「……寝ている間に、いったい何があったんだ?」
「……バラバラ」
夕暮れ時の格納庫――
夜間哨戒の為さっきまで寝ていたサーニャとエイラは、目の前の残骸となったジェットストライカーを見て首をひねっていた。
――あの後、出撃したバルクホルンは短時間で戦場に到着し、50mm機関砲という圧倒的大火力でもってネウロイを粉砕した。だが魔法力切れで意識を失い、ジェットストライカーは緊急排除装置が働き落下。慌てて追いかけたシャーリーのおかげでバルクホルンは無事だったものの、ストライカーはそのまま海に落下。海中から引き揚げたときにはもうただの鉄屑に成り果てていた。
「まったく、人騒がせなストライカーでしたわね」
ペリーヌが皆の気持ちを代弁する。
「ええ、それと使う人もね」
ミーナが振り返った先には、黙々と山のように積まれたジャガイモの入った箱に囲まれながら皮むきをしている二人の姿が。言うまでもない。今回ジェットストライカーを無断使用したバルクホルンと、それを勝手に許可した上坂だ。
「しっかしな~、バルクホルンのおかげでネウロイを倒せたんだ、大目に見てくれても……」
「規則は規則、そこはしっかりしないといけません」
シャーリーは宥めるが、ミーナは却下。他の部隊だったら営倉入りすら考えることをやってしまったのだから、ジャガイモの皮むきなど懲罰としては軽いほうである。
「そうだな。……それにしても、どうしてこうもウチは命令違反が多いんだか……」
坂本は嘆くが、ミーナにとってみればお前が言うなと言った所である。
「皆さん、どうもお騒がせしました」
その時やってきたエーリカが、一同に対して頭を下げた。
「どうしたハルトマン?」
「お前が謝ることは無いだろう」
坂本とシャーリーはいつもと違うエーリカを訝しがる。
「あ、いえ。私は……」
「みなさ~ん! お芋が届いたので早速作りましたよ~!」
エーリカが何会言おうとした時、宮藤とリーネが食事――と言っても軽いものを運んできた。
「おっ! フライドポテトじゃん!」
シャーリーは大好物のフライドポテトに目を輝かせ、早速手に取って口に運ぶ。
「どうしたんですの? この大量のイモは」
「さっきカールスラントからの輸送機で、たくさんお芋が届いたので……。あっ、ハルトマンさんもどうぞ」
ペリーヌの質問に答えながら、宮藤はエーリカにもポテトを差し出す。その時、ふと彼女が眼鏡をかけていることに気付いた。
「あれ? ハルトマンさん、眼鏡なんてかけていましたっけ?」
「はい、ずっと……」
その時宮藤の後ろから手が伸び、今エーリカに差し出したポテトを掴んだ。
「いっただき~!」
「あっ! もう、ハルトマンさん! ハルトマンさんのはこっち……って! ええっ!」
宮藤は別のポテトを渡そうとして、エーリカが二人いることに驚愕する。
「モグモグ……。あれ、やっほ~ウルスラ、久しぶり~」
「お久しぶりです、姉さま」
そんなことは知らんと言わんばかりに、エーリカはエーリカ……改め、ウルスラと呼ばれた瓜二つの少女に話しかける。
「紹介するわね。こちらはウルスラ・ハルトマン中尉。エーリカ・ハルトマン中尉の双子の妹よ」
「妹~!?」
坂本とバルクホルン、そして上坂以外は驚愕した。
「よお、ウルスラ。久しぶりだな」
「お久しぶりです。そちらもお変わりなく」
ウルスラの存在に気付いた上坂が、彼女と挨拶を交わす。
「上坂さん。知っていたんですか?」
代表してか宮藤が尋ねる。
「ああ、大戦初期の頃ちょっとスオムスに行く用事があってな。その時に」
「今はノイエ・カールスラント技術省所属で、ジェットストライカーユニットの開発スタッフの一人なの」
「へぇ~」
ミーナの説明に、ただうなずくだけの隊員達。ウルスラはバルクホルンの前まで行き、頭を下げる。
「バルクホルン大尉、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。どうやらMe262には、魔法力の供給バランスに致命的な欠陥があったようです」
「ああ、まあ気にするな。試作機にトラブルはつき物だ。それより、壊してすまなかった」
試作機というのは古今東西トラブルとは無縁ではない。なにせ初めて作ったものであるし、幾ら設計上で問題が無かったとしても、実際に作ってみると思わぬ問題が起きてしまうことだってある。
「いえ、大尉が御無事で何よりでした。この子は本国に持って帰ります」
ウルスラは残骸となったMe262を愛おしそうに見つめる。彼女にとってジェットストライカーとはそれほどまで重要なもの。だからこそこの経験を生かして改良を続けると誓ったのだった。
「お疲れ、おふたりさん」
深夜、皮むきを続ける上坂達の所にシャーリーがやってきた。
「んっ? どうした、シャーリー」
「いや、あたしも手伝おうかな~って思ってさ」
そう言うと彼女はバルクホルンの対面に座り、皮むきを手伝い始める。
「これは私達の懲罰だ。手伝わなくていい」
「そんな固いこと言うなって、どうせ半分はあたしが食べるんだし」
半分も食べるのかよ……と小さくつぶやく上坂。彼の後ろにはむき終わったジャガイモの箱が山積みにされている。ちょっとやそっとではなくならない量だ。
バルクホルンは、しかし諦めて作業に戻る。上坂とバルクホルン、シャーリーの三人はしばらく作業を続けた。
「……ごめんな」
「?」
ふとシャーリーは手を止め、ポツリとつぶやく。バルクホルンは訝しげな顔をした。
「最初にルッキーニが異変を感じた時に、お前を止めるべきだったんだ。そうしていれば……」
「言っても無駄だったろうな」
「えっ?」
不意に黙っていた上坂が口を開く。その言葉にシャーリーはむっとした。
「どういう事だよ、イチロー」
「――トゥルーデは今、いくつだ?」
「いくつって、そりゃあ19……」
質問に答えようとして、傍と気付いた。
「そうだ、トゥルーデは19歳。……上がりを迎えるまであと一年もない」
「…………」
祖国奪還のために、青春時代を犠牲にして戦い続けてきたバルクホルン。だが彼女もそろそろ二十歳。ウィッチとしての寿命もあと僅かである。
「だから今回送られてきた新兵器が、もしかしたら自分が現役までに祖国を奪還できる力になるんじゃないかと思った、違うか? トゥルーデ」
「……そうだな」
バルクホルンは、観念したかのようにため息をつく。
「私は自分の手で祖国を奪還したい――その思いを胸にずっと戦い続けてきた。だからジェットという新しい力に魅了されたんだ。私が決めて、私が乗った。シャーリーが謝る必要はない。ただ……」
「ただ?」
「私以外だったら、もっとうまくやれたかもしれない。そう考えると、あの機体が可哀相に思えるんだ」
それを聞いて微笑むシャーリー。
「お前さんのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「なっ、何を言ってるんだ! お前にそんなこと言われる筋合いはない!」
「なんだよ、せっかく人が素直になっているってのに……、これだから堅物軍人は」
「お前みたいな規則を守らん奴に言われたくない!」
せっかく先ほどまで良い雰囲気だったのに、いきなり喧嘩を始める二人。
「まったく、皮むきしろよ……」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人のすぐそばで、上坂は一人ため息をつぶやきながら皮むきをしていた。