「……残念ながら、君達への定期的な補給は出来ない」
第501統合戦闘航空団再結成から数日後、ロマーニャ公国首都、ローマ――
ロマーニャ空軍省の一室、空軍大臣室にてロマーニャ公国空軍大臣、イタロ・バルボ大将はソファーに座り、目の前の青年に言った。
「定期的な……と言いますと?」
青年こと、上坂啓一郎は尋ねる。
「確かにココ、ロマーニャに501のような精鋭部隊が来てくれたことには感謝している。だが、我がロマーニャ軍も新型ネウロイの攻撃によって戦闘力が著しく低下、よってこちらの再構築を優先せねばならない。……第一陣の補給だけは確約するが、それ以降は……」
「無理、と」
上坂はバルボの沈痛な面持ちを見て、彼が嘘を言っていないことが分かった。
彼はロマーニャ空軍の父とも呼ばれ、それまで軍部に蔓延っていた複葉機、格闘戦闘主義を一掃し、近代的な空軍の設立に尽力、さらに航空歩兵隊の設立にもかかわっており、連合軍上層部の中では数少ないウィッチの理解者である。とはいえ予算が少ないことも事実。これ以上補給物資を送れないのだろう。
――ここで使うか。
だからこそ、助け舟を出すべく上坂は懐から封筒を取り出すと、黙って机の上に置いた。
「これは?」
バルボは封筒を開け、中に入っていた紙束を見て――驚愕した。
そこにはロマーニャ空軍の予算を横領している人物と、その横領金額のリストがあったからだ。
「…………」
「それを見ていただければわかると思いますが、ロマーニャ空軍内の横領金額は凄いものとなっています」
リストの一番下に書かれている金額。それは一個飛行隊の年間予算に匹敵するものだった。
「……これをすべて回せ……と」
ようやく口を開くバルボ。確かにこれだけの予算があれば、定期的な補給を行うことが出来る。しかし、
「いえ、その半分で構いません。閣下はロマーニャ空軍を立て直す仕事がありますから。残りの半分はそちらで使ってください」
「いいのか? 確かに半分だけでもこちらにまわってくるならこちらとしてもありがたいのだが……」
彼は上坂が扶桑の諜報機関、明石機関の諜報員だということを知っている。半年前に起きたウォーロック事件の時に各国の上層部にその名を轟かせたからだ。だからこそ彼が殆ど要求らしい要求をしてこないのが不思議だった。
「……閣下、私の仕事は彼女達の戦いをサポートし、無事に彼女達を空から降ろすことです。そのためには……、いえ、そのために私は“影”に入ったのですよ」
「……なるほど。影から守るために……か……」
バルボも良くわかっている。上層部の大半は、戦場で活躍し続けるウィッチ達を快く思っていないことに。それがまだうら若き少女を戦場に出したくないというものならまだいい。だが実際はそうではなく、軍や政府内での予算の奪い合いからくるものなのだ。
「……わかった、では私も彼女達を“影”から支えるとしよう」
「ありがとうございます」
戦場に立てないからこそ、彼はウィッチ達のために後方で戦ってくれている――
上坂は神妙に、頭を下げた。
「ふう……」
上坂はローマから車を運転し、基地まで戻ってきた。
「……にしても、こんな所に基地を作るとは……」
新生第501統合戦闘航空団の基地――それは、ブリタニアの時と同じく、海の上に浮かぶ遺跡である。
古代ローマ時代に作られたこの遺跡は、海に突き出た小島一杯に建てられており、中央には翼を生やした女性の像が大きく聳え立っている。その周りには円形競技場やサイフォンの原理を利用した水道橋など、今でも使えるような建物も並んでいた。
「少佐、お疲れ様です」
上坂が一時的に駐車場となっている競技場に車を止めると、扶桑海軍設営班の班長が駆け寄ってきた。
「ご苦労、進行状況は?」
上坂は基地に向かって、歩きながら尋ねる。
「はっ、現在電装関係の工事が終了し、水道工事を開始しております。明日中には工事が完了すると思います」
「電探(レーダー)は?」
「電探自体の取り付けは完了しましたが、調整に時間がかかるそうなので、二日は待って欲しいとのことです」
「そうか」
元々遺跡だったこともあり、あちこち補修しなければならないところや崩落してしまってく所もあるので、上坂は扶桑海軍の知り合い(坂本ではない)を通じて欧州に派遣されていた部隊を一時的に借りている。そのため思っていた以上に工事の進行状況ははかどっていた。
ちなみにだが、他の隊員達は基地が出来上がるまで、近くの島で強化合宿をしている。上坂は連合軍上層部とのやり取りと、基地工事の監督の為ここに残ったのだ。
「あと格納庫ですが、工事に使用する鉄板などの資材が足りなくなっています。これを何とかしないことには……」
「わかった。至急手配する」
「よろしくお願いします」
班長は敬礼すると、工事現場へと戻っていった。
「……やれやれ、ここまで物資が足りないとは」
上坂は仮の執務室で、送られてくる物資のリストを見てため息をつく。そこには予定していた6割ほどしかなかった。
軍隊というものは、書類上のものより少なく送られてくることは珍しくない。これは殆どの国家では当たり前のことだ。(例外としてリベリオン合衆国があるが)
とはいえ物資が少なすぎても戦えないので、後方の担当部署は何とか7~8割を送ってくるのが常識である。しかし501が多国籍部隊ということもあり、各国が他の国が多く送ってくれるだろうとたかを括っているらしく、どこも定数どころか必要物資すら送ってきていなかった。
「ったく、リベリオンからの補給はまだだってのに……」
頼みの綱のリベリオンも、大規模補給船団が出港したという連絡は入ったが、到着までには最低でも一ヶ月はかかる。それまでの補給は予定されていないので、今ある物資で何とかするしかないのだ。
「こうなったら竹井にでも頼んで、504の物資を融通してもらうか……」
第504統合戦闘航空団は先の戦闘で消耗しており、実質稼働していない状況にある。そこからならある程度の物資は融通してもらえるだろう。
上坂は脇にあった受話器を取り、かつての部隊に電話を掛ける。
三回ほど呼び鈴が鳴った所で、相手が出た。
『はい、こちら504です』
「久しぶりだな、竹井」
声の主は、トラヤヌス作戦で隊長を務めた竹井醇子。戦闘不能になった504の中で、数少ない無事だったウィッチである。
『あら、上坂さん。どうかしましたか?』
「ああ、実は……」
上坂は501の置かれている現状を話す。
『……なるほど、物資が足りていないと』
「ああ、だからそっちのを融通してもらえないか?」
『わかりました。こっちはしばらく戦闘不能だから、大部分をそっちに送ります』
「すまない、助かる」
『別にいいですよ。じゃあそちらでも頑張ってくださいね』
「ああ、じゃ」
上坂は受話器を置くと、盛大にため息をついた。
「やれやれ……、これで何とかなる」
だが、彼の仕事はまだ終わらない。机には山の様にそびえる書類の束が置かれているからだ。
「さて、次はこっちか……。しかし、最近ミーナの俺の扱いが酷いような……」
いま隊員達と訓練しているであろうミーナを頭に思い浮かべる。
その顔は、じつにイイ笑顔であった。