ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十六話

ヴェネツィアを目指し、アドリア海を航行する連合国軍艦隊。

 

 この前行われたマルタ島奪還作戦の陣容に加え、中央には扶桑皇国海軍の誇る戦艦大和が鎮座し、それに寄り添うように空母赤城が併走している。大和はネウロイ化するため艦橋部にコアコントロール・改が置かれ、無人となっている。その制御は赤城から行われていた。

 

「これが大和か……」

 

「でっけ~な~」

 

 大和の上を通過しながら、バルクホルンとシャーリーはそれぞれつぶやく。隊列を組んでいる駆逐艦や巡洋艦はともかく、各国の大型戦艦すら小さく見えてしまうほどの大きさを誇る大和の威容に二人は圧倒されていた。

 

 やがて――

 

「見えたぞ」

 

「ええ」

 

「あれが……」

 

 前方に黒く禍々しい雲が見えてきた。ヴェネツィア上空を占拠するネウロイの巣。それはガリアの時の巣よりもはるかに大きい。

 

 やがて、艦隊はネウロイの防衛圏内に侵入する。

 

「大和、ネウロイ化まであと3分」

 

 赤城艦橋で最終調整を行っていた技師が、今作戦に合わせて赤城艦長へと戻った杉田に報告した瞬間――

 

 前方に巨大な水柱が立つ。

 

「駆逐艦ニコラス、被弾!」

 

「総員、戦闘配置!」

 

 杉田が言い終わらない内に、円盤型の防衛ネウロイが艦隊に襲い掛かってきた。

 

「始まったわ、各員、大和がネウロイ化するまで、何としても守りきるわよ!」

 

「了解!」

 

 艦隊のあちらこちらで水柱と火柱が立つ中、ミーナ達501の面々は散開する。彼女達に与えられた任務は艦隊上空に居座るネウロイの排除であった。

 

「来た!」

 

 大和に向かって伸びる太いビーム。宮藤は回り込み、シールドを展開してこれを弾く。続けて二発、三発目。さすがの宮藤でも結構キツイものがある。

 

「芳佳ちゃん!」

 

「大丈夫! 平気だよ!」

 

 心配そうなリーネに、微笑む宮藤。

 

(私が……坂本さんの分まで頑張るんだ。そうすれば坂本さんは戦わなくて済む)

 

 昨夜の出来事を見た宮藤は、坂本がウィッチとしての限界を迎えていることを知ってしまった。そして、そんな状態になっても戦い続けている彼女の意志も。

 

(だから……私が頑張らなくちゃ。坂本さんの分まで!)

 

 

 

 

 

 宮藤が大和を守っている頃――。

 

「行くぞ、ルッキーニ!」

 

「りょ~か~い!」

 

 シャーリーはルッキーニを掴むと思いっきり振り回し、固有魔法「加速」の力も借りて一気にネウロイに向けて投げ飛ばす。そしてルッキーニも自身の固有魔法「光熱」で次々とネウロイをぶち破っていく。直撃を受けなかったネウロイもその凄まじい暴風を受けて姿勢を崩し、そこをシャーリーに狙われた。

 

「こっちだこっち!」

 

「エイラ!」

 

 回避力に優れたエイラが囮となってネウロイを一カ所に集め、そこにサーニャがフリーガーハマーを撃ちこむ。弾数が少ないものの高い威力と攻撃範囲を持つロケット弾の攻撃を受けてネウロイは次々と四散していった。

 

「ねぇ~、全然減らないよ~!」

 

「黙って倒せ! 勲章が向こうから飛んでくると思えばいい!」

 

「そんなのいらないよ~」

 

 バルクホルンとエーリカは互いの背中を守るように張り付きながら、周囲の敵を片っ端から撃ち落としていく。彼女達が飛ぶ周辺には無数の破片が宙をさまよっていた。

 

「……ったく、相変わらずとんでもない奴らだな」

 

 そんな彼女達を見てため息をつきながら、上坂は彼女達に奇襲を仕掛けようとして来る敵を、固有魔法「物体操作(ポルターガイスト)」で操る機関銃で集中的に狙う。そして自身もネウロイの合間をぬって多くの敵を屠っていった。

 

「それにしても、敵の数が尋常じゃないな……」

 

  しかしエーリカの言う通り、ネウロイは一向に減った様子がない。上坂は皆の魔法力が持つかどうか心の片隅で危惧していた。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「大丈夫? 美緒」

 

