ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第八話

う……ん……?」

 

 バルクホルンが目覚めると、まず目に入ってきたのは見知らぬ天井だった。

 

「ここは……」

 

「あっ! バルクホルンさん!」

 

 目が覚めたことに気付いた宮藤が叫ぶ。他の隊員達がバルクホルンを心配そうにのぞきこんでくるのを見て、自分が病室のベットに寝かされていることに気付いた。

 

「……どうした、みんな? 私の顔に何かついているのか?」

 

「トゥルーデ覚えていないの? 海に落っこちたこと」

 

 エーリカに言われて気付く。確か先ほどまで自分はジェットストライカーのテスト飛行をしていたはずだ。それなのに今はベットに寝ている。

 

「魔法力を使い果たして気を失ったのよ。覚えてないの?」

 

「馬鹿な! 私がそんな初歩的なミスを犯すはずがない!」

 

 魔法力を使い果たすことは、新人の頃によく起きる問題。そのために初めて飛ぶときは教官が傍についているか、複座型ストライカーで一緒に飛ぶことがある。だがバルクホルンは歴戦のエース。いくらなんでもあり得ない……。

 

「大尉のせいじゃない。恐らく問題はあのジェットストライカーにある」

 

「はっきりとは分からないけど、魔法力を著しく消耗させているんじゃないかと思うの」

 

 坂本とミーナが推測を述べ、慰める。だがバルクホルンはそれを否定し、ベットから起き上がろうとする。

 

「試作機に問題はつきものだ。それに……あのストライカーは戦局を変える力を持っている。早く実戦化させるためにもテストを続けなければ……」

 

「駄目よ!」

 

 だが、それをミーナが珍しく声を荒げて止める。確かにあのストライカーユニットが戦局を大きく変える存在だというのはミーナも承知している。だが友人と新兵器開発を天秤にかけるつもりなど、彼女には毛頭もなかった。

 

「あなたの身を危険にさらすわけにはいきません。……バルクホルン大尉、あなたには当分の間、飛行停止の上、自室待機を命じます」

 

「ミーナ!」

 

「これは命令です!」

 

「…………」

 

 命令に逆らえるはずがないバルクホルン。ましてや友人……いや、友人だからこそ拒否すると言う選択肢は無かった。

 

「…………了解」

 

 バルクホルンは渋々了承した。

 

 

 

 

 

 同じ頃――

 

「どういうことですか!」

 

 執務室で、上坂は珍しく声を荒げて受話器に怒鳴る。

 

『それはわかっている。こちらとしても想定外だった』

 

 電話の相手はロンドンの連合軍司令部にいるガランド少将。上坂は相手の方が階級が上にもかかわらず、怒鳴り散らす。

 

「想定外!? こっちは危うく隊員を死なせるところだったんですよ!」

 

『少し落ち着け』

 

 ガランドにたしなまれ、何とか落ち着きを取り戻す上坂。だが不満げな顔は相変わらずである。

 

『そっちに送った仕様書に書いていたはずだが、Me262はその高性能と引き換えに乗り手を選ぶストライカーなんだ。魔法力の適性が高い奴でないとたちまち魔法力を吸い取られ、意識を失ってしまう』

 

「……つまりトゥ……バルクホルン大尉の適性が低いとでも?」

 

『そう言うことになる。私も驚いてはいるが』

 

 ガランドとしてはミーナ、エーリカ、バルクホルンの三人の内誰かが履いてくれればよかった。何せジェットストライカーユニットはカールスラントの新兵器であるし、この三人は本国だけでなく、各国からも知られているエースウィッチなのだ。それだけの適性があると思っていたガランドだったため、今回の事故は非常に不本意だったのだ。

 

「…………」

 

 確かに上坂も思うところはある。どちらかと言えば天才肌的なエーリカやミーナと違い、バルクホルンは努力型のエースであるし、彼女がエースである所以は空戦技能よりもMG42の二丁持ちという高い火力からくるものなのだ。

 

『ともかく、こちらで調査を開始するから、しばらくMe262の使用を禁止しておいてくれ』

 

「……了解しました」

 

 上坂は静かに受話器を置くと、一人頭を抱える。

 

「…………くそっ!」

 

 上坂はやりきれない感情を抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

 ――要は、自分がジェットを使えるほど強くなかったということだ。

 

