ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第五話

「何だ、これは!」

 

 アフリカから遠く離れた扶桑皇国、東京三宅坂――。

 

 上坂曰く、陰謀、策謀、謀略の3つを担当している“参謀”の本拠地、扶桑皇国陸軍参謀本部から怒号が響き渡る。

 

 怒号の主はカミソリのような鋭い風貌を浮かべた細身の中年男性、肩に中将の階級章をつけ、殺風景な執務室の奥にある重厚な椅子に座っている。

 

「これは、といわれますと……」

 

 机に挟まれた反対側で、参謀肩章と大佐の階級章をつけた男性が青い顔で尋ねる。

 

「このことだ! なんで我が輩にこの話が入ってこないんだ!」

 

中将が、手に持っていた新聞を大佐に付きつける。

 

 そこにはブリタニア語で『統合戦闘飛行隊アフリカ トブルクにて大戦果 扶桑陸軍の精鋭、アフリカの星マルセイユとの抱擁』と書かれ、紅白の衣装を着た少女と黒い服を着た少女と抱き合っている写真が大きく載っていた。

 

「そ、それは……たぶん六課か七課あたりが……」

 

「六課か七課あたり、だと。ふざけるな! なんでこんな国民の士気と陸軍の名声を高めるような戦果が外電で入ってこなければならんのだ!」

 

普通軍部から民間の報道関係者に情報が行くのが当たり前である。しかし今回の記事は陸軍側はまったく情報を入手していなかったため、まさに寝耳に水といったじょうきょうだった。

 

「さっさと事実関係を調べろ! 誰がこの航空隊を作り上げたのか、そしてこのウィッチが誰なのかを!」

 

「はっ、了解しました」

 

怒鳴り散らす中将に怯えながら、慌てて部屋から飛び出していく大佐。

 

「……ふんっ」

 

中将は誰もいなくなった部屋で、一人怒りを鎮めていた。

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 朝、加東は目が覚めベットの上で伸びをした。

 

加東に割り振られたテントは10人程度のベットが置けるほど広く、そこを一人で使っている。

 

 加東は起き上がると、扶桑陸軍の制服に着替え、砂塵が入ってこないよう二重になっている入り口から外に出た。

 

「あ、おはようございます、ケイさん」

 

「おはよう、今日も早いわね」

 

外に出るときっちりと制服を着こんだ稲垣が立っている。彼女は昨日トブルクで買ったスカーフを首元に巻き、頭には防塵ゴーグルを乗せていた。

 

「うーん……そのスカーフの巻き方じゃだめよ」

 

加東はそういうと、稲垣のスカーフをきっちりと巻き直す。砂漠では簡単に砂塵が舞い上がるため、あちこちに砂が入り込ってしまう。それを防ぐためにはしっかりと巻いてその入り口を何とかして減らさなければならないのだ。

 

「あ、ありがとうございます……あ、それよりも!」

 

頭を下げた稲垣は、用事を思い出す。

 

「食料庫ってどこですか? 上坂さんに、野菜を持ってくるように言われたので……」

 

「へえ、啓一郎が料理するんだ」

 

平静を装っていた加東だったが、内心上坂が料理してくれることに喜んでいた。扶桑海事変の頃、あまり食欲がなかったのにもかかわらず、上坂の料理だけは普通に食べることが出来たからだ。

 

今思えば、あの戦争を戦い抜けたのも、上坂の料理と加藤が作った得体のしれないジュースのおかげだと思っている。……最も加藤のジュースは好んで飲みたいとは思わないが。

 

「わかったわ、さっさと行きましょう」

 

内心焦る気持ちを抑え、加東は稲垣を案内した。

 

 

 

 

 

 基地から少し離れたところに岩山。

 

食料庫はその半地下に、岩盤をくり抜いて作られていた。

 

 加東達は歩哨に鍵を開けてもらい、中に入る。途端に周りを冷たい空気が身を包んだ。

 

 食料庫の中は暗く、目が慣れるまで少し時間がかかる。ようやく目が慣れてくると酒瓶や、食料が入った箱が大きに棚に陳列していた。

 

「ええと、じゃがいもとにんじんは……あ、あった」

 

 稲垣は上坂から言われた物を貰っていくと、加東に一言告げてさっさと食料庫を出て行った。

 

 加東は初めて入る食料庫をここぞとばかりに見回る。各国から送られた様々な物資が、綺麗にまとめられて置かれていた。

 

「ワインにリキュール、ブランデーにジン、ビールに……あら、ストレガまで」

 

