ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第七話

「そうだ! 部隊マークを作ろう!」

 

 どこかのキャッチコピーみたいなことを、突然マルセイユは言った。

 

 アフリカは5月を迎え、さらに気温が高くなり、比較的涼しい日陰で休んでいた日のことである。

 

「……どうしたの、いきなり」

 

 加東は相変わらずの突拍子もない思い付きに半分呆れながらも、寝ていた身体を起こす。

 

「ようやく統合戦闘飛行隊が正式に発足されただろう? だから、新しい部隊マークを作ろうじゃないか!」

 

 目をキラキラ輝かせるマルセイユ。その姿を見て子供っぽいと思う加東だが、彼女の言うことに逆らうことはできない。唯一出来るとしたら上坂だが、現在絶賛書類と格闘中なため、彼女を止められる人がいない。

 

「部隊マークならいいのがあるじゃない」

 

加東はそう言うと、滑走路わきで整備中のマルセイユの愛機、Bf109-F砂漠仕様を指さす。そのユニットの側面には、狩人とライオンのマークが描かれている。

 

「あれは第一中隊のマークだ。あれではなくて、もっと格好いい、私に相応しいマークを作ってくれ」

 

「……はあ」

 

 マルセイユの命令(加東の方が上官だが……)に、加東はただあきれるだけだった。

 

 

 

 

 

「全くもうっ、マルセイユったら」

 

 マルセイユに無理難題を押し付けられた加東は、膨れ面で居住区域に戻る。と、ちょうどその時上坂が自分のテントから出てきた。

 

「あら、啓一郎。終わったの?」

 

「ああ、ヒガシさん。……ええ、終わりましたとも。おかげさまで」

 

 上坂は恨みのこもった目で加東を睨みつける。少しくらい仕事を手伝え! と目で訴えかけていた。

 

「はいはい……。そういえば、さっき用事があるって言ってなかったっけ?」

 

「……ちょっと来てください」

 

 肩を落とした上坂は、そのまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 上坂達がやってきたのは滑走路脇にある大型テント。ここは主に武器保管用として使われている。

 

 二人が仲に入ると、部屋の隅に巨大な大砲が鎮座していた。

 

 FlaK18 8.8㎝高射砲――カールスラントが開発した対装甲ネウロイ用にも使える万能砲。この砲のおかげでアフリカは持っていると言っても過言ではない。ただし目の前にあるのは砲架から外され、砲身を地面に転がしていた。

 

「これって、この前真美が担いでいた奴よね」

 

「ええ、あの後ウィッチ用の武器として保管しておいたんですが、稲垣が……というよりウィッチが扱うにはあまりにも大きく重く、まともに扱えそうにないんですよね」

 

「そうね。実際真美もこれを運用するのは難しいって言ってたし」

 

 以前大型ネウロイが現れた時、アフリカでの主力機関銃MG34では全く歯が立たなかった。幸い整備兵達の機転で、稲垣に高射砲を持たせたため一大事にはならなかったが、それでもアフリカに大型ネウロイが現れたという報告に、一時司令部はパニックに陥ったという。

 

「……となるとやっぱり37mmか、最低でも20mmが欲しいわよねぇ」

 

 大型ネウロイと戦うためには、最低でも20mm機関砲が欲しいと思う加東。20mmという大口径なら炸裂弾を使うこともできるので、破壊力はさらに高まる。37mmならばなおさらだろう。

 

「確かに。空戦ならまだしも、対地攻撃ともなるとやはり大口径砲が必須ですからね。とはいえ、カールスラントの37mm砲はそのほとんどが東部戦線に送られているし、ガリアのヒスパノ機関砲に命を預けるのはちょっと……」

 

「……そうね」

 

 加東はその機関砲のあまりの故障率の多さを思い出し、閉口する。あの銃を使う位なら扶桑海事変の時使っていた九七式20粍自動砲(重量50㎏)を使った方がまだましだ。

 

「上坂大尉、加東大尉」

 

 その時、入口から整備班曹長の氷野が顔を覗かせた。

 

「なんだ? 曹長」

 

「お二人にお会いしたいとの連絡が入りました。先方はトブルクで待っているとのことですが……なんでも渡したいものがあるので、トラックで来てほしいと」

 

「会いたい? 私達に?」

 

 加東は首をひねった。

 

 

 

 

 

 道なき砂漠を、一台のトラックが走っている。運転席には上坂が乗り、加東は助手席に座って窓の外を眺めている。

 

 ――報告を受けた二人はマルセイユにしばらく留守になること、その間隊を任せる旨を伝えると、以前調達した民間用トラックに乗り込み、トブルクを目指していた。

 

「……誰かしらね? 私達に会いたいって人は」

 

 不意に加東の口が開く。上坂は前を向きながらそれに答えた。

 

「そうですね……一番可能性が高いのはそろそろ上がりを迎えるフジ(加藤武子)か穴吹か。ですが、それだとトブルクに来る理由が見つからないのですが……」

 

