「よし! ここまで近づければ……って!?」
ネウロイとビームの嵐の合間をぬってウォーロックに近づき、照準を合わせようとした宮藤は、突然飛行形態に変形したウォーロックに驚く。
ウォーロックはそのままネウロイ群の中に突入した。
「まっ、待って!」
慌ててウォーロックの後を追う宮藤。
ウォーロックの洗脳が解かれたのか、他のネウロイ達は隊員達だけでなく、ウォーロックにも狙いを定めてビームを放つ。ウォーロックはそれを華麗に躱しながら、進路上にいるネウロイを破壊している。
(くっ……あと少し、あと少しなんだ!)
ジェット推進であるはずのウォーロックだが、加速力が悪いのか、宮藤との距離がどんどん縮まっていく。宮藤はチャンスと言わんばかりに栄11型魔道エンジンにありったけの魔法力を送り込む。だが――
「―――――!?」
突然進路上にネウロイが立ちふさがる。宮藤は千載一遇のチャンスを逃すと分かっていながらも、スピードを落とそうとした、その時。
『落とすな! 宮藤』
「かっ、上坂さん!?」
『そのまま突っ込め!』
「……はいっ!」
一瞬だけ躊躇ったが、宮藤は上坂を信じ、さらに加速する。そしてネウロイと衝突しそうになった時――
「道を開く、あとは頼むぞ」
上坂が宮藤の前に出る。
上坂は腰に差していた刀――黒耀を抜くと、独特の構えに入った。そして――
「――唸れ、雲耀」
一秒の二千分の一――その名の通りの速さで繰り出された黒耀は、正確にネウロイの中心部を貫き、ネウロイを真っ二つにした。
「宮藤! いけぇ―――!」
「征きます!」
上坂が切り開いた道を、宮藤は突き進む。
ウォーロックもまさかネウロイを突き破ってくるとは思ってなかったが、宮藤を迎撃するために飛行形態を解き、両腕を胸の前に突き出す。
両腕の中で徐々に溜まっていく赤い光。ウォーロックは最大出力で、宮藤に向かって放った。
「くぅ……!」
シールドを張り、真正面からそれを受け止める宮藤。その衝撃は半端ではない。
「……負けるもんかぁ!」
長く続く攻撃。しかし、宮藤はそれを跳ね返しながら、徐々にウォーロックに近づいていく。
「うぉぉぉぉぉ!」
ウォーロックの攻撃が止み、それまで溜めていた力が一気に加速に変換され、宮藤はシールドを張ったままウォーロックに体当たりした。
強烈な金属音が空に響き渡る。宮藤の前にはフレームが歪み、露出したコアが見えた。
彼女はそれに九九式二号二型改13mm機関銃を突きつける。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
至近距離で放たれた大量の鉄の雨は、コアを粉々にした――。
「綺麗……」
宮藤がウォーロックを撃墜すると、周りのネウロイ達も次々自壊していき、周囲に白い破片が空中を舞う。
「あいつがコアだったんだな……」
上坂はポツリとつぶやく。恐らくネウロイの巣にあった巨大コアをウォーロックが破壊したため、彼が主となっていたのだろう。
「えっ? それじゃあ……」
上坂のつぶやきを聞いていたペリーヌは、もしかしてとガリアの方を見やる。
「あれは……!」
「雲が……」
「晴れていく……」
彼女達の視線の先には、ガリア上空を覆っていたはずの黒い雲が次第に引いていく光景があった。
「ガリアが……解放された……」
故郷を取り戻すため戦ってきたペリーヌ。彼女の心に抑えきれない感情が湧き上がっていく。
「いよっしゃー! 勝ったー!」
「やった、やったぞ!」
「ばんざーい!」
思い思いに喜びを爆発させる隊員達。
「…………」
そんな中、上坂は少し寂しそうな笑みを浮かべ、彼女達を眺めていた。
夜――
上坂は一人、滑走路の端で煙草を吸っていた。
いつもは隊員達の体調を気にして吸っていなかったが、今日は外に出て、紫煙を漂わせている。