 戦闘も佳境に入った頃、肩で息をしている坂本に心配そうに近づくミーナ。

 

「なんのこれしき! 宮藤達も頑張っている! 私も負けてはいられない!」

 

 坂本は大和をシールドで守る宮藤に視線を現しながら、己を奮い立たせる。魔法力は限界に近づいて来ていたが、彼女は気合と根性で飛んでいた。

 

「全艦砲撃開始!」

 

 洋上では展開した各国の戦艦がネウロイに主砲を向けて火を噴く。プリンス・オブ・ウェールズ、ビスマルク、ヴィットリオ・ヴェネオ、紀伊、尾張、モンタナ計六隻、59門から扶桑で開発され、リベリオンのVT信管を搭載した対ネウロイ用焼夷弾が放たれた。

 

 それらは密集したネウロイに向かい、そして――

 

「弾着、今!」

 

 大空にとてつもない爆発煙を描く。数千発の硬質ゴム弾が空にばらまかれ、ある者はこれに体を撃ち抜かれ、ある者は爆風によって姿勢を崩し、味方と空中衝突を起こして破壊された。

 

 しかし。

 

「くっ……! なんという数だ!」

 

 少なくとも数十機は撃墜したはずなのに、次々と湧いてくるネウロイ。その圧倒的な物量差に歯噛みする坂本は、宮藤を援護していたリーネとペリーヌがネウロイに囲まれていることに気付いた。

 

「私に任せろ!」

 

 彼女は鞘から烈風丸を引き抜くと、そのうちの一体に向かって大きく振りかぶる。

 

「烈風斬っ!」

 

 魔法力を纏った刀身をそのまま叩きつけ、ネウロイを切り裂……けない。

 

「なにっ!?」

 

 渾身の一撃はネウロイの外殻によって弾かれ、烈風丸はそのまま落ちていく。

 

「そん……な……」

 

 ネウロイはミーナによってすべて倒されたものの、坂本は茫然と自分の手を見つめている。ミーナは彼女にかけてあげられる言葉が見つからず、黙って見つめていた。

 

「美緒……」

 

 ――落下した烈風丸。それはちょうど真下にいた大和の艦首に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「ネウロイの巣まであと11000! ネウロイ化まであと30秒!」

 

 赤城艦橋では大和ネウロイ化に向けての最終段階に移っていた。

 

「魔道ダイナモ、機動準備!」

 

 技師の報告を受けてゆっくり頷いた杉田は、小さく呟く。

 

「奴らに追い詰められた人間の怖さ、思い知らせてやれ」

 

 ――残り20秒。

 

 501の隊員達も最後まで大和を守るために奮戦する。

 

 バルクホルンとエーリカはまだ余力を残していたが、サーニャとルッキー二は疲れ果て、エイラとシャーリーに支えられている状態。シールドを展開して大和を守っていた宮藤と、それを援護していたリーネとペリーヌも限界に近い。上坂はバルクホルン達と同様まだ魔法力は問題なかったものの、既に弾が切れており拳銃と苦無、刀で戦っている状態だった。

 

「各員、魔法力を消耗した者は空母赤城に帰投するように!」

 

 ミーナは無線で指示する。その傍らでは坂本が重すぎる現実に打ちのめされていた。

 

「私は……もう戦えないのか……誰も守れないのか……?」

 

 

 

 

 

 ――そして、ついに始まる。

 

「コアコントロールシステム改、起動!」

 

 技師がスイッチを押す。すると大和昼戦艦橋部に設置されたコアコントロールシステム改が作動し、猛烈な電気を帯びた。そして――

 

「始まったぞ」

 

「みたいだね」

 

 艦橋から順次、船体に黒い六角形の模様が浮かび始める。その様子をバルクホルンとエーリカが上空から眺めていた。

 

 侵食するように各部をネウロイ化していく大和。そしてついに全体が漆黒に包まれると、艦橋部が赤く光った。

 

「大和、ネウロイ化完了! 制御可能時間、残り9分30秒!」

 

 杉田は帽子を目深に被り、命令を下した。

 

「大和、浮上!」

 

 波を蹴立て、特徴的な球状艦首(バルバス・バウ)が海面から顔を出す。海水を滴らせながら、船体が空へ持ち上がる。満排水量71,100tを誇る巨大戦艦大和は直径5m、重量21.7tのスクリュー4つを回しながら、上空のネウロイの巣に向けて飛行を開始した。

 

