「坂本少佐、コアは見つかった?」
「いや……、コアの気配はあるんだが……」
主戦場から少し離れた場所で、ミーナは隣にいる坂本に尋ねる。だが、その返事は芳しくない。
「駄目だ。どうやらあの群れの中にはいないようだ」
「となると……、少数で編隊を組んでいるのかしらね」
「ああ、そうそう考えて間違いないだろう」
ミーナは視線を眼下に移し、戦場が次第に大陸へと近づいて行っていることを感じる。
「……あまり大陸側に近づくとな……」
「ええ、援軍を呼ばれたら困るわね……」
ミーナ達が呟いた。
「! 上っ!」
隣で待機していた宮藤は、上空から逆落としに襲い掛かってくるネウロイを発見した。
「何! くっ……!」
坂本も振り返るが、ちょうど太陽と重なり、坂本の位置からは逆光で見えない。
「行きます!」
宮藤は坂本達の前に出ると、ネウロイからの攻撃をシールドで弾き、手に持つ九九式二号二型改13mm機関銃の引き金を引く。
放たれた大量の12.7mm弾は、五機のネウロイを粉々にし、白い破片へと変えた。
「敵機撃墜!」
宮藤は初めての撃墜記録に、だがその感傷に浸らず、周囲を警戒し続ける。
「ほぉ……。訓練の成果が出ているようだな」
坂本は、自分の猛訓練が無駄ではなかったと、口元に笑みを浮かべた。その時――
「! いたぞ!」
今彼女の脇を通り抜けた一機。坂本の魔眼には、その中心部にコアがあるのが見えた。
「あれね?」
「ああ」
「全隊員に通達。敵コアを発見。私達が叩くから、他を近寄らせないで!」
『了解!』
無線越しに聞こえる隊員達の返事。彼女達の銃はそろそろ弾切れに近づいて来ていたが、最後とばかりに攻勢を強める。
「行くわよ!」
「了解!」
ミーナは坂本と宮藤と共にコアを追う。
撃墜されまいと不規則な機動を描くコア。
だがミーナと坂本、宮藤の三人の弾幕に、とうとう一発が掠め、動きが鈍る。
「宮藤! 今だ!」
「はい!」
最後尾に位置していた宮藤は体を捻り、コアに狙いを定めて引き金を引いた。
セミオートで放たれる弾丸が一発、二発、三発。
一発目が表面に亀裂を入れ、二発目がコアを露出させ、三発目がコアのど真ん中を貫いた。
白い破片となって砕け散るコア。宮藤達はシールドを張り、それを防ぐ。しかし――
「美緒っ!」
砕け散った破片の一つが坂本のシールドを突き破り、坂本の側頭部をかすめ、髪の毛が数本宙を舞った。
(ふう……、戦闘終了か……)
光の粒子があたりに舞う中、上坂は内心安堵する。
手に持つホ103にはあと一連射分しか弾が無く、飛ばしていたMG42に至っては両方とも残弾ゼロだ。最も、上坂はたとえ弾が無くなろうとも刀で戦うつもりでいたが……。
上坂の視界の中で、リーネが宮藤に飛びつき、他の隊員達もそれぞれ差はあるものの、彼女を称賛している。
(あいつも、だいぶ成長したな……)
上坂も言葉にしないものの、宮藤を褒めていた。
「……んっ?」
ふと上坂は、一人降下していくミーナを見つける。
「……そう言えば」
先ほどまでは戦っていたために気付かなかったが、ここは――
「パ・ド・カレー……か……」
ミーナは一人、廃墟となった街に降りていく。
(さっきのあれは……)
ストライカーを脱いだミーナは、先ほど見つけた一台の車に歩み寄る。
大戦が始まる前、カールスラントで大量生産されたごく普通の車――それこそこの街を見渡せば、たくさん破棄されている。
(私は……何を探し求めているの? 苦い追憶? 幻影?)
