まだ朝日が昇っていない中、坂本は愛刀「烈風丸」を両手で構え、基地近くの海岸線で仁王立ちしている。
目を閉じ、冗談の構え。彼女は烈風丸に魔法力を流し込んでおり、烈風丸の周囲には何やら怪しい妖気が漂っていた。
坂本は、目を見開く。そして――
「れっぷーざん!」
一気に刀を振り下ろすと、烈風丸に込めた魔法力が刃上に具現化し、海上を突き進む。数瞬遅れて海が割れ、海底が一瞬顔を出した。
「はぁ……はぁ……」
「……限界が近づいているようだな」
坂本が振り返ると、そこには上坂が立っている。彼は険しい顔で彼女を見ていた。
「……わかって居る。私の戦士としての寿命が近いことは」
坂本は荒い息を整え、烈風丸を鞘にしまう。
「だが今度の戦いはこれまで以上に苦しいものになる。だから私は真・烈風斬を完成させなければいけないんだ」
「……だが、危険だ」
上坂は知っている。烈風斬はその威力と引き換えに、莫大な魔法力を消耗することを。彼もまた一度は烈風斬習得を目指したことがあったが、莫大な魔法力消耗は継続戦闘能力を大幅に削ってしまうため諦めたのだ。
「それでも、やらなければならない。……私には、戦うことしかないのだから」
坂本はポツリとつぶやくと、上坂の脇を通り抜けて基地へと戻っていった。
あとに残された上坂。彼は黙って坂本を見送っていた。
「マルタ島失陥というハプニングがあったが……どうやらこのままオペレーション・マルス実行に移せるな」
数日後、ロマーニャ半島の付け根に位置する天然の良港タラントに、ミーナと坂本の姿があった。
二人は連合軍司令部の置かれている建物の一室で、各国の将軍と対面している。窓の外には各国の戦艦が肩を並べるように海に浮かんでいた。
「はい、ヴェネツィア上空のネウロイは我が第501統合戦闘航空団によって撃破いたします」
「いや、君達は主力ではない」
「えっ……?」
ミーナは将軍の発言に呆ける。以前説明された内容では501が主力になると言われたので、その食い違いに戸惑っているのだ。
「以前の説明では君達が主力になるはずだったが……事情が変わったのだよ」
「ど、どういうことですか!? 我々以外主力が務められる戦力などあるはず……」
「――戦艦大和」
「――!」
坂本は驚き、固まる。ミーナも眉をひそめた。
「確かに戦艦大和は他艦船を隔絶する攻撃力と防御力を有しているのはわかりますが……通常兵器である以上ネウロイの巣撃破は出来ないのでは?」
「――説明を」
「はっ」
脇に居た笹本が進み出て、二人に説明する。
「お二方はウォーロック計画についてご存知ですか?」
「知っているも何も……」
二人――というより501は当事者である。知らないはずがない。
「今回のオペレーション・マルスではこの改良型、コアコントロールシステム改を大和に搭載し、大和を意図的にネウロイ化させます」
「ネウロイ化ですってっ!?」
「馬鹿な! 血迷ったか!?」
声を上げる二人。だが将軍達はそれをとがめなかった。
笹本の説明は続く。
「――あのウォーロック事件の後、連合軍ではコアコントロールシステムの有効性を認め、それまでのマロニー元空軍大将一派の小さな計画ではなく、扶桑、ブリタニア両国を中心とした大きな計画へと移りました」
「……それで、暴走については大丈夫なのかしら?」
ミーナの頭に、ブリタニアでのウォーロック暴走の悪夢がよぎる。
「10分なら完全に暴走を抑えられるとのこと。扶桑皇国で研究開発が行われていたのですが、今回の作戦に合わせ伊400潜で運搬し、既に大和に搭載しております」
「そうですか……」
「待ってください!」
諦めたように納得したミーナと対照的に、まだ食い下がる坂本。
「ネウロイにネウロイをぶつけるのは危険です! 私の真・烈風斬さえあれば、たとえネウロイの巣であっても、必ず勝てます!」
「なにを言っているんだ、坂本少佐」
しかし、将軍達の反応は冷ややか。笹本も悲しそうな表情で坂本を見ている。
「本来なら君は既に退役している年齢だ。そんな君にこの作戦を預けるわけにはいかないのだよ」
「そう言うことだ、坂本。悔しいのはわかるがおとなしくしていろ」
「…………」
将軍だけではなく、既に退役した上官の忠告に、坂本はただ黙っているしかできなかった。
「……つまり、私達はあくまで補助というわけか」
基地に帰ったミーナと坂本は隊員達をブリーディングルームに集め、今回の作戦について説明した。
「ええ、今回の作戦の主力はネウロイ化した大和よ」
「ネウロイ化か……」
バルクホルンは大和だよりの作戦に懐疑的である。それでなくても去年のウォーロック事件のことを思いだし、大和が暴走しないか不安なのだ。
「俺達はあくまで兵士。そして作戦を考えるのは将軍と参謀……。俺達は戦うしかない」
上坂も何か思うところはあるようだが、そう言って自らも含めて隊員達を諌める。
「……それで、もしこの作戦に失敗したらどうなるんだ? 今の人類にロマーニャ戦線を立て直す余裕などないと思うのだが」
上坂の言う通り、人類はガリア解放によるライン川防衛線、アフリカのハルファヤ峠、そして東部戦線を支えるだけで手いっぱいであり、現在何とかロマーニャ防衛に手を回しているものの、この前のマルタ島失陥からわかるようにあちこち無理をしている状態なのだ。
もしスエズ運河を使うことが出来れば扶桑やアウストラリス連邦から大規模な部隊を送ることでこの状況を劇的に改善できるのだが、残念ながらスエズ運河は今もネウロイの占領下にあった。
