マルタ島沖――
ブリタニア、カールスラント、リベリオン、ロマーニャ、扶桑……。錚々たる艦を集めた連合軍艦隊が、マルタ島のマザーネウロイを目指していた。
「……プリンス・オブ・ウェールズ、ビスマルク、修理を終えたヴィットリオ・ヴェネオに紀伊、尾張……リベリオンのモンタナまで。さすがに大和は参加してないけど、なかなか見れる光景じゃないわね」
ミーナは眼下を航行する多数の戦艦を見て、この作戦どれだけ大がかりなものかを感じていた。
「ミーナ、見えてきたぞ」
坂本に言われ、ミーナは前方に視線を移す。
そこには地中海に浮かぶ小島、マルタ島とその上に乗っかっている黒いドームがあった。
「もう少しで攻撃開始……サーニャさん、ネウロイの反応は?」
「周囲50kmに、ネウロイの反応有りません」
「変だな。これだけ大艦隊が向かって来ているのに、防衛型一つ出してこないなんて……」
バルクホルンは、今までとは違うネウロイに訝しげる。
「この前扶桑艦隊を襲ったネウロイはマルタ島からやってきたと言う報告を受けている。もしかしたら資源が無くなっているのかもしれん」
「でも油断は禁物よ。……さて、時間です。作戦開始よ」
ミーナが言った瞬間、眼下の戦艦群の主砲が火を噴いた。
「撃ち方始めぇ―――――!」
号令と共に、各艦の主砲が火を噴き始める。
まず最初に撃ち始めたのはプリンス・オブ・ウェールズとビスマルクの四十五口径356mm砲10門、四十七口径381mm砲8門。続けて数日前に修理が完了してドックから出たばかり、ヴィットリオ・ヴェネオの五十口径381mm砲9門が発砲する。
少し遅れて扶桑の高速戦艦、紀伊と尾張の五十口径41cm砲10門ずつ、計20門が撃つ。就役当初は四十五口径41㎝砲を搭載していた二艦だが、1943年に改装し、三番艦駿河、四番艦近江と同じ五十口径に換装済みである。
さらにリベリオンの最新鋭戦艦、モンタナの五十口径406mm砲12門が一斉に火を噴いた。こちらは各国の砲弾と違い、SHH(超重量砲弾)を採用しているため非常に威力が高い。
合計59発の砲弾がマルタ島に着弾、その多くがネウロイのドームに命中する。しかし表面装甲には傷一つつかない。それでも6隻の戦艦は己の役割を果たすために砲撃を続けていた。
深度50m――
マルタ島に進路を向けている伊400の航空格納筒内部に、上坂とマルセイユの姿があった。時折外から着弾音が響くだけで、筒内は静まり返っている。
「――なあ、一ついいか?」
ずっと黙っていた二人だったが、不意にマルセイユが話しかけてきた。
「なんだ?」
「お前から勝負しようと言ってくるなんてと不思議に思っていたんだが……」
マルセイユは、ずっと感じてきた疑問に思っていた。あの上坂が自分から勝負しようと言って来たと言うことに。なぜ彼がそんなことを言ったのか今まで考えていたのだが、ようやくその答えらしきものを見つけたのだ。それは……。
「――お前、バルクホルンのこと好きなんじゃないか?」
「…………」
筒内が、静まり返る。
『――浮上まであと3分! 発艦準備急げ!』
本来隠密行動が基本の潜水艦だが、ネウロイは水中の潜水艦に攻撃するすべを持たないため、遠慮なしにスピーカーを鳴らしている。それを聞いた上坂は銃を両手に抱え、呟いた。――その顔は、少しだけ赤い。
「……ま、まさか。そんなわけないだろう」
思いっきり挙動不審。いかにも私はバルクホルンに好意を抱いていますと言っている態度である。
「――ふうん……」
いつも澄ましている上坂がこのような反応を見せたことで、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべるマルセイユ。本当ならそのまま弄り倒したいところだったが、無遠慮なスピーカーによってそれは遮られた。
『本艦浮上開始! 航空歩兵隊発艦用意!』
「……おしゃべりはここまでだ。マルセイユ」
作戦開始が近づき、いつもの冷静沈着な表情に戻る上坂。――まだ顔は赤かったが、マルセイユはそれを無視して獰猛な笑みを浮かべた。
「わかっているさ。――さあ、始めようじゃないか。“訓練”を」
急角度だった床が、不意に元に戻る。と同時に前方の格納庫扉が開いた。
「発進!」
上坂とマルセイユはカタパルトによって打ち出され、ドーム内部に躍り出た。
