ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十一話

「坂本少佐、コアは見つかった?」

 

「いや……、コアの気配はあるんだが……」

 

 主戦場から少し離れた場所で、ミーナは隣にいる坂本に尋ねる。だが、その返事は芳しくない。

 

「駄目だ。どうやらあの群れの中にはいないようだ」

 

「となると……、少数で編隊を組んでいるのかしらね」

 

「ああ、そうそう考えて間違いないだろう」

 

 ミーナは視線を眼下に移し、戦場が次第に大陸へと近づいて行っていることを感じる。

 

「……あまり大陸側に近づくとな……」

 

「ええ、援軍を呼ばれたら困るわね……」

 

ミーナ達が呟いた。

 

「! 上っ!」

 

 隣で待機していた宮藤は、上空から逆落としに襲い掛かってくるネウロイを発見した。

 

「何! くっ……!」

 

 坂本も振り返るが、ちょうど太陽と重なり、坂本の位置からは逆光で見えない。

 

「行きます!」

 

 宮藤は坂本達の前に出ると、ネウロイからの攻撃をシールドで弾き、手に持つ九九式二号二型改13mm機関銃の引き金を引く。

 

 放たれた大量の12.7mm弾は、五機のネウロイを粉々にし、白い破片へと変えた。

 

「敵機撃墜!」

 

 宮藤は初めての撃墜記録に、だがその感傷に浸らず、周囲を警戒し続ける。

 

「ほぉ……。訓練の成果が出ているようだな」

 

 坂本は、自分の猛訓練が無駄ではなかったと、口元に笑みを浮かべた。その時――

 

「! いたぞ!」

 

 今彼女の脇を通り抜けた一機。坂本の魔眼には、その中心部にコアがあるのが見えた。

 

「あれね?」

 

「ああ」

 

「全隊員に通達。敵コアを発見。私達が叩くから、他を近寄らせないで!」

 

『了解!』

 

 無線越しに聞こえる隊員達の返事。彼女達の銃はそろそろ弾切れに近づいて来ていたが、最後とばかりに攻勢を強める。

 

「行くわよ!」

 

「了解!」

 

 ミーナは坂本と宮藤と共にコアを追う。

 

 撃墜されまいと不規則な機動を描くコア。

 

 だがミーナと坂本、宮藤の三人の弾幕に、とうとう一発が掠め、動きが鈍る。

 

「宮藤! 今だ!」

 

「はい!」

 

 最後尾に位置していた宮藤は体を捻り、コアに狙いを定めて引き金を引いた。

 

 セミオートで放たれる弾丸が一発、二発、三発。

 

 一発目が表面に亀裂を入れ、二発目がコアを露出させ、三発目がコアのど真ん中を貫いた。

 

 白い破片となって砕け散るコア。宮藤達はシールドを張り、それを防ぐ。しかし――

 

「美緒っ!」

 

 砕け散った破片の一つが坂本のシールドを突き破り、坂本の側頭部をかすめ、髪の毛が数本宙を舞った。

 

 

 

 

 

(ふう……、戦闘終了か……)

 

 光の粒子があたりに舞う中、上坂は内心安堵する。

 

 手に持つホ103にはあと一連射分しか弾が無く、飛ばしていたMG42に至っては両方とも残弾ゼロだ。最も、上坂はたとえ弾が無くなろうとも刀で戦うつもりでいたが……。

 

 上坂の視界の中で、リーネが宮藤に飛びつき、他の隊員達もそれぞれ差はあるものの、彼女を称賛している。

 

(あいつも、だいぶ成長したな……)

 

 上坂も言葉にしないものの、宮藤を褒めていた。

 

「……んっ?」

 

 ふと上坂は、一人降下していくミーナを見つける。

 

「……そう言えば」

 

 先ほどまでは戦っていたために気付かなかったが、ここは――

 

「パ・ド・カレー……か……」

 

 

 

 

 

 ミーナは一人、廃墟となった街に降りていく。

 

(さっきのあれは……)

 

 ストライカーを脱いだミーナは、先ほど見つけた一台の車に歩み寄る。

 

 大戦が始まる前、カールスラントで大量生産されたごく普通の車――それこそこの街を見渡せば、たくさん破棄されている。

 

(私は……何を探し求めているの? 苦い追憶? 幻影?)

