「はぁ……」
夜、自由ガリア空軍、ペリーヌ・クロステルマン中尉は自室で帳簿を見ながら、盛大なため息をついた。
「……やはり、どう頑張っても橋を作るお金なんてありませんわね」
――彼女の故郷ガリアは去年の夏、彼女の所属する第501統合戦闘航空団によって解放され、現在復興が進められている。そしてペリーヌは自国復興のため、自分の給料を必要最低限以外全て復興費に充てていた。
だがこの前、休暇を利用してガリアのとある村へ復興の手伝いに行ったとき、橋が崩壊してしまったため子供達が学校に通えないという話を耳にする。
それを聞いたペリーヌは何とかしようと自分の蓄えを確認していたのだが、既にそのほとんどをガリア復興に当ててしまったため、橋を作る資金を構面できなかったのだ。
「あとは、残った家宝を売れば何とかなるかもしれませんが……」
クロステルマン家は古くからガリアのパ・ド・カレー地方を収めてきた名家である。その家の子女であったペリーヌは亡くなった両親から数多くの家宝を受け継いでいた。
しかしそのほとんどは既に売ってしまい、残るはレイピアのみ。そしてそれは一番思い出深い品だったので、今まで売ることが出来ずにいたのだ。
「……一人で悩んでも仕方ありませんわね。こういう時は……」
ペリーヌは帳簿を閉じると、小さくため息をついた。
「……でっ、俺に相談に来たと」
「はい。こういう時どうしたら良いか、上坂少佐なら何か良い案があるのではと思いまして……」
上坂は突然訪問してきたペリーヌの悩み事を聞きながら、グラスになみなみと注がれたビールをあおった。
――上坂啓一郎の所には、よく隊員達がやって来て相談ごとを持ってくることがある。それは大抵上層部に対する愚痴だったり、悩み事だったり――最近はなぜか恋愛相談まで持ち込んでくる者もいる。最も恋愛に関して上坂では何も解決できないのだが……。
ともかくペリーヌは上坂に何か良い方法は無いかと相談に来たのだ。
「……要するに、短期間である程度まとまった資金が欲しい。そう言うことだな」
「はい、そう言うことになります」
「ふむ……それなら」
上坂はジョッキを置くと、立ち上がって机の上に置いてあった手紙を取り、ペリーヌに渡す。
「この前504のフェデリカ少佐から手紙が来て、何でも“せくしぃ~かれんだ~”とやらを作るために被写体を募集しているそうだ」
「せ、セクシーカレンダー……!?」
セクシーカレンダーとは、第504統合戦闘航空団司令、フェデリカ・N・ドッリオ少佐が考案した戦意高揚等の目的のカレンダーである。
「高揚し過ぎちゃうから危ない」という理由でロマーニャ公からやんわりと止められた企画だったが、これに対し一部の過激派青年将校の間でクーデターが計画されたという噂があったとか無かったとか……ともかく大騒動となり、一旦は廃案となった。
だが彼女は懲りていないらしく、時々各統合戦闘航空団宛に手紙を送っては賛同者を集めているらしい……
ペリーヌは手紙の封を開け、中身を読み進める。
(ええと、撮影は……水着姿ですって!? そんな破廉恥な……!)