「大和が……飛んだ!」

 

 先ほどまで守るべき存在であった大和は宮藤達の上を通過する。その圧倒的存在感に全員が目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 ネウロイの巣に向けて飛行する大和。当然のごとくそれを阻止せんと無数のネウロイが大和に攻撃を加えた。

 

 無数のビームを受け、船体各所を削られる大和。だがネウロイ化しているためすぐに修復を開始し、その間に甲板上にズラリと並べられた12.7㎝連装高角砲、25mm三連機銃からビームが放たれ、ネウロイを屠っていく。

 

 そんな奮闘する大和を見つめながら、坂本は呟く。

 

「……私にとって生きることは戦うことだった。……だが、今はもうシールドを失い、烈風斬も使えない……」

 

 彼女の瞳から涙がこぼれる。扶桑海事変から戦ってきた彼女。自分にできることで多くの人を守りたいと思い続けてきた彼女にとって、最早戦えないというのはどれほど残酷な現実なのだろうか。

 

「……あなたは十分に戦ったわ」

 

 ミーナは慰めの言葉をかけるが、それが彼女の心に届くことは無い。

 

 二人の視線の先には、奮戦する大和の姿があった。

 

 

 

 

 

「すごい……」

 

 赤城甲板上で、宮藤達は大和の戦いぶりに目を奪われている。初めは攻撃を受け続けていたことで不安になっていたが、それをものともせずゆっくりと、しかし確実にネウロイの巣に近づいていくにつれて、ヴェネツィア解放という言葉が皆の脳裏に浮かんできた。

 

 それは赤城艦橋にいる杉田も同じである。

 

「どうだ! ネウロイ化した大和は無敵だ!」

 

 自分が艦長を務めていた艦が善戦する光景を見て、胸を張る。以前普通の状態で大型ネウロイと対峙した時ですら互角の戦いを演じていた大和。確かに彼の言う通り、再生能力を持った現在、大和を倒すことなど非常に困難だろう。

 

 ネウロイの巣との距離が縮まっている。そして――

 

「突っ込めぇ―――――!」

 

 ネウロイの巣の外殻に、大和の艦首が激突した。

 

 途端に発生する途轍もない衝撃。それはまだ空を飛んでいた坂本達だけでなく、赤城甲板上にいた宮藤達にも襲い掛かり、吹き飛ばされまいとその場に伏せた。

 

「今だ! 全門斉射!」

 

 その衝撃をものともせず、杉田は身を乗り出して絶叫する。いくらネウロイの巣と言えども大和の46㎝砲弾6発を至近距離で受ければ無事に済むはずがない……はずだった。

 

「……どうした? なぜ撃たない!?」

 

 大和は一切主砲を撃たない。いや、それどころか先ほどまで赤く光っていた昼戦艦橋部だが、今は暗くなっている。

 

「かっ、艦長! 火器管制システムが作動しません!」

 

「なんだと!?」

 

 先ほどの衝撃で故障したのか、技師の報告に顔色を変える。これではネウロイの巣を撃破することが出来ない。

 

「くっ……! ここまで来て……」

 

 杉田は拳を握りしめ、沈痛な面持ちで艦内無線を入れた。

 

 

 

 

 

『全乗員に告ぐ。今作戦は失敗した。我々はこれ以上戦場に踏みとどまっても事態は好転しない。……全艦16点回頭、ただちに戦場を離脱せよ』

 

「作戦失敗だと……!」

 

「ここまで来て……!」

 

「そんな……」

 

 館内放送から聞こえてくる杉田の声に、絶句する隊員達。ヴェネツィア奪還まであと少しというところまで来ていたところだけに、皆の心にはやるせない気持ちがこみあげてくる。

 

「そんな……ロマーニャが……私の故郷が……」

 

 彼女の故郷であるロマーニャからの撤退という事実に、ルッキーニはシャーリーの胸に顔を埋めて泣き出す。シャーリーはそんな彼女の頭をただ黙って撫でてあげることしかできないでいた。

 

『…………まだだ、まだ終わってはいない!』

 

 だが、まだあきらめていない者が居た。

 

 

 

 

 

『坂本さん!?』

 

「私が大和に乗り込み、火器管制システムを魔法力で起動させる! それしか方法は無い!」

 

 皮肉なことに、魔法力が烈風斬を撃てないほど衰えていた坂本が今一番魔法力を多く残している。そしてコアコントロールシステムにはもしコアが暴走した時、強制的に止められるよう魔法力で起動させることが出来る魔道過給機も備わっていた。彼女はそれを出力源として再び大和を動かそうと言うのだ。

