ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十七話

 黎明。夜間哨戒を終えたサーニャは一人帰路についていた。

 

「……綺麗」

 

 彼女の視線の先には、海面から顔を出し始めた太陽がある。

 

 ――今日も良い一日になりそう。

 

「ふぁぁ……」

 

 サーニャはそう思うと、小さく欠伸をした。

 

 

 

 

 

「皆さん、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 朝のミーティング。本来ならミーティングルームで行うのが通例だが、今日は珍しくレクリエーションルームで行っている。

 

 ミーナ挨拶から、ミーティングが始まった。

 

「今日の通達です。先日来の施設班の頑張りにより、お風呂が完成しました。本日正午より利用可能になります」

 

「やった~!」

 

「お風呂、お風呂!」

 

 そのことを聞いて一番喜んだのは宮藤とルッキー二。以前ブリタニアの基地には大きな浴場があったのだが、ここの基地には今までサウナとシャワールームしかなく、どうしてもお湯につかりたいときはドラム缶風呂を用意しなければならなかったのだ。風呂好きの扶桑人とロマーニャ人にとっては朗報だろう。

 

「速いな、もう完成したのか」

 

 上坂も感心したように尋ねる。

 

「ええ、扶桑海軍の設営班が頑張ってくれたおかげでね。今回はアドリア海を一望できる露天風呂よ」

 

「ほう。これで一通りのレクリエーション施設がそろったな」

 

 以前から笹本経由で扶桑海軍設営班を借り、基地に色々な施設を作ってもらっていたのだが、いかせん元々が遺跡だったため手直ししなければならない場所があり、どうしてもレクリエーション施設を後回しにしなければならなかった。

 

 これでようやく基地が完成したと言っても過言ではないだろう。

 

 ちなみに余談だが、上坂はいつも整備兵達用の風呂を使っていたため、以前から風呂にありつけている。そのため今回の件は彼には全く関係がない。

 

「ええ、――では通達は以上です。では解散」

 

「さ~っ! お風呂入ろ! お、ふ、ろっ!」

 

 解散と同時に、ルッキーニは宮藤とリーネの手を掴んで引っ張る。

 

「うんっ! みんなで入ろ、リーネちゃん!」

 

「そうだね芳佳ちゃん! ペリーヌさんも一緒に入ろ!」

 

「ま、まあたまには皆で入るのも、悪くは無いですわね……」

 

 ペリーヌはしょうがないと言った感じだが、内心は誘われたことに喜んでいた。

 

「よ~し! じゃあしゅっぱ……」

 

「さっきの話を聞いていなかったのか?」

 

 いざお風呂に向かおうとしたルッキーニの襟首を、坂本は引っ掴む。

 

「風呂が使えるのは正午から。今行っても風呂は使えないぞ」

 

「えええ~っ! まだ使えないの?」

 

「いや……お前ら、さっきの説明でも言ってたろうが……」

 

 呆れ果てた上坂は、盛大にため息をつく。

 

「まっ、風呂が使えるまでまだ時間はある。ということで……訓練だ! 基地の周りを二十週!」

 

「えええ~っ!」

 

 当然のごとく悲鳴を上げる宮藤達。だが坂本の辞書には容赦という言葉などなかった。

 

「つべこべ言わずに走れ!」

 

「は、はいっ!」

 

 坂本の一喝により、彼女達は脱兎のごとく飛び出していった。

 

「まったく……しかし、お風呂如きでよくあんなにはしゃげるな」

 

「それで英気を養えるならいいことよ」

 

 ミーナは疲れたようにため息をつく。

 

「……疲れているようだな」

 

「ええ、どっかの誰かさんが色々やらかしてくれたおかげで、こっちの心労はたまるばかりだったからね」

 

「イヤ、ホントスミマセンデシタ……」

 

 睨みつけられた上坂は見事な土下座を決める。その様子を見てミーナはフッと肩が軽くなった。

 