確かにギャラは良いものの、だからといって肌を晒すのはどうかと思うペリーヌ。
「……他に何かないでしょうか? いえ、こういうの以外ならある程度は我慢いたしますが」
ペリーヌは手紙をしまうと、上坂に差し出す。
「そうだな……といっても、他に考えられるのは……」
上坂は懐から一枚のチラシを取り出し、それを広げて机の上に置いた。
「なんですの? これは」
チラシに描かれているのは人相の悪い顔。そしてその下には数字が書かれている。
「ロマーニャ警察の手配書で、ここに書いているロマーニャマフィアを捕まえれば報奨金が出るらしい。この額なら容易に橋の修理代くらいは出せると思うが」
「私はっ! 軍人であって! けっして賞金稼ぎではありませんっ!」
「まあ確かにそうだが、結構いい稼ぎにはなるぞ」
上坂がそう言った時――
「こんばんは~」
「夜遅くにすみません、上坂さん」
「イチロー! お菓子頂戴!」
ドアをノックしたかと思うと、宮藤、リーネ、ルッキーニが部屋に入ってきた。
「あれっ? ペリーヌさん。どうしたんですか夜遅くに?」
「夜遅くにって……あなた達こそ、どうして上坂少佐の部屋に?」
上坂の部屋は他の隊員達が使用している居住区域から少し離れている。そのため何か用事がない限り上坂の部屋の近くに行くことすらないのだ。
「えへへ……、実は夜お腹がすいたとき、上坂さんの所に行ってお菓子とか貰っているんです。他にもミーナさんや坂本さんとかは一緒に飲んだりしているみたいですし」
「坂本少佐も?」
確か隊規によると夜間外出は禁止されているはず。しかしそれを隊長自ら堂々と破っていたようだ。
「まあ俺も一緒に飲む奴がいる方が良いしな」
上坂はお盆に4つのカップといくつかのお菓子を持ってきて机に置いた。
「今回手に入ったハーブでお茶を作ってみたんだが、試飲してみてくれ」
彼は手際よく4人の前にカップを並べていく。
「ハーブティー……ですか?」
ペリーヌがカップをゆっくり持ち上げると、良い香りが鼻孔をくすぐる。宮藤達もそれぞれ手に取って一口含んだ。
「あ、おいしい」
「飲みやすいですね。このハーブティー」
「うーん、ちょっと苦いかも……」
三者三様の意見を述べる彼女達。
「……なかなか良いお味ですわね」
ペリーヌはそのハーブティーのおかげか、少し頭がすっきりした。その様子を見た上坂は表情を柔らかくした。
「そうか、それならよかった」
「……あらっ?」
すっきりして視界が開けたからなのか、ペリーヌは部屋の隅に置いてあった古臭い木箱に目が行く。その箱は長い間水に浸かっていたらしく、所々腐食している。彼女は思わず尋ねた。
「あの、あの箱はどうしたんでしょうか?」
「んっ? ああ、あれか」
上坂はその箱に近づくと、蓋を開けて何かを取り出す。そしてそれを4人の前に置いた。
「昨日海岸を散歩していた時に見つけてな。中身は宝の地図だ」
「宝の地図!?」
宮藤とルッキー二、そしてペリーヌが思わず体を乗り出す。その様子に気をよくした上坂は、アルコールの力も借りてか饒舌になった。
「ここら辺は大昔ローマ帝国交易路の中継地地点付近で、当然昔の航海技術はそこまで高くなかったからいくつもの船が沈没した。その中こういった宝の地図とかが一緒になっていたみたいなんだ」
上坂はそのままローマ帝国の成り立ちについて話し始めるが、残念ながら4人の耳には入って来ていない。
(ねえねえ、芳佳、リーネ、ペリーヌ! お宝さがししようよ!)
(うん! 面白そう! リーネちゃんもそう思うよね!)
(えっ! う、うん……)
(確か明日は皆非番でしたから、朝早くに行きましょう!)
(りょうか~い!)
「……というわけで、そのお宝についてだが……ってあれ?」
上坂が気付いたときには既に彼女達の姿はなく、机の上に置いてあった地図も無くなっていた。
翌朝――
まだ日が東の空から顔を出し始めた頃、ペリーヌ達4人は基地近くの岩場にいた。
「ふぁ~……」
朝早いためか、宮藤は盛大なあくびをする。ルッキーニもいつもの元気はなく、眠い目をこすっている。
「まったく……、だらしないですわね」
その醜態を見たペリーヌは呆れた様子。彼女はいつも朝早くに起きて坂本の鍛錬を眺めているため、眠そうな様子は見られなかった。
「……まあいいですわ。ともかく、ここがこの地図に書かれている入口みたいですわね」
岩場にはちょうど裂け目が出来ており、人が通るには十分の大きさがある。だが好き好んでそんな場所に入る者はそういないだろう。
「中はどうなっているんだろうね?」
