ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十一話

「えっとね! さっき買い物してる時にふと窓の外見てたらね、マリアが黒い服着た二人組の男に腕を掴まれてたの。だからあたしが走ってキックして、一緒に逃げてきたんだ!」

 

「そ、そうか……、それはご苦労さん……」

 

(すみません、ウチの部下が……)

 

 ルッキーニのテンションの高い説明を聞きながら、ルッキーニのキックをくらった黒服の男達――マリア殿下の護衛の人に、内心頭を下げる。

 

「それでね! マリアがローマの街を見てみたいっていうから、案内しようと思っていたとこなの!」

 

「案内……ね……」

 

 上坂はなんとなくその気持ちがわかる。

 

 偉い人というのは、権力を持つ代わりに自由な時間というのが殆ど無い。裏で働く上坂は、そういった人達をよく見て来ていたので、まだ若い彼女が自分の住む街を見てみたいと思うのは当然だと思った。

 

「上坂、そっちは終わったか?」

 

 その時、少し離れていたところで話していた笹本とマリアが戻ってきた。

 

「はい、まあ」

 

「そうか、それでなんだが、マリアで……さんはローマの街を見て回りたいそうだから、俺達も同行することに決まった」

 

「いいんですか?」

 

 いくら彼女が希望しているとはいえ、勝手に市街地を回るのはどうかと思う上坂。もし何かあれば首が飛ぶでは済まされなくなるからだ。

 

「ああ、……今護衛の人とも会えて、許可が下りた。彼らは見つからない様についてくるそうだ」

 

 笹本はルッキーニに聞こえないよう声を潜める。マリアからの要望でルッキーニには自分の正体をばらしてほしくないと言ったための配慮だ。

 

「……つまり表向きの護衛は俺らでしろと?」

 

「ああ、……まあいいじゃないか。こういった所でいろいろ便宜を図っていれば、後々役に立つこともあるからな」

 

「それはそうですが……」

 

 外交というのは面白いもので、幾ら国民感情があまり良くなくとも、トップの人間と仲が良ければ色々と有利に物事を運べることが多い。だからこそ笹本はこの仕事を引き受けたのだろう。外交に関して非常に有能な彼だが、上坂にとっては正直どうでもよかった。

 

「申し訳ありません。ですが国民の暮らしている姿をどうしても見てみたくて……」

 

 ここでマリアが前に進み出る。その目には哀願。そんな顔をされると断ることなどできるわけがない。

 

「……わかりました。僭越ながら私、上坂啓一郎。殿下の護衛を務めさせていただきます」

 

 内心ため息をつきながらも、上坂は優雅に一礼した。

 

 

 

 

 

 こうしてなし崩し的にローマ観光をすることなった上坂御一行。ローマに一番詳しいルッキーニを先頭にして、コロッセオや真実の口、トレビの泉などを見て回った。

 

「ヤレヤレ……、年寄りにはキツイね~」

 

「あなたまだ20代でしょうが……」

 

 イスパニオ広場で一休みとなり、ほとほと疲れ、階段に座り込んだ笹本に突っ込む上坂。最も彼もだいぶ精神的に参っている

 

「まあ確かにその気持ちもわかりますがね、コロッセオの立ち入り禁止区域に入ろうとしたり、トレビの泉で落っこちそうになったり……」

 

「ホント、護衛の人にも同情するよ」

 

 笹本は苦笑しながら、ちらりと街角の隅に目線を移す。そこには顔に包帯を巻いた、黒い服を着た二人の男性が、心配そうにこちらを見ていた。

 

「……しかし、前線に近いのにここはまだ戦争って雰囲気ではないですね」

 

 ふと上坂は、今まで見てきた光景を思い出す。戦争中であるにもかかわらず物資は豊富で、街全体が活気にあふれている。今も時折観光客の姿を見ることが出来るくらいだ。

 

「まあここはまだ前線から遠いし、ネウロイの襲撃もない。それにここは歴史的遺産も多くあるから、ネウロイに破壊される前に見ておこうとする人たちが多いのか、例年に比べると非常に多いよ」

 

「そうだったんですか……」

 

 上坂は依然、解放されたパリの街に行ったことがある。

 

 かつては花の都と呼ばれていたガリアの首都は、ネウロイの攻撃によって破壊され、天にそびえ立つようなエッフェル塔の姿はなく、凱旋門も半分が崩れ落ち、戦火にさらされていたのが窺いしれた。

 

「確かに、ネウロイの攻撃を受けたら、今見てきた観光地とかも破壊されるんですね……」

 

「仕方ないさ。ネウロイに壊さないでってお願いしても、聞いちゃくれないだろうし」

 

「…………」

 

 上坂は今いるイスパニア広場を見渡す。

 

 ジェラート売りに群がる子供達、ベビーカーを押す若い女性、長年連れ添ってきたと思われる年老いた夫婦。

 

 そこには人々の営みの風景があった。

 

「そして、人々の営みも……」

 

「ああ、だからこそ軍人がいる。戦えない者達に変わって、俺達が守り抜かなくちゃいけないんだ。国土を、財産を、そして……命を」

 

「ええ」

 

 二人は改めて自分達の使命を感じた。その時――

 

「あの、ちょっとよろしいですか?」

 

「はい?」

 

 上坂に話しかけてきたのは、ジェラートを売っている人。少し顔を引き攣らせながらも笑顔を見せている。

 

「いえ、ジェラートの代金をいただきたいと思いまして……」

 

「ジェラート? いえ、自分はなにも買っていませんが……」

 

