ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十四話

――草原が燃えている。

 

上坂は燃え盛る大平原に立っていた。

 

擱座した戦車――

 

破壊され、上を向いた砲身――

 

その周りには、焼け焦げ、黒ずんだかつて人間だった物が大量に転がっている。

 

「…ここは…」

 

「み、水……」

 

「……!」

 

気付けば上坂の周りに、たくさんの兵士が集まってきていた。

 

その一人一人が片腕がなかったり足を引きずっていたりしていて、全身が血だらけに、あるものは手足が黒焦げになっている。

 

「……く、来るな!」

 

上坂は彼らから離れようとして後ろに下がる。しかし、少し下がったところで何かにぶつかり、慌てて距離を取った。

 

そこには、すらりとした、大人びた―それでいながらあどけなさを残した女性が立っている。

 

「ね、姉さん…?」

 

上坂が驚愕する。

 

「なぜ逃げるの、啓一郎?」

 

女性がゆっくりと喋りだす。その口調は穏やかだが、上坂にはひどく不気味に聞こえた。

 

「ど、どうして……」

 

「確か私に約束したわよね、絶対守るって――」

 

「っ……!」

 

上坂はたじろぐ。

 

「ねえ、なんで約束破ったの?」

 

女性の顔が見る見るうちに血で汚れていく。

 

そして――彼女は言った。

 

「ねえ、ド・ウ・シ・テ?」

 

 

 

 

 

「…………ッ!」

 

 目を覚ますと、視界には天井が広がっていた。

 

「……夢……?」

 

 上坂は汗ばんだゆっくり体を起こす。そこは上坂の部屋。窓からは朝日が差し込んでいた。

 

「…………」

 

 上坂は自分の右手を見やる。右手はかすかに震えていた。

 

「また……」

 

 ここしばらく見ていなかった悪夢。だが、この前の一件から見ることが多くなった。

 

「……くぅ」

 

 彼はうめき声をあげると、ゆっくりと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「……最近様子がおかしくないか?」

 

 執務室で、坂本はミーナに尋ねる。

 

「おかしいって……、啓一郎のこと?」

 

「ああ、ここのところうわの空って感じだったり、何か考え込んでいる時があるみたいでな……」

 

「そうね……」

 

 確かにミーナもここ一週間上坂の様子がおかしいことに気付いていた。

 

 料理では珍しく魚を焦がしたり、砂糖と塩を間違えたりし、ブリーディングの時もどこかうわの空といった感じで話を聞いていなかったり。確かにいつも冷静沈着な上坂とは思えない。

 

「確かに、……やっぱりあの一件かしら?」

 

 あの一件とは、一週間前のネウロイ襲撃の際、防空壕へ避難するのが遅れていた少女がネウロイの流れ弾によって亡くなったことである。

 

「だろうな。いくら町を救ったとはいえ、一人亡くなったのは確か。おまけにネウロイの攻撃をそらそうとした結果だったからな。いくら上坂でもこたえるだろう」

 

「……そうね」

 

 ミーナは数日前行われた少女の葬儀を思い出す。あの時責任者として自分、少女の死の遠因を作ってしまった上坂が出席したのだが、彼は終始うつむき、拳を握りしめて懸命に何かを堪えていた。

 

「……しばらく休暇を与えたほうが良いのかしら?」

 

 あの日結局誕生日会も中止になり、しばらく上坂は休めていない。……最も誕生日会をやろうとしても彼は拒否しただろうが。

 

「そうだな……、今日はローテーションに入っているから、明日から少し休暇を入れよう。上坂が抜けるのは少々きついが、まあ何とかなるだろう」

 

「そうね。じゃあ明日休暇を入れるとして……」

 

 ミーナがそう言ったその時。

 

 突如基地に鳴り響くサイレン――。

 

「っ!? ネウロイ!?」

 

 

 

 

 

「回せー!」

 