耳を澄ますと――いや、耳を澄まさないでも聞こえてくる笑い声。今頃隊員達で盛り上がっているのだろう。
――そろそろ行くか。
だが、上坂はそれに顔を出すつもりはなかった。
上坂は元々欧州に観戦武官として派遣されたが、それは表向きの名目で、本当は各国のあらゆる情報を集めるために赴任したのだ。――実際、彼はストライカーユニットを持ってきていたものの、明石機関に入ってからは一切訓練をしていなかった。
しかしネウロイが侵攻してきたために、上坂はなし崩し的にウィッチとして戦闘に参加。上層部との連絡が取れなかったこともあり、上坂は戦場へと戻る。そして上層部と連絡が取れたときには、上坂は欧州では有名な存在となっており、とてもではないが本来の任務に就くことなどできなかった。
仕方なく上層部は上坂の戦闘参加を容認。こうして一度翼を置いたはずの上坂は、再び大空へと舞い戻ったのだった。
――だが、それももう終わりだな。
今までは多大な戦果を上げてきたために黙認されてきた上坂だったが、今回の一件で彼女達に自分の本当の姿を晒してしまった。
ましてや多くの知り合いがいる上坂。その情報が伝わるのも時間の問題だろう。だから、上坂は戻ることにした。薄暗い陰謀が渦巻く影に――
上坂は吸殻を携帯灰皿にしまい、ため息をつきながら夜空を仰ぎ見る。
澄み切った空に輝く月。
――太陽は人々に希望を与え、月は人々に安らぎを与える。
かつてアフリカ戦線でマティルダが言っていた言葉。確かに月を眺めていると、気持ちが和らいでいく。
(――俺は月にはなれなかった、か……)
「上坂」
上坂が自嘲めいた笑みを浮かべると、後ろから声を掛けられた。
上坂が降り替えると、そこにはバルクホルンが立っている。
「……なんだ、お前は祝勝会に出ないのか?」
「……行くのか?」
バルクホルンとの話がかみ合っていないが、上坂はバルクホルンの質問に答える。
「……梟は夜行性だからな」
「……お前は、それでいいのか?」
再びの質問に、上坂は苦笑する。
「お前だってスパイと一緒に戦いたくはないだろう? 影は影らしく、日陰で戦うだけさ」
「…………」
バルクホルンはつかつかと上坂に歩み寄る。そして――
ゴッ!
「――ッ!」
上坂は殴られた。あの時と違い、今度は拳で。
思いっきり殴られた上坂は、その勢いで倒れる。
「……今度はお前を倒せたな」
「なにすんだバルクホルン!」
殴られた頬をさすりながら、上坂は珍しく叫ぶ。だが、バルクホルンは呆れたようにため息をつきながらつぶやいた。
「まったく……、誰がお前と戦いたくないと言った?」
「……えっ?」
「……確かにお前がスパイだったということには驚いたさ。……だがな、だからと言ってお前がやってきたことが全て嘘になったわけじゃないだろう?」
バルクホルンはわかっていた。かつてクリスを守ってくれた時、クルトが死んで病室で拳を握りしめていた時、不器用ながらも時折見せる笑顔――。それらが上坂の本心だったことに。
「みんなもわかっているさ。お前が例えスパイであっても、仲間を見捨てるような奴じゃないと……いや、仲間のために戦える奴だと」
バルクホルンは、決意した。
「だから、これからも一緒に戦って欲しい。――啓一郎」
「……まったく」
上坂は観念したかのようにため息をつく。だが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「そこまで言われたら、男として戦うしかないだろう」
上坂は起き上がり、バルクホルンに右手を差し出した。
「これからもよろしく頼む。――トゥルーデ」
「ああ」
バルクホルンは上坂に右手を握りしめる。
「……さあ戻るぞ。皆が待っているからな」
「……ああ」
基地に戻る二人。そんな彼らを月は優しく照らしていた――