 

 坂本は一人、最後の力を振り絞りながら大和を目指す。

 

『無茶よ美緒! やめなさい!』

 

『そうです! やめてください坂本さん!』

 

「…………ふっ」

 

 ミーナと宮藤の悲痛な叫びに坂本は静かに笑った。

 

「私が行かなければ誰が行く? 誰が大和を動かせる?」

 

『…………』

 

『それは……』

 

 二人は言いどよむ。二人とも既に魔法力は限界に達しており、飛行すらおぼつかない状況なのだ。

 

「……心配するな。私は必ず帰ってくる。――501が12人であるために」

 

 それこそが坂本の決意。彼女が最後まで諦めずに戦う理由だった。

 

 大和に向かう彼女に、ネウロイの攻撃が集中する。彼女はそれを躱し続ける。

 

「紫電改……! 頼む……! 私を大和まで連れて行ってくれ!」

 

 坂本の叫びが、戦場の空に響いた。

 

 

 

 

 

 坂本が何とか大和に取り付き、内部に入るとしばらくしてコアコントロールシステムが再起動したと観測された。

 

「コアコントロールシステム、出力上昇中!」

 

「そうか!」

 

 部下からの報告を受け、杉田は一瞬安堵するが、再び険しい顔で大和を仰ぎ見る。

 

「頼むぞ、坂本少佐」

 

 一方、大和内部にいる坂本は、コアコントロールシステムの前で力を振り絞り、残り少なくなった自身の魔法力を注ぎ込んでいる。

 

「もっと……もっとだ……!」

 

 彼女は一心不乱に魔法力を送り込んでいたが、ふと自分の足に装着されている紫電改が徐々にネウロイに浸食されていっていることに気付いた。

 

「そうか……お前は私を必要としているのか……」

 

 坂本は悟った。大和はもっと多くの力を欲していると言うことを。

 

――ならばそれに答えてやろう。それでネウロイを倒せるのなら。

 

「行くぞ、大和!」

 

 坂本が吠えた。

 

 

 

 

 

 大和の前部46㎝三連砲塔二基がゆっくりと動き出す。仰角を上げて狙いをつけた先はネウロイの巣、外殻。少し遅れたものの、計画された作戦通りの動きである。

 

「これが武士(もののふ)の生き様だ! 撃てえええええっ!」

 

 発砲――

 

 爆音と共に、六発の46㎝主砲弾が放たれ、至近距離にあったネウロイの外殻に突き当たると大爆発を起こした。

 

 爆発によって、ネウロイの巣は大和と共に見えなくなる。

 

「ネウロイの反応……消滅しました」

 

 索敵魔法を持つサーニャが魔道針で報告する。

 

「坂本さんは……?」

 

 宮藤が尋ねるが、サーニャはわからないといったふうに首を振る。少なくとも魔道針では確認出来なかったということだ。

 

「……あの爆発では例え大和と雖も……」

 

「……坂本」

 

 バルクホルンの横で、上坂は黙って空を見上げている。彼女は扶桑海事変から一緒に戦った仲間なのだ。心配するのも無理はない。

 

 隊員達の間に、諦めの空気が流れていた。

 

 その時――

 

「! 魔道針に反応アリ。 大和です」

 

 サーニャが突然声を上げる。見れば上空の爆発煙が次第に晴れ、うっすらと大和の姿が見えてきた。

 

「良かった……大和が無事なら少佐も無事だ」

 

 それぞれ安堵の息をつく者、会心の笑みを浮かべる者、感激のあまり泣き崩れる者……さまざまな反応を見せる隊員達。それは勝利を確信したからであったがただ一人、ミーナは違和感を感じていた。

 

「大和のネウロイ化が……解けていない……?」

 

 既に制御可能時間10分を過ぎているにもかかわらず、大和は依然黒い巨体を空に浮かべている。もしネウロイ化が解けていれば海に落ちていなければいけないと言うのにもかかわらず、である。

 

「……待ってください!」

 

 その疑問は、すぐに解けた。

 

「ネウロイの反応、復活!」

 

 サーニャの魔道針が点滅する。と同時に煙も完全に晴れてきた。

 

「なんだ……あれは……?」

 

 大和の背後、そこにはそれまで見たこともない巨大なコアが浮かんでいた……

 

 


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