ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十三話

「……良かったのか?」

 

 夜、上坂は暗い執務室の中、じっと机に肘を乗せ、額に手を当てているミーナに問いかける。

 

「…………」

 

 だが、ミーナは返事をしない。

 

「……隊長失格だと、思っているのか?」

 

「……!」

 

 ようやく顔を上げるミーナ。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。そしてそれは苦悶の表情へと変わっていった。

 

「……ええ、今回の宮藤さんは初戦果を上げた後、自分を過大評価して痛い目を見る。ほとんどのウィッチがたどる道だわ。それを……」

 

 あのあと、救助された坂本はただちに基地に運ばれ、緊急手術を受けた。

 

 宮藤の治癒魔法のおかげもあって、幸い一命を取り留めた彼女だったが、それでも重症を負ったことには間違いない。そのことがミーナの冷静さを失っていた。

 

「……別に、俺は構わないと思うがな」

 

 上坂はため息をつく。

 

「確かに、宮藤の行動はウィッチならだれでも通る道だ。だがな、ネウロイを庇った、そのことが知られてみろ。間違いなくマロニーの息のかかったものがやってくるぞ」

 

 ブリタニア空軍――いや、各国の軍の中にはウィッチを快く思っていないものが多い。彼らはネウロイと正面から戦えないことに歯噛みし、最前線に出ざる得ないウィッチ達を敵視している。彼女達にとっていい迷惑にしかならないのだが、文句を言った所で現実が変わるわけもない。

 

「だからと言って……、自室禁固では……」

 

「……他の隊員達が慰めてやれない、と」

 

 ヤレヤレと、上坂は首を振る。

 

「あいつはそこまで弱い奴じゃない。むしろ今まで仲間達に支えられ続けてきたからな。しばらく一人で考える時間も必要だと思うぞ」

 

「でも……」

 

「……わかった。俺がちょっと話をしてくる」

 

「えっ?」

 

 ミーナは呆けたように顔を上げる。

 

「以前からあいつに言いたかったこともあったしな。ちょうど良い機会だろ」

 

「……わかったわ。お願い」

 

 信頼を置く上坂なら……と、ミーナは宮藤との面会を許可した。

 

 

 

 

 

(どうして誰も……信じてくれないの)

 

 雨音が聞こえる中、宮藤は一人、自分の部屋のベットで膝を抱えていた。

 

先ほど、リーネ達は宮藤を励まそうと、お風呂に誘った。

 

 久しぶりの皆でのお風呂。宮藤もそれ自体は楽しかった。

 

だが、やはり気になってしまう今日のネウロイのこと。宮藤は皆にネウロイと分かり合えるかもと力説した。

 

 しかし帰ってくるのは否定の言葉ばかり。バルクホルンにはお前はネウロイの味方なのかとまで言われてしまう始末だった。

 

(私の感じたこと……間違ってたのかな……)

 

 コンコン――

 

 不意にノックの音が響く。

 

「……はい」

 

 宮藤が返事をすると、扉を開けて上坂が入ってきた。

 

「おお、邪魔するぞ」

 

「上坂さん……」

 

 思っても見なかった訪問者に呆ける宮藤。上坂はそんなこと知らんと言わんばかりに、部屋にあった椅子に座った。

 

「……何か話したいことでもあるか?」

 

 ミーナとは違う、いつもと変わらない冷静な声。宮藤は上坂さんなら聞いてくれるかもと思った。

 

「あの……」

 

 宮藤は話し始めた。今日のネウロイについて、そこから思ったこと、もしかしたら戦争を終わらせられるかもしれないということ。上坂はじっと宮藤を見つめ、話を聞いていた。

 

「……なるほど、宮藤はネウロイと仲良くなれるかもしれない……と」

 

「……はい」

 

 信じてもらえないかな……

 

 宮藤の心には、諦めの気持ちがあった。だが――

 

「……宮藤――」

 

 返ってきた言葉は思っても見なかったものだった。

 

「――お前は、人を殺したことがあるか?」

 

「……えっ?」

 

 最初、宮藤は言っている意味が分からなかった。

 

「そんなの……あるわけないじゃないですか!」

 

