今回はストライカーユニットの(自己的な解釈による)歴史についてがほとんどです。
「ほおー。凄いな、ジェットストライカーというのは」
上坂は空を仰ぎ見ている。
その先には二つの影。バルクホルンとシャーリー。何かと張り合っている二人だが、今回のテストでもこの組み合わせで行った方が良いと坂本の意見から、二人してジェットストライカーとレシプロストライカーの比較テストを行っていた。
「凄い、あんなに多くの武器を持っているのに……」
隣にいる宮藤とリーネも、驚きの表情でバルクホルンを見る。
バルクホルンのシルエットはシャーリーに比べて二倍ほどの大きさである。これは背負っているレヌスメタルBK5 50mm機関砲に加え、両手のMk108 30mm機関砲、さらには予備の弾薬まで搭載しているためだ。
「エンジンの出力が高いからな。さすがは次世代エンジンと言ったところだ」
「確かジェットエンジンでしたよね。ところで……」
宮藤はさらりと言い放つ。
「ジェットってなんですか?」
思わずこける上坂。
「……おい」
「いえ、すごいってことぐらいはわかりますよ」
そんなことは、見れば誰にでもわかる。
「……まさかとは思うが、レシプロストライカーの原理も知らない……ってことは無いよな?」
「いえ、さっぱりです」
「…………」
「芳佳ちゃん……」
坂本の教練の時にその話はしたことがあるが、全く理解していなかった宮藤。一緒に受けていたはずのリーネは呆れた表情をしている。
上坂はため息をつきながら、解説を始めた。
「……従来のレシプロストライカーユニットは魔法力で魔法過給機を稼働させて呪符を生成、大気中のエーテルを撹拌させることで揚力と推進力を生み出している。この方法は1903年、リベリオンのライト姉妹によって確立されたシステムだ」
「あれ? 確かストライカーユニットを開発したのはお父さんだったんじゃ……」
お前本当に何も覚えていないんだなとつぶやきながら、上坂は説明を続ける。
「宮藤博士が開発したのは宮藤理論式ストライカーユニットであって、ストライカーユニット自体は第一次ネウロイ大戦の頃からある」
1912年に起きた大規模怪異(のちのネウロイ)出現によって、欧州は戦火にさらされた。
その後戦車や航空機などの新兵器の登場、扶桑やリベリオンからの援軍によって何とか持ちこたえ、怪異を退けることはできたものの欧州各地は荒廃してしまった。
「第一次ネウロイ大戦の頃は、ストライカーユニットと言っても箒に魔道エンジンを括りつけただけで大したものではなかったが、それでもネウロイ相手に獅子奮迅の活躍をした。その時有名になったのが“赤い伯爵
「えっ、ミリー・ビショップ? それって……」
宮藤は思わず隣のリーネを見る。
「……うん。私のお母さん……」
精鋭の501(宮藤は別として)に新人として入ってきたリーネはその腕を買われたのではなく、母親の名声でやってきたという裏話があるのだが、ここでは割愛させていただく。(要するにエースを出したくないブリタニア上層部がお茶を濁した結果である)
「……まあともかく、大戦後各国はストライカーユニットの有効性を認め、開発に躍起になった。しかし完成したものは発動機を背中に背負うというものであり、現行の宮藤理論式ストライカーに比べて即応性に欠けるという欠点があった」
大戦間に作られたストライカーユニットの性能はどんどん向上していき、現在のストライカーとほぼ同性能の物も出来てきたが、肝心の即応性という部分は解決しておらず、扶桑海事変の時も旧式ストライカーの装着に手間取っている間に基地の襲撃を受け、少なくない被害を出したのは記憶に新しい。
「そんななか1936年、ついに革新的な理論が提唱される」
「それがお父さんの……」
宮藤理論――
それは、元々足の格納する部分を確保するために発動機を外部からの供給に頼らなければならなかった従来の物とは違い、足を異空間に送り込むことによってそのスペースに発動機を搭載。これにより今までの“背負う”という動作を必要としなくなったという画期的な理論だった。
「宮藤理論を使った初のストライカーユニット、九六式艦上戦闘脚はそれまでの九五式艦上戦闘脚よりも大幅に速度が向上し、それでもなお機動性はほぼ互角というものだった。これに衝撃を受けた各国はこの理論を採用したストライカーユニットの開発に着手。中にはそれまで従来の理論で開発されていたストライカーの設計を一からやり直したという話すらあった」
ここで上坂はこれまでの歴史の話を終わらせ、本題に入る。
「さて、ではジェットストライカーユニットについてだ。現在のレシプロストライカーの発展は著しいが、呪符によって推進力を得るシステムでは、構造的制約からくる出力の頭打ちとプロペラ推進の空力的な限界により、機体の性能向上にも陰りが見え始めていた。」
エンジン出力にもよるが、レシプロエンジンでは最高でも800km/h前後が限界と言われている。無論ウィッチの中にはその限界を大幅に超えることが出来る者もいるが、それはあくまで例外というものだ。
「そんな中考え出されたのがエーテル噴流式ストライカーユニット、俗に言うジェットストライカーだ」
ターボジェットエンジンの開発は1920年代、ブリタニア空軍の技術士官フランツェ・ホイットルとカールスラントの技術者ハンナ・フォン・オハインがそれぞれ考えだし、開発がすすめられた。なお、その前の1910年にはコアンダ=1910という機体が開発されたが、これはモータージェットというレシプロエンジンによる圧縮機駆動を行っていたため、主流とはなっていない。
「エーテル噴流式、俗に言うジェットエンジンというのは、外部からエーテルを取り込み、それを魔法力で後ろに押し流すという構造だ。ゴム風船に空気を入れて手を放すと勝手に飛んでいくだろう? 構造は全く違うがあれを想像してもらうと分かりやすい」
