ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十六話

「……ちくしょう!」

 

 ガリア空軍所属、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ中尉は悪態をつく。

 

 彼の乗機はリベリオンのロッグヒード P-38 ライトニングの偵察機型、F-5Bであり、戦闘機型と同じく高速性能に優れた機体である。しかし先ほど右側のエンジンに被弾し、全速力を出せないためネウロイを振りきれなかった。

 

「……!」

 

 攻撃。ビームが機体の脇をかすめる。

 

 テグジュペリはそれに慄き、咄嗟に操縦稈を倒してしまった。

 

(しまった……!)

 

 回避行動を取ってしまったことでスピードが落ちる。ただでさえ近づかれていたネウロイとの距離がさらに縮まってしまった。

 

 ネウロイの先端に赤い高エネルギーが集中する。それは彼を乗機ごと消し飛ばして、おつりがくるほどの威力。

 

 テグジュペリは後方が赤く光り始めたのを見て、諦めたように目をつぶった――。

 

「…………あれ?」

 

 覚悟していた衝撃は、やってこない。

 

 目を開けてみると機体に損傷はなく、無事な左エンジンの音が腹に響いていた。

 

「まさか……」

 

 ネウロイの攻撃を受けて無事でいられることはただ一つ。テグジュペリはまさかと思い、後ろを振り返った。

 

 はるか後方、そこにはネウロイの攻撃をシールドで防ぐウィッチ。あの攻撃の直前に自分の間に入り、シールドで防いでくれたのだ。

 

「…………くっ!」

 

 本当なら助太刀をしたいところ。だが右エンジンが破壊され、満足な性能が出せない状態では足手まといになってしまう。

 

 テグジュペリは名前も知らないウィッチに精一杯の謝辞と無事でいるように祈りながら、戦闘空域を離脱するしかなかった。

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

 バルクホルンは離脱していくP-38を見て安堵すると、目の前のネウロイを睨みつける。黒く流線型の中型ネウロイは、完全にこちらを脅威だと認識したようであり、味方偵察機を追おうともしなかった。

 

「……さて、これからどうしようか……」

 

 今のバルクホルンには、何一つ反撃手段がない。固有魔法の怪力で殴ることはできるが、それを行う距離まで近づくことすら出来ないだろう。

 

 ――つまり、今の彼女にできることは、シールドを張って援軍を待つことだけ。

 

「――フッ」

 

 だが、バルクホルンは不敵な笑みを浮かべる。

 

「だからなんだ。あいつはずっと戦ってきたんだ。……絶望的な状況の中を」

 

 バルクホルンには、上坂がどれだけ絶望的な戦場に立ってきたのかわからない。だが少なくとも今の状況は、それに比べればはるかに優しいものであるということはわかった。

 

「さあ来いっ! ネウロイ!」

 

 ビームを放とうとするネウロイを見据え、構えるバルクホルン。

 

 彼女の顔に、絶望など無かった。

 

 

 

 

 

 ――戦っている。

 

 バルクホルンはシールドを張り、ネウロイの攻撃を受け止めている。

 

「…………」

 

 上坂はそれを地面から見上げていた。

 

「行かなくてもいいのかい?」

 

 ふと、後ろから声を掛けられる。

 

 上坂が振り返ると、そこにはこの家の主、アンナ・フェラーラがいた。

 

「…………」

 

 上坂はうつむき、黙って自分の右手を見る。その手はさっきよりも落ち着いていたものの、それでも震えは止まっていなかった。

 

 ――怖い。

 

 今の上坂の感情を支配している言葉。すべてに怯え、全てから目を逸らしたくなる。

 

 それを見ていたアンナは、強烈な一言を言い放った。

 

「いいのかい? ――死ぬよ、あの娘」

 

「―――――!」

 

 一瞬、固まる。

 

 当たり前のことだ。反撃手段が一切ないため防御だけしかできず、援軍もまだ来る気配はない。まさにジリ貧の状態である。

 

「――でも、アンタなら救える。違うかい?」

 

 アンナは地面に転がっている刀に視線を移した。

 

「それは……」

 

