ジェットストライカー騒動から数日後。
「…………無い」
基地の食糧備蓄庫。いつもなら食べ盛りの隊員達のための食糧がたくさんあるはずなのだが、今そこにはほとんど何もなかった。
「ありえないだろ! あれだけあったジャガイモすら無くなっていたんだぞ! いったい一日にどれだけ食べたんだ!?」
「はいはい、ちょっと落ち着いて……」
食料備蓄庫の有様を確認した上坂は、そのまま執務室に乗り込み、ミーナに肩を震わせて直訴した。
「まあ仕方ないじゃない。あの子達だって育ちざかりなんだから……」
「あの量を食べつくして、育ちざかりって……」
この前カールスラントから届いたジャガイモは、木箱数十個分だったはず。その量が立った数日で無くなってしまったということは、単純計算で一日数箱分を喰らい付くしていたという計算になる。
「……まあ確かに問題よね。基地の食糧が無くなるなんて」
軍隊において一番の楽しみは食事だとも言われている。これは過酷な訓練や戦闘を行う組織であり、いつ死ぬともしれない状況に置かれているからこそおいしい物を食べていたいという欲求から来ているからだ。
「ねえ。本当に食料は何もないの?」
ミーナは再度確認する。
「ああ、あるのは冷蔵庫にあったスパム缶と非常食用の軍用レーションのみ。米一粒すら残っていない」
「そう……」
ミーナはしばらく考え込み、顔を上げた。
「ちょうど備品が必要だったから、買い物に行くべきね」
「……というわけで、臨時補給作戦を実施することになりました」
レクリエーションルーム。
ブリタニア時代のと比べると、部屋は広いがピアノもラジオも置いてなく、実に殺風景である。本来なら改装をしたいのだが、予算不足に泣いている501ではそんな余裕もなく、何とか予算を構面して設置した黒板が、扇状に並んでいる机の前にある壇上にあった。
「しっかし、食料が無くなるとはな~」
「ほんっと、誰がそんなに食べたんだか」
「お前らだろ、どう考えても」
額に青筋を浮かべながら、突っ込みを入れる上坂。その相手が誰なのかは……ここでは言及しないでおこう。
「まあまあ、……大型トラックを運転できるのはシャーリーさん、土地勘があるのはルッキーニさんなので、二人にお願いします」
「了解」
「それと宮藤さん、リーネさんも同行してください」
「あの……」
それを聞いて喜んでいた宮藤の横で、顔を曇らせたリーネがそっと手を上げる。
「どうしました? リーネさん」
「すみません、私は待機で」
「え~っ! どうして!?」
残念がる宮藤。
「え~と……」
目を泳がせながら、何とか答えようと言葉を探すリーネだが、何も浮かんでこない。
「……わかりました。では宮藤さん、お願いね」
なんとなく察したミーナが助け舟をだし、結局街に行くのはシャーリーとルッキー二、宮藤、そして珍しく休暇を取り、街へ用事がある上坂の四名に決まった。
「あ~あ、なんでリーネちゃん買い物に行かなかったんだろう?」
出発準備が整い、トラックの荷台に乗り込んだ宮藤は頬を膨らせながらつぶやく。
「さあな、なんか他にやることでもあったんだろ。……さて、俺はしばらく寝るから、ついたら起こしてくれ」
先に乗っていた上坂は、そのまま荷台の奥に寝転がり、ここのところしばらく書類仕事やらで寝不足続きだったためか、あっという間に寝息を立て始めた。
「さ~て、じゃあ行くか!」
「りょ~か~い!」
運転席に乗り込んだシャーリーは、助手席に座ったルッキー二にそう言うなり、トラックを走らせ始める。
「くくく……、さ~て、今日はどれくらいで到着するかな?」
「えっ? なんですか?」
サイドミラーで基地が見えなくなったのを確認したシャーリーは、不敵な笑みを浮かべる。残念ながら後ろにいた宮藤には、その声が聞こえていなかった。
「さあ……、行くぞ!」
シャーリーは一気にアクセルを全開にする。
「う、うわっ!」
急加速したトラックの荷台に乗っていた宮藤は落ちそうになり、慌てて縁にしがみつく。
「な、何やっているんですかシャーリーさん!?」
「はっはっは! 心配するな宮藤! あっという間に着いて見せるからな!」
「わ~い! 速~い!」
「あわわわわ!」
道がきちんと舗装されていないため、物凄くバウンドしながら爆走するトラック。
「す~……、す~……」
そんな状態であるにもかかわらず、荷台の奥で静かに寝息を立て、深い眠りについている上坂であった。
ロマーニャ公国、首都、ローマ――
ここは太古の昔、アウグストゥスが治めるローマ帝国があった地。現在まで続く紀元を作った場所でもあり、街の至る所に歴史的建造物が立ち並んでいる。それらを囲むようにしてこの街は発展していた。
そんな街の一角にあるカフェで、シャーリー達と別れた上坂は、扶桑海軍の軍服を着た青年と対面していた。
「お久しぶりです、笹本さん」
「相変わらず元気そうだね、上坂」
扶桑皇国海軍在ロマーニャ武官、笹本拓也中佐。上坂とは昔から家族ぐるみの付き合いがある。柔和な笑みを浮かべている彼は元航空歩兵
「まあそうですね。相変わらずやんちゃな奴らの世話係ですよ」
「ハハハ、まあ仕方ないさ。ウィッチはそういうものだし」
笹本の脳裏に、その光景がありありと浮かぶ。彼もかつてウィッチ隊を率いていたため、その光景は見慣れた物だったからだ。
「それにしても、上坂の活躍はあちこちから聞いているよ。この前のロマーニャ空軍内の一斉汚職摘発、あれもお前がかかわっているだろ」
「さあ……、何のことやら」
彼は昔から勘が鋭く、上坂が諜報員として働いているということは話していないが、彼はなんとなくだが察している。上坂はとぼけてみせるが、笹本にはお見通しだった。
「……まあいいさ。おかげでこっちもロマーニャ空軍から物資を融通してもらえるようになったからね。アフリカへの物資輸送もだいぶ楽になったよ」
「そういえば、ヒガシさんとかは元気ですか?」
最近手紙のやり取りをしてなかった上坂は、かつての部隊員の様子を尋ねる。
「ああ、圭子も稲垣も元気だったよ。おかげでこの前もこっちに無理難題を押し付けてきた。味噌と醤油をもっと持って来いだとさ」
実を言うと、笹本と加東は幼馴染であり、小さい頃からの付き合いなのである。そして笹本は昔から加東には頭が上がらずにいたのだ。
「あ~……、相変わらずですね、ヒガシさんも」
上坂は、笹本につられて苦笑する。そこにはまったりとした空気が流れていた。
「あれっ? もしかしてイチロー?」
そのとき不意に、上坂にかけられる声。
「んっ? ルッキーニ? なんでお前がここに……って!」
先ほどシャーリー達と別れ、ルッキーニは彼女達と買い物に行ったはず。それなのに彼女は一人……いや、よく見るとも後ろにもう一人いる。その後ろにいる人物を見て、上坂は開いた口がふさがらなくなった。
「どうかしたか、上坂……えっ?」
遅れて笹本も、その人物に気付く。
そこにいたのは16歳くらいの少女。ロマーニャ公国第一公女、マリア・ピア・ディ・ロマーニャだった。
最新話が外伝になってしまっているとの話を聞いたのですが、それを改善するため外伝を別の作品として掲載しようと思っています。どうでしょうか?