
「……だけど不思議ね。あの子が入った501は、以前よりももっと強くなりましたわ」
それは501にいた全員が感じている事。確かに宮藤が入ってくる前も十分強かった。しかし宮藤が居なかったらガリアを解放出来ていたかどうか……。少なくとも彼女が居なかったら、501はただの精鋭部隊で終わっていたとペリーヌは思う。
「私は……」
服部には理解できない。なぜ軍規も守れない、独断専行をする宮藤を誰もが好きになるのか、仲間として認めるのか。……宮藤を理解できない自分は、まだ軍人として欠けている所があるのだろうか?
「……ふふっ、まだ分からないわよね」
ペリーヌは微笑むと、寝室に戻る。
「もうお休みなさい。明日は早いですわよ」
明日は朝早くに出て、ディジョンに向かわなければならない。寝不足では任務に支障が出てしまうので寝室に戻ろうとした服部は、ふと夜空を見上げた。
漆黒の空で仄かに光る月。服部はそれに向かって語りかける。
(私が未熟だから、私がまだ新兵だから、宮藤少尉の素晴らしさが分からないのでしょうか?)
月は何も語らなかった。
服部より、俺のほうがうまい味噌汁作れるぜ!(キリッ