ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十話

 翌朝――

 

 ミーナはブリーディングルームに集まっていた隊員達に連絡事項を伝えていた。

 

「連合軍司令部より通達です。明日には扶桑から援二号作戦で送り込まれた戦艦大和を旗艦とした艦隊が、地中海に到着する予定です」

 

「えっ、大和?」

 

「知ってるの? 芳佳ちゃん」

 

 宮藤はリーネに説明する。彼女の実家は扶桑皇国本土、横須賀にあり、少し歩けば皇都の守護を担う横須賀軍港が一望できる。宮藤が欧州に出発する際、たまたま港に停泊していた巨大な戦艦を覚えていたのだ。

 

「すっごく大きくてね、まるで山が浮かんでいるようなんだよ」

 

「へぇ~」

 

 リーネが感心していた、その時。

 

 ブリーディングルームに置かれていた電話が鳴る。ミーナはすぐさま受話器を取った。

 

「はい。……ええっ! 大和で事故!?」

 

「!」

 

「なんだと!」

 

 息を呑む隊員達。ミーナは一言二言話すと、受話器を置いて皆に向き直った。

 

「先ほど大和艦内で爆発事故が発生。負傷者が多数出ており、我が501に対し救助要請がきました」

 

「よし、すぐに二式大艇で……」

 

「待ってください!」

 

 坂本の言葉を遮って立ち上がったのは、宮藤。

 

「私、行きます! 戦闘は無理でも、飛行と治療なら出来ます!」

 

「私も行きます!」

 

 宮藤につられて隣のリーネも立ち上がった。

 

「芳佳ちゃんの手伝いくらいなら出来ます」

 

「手伝いって……」

 

「よし! 宮藤とリーネはただちに大和に向かってくれ!」

 

「ちょ、ちょっと美緒!?」

 

 指揮官であるミーナを差し置いて勝手に命令する坂本。当然抗議の声を上げた彼女だったが、宮藤達は返事をすると、ブリーディングルームを飛び出していった。

 

「すまん、ミーナ。だが今の宮藤の飛行は不安定だ。いざというとき支えてくれる奴がいた方がいいだろう?」

 

「それはそうだけど……」

 

 ミーナもそのくらいは承知しているし、そのことを考慮して誰かを一緒に派遣することを考えていた。そしてミーナが言いたいのは坂本が自分よりも先に命令するなということなのだ。

 

(……まったく、扶桑の魔女は……)

 

 坂本、上坂、そして宮藤。

 

 とてつもなく頼りになるが、扱いづらい所がある三人に頭を悩ませるミーナであった。

 

 

 

 

 

「芳佳ちゃん、大丈夫?」

 

「う、うん……」

 

 基地から沖合に向かっている二人。だが宮藤の飛行は安定しておらず、たまにリーネに支えてもらわないといけない状態であった。

 

(芳佳ちゃん……)

 

 リーネは昨夜宮藤が行っていた箒による飛行訓練を思い出す。

 

 暗い滑走路に輝きだす宮藤の巨大な魔方陣。それを見たリーネは成功を確信していた。恐らく宮藤も。

 

 だが少し浮かび上がったかと思うと突然箒の穂が飛び散り、魔方陣も消えてしまった。

 

(なんでだろう……?)

 

 リーネはなぜ宮藤が飛べなくなったのか、理由が分からない。魔法力は依然と変わらず――いや、それよりもはるかに強大になり、技量も向上している。そのためリーネは一種のスランプなのではないかと考察していた。

 

(……そうだよね。誰にだって調子が悪いときはあるもの)

 

 この前の上坂然り、以前のバルクホルン然り。例えどんなに優秀な人でも調子が悪いときは必ずあるものだ。

 

 (……それまでは私が頑張らなくちゃ、芳佳ちゃんの分まで)

 

 失速しそうになった宮藤を支えながら、リーネはそう決意した。

 

 そうこうしているうちに、二人の眼下に大艦隊が見えた。

 

「見えた! 扶桑艦隊だよリーネちゃん!」

 

 扶桑皇国遣欧艦隊――。

 