「冗談よ。ここ最近私が書かなきゃいけない書類が溜まってきたし、上層部との連絡も密にしなければいけない……はぁ、やることが多いわ」

 

「確か出撃する機会も減っているな。ネウロイの撃墜数も」

 

 坂本はふと思い出し、尋ねる。

 

「ええ、あと一機落せば200機になって勲章が授与されるらしいんだけど、そんなことより休みが欲しいわ」

 

 第501統合戦闘航空団と言えば精鋭中の精鋭であり、各国の期待も大きい。その大半を請け負っているのはまだ19歳の少女なのだ。上坂や坂本は変わってやりたいと思うのだが、さすがに隊長としての仕事は手伝えない。

 

「ミーナもせっかくだから入ったらどうだ?」

 

「お風呂に?」

 

「ああ、そういった疲れた時にゆっくりお風呂につかるのがいいそうだ」

 

「そうね……」

 

 坂本の提案に少々考える。ミーナはあまりお風呂につかるということが無い。これはカールスラント、いや、欧州全体で言えることなのだが、水が硬水であるためあまり入浴に適していないのだ。さらに彼女は騒がしいのが苦手であり、正午すぐに入ると間違いなく宮藤達と鉢合わせする。どうせ入るなら一人でゆっくり入りたい。

 

「……わかったわ。考えておく」

 

 ミーナはそう言うとミーティングルームを後にした。

 

 

 

 

 

「虫?」

 

 ランニング中、宮藤はルッキーニに尋ねる。

 

「そっ! こんくらいの大きさで、すっごくキラキラしているの!」

 

 ルッキーニ曰く、今日の朝いつもの樹木に登り、樹液に集まってくる昆虫達を捕まえていた。その時テントウムシみたいな見たこともない小さな虫を捕まえたのだという。

 

「あとで芳佳にも見せてあげる!」

 

「わ~、楽しみ~!」

 

 およそ軍事基地とは思えない微笑ましい光景がそこにあった。

 

 しかし、彼女達は知らない。

 

 その虫が逃げ出し、基地の明かりを次々と消していっていることに……。

 

 

 

 

 

 所変わって、バルクホルンとエーリカの部屋。

 

「起きろ! ハルトマン!」

 

 二人は相部屋であり、真ん中に柵を置いてそれぞれの領域としている。

 

 今バルクホルンが立っている方――バルクホルンの領域は、すっきりを通り越して殺風景な部屋。ベッドと箪笥と、あと少しばかりの小物。

 

 対するエーリカの領域は、混沌としていて、どこから持ってきたかわからないようなゴミが山のように積まれていた。そしてその部屋の主は汚いベッドの上で寝ていた。

 

「ん……あと40分……」

 

「なにがあと40分だ! 大体お前、この前まですごく綺麗だったのに、なぜたった数日でここまで汚く出来るんだ!?」

 

 この前――要するに上坂がいなかったとき、エーリカの部屋は非常に綺麗で、それこそバルクホルンの領域と殆ど変らなかった。しかし上坂が戻ってきた途端どこからかゴミがやってきて、たった数日で部屋を埋め尽くしてしまったのだ。

 

 ――さすが“黒い悪魔”との異名をとるだけのことはある。

 

 その時にゴミ山の上にあった本が数冊バルクホルン側に落ちた。

 

「こら、この柵を超えることはなんぴたりとも許さん!」

 

 バルクホルンは落ちてきたそれを拾うと、エーリカに向かって投げつける。

 

 投げられた一冊がエーリカの頭に当たるが、残念ながらそのくらいで彼女は目覚めなかった。

 

 

 

 

 

「あ~、気持ちよかった~」

 

 宮藤達はランニングの後、露天風呂に入った。久しぶりの大型浴場に加えて広々とした海原を眺め、心も体もリフレッシュした彼女達は脱衣所に戻った。

 

「あとでシャーリーと来ようっと!」

 

