「宮藤、お前が先行してネウロイを艦隊から引き離せ。私はその後方からコアを叩く!」
「了解!」
二式大艇に搭載されていた懸架台に固定されている零式艦上戦闘脚二二型甲に足を滑り込ませ、返事をする宮藤。彼女の頭とお尻から使い魔の柴犬の耳と尻尾が飛び出した。
「発進準備完了しました!」
「よし、上げろ!」
二式大艇の上部ハッチが開き、宮藤ごと懸架台が持ち上がる。二式大艇にはその巨体を生かし、ウィッチが楽に発進できる装置が搭載されていた。
「飛べ、宮藤!」
「行きます!」
宮藤の足元に魔法陣が展開され、二式大艇の合成風力と合わさって体が持ち上がった時、魔法力を確認したのか、ネウロイの攻撃が来た。
「坂本さん!?」
「発進ユニットがやられただけだ! 心配ない!」
今の攻撃で懸架台が消失しており、そこから黒煙を吹いている。しかし機体自体にダメージが無かったため、特に問題なく飛び続けていた。
「! 宮藤、前!」
「!」
ネウロイからの攻撃。宮藤は二式大艇の前に躍り出て、シールドを張る。着弾したビームはそのまま明後日の方向に弾かれた。
「おお!」
操縦士はその巨大なシールドに驚く。何度かウィッチを見たことがあるとはいえ、ここまで大きなシールドを今まで見たことが無かったからだ。
「どうだ、これが宮藤の力だ!」
坂本は誇らしさを隠しきれない。彼女が育てた宮藤が、ここまで成長してくれたことが、素直にうれしかった。しかし、その感情はすぐに消え失せた。
「さっ。坂本少佐! 先ほどの衝撃で魔道加給機が損傷! 紫電改、飛行不能です!」
「なんだと!?」
魔道加給機とは魔法力をエネルギーに変換し、魔道エンジンに送り込めるようにした、ストライカーユニットの心臓部とも言える装置である。そこが壊れていては、飛ぶどころか始動さえしない。
「くっ……!」
ネウロイと対峙するのは宮藤のみ。
援軍到着まで、あと10分。
「巡洋艦ザラ、大破! 航行不能!」
「周辺の全部隊に告げる。こちらヴェネツィア第一戦艦隊。現在ネウロイと交戦中、至急応援願いたし。繰り返す……」
戦艦ヴィットリオ・ヴェネオ艦橋は喧騒に包まれている。こちらも残った砲台で反撃してはいるが、ネウロイにダメージを負った様子はない。
「くっ……、このままでは……」
ロレダンは歯を食いしばる。その時、
『大丈夫ですか!』
戦艦ヴィットリオ・ヴェネオに向かって放たれたビームが、ストライカーを履いた少女によって防がれた。
「君は……先ほどの飛行艇に乗っていた……」
『扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊所属、宮藤芳佳軍曹です! 私が引きつけている間に逃げてください!』
「バカな! 君一人を残してはいけん!」
ロレダンは強硬に抗弁する。いくら彼女がウィッチとはいえ、まだ少女なのだ。大の大人達が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない……。
だが、
「艦長、今の我々に反撃の手段は残されていません」
航会長が告げる、残酷な真実。切り札として用意していた対ネウロイ用焼夷弾は殆ど役に立たず、今もなお艦隊はネウロイの攻撃にさらされ、傷ついている。
「……わかった。我々は足手まといなのだな」
沈痛な面持ちでつぶやくロレダン。結局戦艦ではネウロイにかなわない――今回の戦いでそれを証明するだけとなってしまった。
「全艦16点回頭、全速退避!」
ロレダンの命令で、傷ついた艦隊は一斉に回頭を始める。
今の彼らにできることはただ一つ、ウィッチの戦いの邪魔にならないよう、早く戦場から離脱することだった。
「良かった」
宮藤は離れていく艦隊を見て、ホッとする。だが、ネウロイはそれを逃がすまいと、容赦なく艦隊に向けてビームを放つ。
「うっ!」
宮藤はその間に入り込み、艦隊を守る。
「は、早く離れて!」
襲い掛かる無数のビーム。だが、幾ら船の中では速いと言っても、時速に換算して約50km/h。ネウロイの射程圏外に逃れるには、まだまだ時間がかかる。
宮藤の顔が苦痛にゆがんだ、その時、
「!」
上空を大きな影が過ぎる。見上げれば、そこには二式大艇の姿があった。