だが、ミーナは確信していた。その車が誰のものであったかを。
錆びついたドアは、ちょっと力を入れただけで簡単に開く。
「……あ」
そこには赤いリボンのついたかすみ色の包みが、運転席の上に鎮座していた。まるでついさっきまで、ここに人がいたかのように――
(あの人だ)
包みを開き、中にあった一通の手紙と赤いドレス。
ミーナは、それを残したのが誰なのか、分かった。
(クルト……)
かつて共に音楽の道を目指し、共に生きていこうと誓った――クルト・フラッハフェルト。
――君だけを戦わせたくない。
そう言って音楽の道を諦め、ミーナが空で戦えるよう整備兵を目指した彼は、あの時、パ・ド・カレーの炎の中に消えて行った。
「クルト……」
止まっていた時が動き出す。
「クルト……」
もう二度と戻らない彼が残した物が、ミーナの心を溶かしていく。
「うぅ……」
嗚咽と共に零れ落ちる涙が、抱きしめる包みに染みを作っていった。
陽が西に傾き始めた頃。
上坂は一人、基地の洗い場の塀に腰かけていた。
風通しがよく、洗い場として使われている場所であるが、ドーヴァー海峡を見渡せる場所でもあり、上坂は良くここに来ては一人酒盛りをしている。
上坂の視界に、大きな船が見えてきた。扶桑皇国海軍遣欧艦隊旗艦赤城である。
周囲を駆逐艦に守られながら、ゆっくりと夕日の中を進んでいく。
ほどなく、赤城上空に三人のウィッチが飛んできた。遠くからの識別が難しいが、飛行計画を知っている上坂にはそれが誰だかが分かる。宮藤とリーネ、坂本の三人。甲板上に人だかりが出来、どうやら彼女達に手を振っているようだ。
ふと上坂の横にあった通信機から、歌声が聞こえてくる。
(リリー・マルレーン……)
兵士となった男性が、恋人に再会したいという思いを歌った曲。
(クルトさん。恐らくミーナは一生あなたを忘れないでしょう)
上坂の隣には、もう一つ酒の入ったコップが置かれている。
(それでも、彼女は前に進み続けると思います。……あなたが生きていたという証を残すために)
上坂の目には、夕日に向かって進む赤城の姿が映っている。
(……だから、俺も覚悟を決めます。……あいつらの為にも)
夕日に照らされた上坂の顔には、覚悟を決めた、厳しい表情があった。
「ありがとう。見送りの許可を出してくれて、感謝している」
深夜、明かりの消えたミーナの自室に訪れた坂本は、開口一番に礼を言う。
「あなたも行きたかったんでしょう?」
ミーナは窓辺で振り返りもせず、外を眺めている。
「ああ。世話になった艦だからな」
「そう」
「……あ」
坂本は驚く。振り返ったミーナの顔が、厳しさをたたえたものだったからだ。
「……あの人を失った時、本当に辛かったわ。こんな思いをするくらいなら好きにならなければ良かった……ってね。でも……」
ミーナは悲痛な表情で、顔を伏せる。
「……そうじゃなかった」
「…………」
坂本は何と言ったら良いかわからず、黙っている。
「でもね、今でも失うのは恐ろしいの」
ゆっくりと上げられたミーナの手。そこには月明りで鈍く光るワルサーPPKのシルエット。
「それなら……失わない努力をするべきなの!」
銃口は、真直ぐに坂本に向けられていた。
「……茶番か?」
しかし、ミーナは引き金に指をかけていない。そして、ミーナの瞳には殺すという気迫が無い。
「約束して、もうストライカーを履かないって」
「……見られていたのか」
苦笑する坂本。
今日のネウロイを倒したとき、飛び散った破片が彼女のシールドを貫通した。
一番そういうのに敏感な上坂にそれを指摘されなかったため、誰も気付いていないだろうとたかを括っていた坂本だったが、どうやらミーナに見られていたらしい。
「ええ、今戦いに出たら、きっとあなたは帰ってこない」
「どうかな? それを決めつけるのは早計だと思うが」
「ふざけないで!」
構え直すミーナ。
「……私はまだ飛ばねばならないんだ。……失礼する」
顔を引き締めた坂本は、そのまま部屋を出た。
「……ここは男子禁制だったはずだが?」
部屋を出た坂本は、壁に寄りかかっていた上坂に声を掛ける。
「……別に気付いていなかったわけじゃないぞ」
だが、上坂はそれを無視する。
「……じゃあなぜ?」
坂本は訝しがる。上坂なら、戦えなくなったら真っ先に降りるように言うと思ったからだ。
「……別に他意は無い」
上坂は廊下を歩きだす。
「ただ……やらないで後悔するより、やって後悔した方がましだからな。お前の意見を尊重したまでだ」
そう言葉を残した上坂は、そのまま夜の暗闇に消えていった。