「……どうしたんだ? その顔」
「……聞くな」
坂本は上坂の左頬にある赤い紅葉を見て訝しがるが、すぐに興味を失う。なお赤い紅葉を作った張本人はペリーヌの隣で体育座りをしていた。
「……まあいい、それよりあれはただの虫ではないと?」
「最初はそう思ってたんですが……」
「どうやらあの虫が通った場所は、みんな停電しているらしいんだ」
エイラの言う通り、現在基地内各所で停電が発生している。その理由は不明であり、そこに奇妙な虫の存在。怪しいこと間違いない。
「あたしの虫!」
ルッキーニはいまだに自分の主張を引っ込めない。
「坂本。原因がどうであれ、このままでは基地の機能が停止してしまう。早急に手を打たないと……」
「確かに。しかし、どうやって見つけるか……」
上坂の意見に賛成する坂本だが、相手は小さな虫、発見は非常に困難である。
「ここは私に任せろ!」
「……シャーリーか?」
いつの間にか、シャーリーが見たこともない機器を手に、坂本達の後ろに立っていた。
「話は聞いた、基地内の電気の流れを調べたら、どうもその虫は停電させる前に特殊な電波を発生させ、電源からエネルギーを吸い取っている可能性がある」
「でも、それなら何で私達の……お尻に?」
「それは知りません」
「…………」
沈黙が、周囲を支配する。
「……まあとりあえず、みんな脱いでりゃいいことだろ」
「やめんか」
ズボンを脱ごうとしたエーリカの頭を軽く叩く上坂。だが彼女のおかげで沈黙は破られた。
「……それで、いったいなんなんだ? その機械は」
上坂はシャーリーの手に握られている機械に目を向ける。
「これは電波探知機さ。奴の放つ電波の周波数に合わせてあるから探知が可能さ」
電波というのは色々な周波数があり、それに合させることで通信をしたりすることが出来る。シャーリーはそれを利用して虫を探そうというのだ。
「では早速……とっ! いきなり来た!」
「えっ!」
「どこだ!」
規則正しい電子音が鳴り響く中、皆は周囲を見渡す。先ほどまで部屋の隅にいたバルクホルンとペリーヌも立ち上がった。
シャーリーは一人一人に電波探知機を近づけると、突然甲高い音を上げる。
「わっ、私っ!? ……ひゃっ!」
宮藤の服の中に虫が侵入したらしく、彼女は悲鳴を上げた。
「あたしの虫~!」
ルッキーニが宮藤に飛びかかるが、それをすんでの所で躱す。
「宮藤! 脱ぐんだ!」
「嫌です! イヤ~!」
「虫~!」
「…………」
目の前で起こる醜態に、生暖かい視線を送る上坂。正直この光景を見る限り誰も彼女達が連合軍最精鋭部隊の隊員達だとは思わないだろう。
「わひゃあ!」
「おわっ!」
部屋の中を駆け回っていた宮藤は、シャーリーとぶつかって転倒する。その衝撃のせいか虫は宮藤の服から抜け出し、部屋を出て行った。
「あっ! 出て行った!」
「待てー!」
「待ちなさーい!」
一番の被害を受けたバルクホルンとペリーヌは、そのまま虫を追って部屋を出て行った。
「よしっ! 私達も追いかけるぞ……」
「待ってください」
坂本達もその後を追おうとしたが、突然発せられた声によって止められた。
「サ、サーニャ?」
部屋で寝ていたはずのサーニャ。彼女の頭には魔道針が輝いていた。
「……暗いわね」
ミーナは明かりがつかない脱衣所で、服を脱ぎながらつぶやいた。
「設営班、まだ照明の敷設が終わっていないのかしら?」
「ネウロイの反応だと!?」
「はい、建物の中と上に反応があります」
「建物の中? ……まさか、さっきの虫は!?」
上坂は今更ながらに事態の重さに気付く。坂本は隊員達に命令をした。
「エイラとサーニャは他のメンバーと協力して建物内部を探索!」
「了解しました」
「任せとけ」
「エーリカとバルクホルン……はいないから上坂! 二人は上空の敵の迎撃準備!」
「わかった」
「了解!」
「宮藤! ついてこい!」
「はいっ!」
隊員達はそれぞれ命令通りに動き始めた。
坂本は基地の最上部にある管制室に駆け込み、天窓から上空を見上げる。
「――いた!」
雲海の上、魔眼の右目に見えるのは大型のネウロイ。ただしコアは確認できない。要するに本体は別にいるということだ。
