ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十二話

カレー沖――

 

最後の脱出船の上に、一人の少女が立っていた。

 

彼女の周りには誰もいない。

 

彼女の両親や、祖母は最後まで屋敷に残り、そのまま炎に飲み込まれたからだ。

 

(……私の故郷が……)

 

少女は、燃え盛るカレーの街と、その上を飛んでいるネウロイを見続けている。

 

彼女は魔女としての素質があり、軍に入って訓練を行っていた。だが、戦争の混乱でストライカーユニットが入手できず、彼女は避難民と一緒に逃げ回ることしかできなかったのだ。

 

ウィッチでありながら戦えない――

 

誰も救うことができない――

 

何もできない、そのことが彼女の心を締め付ける。

 

その時――

 

一陣の風と共に、少女のすぐ脇を、黒い影が横切る。

 

そのままそれは、船の甲板に叩きつけられて、壁にぶつかり停止した。

 

「な…」

 

少女は慌てて振り返る。

 

壁に一人の青年がもたれかかっていた。既に体中がボロボロで、至る所から血が滲み出て、履いていたストライカーは原型をとどめてない。

 

「大丈夫ですか!」

 

少女は、慌てて駆け寄る。このとき彼女は、男性ウィッチであることよりも、彼が怪我をしていることに驚いていた。

 

その男性はうつむいていて、顔がよく見えないが、右の頬に傷があることに気付き、彼が歴戦のウィッチであることがわかる。

 

(……でも、どうしてここまで……)

 

少女は、この気絶している青年がここまで怪我をした理由を考えていた。しかし――

 

ハッと後ろを振り向くと、船尾から小型ネウロイが近づいてくる。明らかにこの船を狙っていることがわかった。

 

少女は、ネウロイの先が赤く光ると同時にシールドを張る。途端に凄まじい衝撃が彼女を襲った。

 

見る見るうちに、彼女のシールドが赤くなる。

 

(くっ、これでは……!)

 

自身の限界が近づくのを、感じる。

 

(私は……この船も守れないのですか……!)

 

少女のシールドが破れたとき――

 

彼女の前に、大きく見慣れない文字の書かれたシールドが展開され、彼女を守る。

 

「な……!」

 

慌てて振り返ると、さっきまで意識すらなかった青年が自ら立ち上がり、シールドを張っている。

 

身体のあちこちから血が噴き出し、苦悶の表情を浮かべるが、彼は耐え続ける。そして、ネウロイのビームが収まったかと思うと、腰の拳銃を抜き、弾倉が空になるまで撃ち続けた。

 

いくら威力の弱い拳銃弾でも、至近距離から撃たれたネウロイにはたまらない。そのまま穴だらけになったネウロイは、暗い海に墜落した。

 

大きな水飛沫を上げる中で、少女は自身に水がかかるのも厭わず、茫然とその光景を見続けている。

 

青年は、ネウロイが撃墜されたのを見届けると、そのまま甲板上に倒れ込んだ。

 

「!」

 

慌てて駆け寄ろうとするが、船内から出てきた船員達が、彼を救おうと応急処置を始める。

 

(どうしてあそこまでして……)

 

彼女はそのウィッチの考えることが理解できなかった。自分の故郷でもないのに自分の命を懸けて戦うことが。

 

それでも少女は、心の中で決意した。いつか私も、皆を守れるようなウィッチになりたい……と。

 

彼女の後ろでは、彼女の故郷が炎を上げていた。

 

 

 

 

 

(懐かしいですわね……あの時のことを思い出すのは)

 

 ペリーヌはかつてパ・ド・カレーから脱出するときのことを思い出していた。

 

(あの時から……私はウィッチになって……ガリアを解放すると誓ったのですわね)

 

 今でこそペリーヌの目標は坂本少佐だが、ウィッチとなってガリアを解放すると誓ったのは、あの男性を見たからだ。

 

(上坂……啓一郎大尉……)

 

 右頬に傷を持つ、珍しい男性ウィッチ――

 

 不器用であるが、料理が得意で面倒見が良い彼は、501にとって必要不可欠な存在だろう。

 

(私の目標はあくまで坂本少佐ですが……いつか……)

 

 そんなことを考えていると――

 

「!」

 

 いつの間にか、宮藤がペリーヌの後ろに回り込んでいた。

 

(くっ……、私としたことが……)

 

 宮藤が構えるのは、いつも訓練の時に使うオレンジ色の機関銃ではなく、黒く鈍く光る本物の九九式二号二型改13mm機関銃。

 

(私から挑んでおいて……負けるわけにはまいりませんわ!)

