ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十三話

 ――それは一本の電話から始まった。

 

「――はい、501です」

 

 あくる日、基地の電話が鳴り、近くにいた上坂が受話器を取る。

 

『おお、上坂か』

 

「お久しぶりです、閣下。どうかしましたか?」

 

 電話の相手は上坂の上司、石原莞爾中将。しかしいつもと違い、何処か慌てている様子だ。

 

『大変なことが起こった。驚かずに聞いてくれ』

 

「はあ……」

 

 いまいちよくわかって居ない様子の上坂。だが次の台詞を聞いた途端――

 

「はぁ――――――――――!?」

 

 その絶叫は、基地中に響いた。

 

 

 

 

 

 数日後、501の基地周辺を走る二人の少女の姿があった。

 

「起きろ、ハルトマン! 走りながら寝るな!」

 

「ふぁ~ぁ……。 眠い……」

 

 200機以上の撃墜数を誇るカールスラント空軍のエース、バルクホルンとエーリカ。二人は近日中に行われる予定のマルタ島奪還作戦のために訓練を行っていたのだ。

 

「まったく……! お前はいつもいつも……!」

 

「あ~もう、うるさいな~」

 

 エーリカは大あくびをしながら走っていた。

 

 

 

 

 

「……まったく、上層部がしっかりしていればこんな無駄な作戦をしなくても済んだのに……」

 

 その様子を執務室の窓から眺めていた上坂は、上層部の無能っぷりに呆れ、ため息をついた。

 

 ――マルタ島奪還作戦。

 

 地中海のほぼ中央に浮かぶ小島、マルタ島。そこは欧州とアフリカを結ぶ重要な拠点であり、地中海を航行する船は、必ずその島の近くを通る要衝である。無論連合軍もそのことはわかって居たため、ブリタニア空軍を主体とした精鋭部隊を配置していた。

 

 だが去年のガリア奪還で兵力が足りなくなった連合軍は、アフリカにいたモントゴメリーと共に部隊をガリア方面に回していたことと、ヴェネツィア陥落に伴うアルプス方面への部隊増強でマルタ島の部隊がほとんどいなくなってしまったのだ。

 

 本来ならどこからか部隊を派遣して、マルタ島に配備しなければならない。しかし連合軍上層部はロマーニャ防衛に気を取られていたのか、そのことをすっかりと忘れていたのだ。事実マルタ島陥落の一報が届いた時、思わず耳を疑ったのだという……

 

「……まあ今更何を言っても変わらないんだがな」

 

 上坂は窓から離れ、机の上にある数枚の写真に目を移す。そこには薄暗い空間の中に赤く光るネウロイのコア、そして小島に乗っている黒いドームが写っていた。

 

「マルタ島に居座っているネウロイはマザータイプ、上部からの攻撃はほとんど効かない……か」

 

 マルタ島のネウロイは、その内部にネウロイを格納する、いわゆるマザータイプと呼ばれるもので、本格侵攻の際母艦と使用されることが多い。それがマルタ島にいるということは、ネウロイはその島が人類にとって重要な拠点であると言うのが分かっているようだ。

 

「やはりネウロイも学習するんだな。……いや、今までを見ていれば当たり前か」

 

 上坂はもう一度ため息をつくと、ふとこの基地に近づく物体に気付き、窓の外に視線を移した。

 

「……あれは、Ju52?」

 

 カールスラント、ユングフラウ社が開発した三発輸送機、Ju52/3m。最大速度は遅く、航続距離も短く、そもそも旧式に分類される輸送機だが、離着陸距離が短いのと機械的信頼性が高いことを理由に、今でも多く使用されている。上空を飛んでいる機体には501のパーソナルマークが描かれており、501所属の機体であることがすぐに分かった。

 

「ようやくミーナ達が帰ってきたか……って!?」

 

 安堵した上坂だったが、突然輸送機から人影らしきものが飛び降りたのを見て、思わず噴き出した。

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、イチロー」

 

「……おう、アフリカ以来か」

 

 隊員達がブリーディングルームに集まっている中、遠慮なしに上坂に話しかけてくるのはカールスラント空軍所属で、現在第31統合戦闘飛行隊、通称“ストームウィッチーズ”のエース、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ大尉。彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、上坂の顔をしっかりと見据えていた。

 

「あれっ? 上坂さんマルセイユさんと知り合いなんですか?」

 