 坂本が格納庫に駆け込むと、既に今日のメンバー達がストライカーユニットを装着していた。メンバーは上坂、バルクホルン、エーリカ、リーネ、宮藤、そして坂本の6人。バランスのとれた編成となっている。

 

 坂本も急いで自分の愛機、紫電改に足を滑り込ませ、懸架台の脇に格納されていた機関銃を掴んだ。その時――。

 

 何か重い物が落ちる音が、格納庫内に響く。

 

「!?」

 

 坂本が慌てて音のした方を向くと、そこには機関銃を落とした上坂の姿があった。

 

「どうした!? 上坂」

 

「いや……、何でもない」

 

 上坂は何事もなかったかのように取り繕うと、銃を拾った。

 

(なんで……)

 

 そこにいる隊員達は気付かなかったが、銃を持つ上坂の手は微かに震えている。

 

 彼には、その銃がいつもよりはるかに重く感じていた。

 

 

 

 

 

(……っく!)

 

 上坂はネウロイから放たれるビームを紙一重で躱す。周りでは仲間がビームを躱しながら、攻撃が止んだ隙をついて近づき、ネウロイの表面装甲を削っていく。

 

(なんで……、何でこんなに……!)

 

 上坂は自分が怖がっていることを自覚していた。

 

 体は小刻みに震え、動悸は激しくなり、口の中が乾いている。まるで初実戦を迎えた新兵の心境だ。

 

 彼に脳裏にある光景が浮かぶ。それはこの前ネウロイによって斃れた少女の姿。その光景が姉の戦死した時と重なる。

 

 怖い――

 

  シールドでビームを受け止めながら、彼は湧き上がってくる感情に支配される。もしシールドを張らなかったら……。彼の思考はどんどん暗闇に落ちていく。

 

「……ちくしょうっ!」

 

 それを振り払うかのように、銃口をネウロイに向ける。照準器には大きくネウロイの姿が映り、あとは引き金を引くだけなのだが――

 

「――あれっ?」

 

 引き金が、引けない。

 

 右手の人差し指第一関節。たった数kgの力を掛ければ凶悪な鉄塊が吐き出され、ネウロイを打ち倒すというのに、自分のものでない様に力が入らなかった。

 

「な……、なんで……?」

 

 その様子を、坂本はしっかりと見ていた。

 

(何てことだ……! 上坂を戦闘に連れてくるべきじゃなかった!)

 

 坂本だけではない。ここにいる隊員達全員がそう思っている。いつもなら既に空中に舞っていなければならない機関銃が、まだ上坂の背中に背負われていたままだったからだ。

 

「……! 啓一郎!」

 

「……?」

 

 バルクホルンの叫び声で、上坂は気付く。ネウロイのビームがすぐそこまで迫って来ていたことを。

 

「……!」

 

 慌ててシールドを張った上坂だったが、それはあまりにも小さく、そして脆い。

 

「かっ、上坂!」

 

 あっという間に赤く鳴ったシールドは貫通し、上坂の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

「……どうですか? 上坂少佐の様子は」

 

 ミーナは廊下を歩きながら、この基地に常駐している医師に尋ねる。

 

 窓の外を見ればもう夕方。既に先ほどのネウロイは倒され、全員が基地に帰投していた。

 

「幸い上坂少佐の怪我は軽く、擦り傷程度のものです。恐らく元々の高い魔法力のおかげで何とか直撃を防げたのでしょう」

 

「そう……ですか……」

 

 それを聞いて、安堵の息。

 

「ただ……、現在多少精神面が不安定な状態です。しばらくは戦場に行かせないほうが……」

 

「……今面会することは可能でしょうか?」

 

「ええ、短時間なら」

 

 そう言うと、医師はとある部屋の前で止まる。ここが上坂のいる病室である。

 

「失礼するわよ。啓一郎」

 

 扉をノックし、返事が無かったものの、ミーナはそのまま扉を開ける。

 

「……?」

 

 部屋には電気がついてなく、暗闇に閉ざされている。だが、彼女の頬には風を感じられていた。

 