 以前なら欧州から扶桑に帰る航路といえばスエズ運河を渡り、インド洋に出る地中海ルートだったが、スエズからほど近いカイロにネウロイの巣が出来てからはその航路が使えず、もっぱらアフリカ大陸を大回りする喜望峰ルートへと変わった。他にも大西洋を越えて南北リベリオン大陸の継ぎ目にあるパナマ運河を通り、太平洋ルートで帰るルートもあるが、どちらにせよ地中海を通ることは無い。

 

 つまり、トブルクへは重要な任務を受けた者か、よほどの変わり者しか来ないのだ。

 

「確かに。でも他に欧州で私と啓一郎、両方知ってる知り合いなんているかしら?」

 

「さあ……、あとは黒江さんぐらいですかね?」

 

 しばらく話しているうちに、前方にトブルクの町並みが見えてきた。

 

 町に入った二人は先方が待っているという軍直轄の港へと向かう。以前上坂達扶桑陸軍アフリカ派遣部隊が始めて降り立った場所である。

 

「着きました」

 

「ん、……あら? あれは……」

 

 トラックから降りた加東の目に飛び込んできたのは扶桑の国籍マーク、日月紋。パラソル式の主翼が特徴の大型飛行艇、九七式飛行艇である。

 

「珍しいな。海軍さんがここに来るなんて」

 

 上坂が呟く。飛行艇は桟橋に繋がれ、機内から様々な物資が運び出されている。その傍らで扶桑陸軍の制服を着た将校が二人、休んでいた。

 

「あ、参謀発見」

 

 そのうち一人は胸に銀色の参謀飾緒をぶら下げた参謀大佐。もう一人は胸章が茶色の経理部の中尉。もしかしたら彼らが二人を呼んだのかもしれない。

 

「……めんどくさい話になりそうだな」

 

「まあそう言いなさんな。あの人達だって自分の仕事をこなしているだけなんだし」

 

「それはそうですけど……」

 

 と、上坂はようやく自分が知らない人と話していることに気付き、慌てて後ろを振り返った。

 

「さ、笹本さん!?」

 

「ええっ!? 拓也!?」

 

「よお、久しぶり」

 

 驚愕の表情を浮かべる二人をよそに、呑気に笑う男性――扶桑皇国海軍、笹本拓也中佐。上坂と加東の知り合いであり、元航空ウィッチである。

 

「な、なんでアンタがここにいるのよ!」

 

 小さい頃からよく知る幼馴染の突然の登場に動揺し、顔を赤らめる加東。

 

「いや~実はロマーニャの駐在武官に任命されちゃって、そしたら陸軍さんからトブルクに人員を派遣したいと言われて、飛行機が寄ることになったんだよ。つまり俺はその赴任途中ってわけ」

 

 そんな彼女をよそに、のんびりと笑顔で頭をかく笹本。上坂よりも5㎝高い175㎝の大柄な体格だが、威圧感は全く感じられない。

 

 あ、そうそうと、笹本は上坂に向き直る。

 

「そういえばちゃんとトラックで来てくれた? 渡したい物は結構大きいんだけど」

 

「ということは笹本さんが俺達を?」

 

「うん。陸軍さんがトブルクに寄りたいって言ってたから、ついでに二人に会っておこうかと思って」

 

「……まさか。それだけのために私も呼ばれたの?」

 

「当たり前だろ。圭子と最後に会ったの四年前だし」

 

 何を言っているんだといった表情をされて、加東は痛む頭を押さえた。

 

 

 

 

 

「……それで、渡したい物って何?」

 

 ようやく立ち直った加東は、本題に入る。参謀達が待っているため、手早く終わらせたいのだ。……別に恥ずかしいからというわけではない。

 

「いやなに、アフリカでも大型ネウロイが現れたって聞いたから、恐らくこれが必要になるんじゃないかって思ってリベリオンで調達したんだ」

 

 笹本は脇にあった梱包された大きな物体と、大量の木箱を指さす。加東はその梱包を解くと、感嘆の声を上げた。

 

「これって……!」

 

「ああ、カールスコーガの40ミリ砲。これなら対空、対地両方で使うことが出来るだろう」

 

 カールスコーガ 40mm機関砲。バルトランドのボヨールド社が開発した対空機関砲で、各国の艦船や基地防空用に配備されている傑作機関砲である。

 

 この機関砲の最大の特徴といえばなんといっても射程。有効射程約4000m、最大射程に至っては実に7000m以上にもなり、破壊力も申し分ない。そのため各戦線では非常に重宝されていた。

 

「すごい……これなら十分真美にも持たせられるわ!」

 

「そりゃあよかった。まあ俺はしばらくロマーニャにいるから、他にも何か欲しいものがあれば言ってくれ。上がりを迎えた俺にはそれくらいしか出来ることが無いからな」

 

「…………」

 

 物資の融通を行ってくれるという笹本の申し出を受けた上坂だが。その表情は固い。

 

「んっ? どうかしたか」

 

「……いいえ、何でもありません。ありがとうございました」

 

 上坂は敬礼をすると、日陰で休んでいる参謀達の所へ向かっていく。

 

「なんなんだ、いったい?」

 

「さあ……」

 

 上坂の様子に、首をかしげる二人だった。

 


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