 その時見てしまった。マリアとルッキー二が子供達にジェラートを配っている光景を。

 

「……もしかして」

 

「はい、どうやらあなたがお二方の保護者だと思いましたので……あ、ちなみにこちらが代金となります」

 

 そう言いながら手渡されたメモには途轍もない金額が。

 

「…………今お金を降ろしてきます」

 

 のちに笹本が、あの時上坂の背中が煤けて見えたと証言したという……。

 

 

 

 

 

「……やっぱり大きいですね、ローマの街は」

 

 バシリカ・ウルピアの巨大ドームの屋上で、ルッキーニとマリアはローマの街を一望している。ちなみに他の二人は少し離れた所にいて、落ち込んでいる上坂を笹本が慰めていた。

 

「そりゃあそうだよ! なんたってロマーニャなんだから!」

 

「その意味はちょっと分かりませんが……」

 

 マリアは苦笑する。でもルッキーニの言いたいことはなんとなくわかった。

 

 ロマーニャ公国はかつての大国、ローマ帝国のあった場所にあり、そのため紀元前の頃の建築物などが数多く残っている。それは広範囲に及び、必然的にそれらを観光地とするために交通網が整備され、結果的にローマの街は大きくなっていった。

 

「これが、ローマの街並み……」

 

 自分の屋敷にいる時は、知識として将来ロマーニャを収めていかなければならないと教えられてきた。だがその国がどの様なものなのか、どのような人々がどの様に住んでいるのかはわからなかった。だが、今日街を歩き回って、一部ながらも見ることが出来た。

 

「そして……ここに住む人々……」

 

 と同時に思う。この人々の営みを守っているのは、隣にいるようなうら若きウィッチ達だということも。彼女達がいなければローマも早々に陥落していたであろうことを。

 

「……ルッキーニさん」

 

 マリアはルッキーニに向き直る。

 

「私も出来るだけのことをします。だからどうか、このローマの街を……、ロマーニャを守ってください」

 

「マリア……?」

 

 先ほどとは違う雰囲気に戸惑うルッキーニ。だが――

 

「うん! いいよ!」

 

 すぐいつもの笑顔になるルッキーニ。自分の母親や友達を守るためにウィッチになった彼女にとってそれは当たり前のことだった。

 

「……ありがとうございます、ルッキーニさん」

 

 目に涙を浮かべて、マリアは頭を下げた。

 

 その時――

 

「!? これは!」

 

「警報だと!?」

 

 町中に響き渡るサイレン。先ほどまでとは打って変わって、ルッキーニも上坂も真剣な表情である。

 

「上坂さん! ルッキーニちゃん!」

 

 眼下から聞こえてくる声、上坂が下を覗くと、そこには宮藤とシャーリーが待機していた。

 

「ちょっと待ってろ! すぐ降りる!」

 

 上坂達は慌ててバシリカ・ウルピアの屋上から降りていく。

 

「良くわかったな、ここが!」

 

 降りてくるなり、上坂は宮藤達に尋ねる。先ほども言った通り、ローマは広い。その中で自分達を見つけられたのは奇跡だと感じた。しかし――

 

「はい! いろんな人に頬に傷のある扶桑人を知りませんでしたかって聞いたら、すぐに答えてくれました!」

 

「…………」

 

 なんだか素直に喜べない上坂。いつも真面目な表情なのも相まって、特に子供達から怖がられる存在である上坂。それがこんなところで役に立ってしまったのだから無理もない。

 

「そんなことより、早く出撃しましょう!」

 

 トラックにはあらかじめ四人のストライカーを積んでいる。またストライカーは垂直離着陸も可能なので、こんな場所からでも出撃できる。

 

「そうだな! シャーリーとルッキー二、宮藤と俺でロッテを組む! 出撃準備に掛かれ!」

 

「了解!」

 

 上坂の号令一下、宮藤達は出撃準備に取り掛かる。

 

「マリア!」

 

 いち早く準備を終えたルッキーニは、マリアに向き直る。

 

「あたしが、絶対ローマを守るから!」

 

 そう言うと、ルッキーニは大空へと飛び立っていった。

 

「……? どうかしましたか? 笹本さん」

 

 出撃準備が整った上坂は、ふと笹本が自分達を羨ましそうに見つめていることに気付く。

 

「ん? あ、いや……、羨ましいと思ってね。君達がこうやって空を飛べることに」

 

「…………」

 

 笹本は既にアガリを迎え、ウィッチとしての寿命は尽きている。だから彼はまだ飛べる、戦える上坂達を羨ましそうに見つめていたのだ。

 

「……大丈夫です」

 

 上坂は口元に笑みを浮かべながら言った。

 

「あなたの分まで俺は戦いますよ。だから……あなたも、自分の出来ることを頑張ってください。――コレ、部下の言葉です」

 

 笹本は一瞬ぽかんとして――大声で笑った。

 

「ははは……! ああ、心配するな! 後方支援は任せろ!」

 

「お願いします! 笹本さん!」

 

 前線と後方――

 

 その二つに違いなどない。二つの力が合わさってこそ人類はネウロイと戦えることが出来るのだ。

 

 そのことを再確認した上坂と笹本だった。

 




今回は後方支援で頑張っている人がいるということを知ってもらいたくて執筆しました。軍人としての働きはやはり前線が一番目立ちますが、後方の人たちがきちんと書類仕事をこなし、補給を整えているからこそ前線で戦えるのです。偉い人は伊達に高い給料をもらっているわけではないのですよね(笑)

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