「ああ、それならよくわかります」
子供の頃によくやった遊び。それを思い出してようやく宮藤は理解した。
「よし、……それで今回トゥルーデが使用しているMe262“シュワルベ”にはユングフラウ・ユモ004軸流式ターボジェットエンジンを搭載している」
「軸流式ってなんですか?」
「軸流式というのは回転翼の前後に生じる圧力差を利用し、気体を連続的に圧縮する方法のこと。同目的の遠心式圧縮機に比べ、小径の割に大きな流量を扱え、高圧縮率かつ高効率が期待できるんだが、構造の複雑化に伴って部品点数が増大し、必然的に高価になってしまうという欠点がある。まあカールスラントの技術力だからこそ出来る芸当だな」
カールスラントの技術力は世界一とも言われ、工作精度は他国を引き離していると言われている。……その代わりにあまりにも高価なものを作るため、数が揃えられないという欠点があるのだが。
「ええと、じゃあ他の国もジェットストライカーの開発は進んでいるってことですよね?」
リーネの質問に、上坂は答える。
「ああ、扶桑ではカールスラントの技術提供で海軍名“橘花”、陸軍名“火龍”として開発が進められているし、ブリタニアではグロウチェスターミーティア。ちなみにこれは既に実戦参加している」
実戦参加はミーティアの方が先なのだが、性能はレシプロストライカーと殆ど変らず、むしろ機動性や上昇性能に劣っているため、現在改良が進められている。
「それとリベリオンはロッグヒードP-80シューティングスターの開発が進められている。もう間もなく実戦配備されるそうだが……はたして」
さすがの上坂でも、大西洋を挟んだ国の情報は入って来ていない。だからあまり断言はできなかった。
「やっぱり次世代エンジンということもあって、どの国も開発に躍起になっているんですね」
「そりゃあそうさ。次世代のストライカーともなれば各国に対して軍事的にも技術的にも優位に立てるからな。研究、開発の分野は一番手を抜いてはいけない分野でもあるし」
「そこはなんだかよく分かりませんけど……、要するにジェットというのは将来の主力ストライカーとなる要素を秘めているってことで良いんですね?」
「まあそうだな」
ようやく理解したらしい宮藤のまとめを聞いて、上坂は心底ほっとした。と――
「上坂啓一郎少佐?」
「……!」
突如後ろから掛けられた声。それは酷く冷淡で、上坂ですら震え上がらせるものだった。
「ミ、ミーナ?」
恐る恐る振り返ると、そこには凄味のある笑みを浮かべ、腕を組んでいるミーナが仁王立ちしていた。
「なに勝手に各国の機密情報をペラペラと喋っているのかしら?」
「…………あ」
言われてようやく気付いた上坂。調子に乗っていろいろと喋っていたが、一部軍事機密も含まれていたのだ。
「いくら宮藤さん達が軍人とはいえ……いえ、軍人だからこそそんな情報を流すなんて……ちょっといらっしゃい」
「いや、これから少しやることが……」
本能的に危機を感じた上坂はその場から逃れようとしたが、ミーナに肩を掴まれて失敗した。
「これは命令よ? 上坂少佐」
「いや! ちょっと、痛い痛い!」
物凄い握力で肩を掴まれた上坂は、そのまま引きずられて建物へと消えて行った。
「上坂さん……」
一部始終を見ていた宮藤とリーネは、静かに合掌した。
「どうしたんだ? 上坂は」
夕方、坂本はジェットストライカーのテスト結果をミーナに報告するため、執務室の扉を開けると、そこにはげっそりとしながら書類に目を通している上坂の姿があった。
「ええ、ちょっとね」
「ちょっと……って、なんかものすごく不気味なんだが……」
「…………」
虚ろな目をしていて、物凄く溜まっている書類をサクサクと片づけている上坂。じつにシュールな光景である。
「心配しなくていいわ。それより報告を」
「あ、ああ……」
ミーナに促され、坂本は上坂のことを無視して報告する。
「テストの結果は上々だ。上昇力、搭載量テストでは完全にシャーリー機を凌駕した。この結果を踏まえて明日は本命のスピードテストを行う予定だ」
シャーリーの使うP-51Dは非常にバランスのとれたストライカーで、世界最強との呼び名も高い。しかしMe262はそれをあっさりと凌駕する性能を見せつけたのだ。
「なるほど、ガランド将軍が直々に送ってきただけのことはあるのね」
今回Me262が送られてきたのはガランドが是非501で使って欲しいと言うことだったからであり、彼女曰くまるで天使に後押しされているようだと言っていたのだ。ミーナは半信半疑だったのだが、どうやらそれは嘘ではなかったようだ。
「……やっぱりレシプロストライカーは消えゆく運命なのかしらね?」
ミーナは新人の頃から使っていたBf109系統のストライカーに愛着を持っている。
確かにどんどん新型機が出て来ているのは確かであるが、それでも感傷に浸らずにはいられなかった。
「それはどうかな?」
だが、坂本はそれを否定する。
「どういうこと?」
坂本は窓の外に目を向ける。つられてミーナも見ると、徹夜明けのような疲れた顔をしているバルクホルンが、ちょうど宿舎に戻っていくのが見えた。
「かなり疲れているようね」
「ああ、宮藤の話によると、夕食にも手を付けなかったそうだ」
「それは……」
ミーナは眉をひそめる。
規律に厳しいバルクホルンが夕食を抜くなんておかしい――。
「ジェットの投入が、戦局を大いに変えることは間違いないだろうが……」
「……しばらく様子を見た方がよさそうね」
ミーナはジェットストライカーに関する書類をまとめる。
「…………」
そんな話は耳に入って来ていないのか、上坂は手だけを動かしながら、書類を片づけていた。