「……まさか!?」

 

 ミーナは慌てて電気をつける。途端にまぶしいほどの光量が部屋を照らした。

 

「…………」

 

 部屋には何台ものベットが並び、白いシーツが敷かれている。しかし、上坂の姿はどこにもない。

 

 そして、部屋の奥の窓が開いていて、風が入り込んできていた。

 

「啓……一……郎……?」

 

 一番奥のベット。

 

そこにはいつも上坂の腰にあった刀と、一枚の封筒が。

 

封筒には大きく“退役願”と書かれていた――。

 

 

 

 

 

「脱走っ!?」

 

 翌日、執務室で、物資の受け渡しのために来訪していた扶桑皇国海軍在ロマーニャ武官、笹本拓也中佐は驚愕し、腰を上げる。

 

「ええ、今のところ休暇扱いにはしていますが……」

 

 そう言うと、ミーナは笹本に一通の封筒を差し出す。そこには“退役願”と書かれていた。

 

「上坂少佐はこれと刀を置いて行きました」

 

「……そうか」

 

 笹本は力を抜き、ソファーに体を預ける。

 

「……いったい何があったんだ?」

 

「それは……」

 

 ミーナの隣に座っていた坂本が、これまでの経緯を説明する。町を守ろうとした行動の結果少女を死なせてしまったこと。その後彼の様子がおかしかったこと。昨日の戦闘で上坂は一切の戦闘行動を行っていなかったこと。

 

「なるほど、上坂は昨日の戦闘でネウロイに攻撃が出来なかったんだね」

 

「はい、あいつは固有魔法(ポルターガイスト)すら使っていませんでした」

 

 坂本は笹本の言葉にうなずく。元リバウ航空隊戦闘隊長だった笹本と隊員だった坂本は旧知の仲なのだ。

 

「ここのところ上坂少佐の様子がおかしかったのですが、彼なら大丈夫と思っていたので……」

 

 501が設立されて間もない頃やってきた上坂は、隊員達がギクシャクしていた中でも己のやるべきことをしっかりとやり、部隊を精神面で支えてきた。そのため、ある程度楽観視していたミーナだったが、もしもっと早く彼に休暇を与えていたらこんなことにはならなかったのではと今更ながらに後悔していた。

 

「それは私もだミーナ。いつも冷静沈着なあいつがあそこまで追い詰められているとは思わなかった」

 

 坂本も上坂の気持ちに気付いてやれなかったと、悔しそうな表情を浮かべる。

 

「……仕方ない。あいつは元々軍人には向いてない性格だったんだから」

 

「軍人に向いていない?」

 

「どういう事でしょうか?」

 

 ミーナと坂本は、笹本が言っている意味が分からない。

 

 笹本は出された緑茶を口に含み、舌を湿らすと、語り始めた。

 

「……あいつは小さい頃から優しい、悪く言うと気の弱いところがあって、のんびりとした性格だった。だがあいつが八歳の頃――」

 

 それは唐突の出来事。上坂の両親が事故によって帰らぬ人になったのだ。

 

「……あいつの親御さんが亡くなったあと、お姉さんは生活費を稼ぐために陸軍に入り、上坂は近所の人に預けられたんだ。幸い近所に住むそのおばさんは子供がいなく、上坂を我が子の様にかわいがってくれ、たまに帰ってくる姉共々非常にお世話になっていたけど、上坂は両親を突然失った悲しみと、両親を失ったことによるいじめで心を閉ざしてしまったんだ」

 

「…………」

 

 当時八歳だった上坂はまだ両親に甘えたい年頃。しかし既に自我が形成され、死というものが何であるかはわかる状態である。そして子供というものは残酷で、親がいないと言うだけで仲間外れにしてしまうことなどは良くあることなのだ。

 