 

 先ほどの思考を頭の片隅に追いやり、目の前の戦闘に集中した。

 

 

 

 

 

 なぜペリーヌは宮藤と戦っているのか? それは自分から仕掛けたためだった。

 

 この前の戦いでようやく戦果を上げた宮藤は、坂本に盛大に褒められた。それを快く思わないのはペリーヌ。坂本を尊敬(片思い?)する彼女にとって、宮藤はライバルであると勝手に思い込んでいた。

 

 そして今日の訓練時、宮藤はペリーヌの前であろうことか坂本の十八番、左捻り込みを決めてしまったのだ。

 

(ええ、分かっていますとも。彼女が物凄い勢いで成長していることなど)

 

 ペリーヌは宮藤を追いかけながら、心の中でつぶやく。彼女も内心わかっていた。坂本少佐からの訓練でここまで成長したのではないことを。彼女にはウィッチとしての才能があることを。

 

(ですが……、それでも……、私は絶対に負けませんわ!)

 

 だからこそ、ペリーヌは決闘を申し込んだ。自分の意地を見せつけるため、青の一番と呼ばれるプライドのために。

 

(いける……! いけますわ!)

 

 ペリーヌが宮藤の後ろを取った、その時――

 

 基地から鳴り響く警報。

 

「警報!?」

 

 ペリーヌは決闘のことなどすぐに忘れ、基地の方向を振り返った。

 

 

 

 

 

「うそ……、どうして……?」

 

 宮藤は困惑していた。

 

 警報が鳴り響き、基地からの指示が出た時、宮藤は実弾入りの機関銃を持っていたこと、そして今朝坂本に褒められて舞い上がっていたこともあり、一人先行して現場に向かった。

 

 宮藤がそこに到着すると、そこには全長1mほどの小さなネウロイ。今まで見た中でも最小に分類されるだろう。

 

 これなら私でも倒せるかも……。そう思った宮藤は、銃口を向け、引き金を引こうとした。だが――

 

「えっ!」

 

 突如そのネウロイの形が変形し始める。体の中心から細い棒のようなものが伸び、そして――

 

 ネウロイは宮藤の前で、人の姿に変わった。

 

「……どうして……?」

 

宮藤はしばらく、呆然人型ネウロイと対峙する。この間、一切攻撃が無かったが、それを不思議だと感じる余裕など、彼女になかった。

 

「あ……」

 

 ネウロイが一旦距離を取り、ようやく宮藤は金縛りから解放された。

 

「あの……あなたはだれ?」

 

 返事はない。ネウロイは宮藤の周囲を回り始めたり、時には近づいたり引いたり――

 

「もしかして、私のこと、からかってるの?」

 

 やがてネウロイは宮藤の前に止まると、自分の胸の部分を開き、コアを露出させた。

 

「えっ……?」

 

 今までのネウロイとは明らかに違う行動に、宮藤は戸惑いを隠せない。

 

(わざわざ自分の弱点を? ……もしかして)

 

 宮藤はゆっくりとコアに手を伸ばす。

 

(もしかして……分かり合えるのかも)

 

 今まで人類はネウロイのことをほとんど知らず、ただ戦い続けてきた。だが、もしネウロイと話し合えるなら、分かり合えるなら、戦争を終わらせることが出来るかもしれない。

 

(あなたは私に何を見せようとしているの?)

 

 宮藤がコアに触れようとしたその時――

 

『何をしている、宮藤っ!』

 

 インカムに坂本の声が飛び込んできた。

 

 宮藤が慌てて振り返ると、そこには全速力で突っ込んでくる坂本の姿が。

 

「坂本さん!」

 

「撃て!」

 

 坂本は叫ぶ。

 

「撃つんだ! 宮藤!」

 

 宮藤は慌てネウロイを庇うように両手を広げた。

 

「待ってください! 坂本さ……」

 

「どけ!」

 

 ネウロイを攻撃しようとしない宮藤に苛ついた坂本は、そのまま九九式二号二型改13mm機関銃を構える。すると宮藤の後ろにいたネウロイは、彼女を巻き込まないかのように上昇した。

 

「おのれ!」

 

 引き金を引く坂本。放たれた12.7mm機銃弾はネウロイ目掛けて飛んでいく。

 

 ネウロイはそれを両手から発射したビームで迎撃すると、敵と認定したのか坂本にビームを放った。

 

「くっ!」

 

 坂本はシールドを張る。しかし――

 

「坂本さん!」

 

 赤いビームは坂本のシールドをいとも簡単に貫くと、坂本の持っていた機関銃に命中、誘爆を起こし、黒煙の中から坂本が落ちて行った。

 


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