「まったく! どうしてあなた方は静かに入れないんですの!?」

 

 ペリーヌはカッカしながら戻ってくる。

 

 ――お風呂場では、最初の頃は大きな浴場と広大なアドリア海に目を奪われていた宮藤達だったのだが、エイラがリーネの豊満な胸に目を付けたのが始まり。なぜかそのまま胸囲の計測という名の揉み合いが起きた。その時の騒がしいこと。ペリーヌはまったく落ち着いて風呂に入れなかったのだ。

 

 ――ともあれ、ペリーヌ以外の面々は色々と堪能した様子で、それぞれ服を着ていた。そんな時。

 

「――? んっ?」

 

 ちょうどズボンを履いたリーネは、妙な違和感を感じる。

 

丁度お尻の所。何かが当たっているようでくすぐったい感触――。

 

 リーネは指を入れ、それを取り除こうとしたが、それはリーネを指を躱すように移動した。

 

「ひゃっ! ひゃあ!」

 

「どうしたのリーネちゃん!」

 

 可愛い嬌声をあげたリーネに驚き、尋ねる宮藤。

 

「わ、私のズボンの中になにか……」

 

「えっ?」

 

 宮藤はしゃがみ込み、リーネのお尻を観察する。

 

「あ……」

 

 ズボンに浮かぶ小さな突起。それが動き回っていた。

 

「リーネちゃん! 虫!」

 

「虫!? いやぁぁぁ!」

 

 リーネはそれが虫だと知った途端、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。いくら軍人とはいえまだうら若き少女。さすがに虫は苦手なのだ。

 

 リーネが崩れ落ちると同時に飛び出す虫。それは今朝ルッキーニが見つけたあの虫だった。

 

「あっ! あたしの虫!」

 

「虫ですって? まったく、そんなことで悲鳴を上げるなん……てぇっ!」

 

 呆れていたペリーヌだったが、突然声が裏返る。

 

「どうしたんですか! ペリーヌさん」

 

「な……なんでもありませ……ひゃあ!」

 

「おい、ペリーヌのズボンに何かいるぞ」

 

 エイラはペリーヌのズボンを這い回る何かを見つける。いつの間にか虫はペリーヌのズボンに潜っていたようだ。

 

「待っててください! ペリーヌさん」

 

「あたしの虫~!」

 

 宮藤はペリーヌを押さえ、ルッキーニがズボンを引き下ろした。その時――。

 

「……何やっているんだ? お前ら」

 

 脱衣所に入ってきた坂本は、目の前の状況に凍り付いていた。

 

「あっ、坂本さん」

 

「えっ? 坂本……少佐……?」

 

 坂本の存在に気付いたペリーヌ。その恰好は宮藤に手を押さえられ、ルッキーニがズボンを脱がせているという状態。

 

「あっ! 出た!」

 

 飛び出した虫が坂本の横を通り過ぎる。

 

「い……いやぁぁぁぁぁ!」

 

 ペリーヌの悲鳴が、こだました。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「あの~、ペリーヌさん?」

 

 レクリエーションルーム。

 

 ペリーヌは壁際で小さく体育座りをしている。

 

「……虫?」

 

 その様子を横目で見ながら、上坂は先ほどの悲鳴の原因を聞き返した。

 

「はい……その……虫が私達の……」

 

 顔を赤らめて説明するリーネ。さすがにお尻とは言えないようだ。

 

「わかったわかった。……しかし、虫ね……」

 

「まったく、なにかと思えば、たかが虫くらいで」

 

 呆れる坂本だが、別にペリーヌはそのことで傷ついたのではない。坂本に醜態を見せてしまったことに傷ついているのだ。

 

「虫退治ならいいものがあるぞ」

 

「えっ、なんですか?」

 

 宮藤が尋ねると、上坂は腰の雑嚢からある物を取り出した。

 

「……えっと、それは……」

 

