ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第八話

笹本と参謀達との話を終えた上坂達は、参謀大佐と共にやってきた主計中尉を連れて基地に戻った。基地に着くと氷野は挨拶もそこそこに、早速40mm砲を改造しようと部下を連れてさっさと行ってしまう。上坂も書類を書かなければいけないと言って、自分のテントに戻っていった。

 

 残された加東は先ほど上坂が見せた表情に疑問を抱きながらも、とりあえず自分のテントに戻ろうと歩き始める。そうするとばったりライーサに出会った。

 

「あら、ライーサ。哨戒飛行は終わったの?」

 

「ええ、マミと一緒に飛んでいました」

 

「どう? 真美の様子は」

 

加東の問いに、ライーサは笑顔で答える。

 

「そうですね、新人とは思えないほど機動がきれいですし、射撃もなかなかよくなりましたよ」

 

 最初は加東が稲垣を教えていたが、実際の戦闘の経験を積ませるためにライーサと組ませたいと上坂に進言していた。加東のシールドでは実戦に参加できないからだ。

 

 上坂は、マルセイユやライーサにそのことを言うと、快くそれを引き受けてくれた。そのため、今稲垣に戦闘機動を教えているのはライーサとなっている。

 

「ありがとね、私はもう上がっているし、啓一郎は……書類仕事に追われているから」

 

「あはは……確かにそうですね」

 

 ライーサは苦笑する。本来ならマルセイユが書かなければいけない飛行報告書とかも回されているため、上坂の気苦労は絶えない。そのことを彼女は知っていたからだ。

 

 その時、稲垣が鯉のぼりを持ってやってきた。

 

「ケイさん、これどこに飾り付けますか?」

 

「これ……ってこの魚みたいな旗のこと?」

 

 ライーサは話がよくわからず、稲垣に尋ねる。加東は扶桑の伝統的な行事に付いて説明した。

 

「これは端午の節句っていう行事で、主に男の子や子供たちの成長を祝う物なのよ」

 

「はい、毎年5月5日には柏餅を食べたり、戦国武将の兜を飾ったりするんです。この鯉のぼりもそのうちの一つなんですよ」

 

「えっ……5月5日?」

 

「どうかしましたか?」

 

 稲垣の心配をよそに、加東は考え込む。そして、今までの疑問が一気に氷解した。

 

「あ……あ―――――!」

 

 

 

 

 

 次の日の夜――。

 

 上坂は一人、基地から少し離れた場所で月明りに照らされながら酒を飲んでいる。

 

 砂漠の夜は一気に冷え込んで、長そででも寒いと感じることがあるが、今の上坂にとってこの寒さが逆に気持ちよかった。

 

 今日は1943年5月5日。上坂の20回目の誕生日――。

 

(……すごく長く生きたと思っていたが、まだ20年しか経っていなかったんだな……)

 

 上坂は、コップの酒をあおりながら、これまでの人生を振り返る。

 

 すべてを失った扶桑海事変――。

 

 生きる希望もなく、ただ戦い続けた欧州撤退戦――。

 

 毎日のように戦友が居なくなっていった東部戦線――。

 

 彼はたった20年しか生きていなかったが、これだけの激戦を生き抜いてきた。そして、これからもまだ戦い続ける。

 

 一般的なウィッチは、20歳になるか純潔を失うと魔法力が殆どなくなってしまうが、上坂の家は戦国時代、織田信長に仕えた忍びの一族であり、一生魔法力を持つ家系だったので、その血を引く上坂は20歳になっても魔法力の衰えは確認できなかった。

 

(……皮肉だな。空を憎んだ俺は飛べて、空を愛したヒガシさんは飛べないとは……)

 

上坂は自嘲めいた笑みを浮かべる。彼は自分の誕生日を祝う気にもなれなかった。

 

彼の隣に置かれたもう一つのコップ。

 

それは、かつての戦友達に捧げた物。

 

彼らは、彼女達は何も知らず、自分達の夢を果たせぬままこの世を去った。

 

(……俺も近いうちに会いに行くんだろうな……いや、それはないか)

 

自分は地獄へと落ちる身。二度と会うことは無いだろう――。

 

そこが、自分に相応しい場所だと思っている。

 

既に瓶の半分は飲んでいるが、上坂は全くと言っていいほど酔っていない。軽くため息をつきながら、空になったコップに酒を注いでいると――、

 

「啓一郎」

 

 上坂が後ろを振り返る。すると、そこには加東が立っていた。

 

「ヒガシさん、どうしましたか?」

 

「ちょっと来てほしいんだけど、いいかしら?」

 

 

 

 

 

上坂は、何も言わない加東にただついていく。

 