「そうか。――俺はあるぞ」

 

「……えっ?」

 

 宮藤の思考が、停止する。

 

「……1939年、オストマルク。当時俺は、そこでネウロイと戦っていた」

 

 上坂は、自分の過去を話し始める。

 

「町は既にネウロイの包囲され、補給もままならず、朝挨拶したウィッチが夕方にはいない――そんなことが日常茶飯事だった」

 

 宮藤は、初めて聞く上坂の過去に恐ろしさを感じながらも、一字一句聞き逃しまいと話を聞いていた。

 

「その時の僚機の親友がな、僚機を庇ってネウロイの攻撃をまともに浴び、墜落した。俺はすぐにそいつを見つけたが、もう手遅れだった」

 

「手遅れって……」

 

「ネウロイの攻撃をまともに浴び、危険な状態。もしあの場に宮藤みたいな治癒魔法を持った奴がいれば助かったかもしれなかったが……、今となってはわからないな」

 

 戦場の生々しい体験談。その話を上坂が淡々と、感情を交えず話している事に、宮藤は驚愕した。

 

「だから……俺はそいつを撃った。早く楽にさせてやるために」

 

「そん……な……」

 

「別に俺は構わなかったさ。その前にも、扶桑海事変で何人もの味方を撃っているからな」

 

「どう……して……」

 

 上坂は、自嘲じみた笑みを浮かべる。

 

「――それ以外に出来ることなどなかったからだ」

 

「…………」

 

 宮藤はうつむく。自分が故郷で平和に暮らしていた時、そういった決断を取るしかなかった状況に追いやられていた人物が目の前にいたことに。彼女は恥じた。そんな人の目の前で、自分は銃など必要ない、戦争はしたくないと言っていたことに。

 

「さて……宮藤」

 

 上坂は話を戻す。

 

「俺は構わないと思うぞ。ネウロイと話し合うこと自体はな。だが……他の人はどうだ? ネウロイのせいで家族を失った人、俺の様にネウロイによって自分の手を汚さざる得なかった人。そいつらがはたしてネウロイを許すことが出来るか?」

 

「…………」

 

 宮藤は何も言えなかった。自分の考えが甘すぎたことに。そんなことを考えてもみなかったことに。

 

「……とまあ、ここまでは“上坂啓一郎大尉”としての意見だ」

 

「えっ?」

 

 宮藤は、三度呆ける。

 

「……俺個人としては、もう戦いを終わらせたい」

 

 珍しく見せる、上坂の疲れた表情。

 

「俺は既に軍の犬だ。だからあまり自分の意見を言える立場じゃない。……だから、少し宮藤が羨ましいんだ」

 

 上坂は穏やかな――だが、どこか寂しそうな顔を見せる。

 

「上坂さん……」

 

 宮藤は珍しく見せる本心に、ただつぶやくことしかできない。

 

「……宮藤」

 

「はい……」

 

 宮藤は上坂の目を真直ぐに見つめる。

 

「やらない後悔だけはするな。やった後悔の方が……はるかにましだからな」

 

「それって……」

 

 宮藤はその意味を尋ねようとしたが、それは上坂が唐突に立ち上がったことで、遮られた。

 

「さて……、話は以上だ。自室禁固、しっかりやっておけよ」

 

 先ほどまでの表情は無く、いつもの無愛想な顔に戻った上坂はそう言い残すと、部屋を出て行った。

 

「“やらない後悔より……やった後悔の方が……まし……”」

 

 上坂の言った言葉をつぶやくと、宮藤は決意した。たとえそれがどんな結果になろうとも――。

 

 

 

 

 

『どうした? こんな夜更けに?』

 

「申し訳ありません。宮藤芳佳軍曹が先ほど脱走しました」

 

『なんだと!? それで、行き先は!?』

 

「恐らくネウロイの巣。昨日の奴と接触する模様です」

 

『……わかった。すぐに準備に取り掛かろう』

 

「……宮藤軍曹を拘束しなくてもよろしいのですか?」

 

『構わん。どうせ早期に魔女どもが確保するだろう。余計な労力をかけなくても良い』

 

「了解しました。では……」

 

 


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