ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十九話

「そうか……ペリーヌもそう感じたか」

 

「はい。今日の宮藤さんの動き、絶対変でした。その、いつものキレがないというか……」

 

「どうかしたのか?」

 

 坂本とペリーヌが格納庫で話していた時、上坂がやってきた。

 

「ああ、上坂か。いや、なんというかな……」

 

 歯切れの悪い坂本に変わり、ペリーヌが尋ねる。

 

「上坂少佐。今日の私と宮藤さんの模擬戦を見ていらっしゃいましたか?」

 

「いや、色々と忙しかったから見ていないが……宮藤に何かあったのか?」

 

「ええ、じつは……」

 

 ペリーヌは今日行われていた模擬戦について、説明する。

 

 今日の模擬戦はペイント弾使用で宮藤とペリーヌ、旋回性能に優れる零式艦上戦闘脚と高速性能に秀でたVG.39 Bisの格闘戦(ドッグファイト)だった。

 

 ペリーヌはその戦いの中、宮藤の急激な成長ぶりに舌を巻いたという。徐々に距離を詰め、照準に宮藤を捉えて引き金を引こうとした瞬間、彼女の姿が消えたのだという。

 

「あの時はびっくりしましたわ。まさか宮藤さんが左捻り込みを行うなんて。そして私は後ろを取られたのですが……」

 

 一撃必中の距離を取った宮藤だったが、突然失速し、体勢を崩したのだ。当然そのチャンスを逃すペリーヌではない。後方に回り込むとペイント弾を浴びせ、勝利したのだった。

 

「……最初は慣れない機動を行ったために体勢を崩したものと思ったのですが、その後の二戦も全く調子が上がらず、それどころか最後には宮藤のストライカーから黒煙が吹いたのです」

 

「黒煙ってことは故障か。それは整備の問題じゃあ……」

 

「いや、さっき宮藤のストライカーを確認したが、特に異常は見られなかった。故障ということは無い」

 

 考えられる原因を上げてみたが、それは既に確認したと坂本から言われて上坂は宮藤のストライカーユニットに視線を移す。

 

――扶桑皇国海軍 宮菱重工 零式艦上戦闘脚二二型甲。現在のストライカーユニットの基礎を作り上げた宮藤一郎博士の二作目で、宮藤理論採用型戦闘脚である。

 

 初心者や魔法力適性が低い者でも簡単に扱うことが出来、機械的信頼も高く、圧倒的な旋回性能で扶桑皇国海軍の主力ストライカーユニットとして長年活躍してきた。

 

 しかし正式採用されたのは1940年。発展著しいストライカーユニットの中では既に旧式と化し、600km/hにも満たない速力と致命的なまでの防御力の低さ、機体構造の脆さが浮き彫りとなっている。既にほとんどが練習用か予備用に回され、宮藤が使用している零式も補修部品集めに苦労している状況であった。

 

「零式はいいユニットなんだがな……」

 

 坂本は寂しそうに零式を眺める。彼女は今でこそ山西航空機 紫電五三型を使用しているが、それまでは零式を愛用し、体の一部の様に扱ってきた。それだけ思い入れ深いものなのだろう。

 

「……仕方ありません。いくら良いストライカーだったとしてもそれは昔の話。時代の流れには逆らえませんわ」

 

「そうだな。ペリーヌの言う通り、いつまでも後ろを見続けるわけにはいかない」

 

 上坂はゆっくりと頷くと、決心したように顔を上げた。

 

「……よし、宮藤に予備機を使わせるか」

 

 

 

 

 

 翌日。宮藤は坂本達に連れられて格納庫にやってきた。そこで彼女はいつも自分が使用しているストライカーとは違うものを見せられたのだ。

 

「これはカールスラント空軍が採用しているメッサーシャルフ Bf109G-2。我が隊に保管してあった予備機の一つだ」

 

「予備機?」

 

 宮藤はなぜそんなものを見せられたのか、いまいちよくわかっていないと言った様子。

 

「宮藤が使用している零式は既に旧式で、連携機動を行うのも一苦労な状態だ。なのでしばらくはこれを使用してもらう」

 

「そろそろ耐用時間が迫ってきているからな。ネウロイの侵攻が少ない今のうちに機種転換訓練を行っときたい」

 

「ええと……、つまり私が使っていた零式はもう使わないってことですか?」

 

 坂本と上坂の説明でようやく理解した宮藤。少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「ああ、そう言うことだ」

 

「そんな……」

 

 宮藤は零式に視線を移す。

 

 所々塗装が剥げ、他のストライカーユニットと比べてもその古さは一目瞭然な状態。しかし彼女はそれを父親の形見かのように大切に扱ってきたのだ。ストライカーユニットについては良くわかって居ない宮藤だが、これだけは非常に思い入れ深いユニットだった。

 

「……宮藤。気持ちはわかるが、時代の流れには逆らえない。そろそろゆっくり休ませてやろう」

 

「……はい」

 

 宮藤は、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「きゃあああああ!」

 

「宮藤!」

 