 加東は、世界中から集められたとしか思えないほどの、色々な種類の酒が並んでいるのを見て微笑む。加東だけでなく上坂やマルセイユも酒は好きなので、士気を上げるのには非常に楽だろう。何せ二人とも大酒のみなのだから。

 

 しかし、と同時に思う。ここにある食料(特に酒)は渡されたリストよりも明らかに多く、種類も豊富なのだ。

 

 加東は食料庫を出て、歩哨にその疑問を尋ねる。

 

「ああ、それはマルセイユ中尉のおかげですよ」

 

 何でもマルセイユの名声は世界中に広がっており、マルセイユが戦果を挙げるたびにあちこちからプレゼントが届くのだそうだ。

 

 それに加え、他の軍が撤退した際に放棄された物資を回収するらしい。確かに物資をそのまま放置させるにはあまりにも勿体ない。ならば出来る限り回収して再利用するべきである。

 

「そうなんだ、でも命は大切にね」

 

「了解です」

 

 加東は歩哨に告げると、基地に戻っていった。

 

 

 

 

 

加東が基地に戻ると、とある一角にたくさんの兵士が集まっていた。

 

彼女が近づいてみると、滑走路に長テーブルが置かれ、カールスラント製の野戦炊事車に長い行列が出来ていた。

 

「おお、先に食べているぞ」

 

長テーブルの一つに腰かけていたマルセイユが声を掛ける。テーブルの上には白いご飯と豚汁が乗っていた。

 

「へえ、豚汁か」

 

「ええ、本当は味噌汁を作りたかったんですが、味噌がなかったので……」

 

「でも、上坂さんの豚汁はおいしいですよ」

 

野戦炊事車で兵士達に豚汁をよそっていた上坂と稲垣が、声を掛ける。加東は久しぶりに嗅ぐ、上坂の料理の匂いで一気に空腹感がこみあげてきた。

 

 加東も兵士達と共に列に並び、ご飯をよそってもらうと、空いていたマルセイユの隣に座る。周りを見回すと大半の整備兵達は、おいしそうに豚汁を食べていた。

 

「あら、あなた箸を使えるのね」

 

加東はマルセイユが上手に箸を使い、白いご飯と豚汁をすすっている姿を見て、軽く驚く。欧州ではフォークとスプーンが主流なので、箸を使える人自体が稀だからだ。

 

「ああ、昔国で扶桑のウィッチと知り合って、それで覚えた」

 

「へぇ、そんなことがあったんだ。そのウィッチって陸軍? 海軍?」

 

「たしか、海軍って言っていたな」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 頷いた加東は久しぶりの扶桑料理をいただく。扶桑から送られてきたお米は新米のためか白く光り輝いていて、口の中で噛めば噛むほど甘みが出てくる。そしておわんにによそられたご飯の中には釜で炊かれたと分かるオコゲが入っていて、その絶妙な硬さに加東は自然と頬が緩んだ。

 

「ああ……久しぶりのお米……」

 

「本当においしそうに食べますよね、ヒガシさんは……あ、そうだ」

 

上坂は、全員のご飯をよそい終え、加東の前に座り、幸せそうな顔をする彼女に苦笑すると、ふと思い出したかのように、マルセイユに向き直った。

 

「そういやお前乳牛を飼っているって言ってたな。ぜひ牛乳を分けてくれないか?」

 

 マルセイユは大の牛乳好きであり、トブルク近郊のオアシスで乳牛を飼っているほどだ。その話を聞いた上坂は是非料理に使いたくて頼んだのだ。

 

「嫌だ」

 

「……なんでだ?」

 

「私の牛乳だぞ。イチローにあげる義理などないだろう」

 

「……そうか、非常に残念だ。牛乳があればシュークリームやケーキ、それにアイスクリームまで作れるのだが……」

 

 上坂がぼそりと言った言葉に、加東達はピクリと反応する。いくら彼女達が軍人とはいえ、やはり年頃の少女(一部疑問があるが……)なのだ。

 

「マルセイユさん! ぜひ牛乳を分けてください!」

 

「ハンナ! 私からもお願い!」

 

「マルセイユ中尉、ただちに牛乳を渡しなさい」

 

稲垣やライーサはおろか、加東までもが上坂の味方にまわる。

 

「お前ら! 私と上坂、どっちが大事なんだ!」

 

「上坂さんです!」

 

「イチローさんです!」

 

「啓一郎に決まっているじゃない!」

 

「お前らな……」

 

 即答する三人。いくらアフリカの星でもやはり胃袋には勝てなかった……。

 

 


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