「ネウロイとの距離、約3海里。射程圏外に出ます」
「……そうか」
樽宮の感情を押し殺した報告を、杉田は静かに受け止めていた。
艦隊の後ろではリーネが一人でネウロイと対峙している。時折発砲音が聞こえてくることから、どうやら反撃に出ているのだろう。
「……大和を守るため、ウィッチ一人を残し、戦場を離脱……か」
世界最大の戦艦大和は、ヴェネツィア上空のネウロイ撃破のために送り込まれた艦であり、これを失うと大幅な作戦遅延となってしまう。それを知っていたための決断だったが、杉田の心は晴れるわけがない。
「扶桑皇国軍人として、心より恥じる」
杉田は前方を見続けながら、瞑目した。
「…………?」
樽宮は杉田と違いリーネの戦いを双眼鏡で見続けていたのだが、ふと大和後部に目が行く。
「あれは……!」
「どうした?」
「後部格納庫が……開いています!」
「なにぃっ!?」
杉田は慌てて駆け寄り、後部の様子を眺める。
そこには確かに後部格納庫が開き、一人の少女が懸架装置からカタパルトへと移っている光景があった。
「あ、あの機体は試作型の!」
「宮藤さん、危険だ!」
「待ってて、リーネちゃん、今行くから!」
カタパルト上の人となった宮藤。彼女の足には零式ではなく、先ほどの濃緑色のストライカーユニットが装着されていた。
カタパルト、進路上ヨシ――
宮藤はゆっくりと魔法力を流し込む。ストライカーに搭載されていたマ43-42特型エンジンはそれに応え、6枚の呪符を展開する。それがゆっくり回りだすと、大和を包み込むほどの大きな魔方陣が展開された。
「発進っ!」
姿勢を低くした宮藤は、カタパルトによって打ち出され、水飛沫を上げる。彼女は大和後方に位置していた「秋月」型駆逐艦の脇を通り過ぎると上昇を開始した。
「はあ……はあ……」
リーネは荒い息をしながら、ネウロイと対峙している。扶桑艦隊がネウロイの射程圏外に逃げた後、反撃を開始した彼女だったが、貫通力の高いはずのボーイズMk.1 13.9mm対装甲ライフルでは装甲に傷一つすらつけられなかった。
「芳佳ちゃん達、大丈夫かな……?」
魔法力が限界に近づき、次第に意識が遠のいていく中、リーネは親友の、そして扶桑艦隊のことを考える。
ネウロイからの攻撃。
「……っ! シールドが……!」
赤くなっていたシールドがついに破られ、リーネの体を掠める。バランスを崩したリーネは声を上げずに海へと落ちていく。
ネウロイは落ちていくリーネに興味を失ったのか、離脱していく扶桑艦隊に進路を取ろうとした。
――しかし。
「リーネちゃん!」
低空飛行をしていた宮藤が、落ちていくリーネをすくい上げる。
「よ……芳佳ちゃん?」
「リーネちゃん、遅れてごめんね」
新たにやってきた宮藤のあまりに高い魔法力を感知したのか、ネウロイは宮藤に機首を向け、ビームを放つ。
宮藤は巨大すぎるシールドを張り、いとも簡単にこれを防いだ。
「よくも……よくもリーネちゃんを!」
宮藤の心にあるのは純粋な怒り。親友を、多くの仲間を傷つけたネウロイを、宮藤は許さなかった。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
機関銃を構え、ネウロイに突進する宮藤。彼女はそのままシールドごと体当たりし、ネウロイの内部に侵入した。
機関銃を乱射しながら突き進むと、前方に赤いコアが見えてくる。宮藤は引き金を引いたまま銃身をコアに向ける。
放たれた12.7mm機銃弾はコアの周りに、そしてコアそのものにも命中し、崩壊。
彼女がネウロイから飛び出ると、ネウロイは光の破片となって崩壊した。
少し離れた所でホバリングをする宮藤。彼女は肩で息をしている。
「芳佳ちゃん!」
その姿を見つけたリーネは、彼女の抱きついた。
「リーネちゃん!」
「良かった! 飛べたね芳佳ちゃん!」
リーネは我がごとの様に、宮藤が再び空を飛べることを喜んでいる。
「うん!」
頷いた宮藤は、自分の履いているまだ名前すら知らないストライカーに目を遣った。
宮藤は戦っている間、このストライカーがなぜかお父さんが作ったのではないかと考えていた。宮藤の強大すぎる魔法力を受け止める魔道エンジン、自分の長所を伸ばし、これまでの零式の欠点を克服している性能。このストライカーが自分用に造られたとしか思えなかった。
宮藤は微笑み、小さく呟いた。
「……ありがとう、お父さん」
夜――
「これが扶桑の新型機?」
ミーナは格納庫の懸架装置に掛けられたストライカーを見ながら坂本に尋ねる。そのストライカーはもちろん先ほど宮藤が使用していた物だ。
J7W1 筑紫飛行機 震電――
高度10000m台での戦闘を想定した扶桑皇国の新型局地戦闘脚で、最高速度は軽く700km/hを超え、格闘戦闘能力も零式ほどではないが非常に高い。それを支えるのは2000馬力以上のマ43-42魔道エンジン。それを効率よく生かすため、6枚の呪符が採用されていた。
「ああ、一時開発が頓挫していたが、宮藤博士の手紙によって完成したんだ。……最もこの機体は高い魔法力適性が必要だったみたいで、テストパイロットの鶴見大尉ではまともに動かせず、それなら魔法力の高い宮藤に使わせようと送られてきたものなんだが」
「だから宮藤さんと縁の深いストライカーって言ったのね」
父、宮藤一郎が開発し、その娘である宮藤芳佳が使用する――まさにこの震電は宮藤のために生まれたようなストライカーユニットであった。
「……それで、お手柄の二人は?」
二人というのはもちろん宮藤とリーネ。
「帰ってすぐ寝たよ。魔法力を限界まで使ったんだし、無理もない」
今頃宮藤は、リーネの胸に顔を埋めて気持ちよさそうに寝ているだろう。その光景が頭に浮かんだ坂本は苦笑した。
「でも凄いわね。前のストライカーでは、強くなりすぎた宮藤さんの魔法力を受け止めきれなかったって事でしょう?」
「ああ、魔道エンジンの損傷を防ぐためにリミッターが働いていたそうだ」
魔法力を推進力に変換する魔道エンジンだが、無論工業製品なので限度というものがある。事実開発初期の頃は瞬間的に魔法力を受けすぎて損傷してしまう事故が多発していた。そのため現在の魔道エンジンには一定以上の魔法力が流れ込むと、強制的にエネルギー供給をストップする機能が備わっている。今回はそれが働いたのだ。
「でもこの震電なら宮藤さんの力を思う存分発揮できるのね」
ミーナは微笑みを見せた。
「もうヒヨッ子卒業かしら?」
だが、坂本は何も言わず、嬉しい様な寂しい様な――複雑な表情を浮かべた。
そういえばこの前初めて自分の作品のレビューを見たのですが、なかなか良い評価をいただいていました。ありがたい限りです。
これからも頑張って執筆していこうと思います。