 一緒に飛んでいた坂本は、失速した宮藤を慌てて抱える。宮藤を受け止めた衝撃で一旦高度を落とすが、すぐに持ち直した。

 

「大丈夫か?」

 

「はい、でも……」

 

 宮藤は不満そうに足に装着しているBf109を見つめる。

 

 せめて雰囲気だけはと以前の零式と変わらない塗装をしているそれには、扶桑国籍を表す日月旗が描かれていた。

 

「むう……、やはりいきなり零式からBf109に乗り換えるのは無理か」

 

Bf109G-2は既に最新のK型が出ているため、前線から姿を消し始めているが、それでも今だカールスラント空軍の主力を務めている。癖があるものの、うまく扱えば非常に強力なユニットだ。

 

 しかし、宮藤は今まで軽量で扱いやすい零式を使用していたため、うまく操ることが出来ていなかった。

 

「なんていうか、その……旋回しようとするとすぐに失速しちゃうんです」

 

「まあ格闘戦闘主体の扶桑製ストライカーから見れば、欧米のストライカーは全然曲がらないからなぁ」

 

 ようやく安定してホバリングを始めた宮藤から手を放し、腕組みをして考え込む坂本。

 

『……仕方ない。しばらく慣れることから始めよう』

 

 無線から上坂のため息が聞こえた。

 

「……そうだな。よし、戻るぞ宮藤」

 

「はい」

 

 始めてからまだ10分も経っていないが、坂本は訓練を切り上げると宣言。そのまま基地に進路を取る。――と言っても、元々基地が見える範囲での訓練。ただ高度を落としているだけだが。

 

「……あれ?」

 

 高度を落とし、着陸態勢に入った宮藤がふと違和感を覚える。

 

 ――着陸しようとしているのに、全然速度が落ちない……?

 

 いくら魔道エンジンの回転数を落としても、一向に速度が落ちる気配がない。そしてそのままの速度で滑走路に進入していく。

 

「わ、わわわわわ~!」

 

 余りにも速い速度で突っ込んだ宮藤は、そのままバランスを崩して格納庫に突入、盛大な破壊音をまき散らした……。

 

 

 

 

 

「……お前な」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 痛む頭を抑える上坂と、正座して恐縮している宮藤。二人の間には大破して使い物にならなくなったストライカーユニットがあった。

 

「……まあ初めて使ったんだし今回は大目に見るが、このペースで破壊されたらいくら予算があっても足りなくなる。それにBf109のほとんどは東部戦線にまわされているから、こっちに回ってくることが少ないんだ」

 

「殆どって……そんなにか?」

 

 坂本が驚いた表情を見せる。

 

「ああ、……特に502はBf109の半分は消耗している。理由は……いわずもがな」

 

 上坂は以前第502統合戦闘航空団にいた時のことを思い出し、目が虚ろになる。あの時は毎日のようにストライカーの補充願を書くにもかかわらず、凄まじい勢いでストライカーユニットを壊しまくる三人組がいた。なので最終的に上坂は、扶桑本国に旧式化し練習用となっていたキ27 九七式戦闘脚を大量に要求、そのユニットで一時を凌いでいたこともあった。

 

なお余談だが、以前の上坂の愛機、キ61 三式戦闘脚「飛燕」は扶桑皇国海軍、菅野直枝中尉が無断使用した挙句に破損。上坂も一時キ27 97式戦闘脚を使用していたという……

 

「……まあ、あそこはな……」

 

 坂本もその三人組の中に含まれる部下を思い出し、思わず目を背ける。

 

「……まあその話は置いといて」

 

 上坂は一つ咳払いすると、宮藤に向き直った。

 

「宮藤にはしばらく飛行停止を言い渡す。予備の機材でもまともに飛べないようではとても実戦には出せないからな」

 

「はい……」

 

 宮藤は落ち込んだ表情を浮かべながら、返事した。

 

 

 

 

 

「宮藤飛行停止処分をくらったんだってな。ついてないよな~」

 

「大丈夫? 芳佳ちゃん」

 

「うん。大したことは……」

 

 夜――。宮藤は一人格納庫で零式を眺めていると、夜間哨戒に向かうためにやってきたエイラとサーニャに出会った。

 

 二人はいつもと違う様子の宮藤を不思議に思い、こうして訪ねていたのだった。

 

「まあ仕方ないさ。Bf109は欧州でも結構癖があるユニットって言われているからな」

 

「確かカールスラントのガランド少将も、癖のないブリタニアのスピットファイアが欲しいって言ったことがあるっていうくらいだし……」

 

 昔からBf109系統のユニットを使用するエイラは特段に感じたことは無いが、実質的な初期型と言われるE型は結構癖がある機体で有名であり、何回かの改修である程度は改善されたものの、それでも旋回性能はそこまで高くない。なぜならばこのユニットを開発した設計者が量産性を重視した設計にしたため、色々な部分が犠牲となってしまったからだ。

 

「うん。でも……」

 

 自分が励まされているとわかっている宮藤だが、悩んでいたのはそれだけではない。

 