「さ、坂本さん!?」
こんな無茶なことをするのは坂本さんしかいない――。事実、坂本は機首の近くに立っていた。
マントを脱ぎ捨てる坂本。そこには白いボディースーツを纏った坂本の姿。
「危ない!」
二式大艇はネウロイに向かって急降下を始める。その巨体からは想像できないような機動性だ。
「てやあああああああああああああっ!」
坂本は背負っていた刀を抜きつつ、機首から飛び降りる。
「坂本さん!」
「必殺!」
坂本は大きく振りかぶる。風圧によって眼帯が外れ、魔眼が輝く。
「烈風斬っ!」
坂本はネウロイが直前に放ったビームを切り裂き、そのままネウロイに体当たりした。
砕け散り、崩壊していくネウロイ。その中に落下していく坂本の姿があった。
「坂本さ~ん!」
宮藤は空中で坂本を受け止める。
「すまんな宮藤、紫電かいが故障してしまって遅くなった」
坂本は宮藤に抱えられながら、謝る。
「もうっ! 坂本さんは無茶しすぎです!」
「ははは、すまんすまん。……ところで、言ったとおりだったろ? シールドが無くても私は戦えるって」
坂本は手に持った刀を誇らしげに見つめる。
「この、烈風丸さえあればな」
「……ふふふ、はい」
宮藤は少し呆れながらも、変わっていない坂本を見て安心する。
「なんだ、もう戦闘は終わっていたのか」
不意に掛けられる言葉。それは宮藤達が依然よく聞いていた低い声。
「えっ? もしかして……」
宮藤は声のした方を見る。
「久しぶりだな、宮藤。半年振りか」
「かっ、上坂さん!?」
そこには見慣れないストライカーを履いた上坂がいた。
「援軍って、お前だったのか」
「おお、坂本も……って、お前はなんて恰好をしているんだ」
坂本の姿を見てげんなりする上坂。彼女は白いボディースーツ姿。間違っても人前に出る格好ではない。
「んっ? ああ、さっきマントと一緒に軍服も投げてしまったか。はっはっはっ!」
「……はぁ」
相変わらず何も変わっていない坂本に、上坂はため息をつくも、どこか安心しているふうにも見れた。
「お見事です、少佐。紫電改を出すまでもなかったですね」
着水した二式大艇の主翼上で、坂本は土方から軍服と眼帯を受け取る。近くには宮藤と上坂の姿も。上坂は帰投する航続距離が無いということで、二式大艇に乗り込むことになった。
「紫電改? ああ、海軍の新型か。確か竹井も使っていたな」
「竹井? ……そう言えば、上坂は今504にいたよな。醇子は無事なのか?」
坂本は親友の安否を尋ねる。
「ああ、竹井に怪我は無いが、連日の出撃で魔法力を使い果たして飛行不能になっている。他の奴らも似たような感じで、504で飛べるのは俺だけだな」
「そうか……」
予想していたとはいえ、これだけ悪化していた戦局。ガリアが解放されて戦争の終わりも近いと思っていた坂本は、落胆の色を隠せなかった。
「さっ、坂本さん!」
その時、海上を見ていた宮藤が声を上げる。
「なっ……!」
坂本達が見上げると、先ほど倒したはずのネウロイが、再生し始めていた。
「馬鹿な! コアが生きているだと!」
先ほどの攻撃で坂本はネウロイのコアを切ったはずである。それなのに目の前のネウロイは空中を漂っていた破片を吸収し、先ほどの姿に戻ろうとしていた。
「くっ……! 行くぞ、宮藤!」
上坂は宮藤と共にストライカーを装着する。
上坂の使用しているストライカーユニットはかつての飛燕ではなく、海軍と同じ時期に正式採用されたキ84四式戦闘脚「疾風」である。最高時速は680km/hにもおよび、高い機動性と合わせて傑作機との呼び声も高い。
「行きます!」
上坂と宮藤はネウロイの再生を阻止しようと、ネウロイの中心部に狙いを定めて引き金を引いた。
宮藤の九九式二号二型改13mm機関銃とホ5、20mm機関砲。どちらも破壊力に定評があり、ネウロイのコアなど当たれば一撃粉砕なはずだが……、
「何っ!」
ネウロイの再生は止まらず、ついに元の姿に戻ってしまった。
「……そうか! そういうことだったのか!」
魔眼で観察していた坂本は、通信機に向かって叫んだ。
「宮藤! 上坂! そいつのコアは移動している! コアが内部で銃撃を避けているんだ!」