 ヴェネツィア上空に現れたネウロイの巣撃破の為に地球を半周して送り込まれた東洋の大艦隊。それはリーネの祖国、ブリタニア艦隊と同じくらいの規模を誇る。

 

 そしてその艦隊の中心にあるひときわ巨大な戦艦――それこそが二人が目指していた扶桑皇国海軍の誇る超ド級戦艦「大和」であった。

 

「凄い……大きい……!」

 

 全長263m、基準排水量64,000t、満排水量72,000t、世界最大の46㎝砲を九門搭載し、自艦の大砲にすら耐えられる装甲を施した海の女王。脇を固めている高速戦艦「紀伊」と「尾張」もなかなかの巨艦であり、全長259.2mとあまり変わらないはずなのだが、その堂々としたたたずまいに、ただリーネは圧倒されていた。

 

「リーネちゃん、行こう!」

 

「う、うん!」

 

 宮藤に促され、リーネは彼女と一緒に大和の後甲板に降り立つ。その場にいた兵士の案内で二人はすぐに医務室に案内された。

 

「うっ……」

 

 部屋の中には多くの重症患者。リーネは思わず目を背けそうになる。

 

「こちらが一番の重篤患者です。ここの設備ではこれ以上手の施しようがなくて……」

 

 医官が横たわる負傷者の前で、悔しそうにつぶやく。患者は荒い呼吸を繰り返しており、腹部からはとめどなく血があふれている。地上のしっかりとした設備ならば助かるかもしれないが、軍艦の中ではそこまで望めない。

 

「わかりました」

 

 確かにこれ以上科学的な治療は不可能――。だが、まだ手はある。それが宮藤の治癒魔法だ。

 

 治癒魔法――。ウィッチの中でも特に珍しいとされるそれは、元々人体に備わっている再生能力を大幅に増幅させる固有魔法である。

 

 宮藤は豆柴の耳と尻尾を出し、負傷者に両手をかざす。

 

 両手が青い光に包まれたかと思うと、傷口がどんどんふさがっていき、それに反比例して負傷者の呼吸も落ち着いてきた。

 

「――よし、リーネちゃん、包帯を」

 

 宮藤が完全に傷をふさがずに治癒魔法を止める。本当なら完治させてあげたかったのだが、そうすると全ての負傷者を治癒できなくなってしまう。だから彼女はとりあえず命に別条がなくなるまで治癒したのだった。

 

「う、うん……」

 

 リーネは慣れない手つきで包帯を巻いていく。その間宮藤は他の負傷者を回り、治癒を続けていた。

 

「すごい……、これが宮藤さんの治癒魔法の力か……」

 

 宮藤に付き添っていた医官が感嘆の声をつぶやく。本来治癒魔法と言ってもそれは何日もかけてようやく完治できるくらいの力しかない。しかし宮藤は全ての負傷者を治癒するため途中で止めているものの、その治癒速度は非常に速い。

 

 しばらくすると、全ての負傷者の治癒が終わった。

 

 

 

 

 

「……そうか、皆、無事に済んだか」

 

 戦艦大和 昼戦艦橋――。

 

 喫水線から34.3mにあるその場所で「大和」艦長 杉田淳三郎大佐は、煩雑な書類仕事を続けながら頷いた。

 

「あれほどの事故で……奇跡です」

 

 赤城以来からの副長であり、同期の樽宮敬喜中佐も珍しくホッとした表情を浮かべる。

 

「また宮藤さんに救われたな」

 

「はい、今度のお礼は何にしましょうか?」

 

 以前宮藤にお礼の品として扶桑人形を送ったのだが、その品選びをしたのは意外や意外、冷徹な事務屋上がりと揶揄されることが多い樽宮だったのだ。

 

「はっはっはっ! 確か前回は陸軍の扶桑人形だったな」

 

 杉田は笑いながら、なら次は海軍の扶桑人形でも……と言おうとした時――

 

 ――突如鳴り響く警報音。

 

「何事だっ!?」

 

「電探室より報告、方位340、距離60000に大型ネウロイの反応アリ!」

 