ミーナはしばらく目をつぶり、声を絞り出す。
「……この作戦が失敗したら、連合国軍はロマーニャ全土から撤退、そして501も解散することになるわ」
「撤退!? 解散!? そんな馬鹿な話があるか! ミーナ、そんな命令に納得しているのか!?」
「納得してる訳ないじゃない!」
ミーナの悲痛な叫びが、ブリーディングルームに響きわたる。
「納得している訳ないじゃない……でも、そうするしかないの。今の人類には消耗戦を続けていく余裕なんてない。……私達にはもうこの方法しか残っていないのよ」
「…………」
ミーナの悲痛な表情を見て、誰もが押し黙る。ロマーニャ全土から撤退すると聞いて、とうとうルッキーニは泣き出してしまった。
「心配するな! ルッキーニ!」
だが、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすかのようにシャーリーは大声を出す。
「ミーナ中佐の言うことは万が一作戦が失敗した時のことだ! 作戦が成功さえすれば問題ない!」
「……うん、作戦は絶対成功する」
珍しくサーニャが静かに、しかしはっきりと断言する。
「そうさ、サーニャの言う通りだ!」
もちろんエイラもサーニャの意見に賛成である。それが呼び水になったのか、全員は覚悟を決める。自分達の手で絶対ロマーニャを守るのだと。
「大丈夫です! 私達12人が力を合わせれば、絶対勝てます!」
宮藤が皆の気持ちを代弁するかのように叫んだ。
――だが、その一方で。
「……12人……か」
坂本は一人俯き、刀を強く握りしめている。
それに気付いたのは近くにいたミーナと上坂、そしてバルクホルンだけだった……。
――夜。
坂本は一人刀を握りしめ、格納庫に置かれているストライカーに足を滑らせていた。
「今夜だ。……今夜までに何としてでも真・烈風斬を完成させなければ」
真・烈風斬――それは古来より扶桑に伝わる秘奥義。その技さえあればたとえどんな敵が来ようとも一撃粉砕することが出来る。その威力は烈風斬とは比べ物にならない。
(あともう少し……あともう少しで掴めそうなんだ!)
使い魔の耳と尻尾を出し、足元に魔方陣を展開させる。しかし魔法力は全く安定しない。それでも彼女は発進する。
ふらつきながらも何とか格納庫から出ようとした瞬間――。
「!」
目の前にミーナが立ちはだかっている。
坂本は彼女を避けようとしてバランスを崩し、滑走路上で転倒した。
一向に立ち上がる気配のない坂本を、ミーナは黙って見守っている。
「……知っていたのか?」
ポツポツと雨が降り始める。やがて本降りとなり、二人を濡らしていく。
「啓一郎から話を聞いていたわ」
「そうか……」
ミーナは烈風丸に視線を移す。
「戦場で使える力と引き換えに、大量の魔法力を消費する妖刀……。その刀はあなたに残った僅かな力すら吸い尽くそうとしている」
「私はまだ戦える!」
坂本はストライカーを脱ぎ捨て、烈風丸を正眼に構え、魔法力を込める。だが青白い光を発したのは一瞬で、すぐにその輝きを失ってしまった。
「もう止めて、美緒!」
「まだだ! 真・烈風斬を完成させるまではまだ……!」
坂本は諦めず、烈風丸に魔法力を込め続ける。
「頼む! あと一度、あと一撃だけでいい! 私に……私に真・烈風斬を撃たせてくれ!」
坂本の目から、涙がこぼれる。しかし現実は非情で、烈風丸は輝かなかった。
「美緒……」
ミーナは戦うことの出来なくなった戦友をそっと抱きしめる。彼女にはそれくらいしかしてあげられることが無かった。
そして。
「そんな……坂本さん……」
格納庫の片隅から一部始終を見ていた宮藤は、全てを知ってしまったのだった。
「……忘れていたが、私もそろそろなんだよな」
同じ頃、バルクホルンは上坂の部屋でビールジョッキ片手にポツリとつぶやいた。
「何がだ?」
「お前や坂本少佐を見ていたから思わなかったが、あと半年で私も上がりを迎えると言うことだ」
「……そう言えばそうだったな」
上坂も今更ながらにその事実に気付く。
彼の同期だった穴吹や加藤は既に上がりを迎え、さらには後輩だったはずの坂本もそろそろ空を降りることになる。昔からの戦友がどんどんいなくなっていくことに一抹の寂しさを覚える上坂だった。
「……バルクホルンは上がりを迎えたらどうするんだ?」
「私か?」
バルクホルンは少しばかり考え込む。
「……正直未来のことは考えられない。いや、というより自分が生きて退役できると思っていなかったからな」
バルクホルンはずっと最前線で戦って来て、多くの戦友を目の前で失ってきた。そのためいつか自分も戦場で果てるのだろうと思っていたに違いない。
「そうか」
上坂は軽く頷き、ふと彼女の退役後を想像してみる。バルクホルンも彼と同じく自分の退役後を想像してみた。
桜の木の下で、紋付き袴の上坂と白無垢を着たバルクホルン――。
二人が想像したものは、なぜか一緒である。
((何考えているんだ俺(私)はっ!?))
頬を赤くし、煩悩を振り払うようにしてジョッキをあおって机に叩きつける。二人の動作はぴったりと息が合っていた。
「さ、さて! 私は寝るっ!」
バルクホルンは頬を赤らめたまま立ち上がる。
「そ、そうか。お休み」
上坂はそっぽを向いていた。
「……啓一郎」
部屋を出ようとしたバルクホルンが、ふいに立ち止まる。
「なんだ?」
「……この戦い、絶対勝つぞ」
「……当たり前だ」
バルクホルンはうなずいた後、部屋を後にした。