カレー沖――
最後の脱出船の上に、一人の少女が立っていた。
彼女の周りには誰もいない。
彼女の両親や、祖母は最後まで屋敷に残り、そのまま炎に飲み込まれたからだ。
(……私の故郷が……)
少女は、燃え盛るカレーの街と、その上を飛んでいるネウロイを見続けている。
彼女は魔女としての素質があり、軍に入って訓練を行っていた。だが、戦争の混乱でストライカーユニットが入手できず、彼女は避難民と一緒に逃げ回ることしかできなかったのだ。
ウィッチでありながら戦えない――
誰も救うことができない――
何もできない、そのことが彼女の心を締め付ける。
その時――
一陣の風と共に、少女のすぐ脇を、黒い影が横切る。
そのままそれは、船の甲板に叩きつけられて、壁にぶつかり停止した。
「な…」
少女は慌てて振り返る。
壁に一人の青年がもたれかかっていた。既に体中がボロボロで、至る所から血が滲み出て、履いていたストライカーは原型をとどめてない。
「大丈夫ですか!」
少女は、慌てて駆け寄る。このとき彼女は、男性ウィッチであることよりも、彼が怪我をしていることに驚いていた。
その男性はうつむいていて、顔がよく見えないが、右の頬に傷があることに気付き、彼が歴戦のウィッチであることがわかる。
(……でも、どうしてここまで……)
少女は、この気絶している青年がここまで怪我をした理由を考えていた。しかし――
ハッと後ろを振り向くと、船尾から小型ネウロイが近づいてくる。明らかにこの船を狙っていることがわかった。
少女は、ネウロイの先が赤く光ると同時にシールドを張る。途端に凄まじい衝撃が彼女を襲った。
見る見るうちに、彼女のシールドが赤くなる。
(くっ、これでは……!)
自身の限界が近づくのを、感じる。
(私は……この船も守れないのですか……!)
少女のシールドが破れたとき――
彼女の前に、大きく見慣れない文字の書かれたシールドが展開され、彼女を守る。
「な……!」
慌てて振り返ると、さっきまで意識すらなかった青年が自ら立ち上がり、シールドを張っている。
身体のあちこちから血が噴き出し、苦悶の表情を浮かべるが、彼は耐え続ける。そして、ネウロイのビームが収まったかと思うと、腰の拳銃を抜き、弾倉が空になるまで撃ち続けた。
いくら威力の弱い拳銃弾でも、至近距離から撃たれたネウロイにはたまらない。そのまま穴だらけになったネウロイは、暗い海に墜落した。
大きな水飛沫を上げる中で、少女は自身に水がかかるのも厭わず、茫然とその光景を見続けている。
青年は、ネウロイが撃墜されたのを見届けると、そのまま甲板上に倒れ込んだ。
「!」
慌てて駆け寄ろうとするが、船内から出てきた船員達が、彼を救おうと応急処置を始める。
(どうしてあそこまでして……)
彼女はそのウィッチの考えることが理解できなかった。自分の故郷でもないのに自分の命を懸けて戦うことが。
それでも少女は、心の中で決意した。いつか私も、皆を守れるようなウィッチになりたい……と。
彼女の後ろでは、彼女の故郷が炎を上げていた。
(懐かしいですわね……あの時のことを思い出すのは)
ペリーヌはかつてパ・ド・カレーから脱出するときのことを思い出していた。
(あの時から……私はウィッチになって……ガリアを解放すると誓ったのですわね)
今でこそペリーヌの目標は坂本少佐だが、ウィッチとなってガリアを解放すると誓ったのは、あの男性を見たからだ。
(上坂……啓一郎大尉……)
右頬に傷を持つ、珍しい男性ウィッチ――
不器用であるが、料理が得意で面倒見が良い彼は、501にとって必要不可欠な存在だろう。
(私の目標はあくまで坂本少佐ですが……いつか……)
そんなことを考えていると――
「!」
いつの間にか、宮藤がペリーヌの後ろに回り込んでいた。
(くっ……、私としたことが……)
宮藤が構えるのは、いつも訓練の時に使うオレンジ色の機関銃ではなく、黒く鈍く光る本物の九九式二号二型改13mm機関銃。
(私から挑んでおいて……負けるわけにはまいりませんわ!)