「坂本さん! ミーナ隊長は執務室に居ません!」
「そうか、なら!」
坂本は脇にあったボタンを押す。それは警報ボタンであり、基地のどこにいても聞こえる大音量が鳴り響く。しかし……。
「くそっ! 基地の電気系統が!」
いくらボタンを押しても反応がない。恐らく基地の電気系統が破壊されたため、使用できなくなっているのだろう。
坂本はやむなく宮藤に命令する。
「宮藤! 格納庫の上坂とハルトマンに伝令だ!」
「はい!」
さっき駆け上がったばかりなのに、すぐに降りることになった宮藤だった。
「坂本少佐から指令です! 上空のネウロイにコアは確認できないが、このまま放置はできない。二人は早急にこれを迎撃せよとのことです!」
格納庫にたどり着いた宮藤は息を切らせて、待機していた上坂とエーリカに伝える。
「なお基地内には、電気系統を麻痺させる飛行物体がいるので、十分注意されたしとのことです!」
ストライカーユニットには電気系統を使用している部分があり、ユニットに虫がついた場合破損してしまう恐れがある。坂本はそれを危惧していた。
「わかった」
「了解」
上坂とエーリカは頷くと、それぞれ自分のストライカーに足を滑らせる。――無論履く前に虫がいないかどうかは確認済みである。
「ねー、ケーイチロー」
「なんだ?」
上坂は銃器を懸架台から受け取りながら、返事する。
「そう言えばさっきトゥルーデのお尻見たみたいだけど、どうだった?」
「そうだな、程よい形の安産型……って! お前何言わすんだ!」
思わず真面目に返し、慌てて顔を赤くする上坂。
「へっへ~ん! 先行ってるよ~!」
「あっ! 待てっ!」
先行するエーリカに続く上坂。二人は大空へと上がっていった。
ペリーヌとバルクホルン追いかけられている虫。しかし基地のあちこちに焚かれている蚊取り線香の匂いが苦手なのか、必然的に逃げる場所が限定されてしまっている。追い詰められた虫は、まだ蚊取り線香が設置されていなかった脱衣所に戻ってきた。
虫は籠の中に入っていた服の中に隠れる。
そこへその服の持ち主――ミーナが風呂から上がってきた。
「ふう……確かに、肩の疲れがとれたようね」
ミーナは髪をタオルで拭きながら、籠に歩み寄る。その服には虫がついているが、ミーナはそれに気づかず、ズボンを履いた。
その時――。
「あそこです」
「そこか!」
魔道針を展開したサーニャとバルクホルン、ペリーヌが脱衣所に入ってきた。
「な、なに!」
突然やってきた三人に驚き慌てるミーナ。
「今だ!」
「今ですわ!」
バルクホルンとペリーヌは飛びつき、ズボンの右の、左の端を掴んで一緒に引きずり下ろした。
ちょうどその時他の隊員達も駆け込んでくる。魔眼を発動させていた坂本はミーナの下半身を見るなり叫んだ。
「見えた!」
坂本の魔眼には、ミーナのお尻を這う虫の姿。
「い……!」
しかし当然のことながらミーナは何もわかっていない。……いきなり脱衣所にやってきたかと思うと、二人がかりでズボンを引き下ろした。それだけである。
「きゃあああああっ!」
必死にズボンを引き上げるミーナ。
……ズボンとお尻に挟まれた虫――ネウロイは、その圧力によって粉砕された。
「ネウロイが……消えた?」
上空に漂っていたネウロイに攻撃を仕掛けようとした瞬間、上坂とエーリカの目名前で突如四散したネウロイ。
『こちら坂本! ネウロイのコアの破壊を確認した! ただちに帰投せよ!』
無線から聞こえてくる坂本の声。
「……了解、帰投する」
どこか釈然としないものの、上坂とエーリカは帰路についた。
――後日。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は、200機撃墜を称えられて勲章を授与した。
――さらに数日後。
「虫?」
『はい、早急に対処できる物資を送ってください』
石原は一番信用できる部下からの要望に、頭を悩ませていた。
「……とりあえず、蚊取り線香でも送ってこう」
以後、各ウィッチ隊基地に、なぜか大量の蚊取り線香が送られるようになったという……