ドーム内部に躍り出た上坂とマルセイユ。二人を出迎えたのは球体の小型ネウロイ。数は40。これだけの大きさを誇る母艦型の護衛としては少ないが、普通のウィッチにとってみれば強敵である。
――そう、
「なんだ? やけに敵の数が少ないな!」
「大方資源を使い果たしたんだろう。ここら辺には鉄鉱脈なんてないし、兵器の残骸もほとんど落ちてなかっただろうしな」
マルセイユはお得意の偏差射撃で、上坂は
ドーム内部は偵察写真と同じように無数の針状の塔が中央に伸び、中心部にはマザーネウロイのコアが浮かんでいた。
「よし! さっさとあれを壊すぞ!」
「言われなくても」
二人の意図に気付いたのか、残っている小型ネウロイはコアを守るように割って入る。
「邪魔だ!」
だが逆に動きが制限されて、二人の銃撃によってあっさりと破壊。残るはコアだけとなる。
「これで!」
「完了」
マルセイユと上坂の同時射撃はコアに命中。コアは崩壊し、同時に周りを覆っていたドームも次第に崩れていった。
「すごい……あっという間に……」
作戦開始と当時にやってきた少数のネウロイを駆逐し、ミーナの固有魔法、“空間把握能力”と二人からの通信で内部の戦闘の様子を窺っていた隊員達は、崩壊していくドームを眺めている。
「さすがは“
坂本がホッとした表情を浮かべていると、エーリカがドームから出てくる二人を見つけ、指さした。
「あっ、二人とも出てきた」
指さした先には並んで飛行する上坂とマルセイユの姿がある。
「さっ、二人を出迎えましょう」
「いや、待て。なんか様子がおかしくないか?」
「えっ?」
バルクホルンの指摘で、皆は目を凝らし、二人を眺める。
「……ホントだ。弾倉交換している」
「まだ周囲に敵がいるんじゃないかと警戒しているのかしら……?」
「いえ、周囲に敵は居ません」
サーニャは周囲を索敵し、否定する。
「じゃあいったい……?」
皆が首をかしげていると、突然二人は上昇を開始した。
「なっ、なんだ!?」
「――この時を待ちわびていたぞ、イチロー」
「そうか」
マルセイユは緩やかに旋回し、前方から迫ってくる上坂を見て、自分の感情が高ぶってくるのを感じる。
――“訓練”は終わった。次は、“実戦”だ。
音速を超える相対速度で二人は近づく。マルセイユは優れた動体視力で上坂の澄ました顔を睨みつける。上坂もまた、マルセイユに視線を向けていた。
――さあ、戦闘開始だ!
二人が交差した瞬間、“実戦”が始まった。
「えっ! ええっ!?」
宮藤は突然戦闘を始めた二人を見て驚愕する。
「何やっているんだあいつら! ……っく、無線を切っている!」
バルクホルンは通信を入れてやめさせようとしたが、無線が切られている事を知ると、小さく悪態をついた。
そうしている間に、マルセイユが上坂の背後にまわり、機関銃を撃つ。上坂はそれをバレルロールであっさり躱した。
「撃ったぞ!」
「なっ、何ということを!」
シャーリーとペリーヌが絶句する。いくらウィッチがシールドを張れると言っても、常識的に考えれば絶対やってはいけないことだ。しかし――。
『あ~……、心配することないぞ』
突如入ってきた通信。戦艦紀伊に乗艦している笹本からだ。
「なにが心配することないだ! 実際啓一郎達は撃ち会っているじゃないか!」
『まあ確かに撃ち合っているけどさ……』
笹本は言葉を詰まらせながら、次の言葉を吐き出した。
『――あいつらが使っているの、ペイント弾だぜ』
「…………はっ?」
思わず呆ける面々。笹本が言うには、昨日いきなり連絡が来て二人分のペイント弾を用意してくれと頼まれたのだと言う。
『俺も止めたんだけど、二人とも言うこと聞かなくて……。いやぁ参った参った』
笹本の能天気な笑いが、無線を通して聞こえてくる。
「まったく……」
「上坂さん……」
最早呆れを通り越していた隊員達。
坂本も呆れていたが、しかしどこか心の奥から高揚感がわいてくるのを感じていた。
「この勝負……先にシールドを張ったほうが負けだな」
「ええ、それは本人達もわかって居る。“
ミーナは目の前で繰り広げられるドッグファイトをジッと見つめる。
――急接近に急旋回。
――急上昇に急降下。
一見互角に見える戦い。だがミーナと坂本の目には、マルセイユが少し不利になってきているように見える。
「マルセイユ、焦っているな」
「ええ、啓一郎に対して有効な手立てが少なくなってきているみたい」
――終わりが近づいていた。
(くっ……! やはり強い!)