 ――実はさっきまで零式に足を滑らせ、暖機運転を行っていた。懸架台に固定したまま全力で魔法力を込めたりしていたのだ。

 

  だが、結果は芳しくなく、全力を出そうとするとすぐにエンジンの回転数が下がってしまったのだ。

 

「何だか私、調子が全く上がらないの。ストライカーユニットを履いて飛んでいても、すぐに失速するし、エンジンからは黒煙が出ちゃうし……」

 

「それって故障じゃないのか?」

 

「ううん、それは無いって坂本さんも上坂さんも言ってた」

 

「そっか……」

 

 サーニャは心配そうに見つめる。

 

「まったく……、そんなふうに落ち込んでいる暇があるんですの? あなたには」

 

「ペリーヌさん……?」

 

 その時、背後からペリーヌが現れた。

 

「ここは最前線、それも第501統合戦闘航空団。各国の精鋭達が集まった部隊ですのよ。そんなふうに悩んでいる暇があるなら……」

 

 ペリーヌは右手に持っていた物を差し出した。

 

「これで練習しなさい!」

 

「これは……」

 

 差し出されたのは何の変哲もないただの箒。しかし宮藤はすぐに理解した。

 

「アンナ・フェラーラさんも言っておられたでしょう? 箒とストライカーは同じ、一心同体になって初めて大きな力を発揮するものですわ」

 

 それはかつてアンナの家で行った訓練。あの時は最初の頃箒が股に食い込んでいたかったが、箒と一心同体になっていくと、ストライカーユニットとほぼ変わらない機動を取ることまでできるようになった。

 

 ――要するに、まずは基本からというわけだ。

 

「わかりました! ありがとう、ペリーヌさん!」

 

 宮藤はペリーヌから箒を受け取る。

 

「べっ、別に私は私達の足手まといになって欲しくないだけですわ!」

 

「なんだ~? 恥ずかしがっているのか~ペリーヌ」

 

「何言っているんですの!? もうっ! 私は寝ます!」

 

 エイラにからかわれたペリーヌは顔を真っ赤にすると、さっさと格納庫から出て行った。

 

「さて、私達も行くか」

 

「そうね……芳佳ちゃん、頑張ってね」

 

 エイラとサーニャも自分のストライカーを履くと、夜間哨戒のために暗い夜空へと飛び立っていった。

 

「……よしっ!」

 

 宮藤は、立ち上がった。

 

 

 

 

 

「そう、それにしても……宮藤さんが飛べないとなると、しばらくは苦しいわね」

 

 同時刻、ミーナは執務室で坂本からの報告を受けていた。

 

「そうだな。あいつの持ち味である強力なシールドが使えないし、何よりシフトを変更しなければならないしな」

 

 ブリタニア時代とは違い、宮藤やリーネは技量だけなら既に他のベテランとほぼ変わらない。確かに戦闘経験数が足りないのは認めるが、それでも501の戦力の中核として扱われていた。

 

「……確か予備機は他にあったはずよね? なら他のものを使わせてみたらどう?」

 

「いや、確かにそれは考えたのだが、他のは扶桑陸軍のキ43、ブリタニアのスピットファイアMk.1、リベリオンのP-51Bしかない。キ43は零式とほぼ変わらないエンジン出力だし、スピットファイアは航続距離が短すぎ、P-51Bはそもそも高高度戦に向いていない。そう考えるとBf109しかなかったんだ」

 

 連合軍最精鋭部隊と言われる501だが、その懐事情は非常にお寒い。そもそもストライカーユニットというのはそれほど損耗を気にしなくて済むものであり、ウィッチの数も人類全体から考えてみると非常に少数なため生産数は少なめに設定されている。

 

 あの工業大国リベリオンすら自国のウィッチが少ないため、ストライカーユニットの生産数は他の国とほぼ変わらないのだ。

 

「そう。……啓一郎と笹本中佐を使ってどっかから強奪出来ないかしら?」

 

「んっ? 何か言ったか?」

 

 ミーナの声が小さかったため、坂本は後半の台詞を聞き取れなかった。

 

「い、いいえ! 何でもないわ」

 

「そうか。まあそこまで心配することは無いがな」

 

「どういうこと?」

 

 ミーナは坂本が不敵な笑みを浮かべたのを見て、首をかしげる。

 

「今度扶桑から援二号作戦で艦隊が地中海に送られてくる。その艦隊には新型ストライカーユニットを届けるという任務もあるんだ」

 

「新型ストライカーって……大丈夫なの?」

 

 新型ストライカーユニットともなればどこの戦線も欲しいもの。無論ちゃんと使い物になると言うのが前提だが。

 

以前のジェットストライカー騒動の二の舞にはなりたくない。その気持ちがミーナの中にあった。しかし坂本はあっけらかんにいう。

 

「試運転すら行っていない機体だが、まあ大丈夫だろう」

 

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

 

「なぜかって? それはな……」

 

 坂本は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「宮藤と縁が深いものだからな、そのストライカーは」

 




最近大戦略にはまってます

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