 宮藤が上坂に尋ねる。彼女はその大人びた容姿からか、一目で彼女のファンになったらしく、目を輝かせていた。

 

「ああ、昔俺はストームウィッチーズの隊長をやっていたからな。……と言っても、当時はそんな通称は無かったが」

 

「そう言えばイチロー、以前アフリカに居たって言ってたな」

 

 シャーリーは以前上坂が行っていたことを思い出す。

 

「ああ。……あんまり思い出したくないけどな」

 

 アフリカの時のことを思い出し、上坂は思わず顔を引き攣らせた。

 

「はいはい、昔話はそれくらいに。それでは今回の作戦について説明します」

 

 ミーナはその場を収めると、マルタ島奪還作戦について説明を始める。

 

 ――内容はこうだ。

 

一、 戦艦を中心とした連合軍艦隊がマルタ島に向けて砲撃を開始し、防衛型ネウロイをおびき寄せる。

 

二、 その間に潜水艦を使って二名のウィッチが内部に突入し、コアを叩く。以上。

 

「たった、二人だけですか?」

 

「ああ、潜水艦はそんなに大きくない。格納、射出出来るのは二機までだからな」

 

 坂本の説明が終わると、ミーナが話し始めた。

 

「では、突入部隊のウィッチを発表します。まず今回の作戦の援軍として参加することになった、第31統合戦闘飛行隊の、ハンナ・マルセイユ大尉」

 

「どういうことだ中佐!? 突入部隊は私とハルトマンのはずだったはずでは?」

 

 事前の説明と違うことに、バルクホルンが異議を唱える。

 

「上層部からの指示です。我が501から作戦に参加するのはただ一人、バルクホルン大尉。あなたです」

 

「嫌だ」

 

 突然、マルセイユが口を挟んだ。

 

「……いやだとはどういうことだ?」

 

「パートナーは私が決めると言うことだ」

 

「……はっ?」

 

 この場にいた全員の目が、点になる。

 

「今回の作戦の私のパートナー、それは……」

 

 マルセイユはその人物を指さした。

 

「上坂啓一郎少佐。お前だ」

 

「……もう少し上官に敬意を払った方がいいぞ、マルセイユ」

 

 上坂は痛む頭を抑える。

 

「……大体なんで俺なんだ。お前以前エーリカが私のライバルだ~と言ってたろうが」

 

「え゛っ!? 私?」

 

 いきなり名前を呼ばれて驚くエーリカに、マルセイユは視線を移す。

 

「……確かに私とハルトマンの対戦成績は互角。そう言う意味ではライバルだろう。だが、あくまで互角だ(・・・・・・・)

 

 彼女は再び上坂を睨みつけた。

 

「お前との対戦成績は99戦99敗。私はお前に一度も勝っていない! それが我慢できないんだ!」

 

「はぁ……」

 

 そういやこいつ、負けず嫌いだったな……と、上坂はため息をつく。

 

「99敗って……。いや、啓一郎が強いことは知っていたが……」

 

 昔からマルセイユと反りが合わなかったバルクホルンだが、改めて上坂の強さにあきれ、そしてマルセイユのあまりの子供っぷりに立ち尽くしていた。

 

「ともかく! 私はイチローと飛ぶ! 以上!」

 

「……あれが、“アフリカの星”……」

 

 駄々をこねるマルセイユを見ていた宮藤は、自分の思い描いていたマルセイユのイメージが崩れていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 

(はぁ……、めんどくせ~)

 

 上坂は胃腸薬を片手に医務室から出てきた。最近胃が痛むことが多くなり、その補充を受け取りに来ていたのだった。

 

(まったく……、あいつはいつも勝負勝負……。こっちには他にやることがあるってのに……)

 

 尉官であるマルセイユと違い、佐官である上坂には訓練のほかにさまざまな仕事がある。いくら隊長ではないからアフリカの時より楽とはいっても、ミーナの手伝いをしなければならないし、マルセイユにかまっている暇などないに等しかった。

 

(最近酒量も増えているからな。……気をつけなければ)

 

 そう考えながら歩いていると、

 

「んっ? トゥルーデか」

 

「ああ、啓一郎」

 

 廊下でばったりとバルクホルンに出会う。バルクホルンは彼の手にある胃腸薬を見て眉を潜ませた。

 

「……マルセイユか」

 

