ロンドン、連合軍司令部――
「ヴィルケ中佐、入ります」
カールスラント空軍JG3航空団司令、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐はとある一室に入った。
「やってくれたわね」
ガランドは彼女の顔を見るなり、渋顔を作る。
「あら? 何のお話でしょう?」
「啓一郎を使って各国の軍司令部に脅しをかけ、ヴェネツィアへの補給の約束を取り付けたでしょう? まったく、啓一郎がわざわざ文句を言って来たわよ。こっちが戦闘している時に、余計な負担をかけさせるなって」
「ええ、上坂たい……少佐に迷惑をかけているのは承知しています」
ミーナは厳しい表情で続ける。
「ですが、ヴェネツィア陥落は一過性のものではなく、大規模な攻勢の前触れであり、どの国も次が自国の番ではないとは決して言いきれない……と、上坂少佐にもお話しました。そしたら可能な限り協力すると返事が返ってきましたので……」
「私にもわかっているわ。今までの戦いが前奏曲に思えるほど、厳しい戦いがこの後に控えているって」
ガランドは眉をひそめる。
「でも、人員はどうするの? かつての501のような精鋭を集めるのは……」
ガランドは、ミーナが微笑んでいることに気付いた。
「……まさか、明石機関を使って?」
「閣下、人は集めるのではなく、自然と集まるものですわ」
ほんの少し、首をかしげるミーナ。
「……外国の諜報機関を使うとはね。大丈夫なのかしら? そんなに信頼して」
もちろん上坂のことだ。ガランド自身も陸軍としての上坂は信頼しているが、明石機関としての上坂はあまり信用していない。だが――。
「ご心配なく。彼は、私達の仲間ですから」
ミーナは、はっきりと言った。
ヴェネチア陥落から一週間後――
アドリア海上空を、扶桑皇国軍機であることを表す日月旗をつけた飛行艇が飛んでいた。
扶桑皇国海軍、二式大艇。
扶桑皇国海軍が世界に誇る高性能飛行艇、それに扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊所属、坂本美緒少佐、宮藤芳佳軍曹が搭乗していた。
「坂本少佐、間もなくロマーニャ軍北部方面隊基地に到着します」
懐中時計を眺めていた坂本の従兵、土方圭介兵長が報告する。
「そうか」
「う~、やっと降りられる」
ガリアが解放されてすぐに予備役となった宮藤は、久しぶりの長い旅だったため、ほっと溜息をつく。
「なまったな、宮藤」
「うう……、だって……」
坂本に指摘され、宮藤は落ち込んだ。
(まあ、仕方のないことなんだがな……)
宮藤はあの戦いの後、表向きは予備役扱いとされている。しかし実際はネウロイとの接触に起因する一連の軍規違反とその後の軍功を秤にかけての不名誉除隊であり、本人にはその事実は知らされていなかった。
「あ、そうだ。お父さんからの手紙、なんだかわかりましたか?」
坂本は宮藤に尋ねられ、慌てて答える。
「ん? あ、ああ、それか。……宮藤博士の研究に関するものだということはわかったんだが、それ以外は何も。技術班に渡しておいたからわかり次第連絡が……」
その時――
「電探に未確認機の反応アリ! 急速接近中!」
「なんだと?」
操縦士の報告で、坂本が立ち上がろうとした時、窓の外が赤く輝いた。
「きゃああああっ!」
「うわっ!」
機体が大きく揺れ、宮藤と土方がベンチから投げ出される。
「くっ! どうした!」
何とかこらえた坂本は、大声で操縦士に尋ねる。
「未確認機からの攻撃です! これは間違いなくネウロイ!」
「なんだと!」
坂本は右目の眼帯を上げ、窓の外から魔眼で確認する。
前方、距離12000。無機質な黒く大きな飛行物体。
人類の敵、ネウロイの姿があった。
「くそっ! 奴らここまで……!」
坂本がそう吐き捨てたとき――。
『そこの飛行艇! 大丈夫か!』
突如機内に入る通信。
「これは……!」
「坂本少佐! 下を!」
土方に促され、坂本は眼下を見る。
そこにはヴェネツィア海軍、リットリオ級戦艦を中心とした艦隊が地中海を航行していた。
『こちらは戦艦ヴィットリオ・ヴェネオ! 上空のネウロイは我々に任せて、さっさと離脱しろ!』
「ですが……!」
『なあに、心配はいらん!』