先ほどの思考を頭の片隅に追いやり、目の前の戦闘に集中した。
なぜペリーヌは宮藤と戦っているのか? それは自分から仕掛けたためだった。
この前の戦いでようやく戦果を上げた宮藤は、坂本に盛大に褒められた。それを快く思わないのはペリーヌ。坂本を尊敬(片思い?)する彼女にとって、宮藤はライバルであると勝手に思い込んでいた。
そして今日の訓練時、宮藤はペリーヌの前であろうことか坂本の十八番、左捻り込みを決めてしまったのだ。
(ええ、分かっていますとも。彼女が物凄い勢いで成長していることなど)
ペリーヌは宮藤を追いかけながら、心の中でつぶやく。彼女も内心わかっていた。坂本少佐からの訓練でここまで成長したのではないことを。彼女にはウィッチとしての才能があることを。
(ですが……、それでも……、私は絶対に負けませんわ!)
だからこそ、ペリーヌは決闘を申し込んだ。自分の意地を見せつけるため、青の一番と呼ばれるプライドのために。
(いける……! いけますわ!)
ペリーヌが宮藤の後ろを取った、その時――
基地から鳴り響く警報。
「警報!?」
ペリーヌは決闘のことなどすぐに忘れ、基地の方向を振り返った。
「うそ……、どうして……?」
宮藤は困惑していた。
警報が鳴り響き、基地からの指示が出た時、宮藤は実弾入りの機関銃を持っていたこと、そして今朝坂本に褒められて舞い上がっていたこともあり、一人先行して現場に向かった。
宮藤がそこに到着すると、そこには全長1mほどの小さなネウロイ。今まで見た中でも最小に分類されるだろう。
これなら私でも倒せるかも……。そう思った宮藤は、銃口を向け、引き金を引こうとした。だが――
「えっ!」
突如そのネウロイの形が変形し始める。体の中心から細い棒のようなものが伸び、そして――
ネウロイは宮藤の前で、人の姿に変わった。
「……どうして……?」
宮藤はしばらく、呆然人型ネウロイと対峙する。この間、一切攻撃が無かったが、それを不思議だと感じる余裕など、彼女になかった。
「あ……」
ネウロイが一旦距離を取り、ようやく宮藤は金縛りから解放された。
「あの……あなたはだれ?」
返事はない。ネウロイは宮藤の周囲を回り始めたり、時には近づいたり引いたり――
「もしかして、私のこと、からかってるの?」
やがてネウロイは宮藤の前に止まると、自分の胸の部分を開き、コアを露出させた。
「えっ……?」
今までのネウロイとは明らかに違う行動に、宮藤は戸惑いを隠せない。
(わざわざ自分の弱点を? ……もしかして)
宮藤はゆっくりとコアに手を伸ばす。
(もしかして……分かり合えるのかも)
今まで人類はネウロイのことをほとんど知らず、ただ戦い続けてきた。だが、もしネウロイと話し合えるなら、分かり合えるなら、戦争を終わらせることが出来るかもしれない。
(あなたは私に何を見せようとしているの?)
宮藤がコアに触れようとしたその時――
『何をしている、宮藤っ!』
インカムに坂本の声が飛び込んできた。
宮藤が慌てて振り返ると、そこには全速力で突っ込んでくる坂本の姿が。
「坂本さん!」
「撃て!」
坂本は叫ぶ。
「撃つんだ! 宮藤!」
宮藤は慌てネウロイを庇うように両手を広げた。
「待ってください! 坂本さ……」
「どけ!」
ネウロイを攻撃しようとしない宮藤に苛ついた坂本は、そのまま九九式二号二型改13mm機関銃を構える。すると宮藤の後ろにいたネウロイは、彼女を巻き込まないかのように上昇した。
「おのれ!」
引き金を引く坂本。放たれた12.7mm機銃弾はネウロイ目掛けて飛んでいく。
ネウロイはそれを両手から発射したビームで迎撃すると、敵と認定したのか坂本にビームを放った。
「くっ!」
坂本はシールドを張る。しかし――
「坂本さん!」
赤いビームは坂本のシールドをいとも簡単に貫くと、坂本の持っていた機関銃に命中、誘爆を起こし、黒煙の中から坂本が落ちて行った。