「んっ?」
ある日のこと、近くの町まで買い出しに来た上坂は買い物を終え、帰ろうとした時。
「…………」
彼のことを物珍しそうに見つめている少女が目の前に立っていた。
「何か用か?」
「……!?」
上坂が声を掛けると、体をビクッと振るわせて路地裏に逃げ込む。だが少女は路地角から顔をだし、また上坂をじっと見つめる。
「…………」
今まで彼を見た少年少女の場合、ほとんどがいきなり逃げ出すか泣き出すか、その二つだったため、彼はその少女の行動が気になって仕方なかった。
「えーと……、どうかしたのか?」
「……もしかして、かみさかたいいですか?」
「えっ? あ、ああ……、今は少佐だけど」
上坂がそう答えると、少女はパァッと顔を明るくし、彼の前にやってきた。
「やっぱり! 頬の傷を見てそうかなって思ったんです!」
少女は尊敬のこもった目で上坂を見つめる。彼は久しぶりに向けられた少女の目に、苦笑した。
(頬の傷で覚えられるとは……、まっ、いっか)
「私以前カールスラントにいたんですけど、避難している時にかみさかさんに助けてもらったんです! あの時のお礼が言いたくて思わず話しかけちゃいました!」
「カールスラントか……」
上坂にはカールスラントでの戦いの記憶があまりない。連日の出撃に加え、途轍もない激戦続きだったため、色々考えている余裕など無かったからだ。その時に何度も避難民の護衛をやったことくらいは覚えているが、残念ながら目の前の少女をいつ、どこで助けたのかはわからなかった。
「そっか、ありがとな。そうやってお礼を言ってくれると、自分も励みになるよ」
上坂は微笑みながらそう言うと、ふとあることを思い出し、懐からある物を取り出した。
「?」
取り出したのは何の変哲もない一枚の紙。少女はそれを不思議そうに見つめている。上坂はその紙を少女の前で折り始めた。
「ここを……こうやって……」
折ったり閉じたり開いたり……。
「よし、出来た」
「うわぁ~!」
完成したのは一匹の鶴。最も少女は鶴を知っているかどうかはわからないが、何とか鳥類であることはわかってくれるだろう。
「ほい、プレゼント」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
折り紙を受け取り、満面の笑みを浮かべる少女を見て、上坂は穏やかな笑みを浮かべた。
「みんな集まったようね……」
ミーナはブリーディングルームに集まった隊員達を、壇上から見渡す。ただし彼女はみんなと言ったが、上坂の姿だけが無かった。
別に彼の存在を忘れているわけではない。むしろ逆――今回集まってもらったのは、上坂のことについてだった。
「……それでは、上坂少佐の誕生日パーティーについての会議を始めます」
そう、明日の5月5日は上坂啓一郎の誕生日。今日はそのことについて話し合うために集まったのだった。
「あのー……」
「なにかしら? 宮藤さん」
宮藤は恐る恐る手を挙げ、質問する。
「何でここまでおおごとにするんでしょうか? 確か他の人の時は、こんな会議なんて開いていなかったのに……」
「何言っているんだ! 上坂にはいつも世話になっているからな!」
「そうだぞ! いつも私達のために頑張ってくれている啓一郎の為にも、ここは盛大に祝わないと!」
坂本に続いてバルクホルンが力説する。だがその態度はどこかおかしく、何か焦っているように宮藤には感じた。
「いえ、それはそうですけど……、別に去年とだいたい同じことをすれば……」
宮藤がそこまで言った時、突然全員から目をそらした。それも勢いよく。
「あれ? リーネちゃん?」
隣に座っている親友も、全く顔を合わせようとしない。
「ええと……、皆さんどうしたんで……」
「……たんだ」
「えっ?」
シャーリーが観念したかのようにつぶやく。
「……忘れたんだ。去年のイチローの誕生日」
「えっ? えええっ!?」
それを聞いた宮藤はぶったまげた。驚いたを通り越して。
「いや! いくらなんでも忘れるなんてありえないでしょう!? だって5月5日なんてそんな覚えやすい誕生日……!」
「だってしょうがないじゃない!」
ミーナは半ば吹っ切れたかのように告白する。
「あの時はネウロイの攻勢もそこそこ激しかったし、それに啓一郎自身も誕生日のことすっかり忘れていたのよ!? 6月も半ばになって「あっ、そういや5月で22歳になったんだっけ」とか言ってたのよ!?」
「いや、だからって……」
確かに宮藤も、上坂が自分よりも他人を優先する性格であることはわかっている。だが、幾らなんでも誕生日を忘れるなんてことはあるのだろうか? 宮藤はそう感じずにはいられなかった。
「まあともかくだ!」
坂本がその場を収めるように大声をあげる。
「明日の誕生日は何としても成功させなければならない。そのために我々は一丸となって明日まで上坂に準備していることを悟られないようにするんだ! わかったな!」
「了解!」
「…………」
他の隊員達がこれまで見てきた中で一番きれいな敬礼をする中で、宮藤は一人その光景を生暖かい目で見ていた。
翌日――
「……でっ、私が啓一郎の監視役か……」
バルクホルンは己に与えられた任務をつぶやきながら、廊下を歩いていた。目指すはいつものように書類仕事をしてるであろう上坂のいる執務室。
昨日の会議で、誕生日パーティーはレクリエーションルームで行うことが決定。そのため今朝のミーティングでレクリエーションルームは工事のために立ち入り禁止との通達を出した。だが上坂の場合、工事の監督と称して入ってくることを考慮したため、誰か彼の監視役をつけることにしたのだった。
「まあ監視と言っても、そろそろ哨戒の時間だが……」
今日はシフトの関係上、上坂とバルクホルンが昼の哨戒任務を行うことになっていた。
「おーい、啓一郎」
「んっ? トゥルーデか」
執務室の前まで来たバルクホルンは、ドアを開ける。すると何かの冊子を見ていた上坂が顔をあげた。
「そろそろ哨戒任務の時間だぞ、……何見ているんだ?」
バルクホルンは上坂の持っているものが気になり、中に入る。見れば机の上にも同じような冊子が何冊も積まれていた。
「ああこれか、この前本土から送られてきたんだよ。お見合い写真だとさ」
「お見合い写真?」
尋ねるバルクホルンに、上坂は疲れたようにため息をつきながらそれを見せる。そこには綺麗に着飾った女性の写真が載っていた。
「そ、上司からそろそろ結婚を考えろって言われててさ」
「けっ、結婚だと!?」
顔を赤くし、驚き慌てふためくバルクホルン。
「いや、まあそりゃあ俺ももう年だし、そろそろそういったことも考えるべきなんだが……あんまり気が乗らないんだよな」
既に二十歳を超え、結婚的適齢期に入っていることは自覚している上坂だが、正直結婚はまだ先でも良いと思っている。
「気が乗らないって……」
「――さて、哨戒任務にでも行くか」
上坂は冊子を閉じると、部屋を出て行く。
「あっ、おい啓一郎!」
その後を、まだ顔の赤いバルクホルンが慌ててついて行った。
システムの不具合で複数投稿をしてしまいました。誠に申し訳ございません。