「……そんなところだな」

 

上坂は苦笑する。彼としてはあまり他人に心配を掛けさせたくなかったが、見られた今となっては誤魔化しは聞かないだろう。

 

「まったく……。なんでクリスはあんな奴のファンなんだ……」

 

「えっ?」

 

「あっ、いや……」

 

 バルクホルンは慌てて何かを言おうとしたが、やがて観念した。

 

「……妹が奴のファンなんだ」

 

「クリスがか?」

 

 クリスはバルクホルンの妹で、現在はブリタニアの孤児院にいる。たまに手紙を送ってくるのだが、元気でやっているらしい。

 

「……マルセイユのサインを渡したいんだな?」

 

「……ああ」

 

 バルクホルンは小さく相槌を打つ。恥ずかしいからか、頬を赤く染めている。

 

「わかった。あいつに頼んでみるよ」

 

 上坂は肩をすくませた。

 

 

 

 

 

「サイン? 嫌だ」

 

 夜、酒をせびりに来たマルセイユは、上坂の頼みを鼻で笑う。

 

「……別にいいじゃないか、サインの一つくらい」

 

「私はサインをしない主義だ。いくら頼まれたって書かないね」

 

「むぅ……」

 

 上坂は苦々しい表情になり、それを隠すようにビールの入ったジョッキをあおった。

 

「大体なんで今頃サインなんだ? まさかお前が欲しいわけじゃあるまいし」

 

「いや、実はな……」

 

 上坂は少し恥ずかしそうに目線を逸らしながら、バルクホルンに頼まれたことを話し始める。しかし彼の話が進むにつれてマルセイユの目つきが鋭くなっていった。

 

「……要するにバルクホルンの妹が私のファンだから、サインが欲しいと」

 

 話を聞き終え、要約するマルセイユ。

 

「まあそう言うことだ。昔の上官の頼みということで……ダメか?」

 

「嫌だね。あんなシスコン石頭に、書いてやるサインは無い」

 

「おい、流石に言いすぎだろ」

 

 流石の上坂も、この台詞には眉をひそめる。

 

「言い過ぎなもんか。だいたいあの堅物は昔から融通が利かなくて、私を目の敵にしてきたんだ。今更サインが欲しいって土下座されても、絶対書いてやんないね!」

 

「だったら……」

 

 上坂は彼女の目を見据え、口を開いた。

 

「――俺が勝ったら、書いてもらうというのはどうだ?」

 

「……ほう」

 

 マルセイユは目を細め、口元に笑みを浮かべる。ここ数日勝負しろと言っても取り合ってくれなかった上坂だったが、いきなり彼から勝負を提案してきたのだ。彼女としては願ったりかなったりだろう。

 

「……面白い。その話、乗った」

 

「よし、じゃあ――」

 

 上坂とマルセイユの間で、次の作戦が勝負の場であると決められた。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 501基地の桟橋に、巨大な鉄の塊が繋がれていた。

 

「これが、伊400か……」

 

 「扶桑皇国海軍潜水艦、伊号400型潜水艦。全長122m、水中排水量6560t、水上機ならば3機を搭載できる世界最大の大型潜水艦だよ」

 

「お久しぶりです。笹本中佐」

 

 その圧倒的存在感に目を奪われていた坂本は、笹本の存在に気付き、敬礼する。ミーナも敬礼をすると、ふと疑問に思ったことを口にした。

 

「お久しぶりです。笹本中佐。それにしてもよく扶桑の新型潜水艦が欧州にありましたね」

 

「ん……まあちょっとね……」

 

「……?」

 

 押し黙る笹本を疑問に思うミーナ。

 

「笹本さん」

 

「笹本」

 

 その時ストライカーユニットを積み終えた上坂とマルセイユがやってきた。二人は背中に機関銃を背負っており、準備は完了している。

 

「はいはい、分かっているよ」

 

 笹本はそう言うと足元に置いてあった袋から弾倉を取り出し、二人に渡した。

 

「はい、予備弾倉(・・・・)。知らないからな、俺は」

 

「知らない?」

 

「あ、いや、こっちの話」

 

 少々慌てる笹本を見て訝しげるミーナだったが、作戦時刻が近づいてきたため坂本と共に格納庫へと向かう。

 

 ……のちに、あの時ちゃんと追求していれば――と、後悔したミーナであった。

 


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