 バルクホルンが持ってきた、上坂にとって戦いの象徴、“黒耀”。かつて倒されたネウロイの破片から作り出されたといういわくつきの刀が、この場にある唯一の武器である。

 

「少なくともこいつを扱うことが出来るのはアンタしかいない。――無論あたしは強要などしないがね」

 

「…………」

 

 上坂は初めて“黒耀”を手にした時のことを思い出す。

 

 ――あの時は力が欲しかった。力を欲し……どこかこの刀によって呪われて欲しいと思っていた自分がいた。

 

 ネウロイの破片によって作られたこの刀には、昔から様々な言い伝えがあった。

 

――曰く、この刀に生命力を奪われる。

 

――曰く、この刀に精神を汚染される。

 

――曰く、この刀を使い続けると怪異になってしまう。

 

……しかし、それらは全て偽りだった。彼に幾多の戦場を潜り抜けられる、途轍もない強大な力を与えただけだった。

 

(お前は……何者なんだ?)

 

 上坂は心の中で、語りかける。当然答えなど帰ってくるはずもない。

 

(……もし、お前が純粋に力を貸してくれると言うのであれば……もう一度、力を貸してくれるか?)

 

 上坂は恐る恐る“黒耀”に手を伸ばす。

 

「――ッ!」

 

 触れた途端に来る、凄まじい嫌悪感。それはまるで触れることを拒絶しているかのよう。だが、しばらくすると“黒耀”はあっさりと上坂の手になじみ、それ自身に含まれる強大な力が体中に駆け巡ってくるのを感じた。

 

(……ありがとう、“黒耀”)

 

 上坂は目を閉じると、目を見開いて上空のネウロイを睨みつけた。

 

 

 

 

 

「くぅ……!」

 

 バルクホルンは、ネウロイのビームを受け止める。

 

(このままだと……シールドが……!)

 

 しかし、何度もビームを受け止めているため、そろそろシールドが限界に近づいている。

 

「……っ!」

 

 ――攻撃。

 

 とうとうバルクホルンのシールドが、破られた。

 

「なっ……!」

 

 シールドが消滅する勢いで弾き飛ばされる。バルクホルンはそのまま海へと落下していった。

 

(……すまん、クリス)

 

 意識が遠のいていく中、バルクホルンの脳裏に浮かぶのは最愛の妹。

 

 ――必ず祖国を奪還して見せる。

 

 彼女にそう誓ったのだが、その約束は果たせそうにない。

 

(不出来な私を……許してくれ……)

 

「トゥルーデぇぇぇぇぇ!」

 

 

 

 

 

「トゥルーデぇぇぇぇぇ!」

 

 バルクホルンが落ちている。

 

 上坂はそれを見た途端、またがっている箒に一気に魔法力を流し込み、加速する。そのスピードは通常のストライカーユニットと勝るとも劣らない。

 

 海面スレスレを飛行する上坂。風圧で水飛沫が上がり、後ろに流れていく。

 

(間に合えぇぇぇぇぇ!)

 

 上坂は落下地点にたどり着くと高度を上げ、バルクホルンを受け止めた。

 

「トゥルーデ! 大丈夫か!」

 

「けいいち……ろう? ……啓一郎!?」

 

 薄目を開けて上坂と確認したバルクホルンは、驚いた。

 

「よかった……」

 

 上坂は本当に――本当に安堵する。そのホッとした表情はこれまで見たこともないほど柔らかい、自然な感情だった。

 

「トゥルーデ、あとは俺に任せろ。お前は休んでいてくれ」

 

「待て!」

 

 ネウロイに向かおうとする上坂を、バルクホルンは引き留める。

 

「……怖くないのか? 戦うことが」

 

「……怖いさ」

 

 上坂は黙って彼女に右手を突き出す。その手は小刻みに震えていた。

 

「戦うのは怖い。死ぬのは怖い。……だけど」

 

 震える手を握りしめて、上坂は言いきった。

 

「――大切な人を失うのは、もっと怖い」

 

「えっ……」

 

 バルクホルンの頬が、赤く染まる。

 

「これ以上大切な人を失いたくない。死んでいった奴らを忘れないためだけじゃなく、今を生きる人たちを守りたい……それが、俺の戦う理由だ」

 