「さあ、そこまでは……」
「そんなことはどうでもいいですわ」
昨日の勢いはどこに行ったのか、宮藤とリーネが心配そうにする中、ペリーヌは自身を奮い起こすように言いきった。
「――さて、行きますわよ!」
内部に入ると、そこは異世界だった――
いや、実際そうだったわけではないが、そう言っても過言でない光景が広がっていたのだ。
天井には無数のヒカリゴケが光っており、光が入ってこない洞窟だというのに視界には不自由しない環境。そのほのかな光が水面に反射し、幻想的な空間を作り出している。
「あっ、こっちに道があるよ」
しばらくその光景に見入っていた四人だったが、リーネの言葉で彼女の指さす方向を向く。そこには二つの入り口があった。
「どっちの道を行けばいいのかな?」
「ええと……地図によると、どちらも奥でつながっているようですわ。ですから……」
ペリーヌはとりあえず、近くにあったほうの道、左側の道を選択した。
途中蛇がいっぱいいる落とし穴に落ちそうになったものの、ペリーヌ達は順調に進み、しばらくすると大広間らしき場所についた。そこは地図によると宝がある部屋のはずなのだが……
「……なんですの? これは」
大広間のちょうど中央。そこになぜか真っ二つにされた石像が転がっていた。
「これ、石像みたいだけど……なんで切られてるのかな?」
断面は非常に綺麗で、よほど鋭利な何かで切られたのだろう。ただ、なぜ石像がこんな場所に転がっているのかわからない。
「ねぇ、見て!」
しばらく思案していたペリーヌ達だったが、ルッキーニが正面の巨大な椅子の下にあった扉に気付いた。
そこからは太陽の光が差し込み、出口だということを教えてくれている。
「あの向こうにお宝が!?」
ペリーヌは急いでその扉をくぐった。
「んっ? ペリーヌ。なんでそっちから来たんだ?」
「かっ、上坂少佐?」
扉を潜り抜けると、目の前に広がるのは天井から差し込む光に照らされた小さな花壇。そしてそこには上坂の姿があった。
「あ、あれ? なんで上坂さんが?」
遅れてやってきた三人も不思議そうに彼を見ている。
「なんでって……これの収穫にやってきただけだが」
上坂は花壇に植えられていた植物に視線を向けた。
「クローブにローリエ、オレガノ、サフラン、胡椒……?」
それらはハーブだったり香料だったり。豊富な種類が植えられていた。
「ああ、数日前に地図を頼りに探索していたらこの場所を見つけてな。ここのハーブはなかなか良いものだったから、ずっと試してみたかったハーブティーに挑戦してみたんだ。ほらっ? 昨日お前達が飲んだハーブティー。あれはここで採れたものなんだよ」
「え、ええぇ~……」
ペリーヌ達は盛大なため息をつく。朝早くに起きてやっとたどり着いたと思ったら、宝はただの香料で、おまけに既に見つけられた後。その場にへたり込んでしまった。
その光景を見た上坂は、バツが悪そうな表情を浮かべる。
「あ~なんというか、……残念だったな」
「……ふふふふふっ」
「んっ?」
聞こえてくる不気味な笑い声。その発信源は座り込み、うつむいているペリーヌ。
「お宝がハーブだったなんて……お宝がハーブだったなんて……」
「あ~……、ペリーヌ……おわっ!?」
心配になって近寄ろうとした上坂は、突然立ち上がった彼女に驚いた。
「……上坂さん、お願いがあるのですが?」
抑制された声。だが上坂は、顔を上げたペリーヌの表情に縮み上がる。
「……なんでしょうか? ペリーヌさん」
上坂はなぜか敬語だった。
数日後、ロマーニャ市街。
「くそっ! マルコがやられた!」
「どうするんだ! このままだと捕まってしまうぞ!」
薄暗い路地裏に、人相の悪い二人組が身をひそめていた。彼らは悪名轟かせるロマーニャマフィア。警察からは懸賞金が懸けられるほどの大物である。
だが彼らは現在追われる立場となっていた。
「畜生! なんなんだあの小娘は!」
「なぜウィッチが俺達を追ってくるんだ!?」
「――なぜあなた方を追うかですって?」
「――――っ!?」
二人は震えあがり、ゆっくりと振り返る。
そこには頭から黒猫の耳を生やし、時折周囲に電気を放出している少女の姿があった。
少女はゆっくりと近づいていく。
「それはですね……、あなた方を捕まえれば助かる人々が大勢いるからですわ。ですから……」
「あわわわわ……!」
「ガリアのためにお縄に付きなさい!」
数瞬後、路地裏が青白く光った。
後日――
ガリアのとある村に多額の寄付が届き、そのおかげで立派な橋が作られたという……