マルセイユは歯を食いしばり、自身にかかるGを感じながらも、視線は上坂から逸らしていない。
視線の先の上坂は同じように急旋回しているにもかかわらず、戦闘開始時と同じく涼しい顔でこちらを見ている。
――決着は決まる。それも、自分の負けで。
「……ッ!」
マルセイユは歯を食いしばる。自分はアフリカの星であるというプライドをかけ、この戦いを待ち望んでいたのだ。
(そう簡単に……負けてたまるか!)
マルセイユ、起死回生の一手。それは――
「……!」
背後についていた上坂は、突然マルセイユが体を捻ってこちらを向いたことに驚く。その機動は空戦の教範なら零点を出されるであろうもの。事実彼女には凄まじいGがかかっていた。
(ぐぅっ……!)
マルセイユは、しかしそれに耐えた。そして上坂に銃口を向ける。
上坂も急激な減速を掛け、マルセイユに銃口を向けた。
――交差する、二つの銃器。
「…………」
「…………」
MG34は上坂に、ホ5はマルセイユに向いている。だが――
「――弾切れ……みたいだな」
「…………」
マルセイユは憮然とした表情で上坂を睨みつける。上坂の言う通り、弾倉には弾が無く、引き金を引いたとしても弾が出ない状態である。対して上坂はまだ弾が残っている状態。だが彼は興味無さそうに軽く肩をすくませると、銃を降ろし、小さく呟いた。
「これで100連勝、だな」
「ダ―――――! 負けたー!」
マルセイユは頭を抱え、叫ぶ。
その声は遠くまで響き渡ったという……。
「ずいぶん急ぐのね」
翌日。
ミーナと坂本、それになぜかバルクホルンがマルセイユの見送りに来ていた。
「ああ、午後には雑誌のインタビューがあるんでね」
マルセイユは上坂と違い、世界的に有名なエースである。そのため戦闘以外のスケジュールは結構詰まっているのだ。そのことに関しては彼女の方が圧倒的に上坂に勝っているだろう。
「まったく……なんでお前みたいなチャラチャラした奴に人気があるんだか……」
バルクホルンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。それを聞いていたマルセイユは、ここぞと言わんばかりにやり返す。
「何言ってる、お前の妹だって私のファンだって聞いたぞ」
「なっ……! それは……!」
「ほら」
狼狽えていたバルクホルンに、マルセイユはある物を差し出す。
「これは……」
それはマルセイユのブロマイド。右端には本人直筆のサインが入っていた。
「お前は嫌いだが、お前の妹さんは私のファンだと聞いたからな。今回だけだぞ」
「……礼を言う」
視線を背け、頬を赤らめながらもブロマイドを受け取るバルクホルン。その様子に気をよくしたマルセイユは、さらに追い打ちをかけるべく彼女の耳元でささやいた。
「……それと、そろそろイチローの気持ちにも気付いてやれ。堅物軍人さん」
「なっ……!」
バルクホルンは耳まで真っ赤になり、その場に立ち尽くす。マルセイユはさっさと彼女から離れると、輸送機のタラップに足を掛けた。
「さて、……じゃあイチローに伝えておいてくれ。――たまには自分の気持ちに素直になれってね」
「? それはどういう意味……」
ミーナはその意味ありげな言葉を不思議に思ったものの、マルセイユはさっさと輸送機に乗ってしまったため聞きそびれてしまった。
やがて輸送機はゆっくりと動き始め、滑走路へと進路を取る。そしてアフリカへと飛び立っていった――
――ちなみに、同じ頃。
「……何この書類の数」
上坂は茫然と、目の前に置かれた大量の書類を眺めている。
「休んでいる暇はないぞ上坂。罰なんだからしっかり働け」
決闘の片棒を担いだとして同じくミーナに書類仕事を押し付けられた笹本が、書類に目を通しながらつぶやいていた……。