 バルクホルンはそう結論付け、休養中にもかかわらず筋力トレーニングのために部屋のヘリを使った片手懸垂をしていた。

 

(危険だと? 戦場に身を置きながら、危険とは片腹痛いぞシャーリー)

 

 先ほどシャーリー達がやってきてトレーニングを止めるように言われたのだが、彼女はそれを頑として受け入れなかった。

 

(わかるものか、祖国を失ったことのない奴に)

 

 大西洋を挟んでいるために平和なリベリオンとは違い、バルクホルンの故郷、カールスラントは未だ大部分がネウロイの支配下に置かれている。だからこそ彼女は欲していた。新たな力を、新しい翼を。

 

(ジェットストライカーユニット……。あれなら祖国奪還も夢では無い)

 

 圧倒的な積載量、素晴らしいほどの高高度性能、そして驚異的なスピード。バルクホルンはジェットの魅力に取りつかれていた。

 

(…………?)

 

 ふとバルクホルンは懸垂を止め、息を整えて耳を澄ます。

 

 窓際には通信機。先ほどエーリカがわざわざ置きに来てくれたものだ。

 

(……苦戦中か?)

 

 先ほど警報が鳴り、シャーリー達はネウロイ迎撃のために上がっている。通信機から聞こえてくる内容によると、敵は分裂する高速タイプ。

 

『こちら坂本! シャーリーが苦戦しているようだが、こちらも手が足りない! 至急増援を頼む!』

 

『了解! 上坂少佐とリーネさん、宮藤さんを至急送るわ!』

 

(何をやっているシャーリー!)

 

 いつもは顔を合わせるたびにやりあっているバルクホルンだが、シャーリーの実力は認めている。だからこそ動かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「宮藤! リーネ! 準備が完了次第ただちに出撃しろ!」

 

「了解!」

 

 格納庫では上坂と宮藤、リーネが慌ただしく自分のストライカーを履いている。

 

(くっ……! 間に合うか?)

 

 上坂達が使用しているストライカーではせいぜい700km/hが限界。それまで先行している部隊が持つかどうかはわからない状態だ。

 

「私も行く!」

 

 その時、格納庫の入り口からバルクホルンがやってきた。当然のごとく驚く三人。

 

「バルクホルンさん!?」

 

「今飛行禁止中じゃ……!?」

 

 バルクホルンはそのまま鎖で懸架台に固定されているMe262に歩み寄り、鎖に手をかける。

 

「おい! トゥルーデ!」

 

「止めるな!」

 

 上坂が止めるのも聞かず、鎖に力を入れようとする。上坂は慌ててストライカーを脱ぎ、バルクホルンに近づいた。

 

「そいつを使うのは危険だ! それにお前の体調は万全じゃない! ここは俺達に任せて……!」

 

「それじゃあ間に合わん!」

 

「…………!」

 

 上坂はバルクホルンの気迫に慄く。

 

「ジェットストライカーの速さなら戦場まであっという間につける! 頼む! 見逃してくれ!」

 

 懇願する彼女を見て、上坂は表情を歪める。確かにバルクホルンの言う通りジェットストライカーなら戦場まであっという間に着く。だが下手すると魔力暴走を引き起こしてしまうかもしれない非常に危険なものだ。

 

「……くっ!」

 

 上坂は抜刀し、ジェットストライカーに掛かっていた鎖を断ち切った。

 

「上坂……」

 

 咄嗟のことに茫然とするバルクホルンに、上坂は納刀しながらつぶやく。

 

「……行ってこい」

 

『ちょっと! 啓一郎!』

 

 司令室にいるミーナから怒鳴り声が聞こえてくるが、それを無視して上坂は言った。

 

「どうせお前は止めても行くんだろう? なら好きにすればいい。――後悔だけはしないようにな」

 

「……ありがとう」

 

「さっさと行け、俺もすぐに行く」

 

「ああ」

 

 バルクホルンはストライカーを履き、50mm機関砲を掴んで大空へと飛び立っていく。

 

『啓一郎! あなた分かっているの!?』

 

「わかっている。あとで罰は受ける」

 

 ミーナにそう返しながら、上坂は宮藤達に向き直った。

 

「さあ、俺達も行くぞ!」

 

「了解!」

 

 

 


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