ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第四章の始まりです。完結はおそらく7月くらいになるかと。


第四章
第一話


 ――なぜ弟が死ななければならなかったのか? 

 

――なぜ私の部下達が死ななければいけなかったのか?

 

 ――なぜ私が死ななければならないのか?

 

 ――答えは決まっている。上層部が無能だったから。私に力が無かったから。

 

 ――無能な上司が憎い。力のない私が憎い。この世界が憎い。

 

――私に力を。すべてに打ち勝てる力を。すべてを滅ぼせる力を。

 

――力が、欲しい。

 

 

 

 

 

 1945年8月2日、ベルギカ上空――

 

 時計の針がちょうど午前三時を示した頃、満月の優しい光が雲海を照らす中、一人の少女が夜間哨戒に就いていた。

 

「本日も異常なし。そろそろ交代の時間」

 

 カールスラント空軍第一独立作戦航空団所属、ハイデマリー・W・シュナウファー少佐。世界最強のナイトウィッチと称される彼女はこの日もいつもの定期哨戒をしていた。

 

――ヴェネツィア奪還後、ネウロイは一切人類の前に姿を現さず、連合国軍側もこれ幸いとばかりに部隊の再建に乗り出している。そのため戦場にはつかの間の平和があった。

 

 ラジオの周波数に合わせた通信機からは『ラインの護り』が流れ、ハイデマリーは自分以外誰もいない夜空で彼女は仰向けになり、満月を見上げる。

 

「月が綺麗……もうちょっと飛んでいようかな?」

 

 彼女がそう呟いたとき。

 

『こちらサントロン基地。ハイデマリー少佐、そちらの状況は?』

 

 音楽から変わり、基地司令のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐からの通信が入ってきた。

 

 気が緩んでいたハイデマリーは慌てて報告する。

 

「あ、はい、こちらハイデマリー、えっと……特に異常はありません」

 

『了解。……ここ半月、カールスラントのネウロイは動きを止めているようね』

 

 ミーナは最近サントロンにやってきたので、カールスラント戦線についてあまりよく知らない。

 

「はい。このまま静かだといいんですけど」

 

 確かにハイデマリーの言う通り、このままネウロイの攻勢が無ければどれほど良いのだろう。しかし、未だ彼女達の故郷はネウロイの支配下にある。例えネウロイからの攻勢がなくとも人類側から攻撃を仕掛けるだろう。ミーナの声が、少し詰まった。

 

『……そうね。でも気を付けて、ネウロイの行動パターンはまだわからないことが多いか……ら―――』

 

「あれっ、ミーナ中佐?」

 

 広がる雑音。ハイデマリーは周波数を変えて基地との通信を試みるが、一向に繋がる気配はない。

 

「故障? でも……」

 

 その時――

 

「……っ! ネウロイ!?」

 

 頭部に輝く魔道針が赤く光り、ネウロイの存在を探知した。

 

 ハイデマリーはMG151/20を構え、安全装置を外す。

 

「警報! ネウロイの反応アリ! ……位置は……真下!?」

 

 ハイデマリーが叫んだ瞬間、雲海が割れ、ロケット弾のようなネウロイがゆっくりと姿を現した。

 

「こんな近くに来るまで気が付かなかったなんて」

 

夜間戦闘では暗闇の中魔道針を頼りにネウロイを撃墜する能力が必要とされており、彼女はその中でもエキスパートと言っても過言ではない。しかし今回の敵は全く探知できなかった。自分の気が緩んでいたか、それとも魔道針の探知から逃れられる機能を持った新型なのか……。そんなことを考えるのは撃墜してからと彼女は速度を落とし、ネウロイの後ろに付く。

 

「目標……捕捉」

 

 後ろを取ったハイデマリーは照準にネウロイを収める。そして引き金を引こうとした瞬間。

 

「!?」

 

 ネウロイが突如変形し、細長い胴体から翼らしい円形が飛び出した。

 

「変形した!?」

 

 ネウロイはそのまま雲海に潜り、姿を消した。

 

「やっぱり反応がない……!」

 

 ハイデマリーはネウロイが魔道針に反応しないことに驚く。

 

「! 後ろ!」

 

 背後に気配。ハイデマリーが振り返るとそこには先ほどのネウロイが機首を向けていた。

 

 彼女は振り切ろうと魔道エンジンの出力を上げ、上昇を開始する。そしてそのまま一回転。普通のネウロイならこれで背後を取ることが出来る。だが……、

 

「速い」

 

ネウロイは彼女に張り付いている。いくら彼女のストライカーが重戦闘脚Bf110だからといっても、今までのネウロイなら簡単に振り切れた。つまりこのネウロイは今までのよりもはるかに強い。彼女は躱すのを諦め、シールドを展開した。

 

 直後、ネウロイの機首部分からビームが放たれ、ハイデマリーのシールドを捉える。

 

 続けざまに数発。彼女は横移動で躱すが、ネウロイの攻撃は着実にシールドを捉えつつあった。

 

「強い……でも」

 

 ――私には見える。

 

 戦場の勘。それに従いハイデマリーは上昇。それを追うネウロイ。距離がある程度詰まった時――

 

「今!」

 

 彼女は振り返り、銃口を下に向ける。射線上にはちょうど上昇し続けていたネウロイが居た。

 

 引き金が引かれ、無数の20mm弾が襲い掛かる。ネウロイはそれを避けようと減速したが、それが致命的となった。

 

 いつの間にか回り込んでいたハイデマリーは胴体の中心部に向け、銃弾を放つ。外殻が剥がれて中のコアが露出した。

 

「これでおしまい」

 