 緑色の渦巻き。なんてことない、扶桑の夏の名物詩、蚊取り線香である。

 

「蚊取り線香。これなら虫も一発で退治出来……」

 

「よし、虫退治でもするか」

 

「そうですね!」

 

「よ~し! 捕まえるぞ~!」

 

 坂本の一言で、宮藤達は虫退治のためレクリエーションルームを出て行った。

 

 あとに残されたのは、蚊取り線香を持った上坂と体育座りをしているペリーヌ。

 

「……設置してくるか」

 

 上坂の背中には、哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 その頃、執務室ではようやく書類仕事を終えたミーナが一息ついていた。

 

「とりあえず、今日の分は終わりね」

 

 彼女は自分の肩をほぐすように叩く。長い間机に向かってたため、あらゆる筋肉が固まっていたのだ。

 

「そう言えば……」

 

 ミーナは、今朝坂本が言っていた言葉を思い出す。

 

「確かお風呂で温まるといいって言ってたわよね」

 

 少し考えるミーナだったが、この時間ならだれもいないだろうと思い、浴場に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「待てー!」

 

「虫ー!」

 

 さて、こちらは虫討伐隊。

 

 宮藤とルッキー二を先頭にテントウムシみたいな虫を追い回している。リーネとエイラもその後を追っていたが、エイラは歩いている。あまり興味がない様子だった。

 

 と、その時――。

 

「こらっ! 何を騒いでいる!?」

 

 ちょうどバルクホルン・エーリカの部屋の前に差し掛かった時、バルクホルンが勢いよく扉をあけて出てきた。

 

「あっ、バルクホルンさん……」

 

 宮藤達は急停止する。さすがに規則に厳しい彼女の前で廊下を走る勇気は無かった。

 

「宮藤、宿舎の廊下で騒ぐのは、軍紀違反以前に、人としての礼儀に反するぞ!」

 

 バルクホルンは一番前にいた宮藤に説教を始めるが、その背後にあの虫が回り込んだ。

 

「あっ、虫!」

 

「虫、じゃない! 人の話を聞いているのかあぁぁぁぁぁっ!」

 

 突如叫び声をあげるバルクホルン。彼女のズボンに虫が入り込んだのだ。

 

「バルクホルンさん!」

 

「虫が~!」

 

「静まれっ!」

 

 バルクホルンはくすぐったいのを堪え、顔を紅潮させながらも冷静に対処しようとする。

 

(そうだ……! カールスラント軍人は……どんな時でも狼狽えない!)

 

 そしてその対処法が頭に浮かんだ。

 

「こういう時は冷静に……」

 

 ズボンに指を掛ける。そして――。

 

「こうだぁぁぁっ!」

 

 それを一気に下に降ろした。

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 当然のごとく形の良いお尻が露わになる。

 

「もらったぁ!」

 

 虫を見つけたエーリカが、見事な速さで尻をはたく。

 

「ぎゃあっ!」

 

「……あっ、逃げられた」

 

 しかし残念ながら、虫はすんでの所でそれを躱し、その場から逃げ出した。

 

「あっ! 虫~!」

 

「待て~!」

 

 それを追いかける宮藤達虫討伐隊。その後を追うようにエーリカも走り去っていった。

 

「おっ、お前らなぁ~っ!」

 

 その場に一人残されたバルクホルン。

 

「…………」

 

 ――いや、彼女は一人ではなかった。

 

「えっ……?」

 

 バルクホルンが振り返ると、そこには蚊取り線香を持った上坂が茫然と立っている。彼は先ほどから基地中に蚊取り線香を置いていたのだが、運悪く――否、運よくこの場に居合わせてしまった。

 

「…………」

 

 今のバルクホルンは、お尻を上坂に向けている。――無論ズボンを脱いだまま。

 

「……えーと」

 

「……いっ、いやぁぁぁぁぁっ!」

 

 バルクホルンの悲鳴が、基地内に響いた。

 


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