 

 だが、ミーナは確信していた。その車が誰のものであったかを。

 

 錆びついたドアは、ちょっと力を入れただけで簡単に開く。

 

「……あ」

 

 そこには赤いリボンのついたかすみ色の包みが、運転席の上に鎮座していた。まるでついさっきまで、ここに人がいたかのように――

 

(あの人だ)

 

 包みを開き、中にあった一通の手紙と赤いドレス。

 

 ミーナは、それを残したのが誰なのか、分かった。

 

(クルト……)

 

 かつて共に音楽の道を目指し、共に生きていこうと誓った――クルト・フラッハフェルト。

 

 ――君だけを戦わせたくない。

 

 そう言って音楽の道を諦め、ミーナが空で戦えるよう整備兵を目指した彼は、あの時、パ・ド・カレーの炎の中に消えて行った。

 

「クルト……」

 

 止まっていた時が動き出す。

 

「クルト……」

 

 もう二度と戻らない彼が残した物が、ミーナの心を溶かしていく。

 

「うぅ……」

 

 嗚咽と共に零れ落ちる涙が、抱きしめる包みに染みを作っていった。

 

 

 

 

 

 陽が西に傾き始めた頃。

 

 上坂は一人、基地の洗い場の塀に腰かけていた。

 

 風通しがよく、洗い場として使われている場所であるが、ドーヴァー海峡を見渡せる場所でもあり、上坂は良くここに来ては一人酒盛りをしている。

 

 上坂の視界に、大きな船が見えてきた。扶桑皇国海軍遣欧艦隊旗艦赤城である。

 

 周囲を駆逐艦に守られながら、ゆっくりと夕日の中を進んでいく。

 

 ほどなく、赤城上空に三人のウィッチが飛んできた。遠くからの識別が難しいが、飛行計画を知っている上坂にはそれが誰だかが分かる。宮藤とリーネ、坂本の三人。甲板上に人だかりが出来、どうやら彼女達に手を振っているようだ。

 

 ふと上坂の横にあった通信機から、歌声が聞こえてくる。

 

(リリー・マルレーン……)

 

 兵士となった男性が、恋人に再会したいという思いを歌った曲。

 

(クルトさん。恐らくミーナは一生あなたを忘れないでしょう)

 

 上坂の隣には、もう一つ酒の入ったコップが置かれている。

 

(それでも、彼女は前に進み続けると思います。……あなたが生きていたという証を残すために)

 

 上坂の目には、夕日に向かって進む赤城の姿が映っている。

 

(……だから、俺も覚悟を決めます。……あいつらの為にも)

 

 夕日に照らされた上坂の顔には、覚悟を決めた、厳しい表情があった。

 

 

 

 

 

「ありがとう。見送りの許可を出してくれて、感謝している」

 

 深夜、明かりの消えたミーナの自室に訪れた坂本は、開口一番に礼を言う。

 

「あなたも行きたかったんでしょう?」

 

 ミーナは窓辺で振り返りもせず、外を眺めている。

 

「ああ。世話になった艦だからな」

 

「そう」

 

「……あ」

 

 坂本は驚く。振り返ったミーナの顔が、厳しさをたたえたものだったからだ。

 

「……あの人を失った時、本当に辛かったわ。こんな思いをするくらいなら好きにならなければ良かった……ってね。でも……」

 

 ミーナは悲痛な表情で、顔を伏せる。

 

「……そうじゃなかった」

 

「…………」

 

 坂本は何と言ったら良いかわからず、黙っている。

 

「でもね、今でも失うのは恐ろしいの」

 

 ゆっくりと上げられたミーナの手。そこには月明りで鈍く光るワルサーPPKのシルエット。

 

「それなら……失わない努力をするべきなの!」

 

 銃口は、真直ぐに坂本に向けられていた。

 

「……茶番か?」

 

 しかし、ミーナは引き金に指をかけていない。そして、ミーナの瞳には殺すという気迫が無い。

 

「約束して、もうストライカーを履かないって」

 

「……見られていたのか」

 

 苦笑する坂本。

 

 今日のネウロイを倒したとき、飛び散った破片が彼女のシールドを貫通した。

 

 一番そういうのに敏感な上坂にそれを指摘されなかったため、誰も気付いていないだろうとたかを括っていた坂本だったが、どうやらミーナに見られていたらしい。

 

「ええ、今戦いに出たら、きっとあなたは帰ってこない」

 

「どうかな? それを決めつけるのは早計だと思うが」

 

「ふざけないで!」

 

 構え直すミーナ。

 

「……私はまだ飛ばねばならないんだ。……失礼する」

 

 顔を引き締めた坂本は、そのまま部屋を出た。

 

 

 

 

 

「……ここは男子禁制だったはずだが?」

 

 部屋を出た坂本は、壁に寄りかかっていた上坂に声を掛ける。

 

「……別に気付いていなかったわけじゃないぞ」

 

 だが、上坂はそれを無視する。

 

「……じゃあなぜ?」

 

 坂本は訝しがる。上坂なら、戦えなくなったら真っ先に降りるように言うと思ったからだ。

 

「……別に他意は無い」

 

 上坂は廊下を歩きだす。

 

「ただ……やらないで後悔するより、やって後悔した方がましだからな。お前の意見を尊重したまでだ」

 

 そう言葉を残した上坂は、そのまま夜の暗闇に消えていった。

 


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