 なおも足掻くネウロイだったが、ハイデマリーはビームをあっさりと避けると、そのまま接近。至近距離にて引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 夜空に輝くネウロイの破片。その中をハイデマリーは荒い呼吸を繰り返しながら飛行している。

 

 やがて――

 

『――…ちらサントロン基地! ハイデマリー少佐! どうしたの!?』

 

 通信が回復し、緊張したミーナの声が聞こえてきた。

 

「あ、あの……ネウロイが出現しました」

 

 呼吸を整え、報告するハイデマリー。

 

『ネウロイ!? 交戦中なの!?』

 

「あ、いえ……もう撃墜しました」

 

『詳しく聞きたいわ。急いで帰投して』

 

「了解しました」

 

 通信が切れ、ハイデマリーが基地に進路を取ろうとした時、

 

「……あ」

 

 魔道針にウィッチの反応。

 

「この波長は……」

 

 ――以前ちょっとした騒動となった“幽霊ウィッチ”事件。その正体はハイデマリーであったが、実は違ってもいる。

 

 確かに彼女が幽霊ウィッチと間違えられたことは何度もある。しかし目撃情報と照らし合わせてみると、彼女が哨戒に出ていない時間帯にも確認されていたのだ。

 

「――こんばんは。“本当の幽霊ウィッチさん”」

 

 ハイデマリーは彼女の存在を感知した時、いつも通信を入れる。だが相手からは恥ずかしいのか一度も声が返ってきたことはない。それでも……

 

「いつもお疲れ様です。では私は帰投します」

 

ハイデマリーはいつも一人じゃないという安心感を与えてくれる名前も知らないウィッチに、声を掛け続けるのだった。

 

 

 

 

 

「何かあったのか?」

 

 ブリタニア首都、ロンドンにある連合国軍総司令部のとある一室で、カールスラント空軍、アドルフィーネ・ガランド中将は受話器を取った。

 

 窓の外は少し明るくなっていて、壁にかかる時計は4時を指しているが、ガランドは書類整理の為寝ていなかった。

 

『はい、実は……』

 

 電話から聞こえてくる声はミーナのもの。あの後ハイデマリーから報告を受けたミーナは得体のしれない不安を感じ、連合国軍司令部で最もウィッチに理解のあるガランドに電話を掛けたのだ。

 

 ――彼女は状況を説明する。

 

「……なるほど、杞憂に過ぎないかもしれないが、ネウロイが動き出しているかもしれないと」

 

『はい、ですから旧501のメンバーをいつでも集められるように遊軍扱いにして欲しいのですが……』

 

「いくらなんでもそれは難しいぞ。上がりを迎えた坂本少佐、退役した宮藤少尉は別としても、他のメンバーは精鋭ぞろい。各国軍が簡単に手放すとは思えん」

 

 先のヴェネツィア奪還作戦の際魔法力を喪失した坂本と宮藤。坂本は軍に残っているものの、宮藤は軍を辞め(予備役扱い)現在は一民間人となっている。そして他の隊員達もカールスラント組はともかく、リーネとペリーヌはガリア防衛に、サーニャとエイラは東部戦線に、シャーリーとルッキー二はロマーニャ防衛に当たっていた。

 

『……では、せめて今あなたの近くで潰れているであろう上坂少佐だけでも送っていただきたいのですが?』

 

「上坂……か……」

 

 ガランドは部屋にあるもう一つの机に視線を移す。

 

 高く積まれた無数の書類の束。その中に突っ伏している上坂啓一郎少佐の姿があった。

 

『――上坂少佐は前線にこそ必要な人材です。今の我々には人的資源を無駄にする余裕などないのです』

 

「……今すぐにというわけにはいかん。少々調べてもらいたいものがあるから一ヶ月ほど待ってくれ。それと……」

 

 ガランドは口元を歪めて笑みを浮かべる。

 

「他のウィッチ達に関しても下準備がいる。わかって居るだろう?」

 

『……小規模なリサイタル程度なら覚悟しています』

 

 ミーナは以前ヴェネツィアに501の隊員達を集めるため、各国の要人達が集うパーティで歌わされたことがある。今回もその程度のことだろうと予想していたが……

 

「――フェニーチェ劇場」

 

『―――!?』

 

 ガランドの脳裏に、ミーナの慌てふためく姿が浮かぶ。

 

「なに、たまたま欧州復興プロジェクトのチャリティーコンサートが行われるんだが、各方面に参加する人を募集しているらしい。――ということで歌え」

 

『む、無理です! あんな由緒ある劇場で歌うなんて!』

 

「はっはっは、残念だったな。既に各方面への手回しはすんでいる。既にお前の写真を(勝手に)載せたポスターは張り出されているし、前売り券も完売している」

 

『……なに勝手に話を進めているんですか……』

 

 既にお膳立てが整っていることに怒りを通り越して呆れ果てるミーナ。

 

「言ったろう? ――何事にも準備がいると?」

 

 ガランドは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 ガランドは電話を切ると、机の上に丸めてあった紙屑を上坂に向かって投げる。紙屑は綺麗な放物線を描き、書類の山を越えて上坂の後頭部に当たった。

 

「…………はっ!」

 

「おはよう上坂。もう朝だ」

 

 目の下に隈を作っている上坂に声を掛けるガランド。上坂はしばらく部屋をきょろきょろ見回している。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ……、さっきまで目の前に川が広がっていたので……」

 

「なに言っているんだお前は? ――そんなことより、少々調べてもらいたいことがある」

 

「――なんでしょうか?」

 

 先ほどの寝ぼけ眼の顔は無く、真面目な表情になる上坂。

 

 しばらくした後――

 

「了解しました」

 

 上坂は敬礼して、部屋を出て行った。

 


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