「……そうか」

 

 バルクホルンは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「なら私も、その手伝いをさせてもらうか」

 

「大丈夫なのか?」

 

 先ほどまで攻撃を受け止め続けていたため、既にバルクホルンのシールドは役に立たない。

 

「なに、シールド以外はまだまだ大丈夫だ」

 

「そうか、なら……」

 

 上坂はネウロイを睨みつけた。

 

「――俺をアイツに向けて投げつけてくれ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

「……本当にいいのか?」

 

 バルクホルンは上坂の胴体をしっかりとつかみながら尋ねる。その姿は傍から見ると非常に滑稽なのだが、提案した本人はいたって真面目だった。

 

「ああ、……というより、これ以外に方法が思いつかない」

 

 そう言う上坂だが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。それを見たバルクホルンはようやく覚悟を決めた。

 

「――わかった。じゃあ……行ってこいっ!」

 

 固有魔法――怪力を使用しながら、バルクホルンはまるで砲丸投げの選手の様に上坂を振り回し、真上に向けて投げ飛ばした。

 

「ぐぅ……!」

 

 強烈な加速力を受け、重力に反して上空に打ち出される上坂。

 

「……! いかん!」

 

 ネウロイは上坂を認識し、彼に向かって無数のビームを放つ。

 

「啓一郎!」

 

「――ふっ!」

 

 バルクホルンの心配をよそに、上坂は不敵に笑うと魔法同調率を高める。それによって後ろ髪が伸び、それが強烈な風圧によってたなびいた。

 

 目の前に迫るビーム。

 

――攻撃を打ち出すのではなく、全てを一つとして貫く!

 

 「貫け! “雲耀”!」

 

 ビームの中心部を捉えた上坂は、勢いよく“黒耀”を突き出す。そしてビームに触れた途端、ビームを四方八方に弾き飛ばした。

 

「いけぇぇぇぇっ!」

 

 上坂は一つの弾丸と化し、ビームの中を掻い潜る。そして、迫りくるネウロイ。

 

 ネウロイに突進した上坂は、そのままネウロイを貫いた――。

 

 

 

 

 

「すごい……」

 

 バルクホルンは、茫然とつぶやく。あれだけの巨体を誇っていたネウロイの姿は無く、ただ白い破片が彼女の周りを舞っていた。と――。

 

「啓一郎?」

 

 バルクホルンはその中に上坂の姿を見つける。彼は体勢を引き起こそうとせず、重力に従って落ちていっていた。

 

「啓一郎――――!」

 

 意識を失い、落下する上坂に全速力で手を伸ばすバルクホルン。

 

 何とか上坂を抱え込むことに成功した。

 

「啓一郎!」

 

 上坂の後ろ髪が伸び、表情が良く見えないが、規則正しい呼吸をしているのは確認できた。どうやら今までの寝不足がたたり、寝てしまったのだろう。

 

「まったく……」

 

「う……ん……?」

 

 バルクホルンが安堵の息をついたとき、上坂が目を覚ます。

 

「大丈夫か?」

 

「ねえ……さん……?」

 

 だが彼はまだ意識がもうろうとしているらしく、バルクホルンを姉だと勘違いしていた。

 

「いや、私は……」

 

「……ごめん」

 

 訂正しようとしたバルクホルンだったが、上坂が縋りつき、顔を胸に埋めるのを見て戸惑う。

 

「ごめん……おれ……姉さんを守れなかった……」

 

 顔を埋める彼の肩が震える。時折聞こえる啜り声。

 

 姉を失い、地獄のような戦場の中、一人戦い続けた上坂。その重圧はどれくらい位のものだったのだろう。

 

 いくらウィッチの中では最高齢と言っても、彼はまだ23歳。もしウィッチでなければまだ若造であり、新米なのだ。

 

「……大丈夫だ。啓一郎」

 

 バルクホルンは優しく上坂を抱きしめる。自分は上坂の姉ではないが、それでも彼女がもしここに居たら言ったであろう言葉がごく自然に浮かんだ。

 

「――私はお前を許す。だから、幸せになってくれ。それが私の願いだ」

 

「ごめん……姉さん……」

 