「そして10歳の頃、魔法が“発現”し、上坂はお姉さんの後を追って陸軍に入ることになる。……まあなんでお姉さんと同じ陸戦魔女(ウィッチ)じゃなくて、航空魔女(ウィッチ)になった理由は知らないけど」

 

 陸軍に入った上坂は、 それまでとは一変して“軍人”として成長し、任官した頃には上層部からも命令無視や独断専行が多いウィッチの中では比較的真面目な奴という認識を持たれていた。

 

 そんな中1937年、ユーラシア大陸に大規模な怪異が発生した。俗にいう扶桑海事変である。

 

「上坂は既に派遣されていた第一戦隊の増援として派遣された。坂本はその時知り合ったんだろう?」

 

「はい、私はあの時まだ軍曹でした」

 

 坂本は今でも当時のことを鮮明に覚えている。飛行時間僅か10時間で陸軍のエース達を“撃墜”して自信をつけていた時、増援でやってきた上坂によって、いとも簡単に捻り倒されたのだ。――1対3という圧倒的有利な条件で。

 

「あの時はびっくりしましたよ。中佐みたいに男性ウィッチがいることは聞いていましたが、まさか一緒に戦うことなど想像していませんでしたから」

 

「まあね。――さて、あとは君達も知っている通り、陸軍反攻作戦の時にお姉さんは戦死し、上坂も負傷。その時精神的にも不安を抱えることなったわけだ」

 

 一歩間違えれば廃人になったかもしれない状況。

 

 そして――。

 

「……今大戦」

 

 1939年、オストマルク侵攻から始まった戦いは、瞬く間に欧州に広がり、カールスラント、ガリアなど多くの国土がネウロイに支配された。

 

「当時上坂は観戦武官としてオストマルク、アルトラントにいた。陸軍上層部としては気分転換になってくれればという思いで辞令を出したらしいんだが、ネウロイ侵攻によって彼は扶桑海事変の傷が癒えぬまま、なし崩し的に最前線に立たされることになった」

 

 圧倒的な物量で猛攻をかけるネウロイ――。

 

 枯渇する物資――。

 

 次々と斃れる兵士達――。

 

「……だけど、そんな状況が皮肉にも彼を救った。そんな状況下では戦うこと以外考える余裕などなかった。……そして、彼の心はどんどん麻痺していったんだ」

 

 いつしか上坂は、自分が戦場にいるのは当たり前のことだと思い始めた。――そうして出来たのが、今の“上坂啓一郎”である。

 

「なら……!」

 

 坂本は笹本に詰め寄る。

 

「なぜ上坂はたった一人の少女で……!?」

 

「うん、それなんだが……」

 

 さすがに笹本もそこまではわからないが、それでも自分の仮説を述べる。

 

「上坂は自分を“軍人”とすることで精神を保ってきたわけだ。そうすればいくら兵士が大勢戦場で亡くなっても、それが“軍人”にとっては当たり前になるからね。だけど今回の場合少女は“民間人”。そして本来“軍人”は“民間人”を守る存在である。にもかかわらず死なしてしまった。殺してしまったこと(・・・・・・・・・)により、今まで上坂の精神を保ち続けてきた“軍人”が崩壊してしまったのではないかと思うんだ」

 

人を殺すより、死なせてしまう方が何倍も傷つける。ましてや今回は助けようとした結果死なせてしまったので、そのショックは計り知れない物だろう。

 

「それは……」

 

 確かに笹本の言葉は推測の域を出ない。だが坂本達にはそれが正解に聞こえた。なぜならここ最近の上坂を一番近くで見ていたのは彼女達なのだから。

 

「……上坂少佐は……、戻ってくるんでしょうか?」

 

 ミーナは縋りつくかのように笹本に尋ねる。

 

「こればっかりはわからないね。ただ……」

 

「ただ?」

 

 笹本は、最悪の事態を告げる。

 

「下手すると、上坂はもう “上坂啓一郎”でなくなっているかもしれないな」

 

「…………」

 

 その意味を考えるだけでも、恐ろしかった。

 


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