無線越しからでもわかる、艦長の笑みを含んだ声。
『こういうところで活躍しておかないと、戦艦が役立たずだと思われてしまうからな!』
「……わかりました。御武運を」
坂本はそう言うと、操縦士に顔を向ける。
「我々は離脱する! 機を急降下させ、振り切れ!」
「了解!」
「艦長、どうやら飛行艇は我々の戦いぶりを空から見学するようですね」
「うむ」
戦艦ヴィットリオ・ヴェネオ艦橋で、艦長のレオナルド・ロレダンと副長のジョバンニ・コッラルト中佐が遠くで旋回している二式大艇を見ながら、そうつぶやく。
「先ほどの通信……、女性の声だったから、恐らくウィッチが乗っているのだろう。いざとなったら救援に駆けつけてくれるように準備してくれているんだろうな」
「なるほど、……ですが、彼女達にこんな所で戦わせるわけにはいきません」
彼らの国の首都、ヴェネツィアは陥落し、現在はネウロイの手に落ちている。恐らくあの飛行艇に乗っているのはヴェネツィア奪還のために派遣されたウィッチなのだろう。だからこそ、こんな所で無駄に消耗してほしくない。
「まあ見ていてくれ。ウィッチでなくとも、ネウロイと戦えることを、ここで証明して見せよう!」
ロレダンはそう言うと、部下に指示を出す。
「全艦砲撃準備! 目標、上空の大型ネウロイ! 弾種、対ネウロイ用焼夷弾!」
「弾種、対ネウロイ用焼夷弾! 装填急げ!」
ロレダンの号令で、艦の人員が一つになって動き出す。前方を向いていた二基の五十口径381mm三連装砲がゆっくりとネウロイを指向した。
「砲撃、始めっ!」
六門の381mm砲から轟音と共に、砲弾が放たれる。周りの巡洋艦、駆逐艦からも小口径弾が放たれた。
それは綺麗な放物線を描き、ネウロイの近くまで行くと、あらかじめセットしておいた時限信管によって破裂する。
内部に搭載されていたのは数千発の硬質ゴム弾。これが高温の炎を纏い、ネウロイ襲い掛かる。広範囲にばらまかれた硬質ゴム弾は内部にまで達しないものの、ネウロイの表面上を削り取り、一時的にビーム発射を阻害した。
「次弾装填! 弾種、徹甲!」
続けさまに装填されたのは徹甲弾。約30秒を置いて発射されたそれは、初弾でネウロイに命中した。
「どうだ! これがヴェネツィア海軍の実力だ!」
撃破を確信し、勝ち誇るロレダン。見れば隣のコルラットをも久しぶりの勝利に笑みを浮かべていた。だが――
爆炎が晴れると、そこには先ほどと変わらないネウロイの姿が。見た限りではダメージを負った様子はない。
「そんな馬鹿な!? 戦艦の主砲が通じないだと!」
あまりに非情な現実に、悲鳴を上げるロレダン。そして、ネウロイからの反撃。それはとても強烈なものだった。
「ああっ! 駆逐艦が……!」
宮藤達が見ている中、ネウロイのビームが一隻の駆逐艦に命中し、盛大な爆発を起こすと同時に艦首と艦尾を持ち上げ、沈んでいく。
「くそっ! ネウロイの再生速度が速すぎる!」
今回ヴェネツィアに現れたネウロイは、今まで戦ってきたものよりもさらに再生が速い。先ほど戦艦の主砲をくらったのにもかかわらず、既に修復し終わっているのだ。
「坂本少佐! 付近の部隊に援軍要請を出しました! 一名がこちらに向かって来てくれているそうです!!」
「一名だとっ!? くっ……、仕方ないか」
一週間前のヴェネツィア陥落の際、ウィッチ隊は大幅に消耗してしまった。ここで一名出してくれるだけでもありがたいと思わなければ贅沢だ。
「到着はどのくらいだ!」
「15分でこちらに着くとのこと!」
「15分か……」
決して遅いとは言えないが、このままでは数分で全滅してしまう。こうしている間にもさらに二隻の駆逐艦がやられ、すでに戦艦ヴィットリオ・ヴェネオも黒煙を吹いている。
「……宮藤、行くぞ」
「さ、坂本さん!?」
宮藤は思わず耳を疑う。彼女は確か去年で上がりを迎えたはず……
「待ってください、坂本さん!」
宮藤は坂本を止めようとする。しかし坂本はそれを手で制した。
「心配するな。確かに私はシールドを張れなくなった。だが、だからと言って戦えなくなったわけではない」
坂本は後方に置かれている新型ストライカーユニットを見る。
「今の私には、この新型ストライカーユニット、紫電五三型、そして……これがある!」
坂本は背負っていた刀をちらりと見て、不敵な笑みを浮かべた。