 これまで溜めていたものまで洗い流すように、静かに泣く上坂。

 

 バルクホルンはその間、ずっと上坂の背中を優しく撫でていた――

 

 

 

 

 

「おいし~い!」

 

 数日後、食堂でルッキーニがパスタを美味しそうに食べている。

 

「いや~、やっぱイチローの料理は最高だな!」

 

 一緒に食べていたシャーリーも賞賛を口にする。

 

「お前ら、皿洗いくらいは自分達でやれよ。こっちは書類が溜まってて忙しいんだから」

 

 厨房からエプロンを脱ぎながら出てきた上坂が、ため息をついた。

 

「は~い!」

 

「わかってるって」

 

「……大丈夫かな」

 

 一抹の不安を抱えながらも、上坂は食堂を後にし、溜まっている書類仕事を片づけるために執務室へ向かう。

 

――あの後、501に日常が戻った。

 

 幸い上坂の脱走は上層部に知られることは無く、上坂にも一週間のトイレ掃除と書類仕事が与えられただけで済んだ。……最も書類仕事はいつもと変わらないが。

 

「上坂さーん!」

 

 廊下を歩いていると、リーネが堰切って走ってきた。

 

「なんだ?リーネ」

 

「大変です! 芳佳ちゃんが訓練中にまた防空気球を壊しました!」

 

「…………」

 

 上坂はまたか、と言った感じでため息をつく。部隊の備品を破壊したとなると始末書を書かなければならないからだ。

 

(仕事が増えたな……)

 

さらに――

 

「あっ、ケイイチロー」

 

 エーリカが後ろ頭を掻きながらやってきた。

 

「ね~わたしの上着知らない? さっきまで部屋にあったはずなんだけど?」

 

「…………」

 

(そんなの、お前のあの汚い部屋にあるに決まってんだろうが)

 

 上坂の顔が引き攣る。さらにさらに――

 

「よーケーイチロー」

 

 やっと見つけたといった感じでエイラがやってきた。

 

「なんか今日サーニャの具合が悪いみたいだから、ケーイチロー代わりに夜間哨戒やってくれよ」

 

「…………」

 

 最早すべてを通り越して無表情になる上坂。

 

「こらー! お前らー!」

 

と、そこへバルクホルンが肩をいからせ、やってきた。

 

「何でそう上坂ばっかりに頼る! 少しは自分達で何とかしろ! それと上坂! お前も少しは断ることを……おい、上坂」

 

「なんだ? トゥルーデ」

 

 いきなり話を振られ、それに応じる上坂。だが彼はまったくバルクホルンを向いていない。

 

「……何で私から目をそらす?」

 

「……そらしてないぞ」

 

「嘘つけ! どう見てもそらしているだろうが!」

 

 怒りの矛先が上坂に向かうが、それでも彼はバルクホルンの方を向こうとしない。

 

 バルクホルンには見えていなかったが、上坂は頬を赤く染めている。鼓動も少しばかり早い。

 

(目を合わせられるわけないだろう。あんな恥ずかしいことしておいて……)

 

 そう。あの時は意識が朦朧として良くわかっていなかったが、しばらくして自分がバルクホルンと姉を間違えると言う大失態をやらかし、挙句の果てにみっともない醜態をさらしてしまったことに気付いたのだ。 あの時彼女に縋りつき、思いっきり胸中を吐き出していたのだが、その時の柔らかい肌のぬくもりや良い香りがいまだに頭の中から離れない。

 

(それに……)

 

 ――大切な人を失うのは、もっと怖い。

 

 あの時バルクホルンに言った言葉のだが、実は言い間違えていたのだ。

 

(正しくは“人”じゃなくて“仲間”だが……まあいいか)

 

 とんでもない失態をやらかした上坂。そのため恥ずかしくてバルクホルンの顔をまともに見れないのだが、不思議と悪い気はしない。

 

「こらっ! 聞いているのか啓一郎!」

 

「聞いてるって……おい、あんまり近づくな……!」

 

 バルクホルンに詰め寄られている上坂。バルクホルンの追撃を躱している表情は非常に恥ずかしがっていたが、どこかまんざらでもないような雰囲気でもあった――

 


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