加東はそのまま一つのテントの前で止まった。そのテントは居住用の物とは違い非常に大きく、主に倉庫やブリーディング室として使っているものだ。

 

「……ここですか?」

 

「ええどうぞ、先に入って」

 

にこやかな笑みを浮かべる加東を怪しく思いながらも、彼女の勧めによってテントの中に入った。と――

 

パ―――――ン

 

「お誕生日おめでとう! 上坂大尉!」

 

テントにはマルセイユを始めとするウィッチ達や、整備兵達などがクラッカー片手に一斉に声を掛ける。見れば天井には横断幕がかかっていて、色彩豊かに「Happy Birthday Ke-itiro」と書かれていた。

 

「……これは」

 

「お前ら! 今日は我らが隊長、上坂啓一郎大尉の誕生日だ! というわけで飲みまくるぞー!」

 

 マルセイユの音頭に、歓声が上がる。そのまま主役であるはずの上坂をほっといて、基地隊員達は勝手に料理に手を出し始めた。

 

「上坂さん! お誕生日おめでとうございます!」

 

「イチロー! お誕生日おめでとう!」

 

「梟(ふくろう)の使いよ、今宵はめでたいな」

 

「成人おめでとう。これで気兼ねなく酒が飲めるな」

 

 稲垣やライーサ、マティルダ、ロマーニャに行ったはずの笹本までもがお祝いの言葉を告げる。この光景に上坂はただ茫然と立っていた。

 

「おめでとう、啓一郎」

 

「……なんだ、これは……」

 

 上坂は後ろを振り返って、加東に尋ねる。

 

「なんだ、これはって……今日はあなたの20歳の誕生日でしょう? 昨日気付いていろいろと焦ったわ」

 

「…………」

 

何も言わない上坂に、加東は話を続ける。

 

「啓一郎は興味ないとかいって、誕生日のことなんて言わないって思っていたから、勝手にやろうって話になったの。そしたら基地のみんな、さらには拓也までもが参加することになったのよね」

 

「……よくわかったな」

 

ようやく上坂から出た言葉に、加東は軽く肩をすくめた。

 

「当たり前よ。何年の付き合いだと思っているのよ」

 

「……そうだな」

 

 上坂の顔には、僅かにだが笑みがこぼれる。

 

 久しぶりに、……本当に久しぶりに心から笑うことが出来た。

 

「さあさあ! 盛り上がってきた所で、我が統合戦闘飛行隊「アフリカ」の部隊マークをお披露目したいと思う!」

 

「ウォー!」

 

 マルセイユの言葉に、場の雰囲気が最高潮になる。

 

「……いつの間にそんなこと決めていたんだ?」

 

「昨日ライーサがデザインしてくれたのよ。結構いい出来だわ」

 

「さあ、これが我々の部隊マークだ!」

 

 マルセイユが奥の壁にかかっていた白い幕を下ろす。すると、ちこちからどよめきと拍手が起こった。

 

 アフリカ軍団の盾をベースとして、扶桑の国旗でもある日月旗を中央に配置、その上にオオワシと星を置き、上部には金色の文字でアフリカと書かれていた旗が、誇らしげに壁に掛けられていた。

 

「へぇ、なかなかいいデザインね」

 

「す、すごいです! ライーサさん!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 加東と稲垣がデザインを担当したライーサを手放しで褒める。ライーサは最初は顔を赤くしながら照れていたが、稲垣が興奮して詰め寄り、そのまま逃げ出して追いかけっことなり、爆笑の渦が起きる。上坂はその様子を部屋の端っこでワイングラス片手に、微笑ましく眺めていた。

 

「あなたはあの中に入らないのか?」

 

 料理を運んでいたマティルダが声を掛けてきた。

 

「……俺には性に合わないからな。影は影らしく見守っているよ」

 

「……なるほど。影は影らしく、か……」

 

 マティルダは、奥の壁にかかるマークを見ながらつぶやく。

 

「鷲の使いは太陽、梟(ふくろう)の使いは月。どちらも我々になくてはならないもの。アフリカという部隊は、鷲と梟(ふくろう)という二つの存在があってこそ、力を発揮する」

 

「……その梟(ふくろう)が俺ってわけか……」

 

「そうだ。太陽は人々に希望を与え、月は人々に安らぎを与える。」

 

「安らぎか……俺はそんな存在になれるのか?」

 

「それはわからない。だが、少なくともケイ達はそうなってほしいと願っている」

 

「……そうか」

 

 上坂は中心で騒いでいる部下達を眺める。

 

 加東、稲垣、ライーサ、そしてマルセイユ――。

 

 彼女達を見つめる上坂の視線は、とても穏やかだった。

 


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