「馬鹿なっ!? ここは安全圏のはずだぞ!」

 

 部下からの報告に驚愕する杉田。だがどんなに叫んだところで事実は変わらない。

 

「艦長!」

 

「クッ……! 全艦対空戦闘急げ!」

 

 樽宮に促され、命令を下す杉田。

 

 扶桑艦隊はにわかに忙しくなった。

 

 

 

 

 

「全機、ただちに発艦せよ!」

 

 扶桑艦隊の護衛を務める軽空母「千歳」「千代田」から零式艦上戦闘機が多数発艦していく。宮藤が使用している零式艦上戦闘脚とほぼ同時期に登場したものの、色々と不具合が発生していたため実戦配備されたのは去年である。だがその圧倒的ともいえる格闘戦闘能力は、欧米各国のストライカーユニットと比べてもほとんど変わりがなく、ウィッチの負担を軽減できると太鼓判を押されている機体なのだ。その代償として防御力は殆ど無しに等しいが、元々ネウロイのビームを防ぐことなど不可能。ならばと設計の段階で思いっきり防御力を無視したのだった。

 

 次々と発艦していく零戦は上空で編隊を組もうとするが、そうする前に前方に黒い小さな点が見え始めた。

 

「くそ、早すぎるぜ……」

 

 全長300m以上もある大型ネウロイ。それはまるでずんぐりと太った大きな爆弾に見える。

 

「全機、ただちに攻撃開始せよ!」

 

 編隊長の指示で、零戦隊は編隊を組まずにネウロイに突撃を掛ける。とにかく母艦を守るのが先決――そう思っての命令だったのだが、現実は非情だった。

 

 ネウロイの機首付近が赤く光り、周囲に赤い閃光をばらまく。それによって次々と火を噴き、爆発して墜落していく零戦隊。それは去年のブリタニアと全く変わりなかった。

 

「くそっ! あの時とは違うのに……!」

 

 ブリタニアの時は一世代前の九九式艦上戦闘機であったため、まだ許せた。だが零戦はようやく配備された新鋭機なのだ。それがネウロイによっていとも簡単に撃ち落とされていく――。設計者の自信とは裏腹に、零戦はただの的にしかなっていなかった。

 

 

 

 

 

「全艦対空戦闘用意! 面舵20度!」

 

 次々と味方の戦闘機が撃ち落されていく中、「大和」は友軍艦隊を守るべく増速し、ネウロイとの距離を詰めていく。

 

「主砲装填完了!」

 

「照準合わせ、ヨシ!」

 

「撃ち方、始めぇ!」

 

 杉田の号令と共に、大和の四十五口径46㎝砲9門、15.5㎝砲6門が火を噴いた。弾種は徹甲、ネウロイの装甲を破るにはもってこいの弾である。

 

 合計15発の徹甲弾は飛翔し、乗員の猛訓練の甲斐あって飛行中のネウロイに直撃し、白い破片が周囲を舞う。さらに両脇の紀伊、尾張から合計20発の41㎝砲弾が放たれ、ネウロイが爆炎で見えなくなった。

 

「見たか! これが大和の力だ!」

 

 赤城艦長だったときは碌な反撃手段がなく、ただ攻撃に耐えるだけだったが、大和には世界最大の艦砲がある。そのこともあって杉田は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 だが――

 

「うぉっ!」

 

 ネウロイからの攻撃。

 

 放たれたビームは至近弾となり、海水を沸き立たせる。

 

「第二射、撃(て)ぇ―――!」

 

 大和は反撃とばかりに第二射を放つ。今度もまた9発の46㎝砲弾と6発の15.5㎝砲弾は寸分の狂いもなくネウロイに命中した。

 

「やったかっ!?」

 

 だが、杉田の願いも虚しく、ネウロイは依然健在。放たれたビームは大和の右前方を航行していた重巡洋艦「高雄」に命中した。

 

「高雄、被弾!」

 

 樽宮が叫ぶと同時に、爆発音が大和艦橋に届く。

 

「くそっ! 再生が速すぎる!」

 

 杉田は焦りの表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 先ほどの警報を耳にした宮藤達は、ようやく後部格納庫にあるストライカーにたどり着いた。 大和が余りにも大きかったためにあちこち迷っていたのだ。

 

 二人はストライカーに足を滑らせる。そのまま魔道エンジンを始動――だが、リーネのスピットファイアは一発でかかったものの、宮藤の零式艦上戦闘脚は煙を吐き出したかと思うとそれっきり動かなくなった。

 

「あ、あれっ?」

 

「芳佳ちゃん?」

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

 宮藤は思いっきり気張り、ストライカーに魔法力を流し込む。しかし栄二一型魔道エンジンはうんともすんとも言わなかった。

 

「…………」

 

 外から聞こえてくる爆発音。恐らく艦艇が被弾したのだろう。その音をリーネは非情な決断を下した。

 

「……芳佳ちゃん。私、先に行くね」

 

「待って、リーネちゃん!」

 

 宮藤は手を伸ばすが、リーネはそれを振りほどくように薄暗い後部格納庫から大空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

「まずい! 高雄の行き足が止まる!」

 

 先ほど被弾した高雄の速力が急激に落ちる。恐らく被弾した際機関に損傷を負ったのだろう。このままでは的になる――。杉田はそう呻いた。

 

 それを知ってか知らずか。ネウロイは大型の大和ではなく、高雄に狙いを定め、ビームを放つ。このままでは……! と思ったその時――

 

『くぅっ……!』

 

「リーネさん!」

 

 高雄に襲い掛かったビームを、リーネは回り込んでそれを防いだ。

 

『扶桑艦隊の皆さん! 私が攻撃を防いでいる間に逃げてください!』

 

「なっ……!」

 

 それを聞いた杉田は唖然とする。

 

『そんなには時間を稼げません! 早く! お願いします!』

 

「…………」

 

 杉田は帽子を深くかぶる。扶桑皇国軍人としての意地、女性だけを戦場に置いておけないという感情が彼の心の中を駆け回る。だが――

 

「……来るべき作戦のために、ここで大和を失うわけにはいかない」

 

 艦隊の司令官として、杉田は命令を下した。

 

「両舷全速、取り舵一杯、全観急速離脱!」

 

 

 

 

 

「リーネちゃん!」

 

 宮藤は大和の後部甲板で、遠ざかっていくリーネに向かって叫ぶ。先ほどの会話はスピーカーから流れて来ていたため、なぜリーネが戦場から離脱しないのかわかっていた。

 

 宮藤は急いで格納庫に戻り、もう一度ストライカーを履く。

 

「お願い、動いて! 私を飛ばせて!」

 

 零式艦上戦闘脚は何も言わなかった。

 

「……どう……して?」

 

 ストライカーを脱ぎ、その場でへたり込む宮藤。彼女の眼には大粒の涙が浮かんでいた。

 

「どうして……私を飛ばせてくれないの……?」

 

 去年彼女が501に入ってからずっと使用していたストライカーユニット。その力を多くの人のために使う。それをいつも叶えてくれた。

 

「きゃあっ!」

 

 突然艦が揺れ、宮藤は床を転がる。ネウロイのビームが至近弾となり、大和を揺らしたのだ。

 

「……ごめんなさい、お父さん。私、もう約束守れない。もう飛べないの……もう誰も守れない……リーネちゃん……」

 

 宮藤は突っ伏したまま拳を握りしめた。

 

 その時――

 

「―――――えっ?」

 

 どこからか聞こえてくる作動音。宮藤が顔を上げるとちょうど目の前のリフトがせり上がってきた。

 

(大丈夫だ、芳佳。お前は飛べなくなったわけじゃない)

 

 彼女の頭に、父の言葉が響く。

 

(これが……お前の新しい翼だ!)

 

 先ほどの衝撃のせいで誤作動を起こしたのか。そこにあるのは濃緑色を基本とし、特徴的で大きな翼がある機体。

 

「……ストライカー……ユニット?」

 

 宮藤は立ち上がり、そのストライカーに近づいていった。

 




ついに登場! 自分が一番好きなレシプロ機、震電が!!

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